11、七日目の死闘
「おらああぁぁぁッ!」
太郎が剣を横一閃させると、土人形が上下に両断された。
下半身は力なく倒れ込み、上半身は地面に転がり、ジタバタと両手を動かしている。
太郎は額の汗をぬぐうと、満足げな顔でケイメンを見た。
だが、ケイメンは”やれやれ”といった感じでうつむき、再び顔を上げると太郎に言う。
「だからな、マナを使えと言っているだろう。マナを使わねば、そいつは倒せん」
耳にタコができるほど聞いているセリフだった。太郎の顔が一瞬で不機嫌になる。
「わかってるけど…、出せないんだよ。でもいいじゃないか、こいつはもう戦闘不能だ!」
それを聞き、ケイメンは無言で土人形を指差す。
そこには両手で這いずりながら、動かぬ下半身に向かってジワジワと進む上半身があった。
そうだ、こいつは両断されても、くっついて再生するのだ。
太郎は這いずる上半身の胸元へ、剣をズシャッと突き立てる。
上半身は地面に縫い付けられ、ジタバタもがきはするが、もはや移動できなくなっていた。
「これでどーよ?」
「敵が2体いたら、どうするつもりだ?」
「それは……」返す言葉が無い。
ケイメンは返答に窮する太郎をよそに、長髪をひるがえしながら、ふわりと跳躍し、土人形の脇へと降り立つ。
そして、もがく土人形に手を向け、衝撃波を放った。
ゴオオォォン…という音とともに、上半身が砕け散る。
ほどなく下半身もドロリと溶けるように形を失い、それはただの土塊と化した。
「どうだ。こうやるんだ」と、真面目な顔でケイメンは言う。
太郎は目を点にして、それを見ていた。全くできる気がしない。
「無理!」と言い切る。
「何だと、俺がこんなに親切丁寧に教えてやってるのに!」
「どこがだよ!いたぶってるだけじゃねえか!このドS野郎が!」
「なにィィ~、このヘタレのクソ野郎が!」
太郎も己の強さに自信を持ち始め、ケイメンに反抗するようになっていた。
お互いの胸ぐらをつかみ、ガンを飛ばしてにらみ合う。
そして、ホールの隅には、そんな彼らを見つめる3人の人影。
ロージンとアイシャ、そしてエストである。
二人の様子を見つつ、ロージンは重いため息をついた。
そんな祖父にアイシャが声をかける。
「お爺さま…、大丈夫です。勇者様は確実に強くなっています!」
確かにそうだった。この7日間で太郎は、常人ではあり得ない程の成長を遂げていた。
土人形に肉弾戦で勝てる人間など、騎士団でもそうはいない。
だが、マナを使えないというのは致命的である。
”剣は魔法に勝つことはできない”
それは、魔法全盛期と呼ばれるこの時代の、もはや通説であった。
ロージンは無言でうなずくと二人に視線を戻す。
その脇では、長い金髪をポニーテールにしたエストが、無言のまま、体育座りで二人を真剣に見つめていた。
やがて、にらみ合う二人の間で何かが決裂し、お互いを突き放すと飛び退いて距離をとる。
太郎はすかさず地面に突き立つ鉄剣を抜き取った。
ケイメンの右手が光り、太郎に向けて衝撃波が放たれる。
(あれは剣で防げない───!)
とっさに右へ飛ぶ。瞬間、衝撃音とともに、太郎のいた地面が小さくえぐれた。
飛び散る余波に太郎はバランスを崩すが、一回転し、どうにか体勢を立て直す。
「まだだ、気を抜くな!」
ケイメンは叫ぶと、容赦なく衝撃波を連射した。
ホール内の空気が渦巻く。このままでは、とばっちりを受けてしまうであろう。
ロージンはアイシャの肩を抱き、エストに手を伸ばしてホールを出ようとした。
しかし「大丈夫ですよ」と、エストはロージンに向け、平然と言い放つ。
気付けば、彼女を中心に魔法陣が形成され、いつの間にか3人を包み込んでいた。
3人の近くの床面がえぐれ、飛び散る余波が3人を襲う。しかし、それは魔法陣に弾かれ、消滅していった。
(魔法陣発現の気配を…、全く感じなかった…!)
鮮やかな手並みに、ロージンは思わず「あ、ありがとうございます…」とつぶやく。
エストは「いえ」と、小さく会釈をし、そのまま戦う二人を見つめていた。
◇◆◇◆◇
太郎は迫り来る衝撃波を、すんでの所でかわし続けていた。
熱い血潮が、体中を駆け巡るのを感じる。いける、何とかかわす事ができる!
だが、さすがに無傷とはいかない。体のあちこちが、擦り傷で流血していた。
(このままではジリ貧だ…)
そう考える太郎の脳裏にアイシャの姿が浮かんだ。
自分のために、ヒーリングを何度もかけてくれた、あの時の光景だ。
───連続した魔法の詠唱は、体に多大な疲労をかける。
ケイメンだって例外では無いだろう。
太郎はじっと耐え、その時を待つ。
一方のケイメンは焦りを感じ始めていた。
数発でカタがつくと踏み、始めは手加減していたのだが、どうやら太郎は予想外の成長をしていたようだ。
再び衝撃波を放つ。太郎は横に跳び、それをかわす。
衝撃波の軌道は直線だ。すでに読まれているのか。
体は鉛に蝕まれるかのように重くなっていき、頭は徐々にモヤがかかるようにボンヤリしてきた。
ケイメンはグラリとふらつき、床に片膝をついて、うつむく。
それを見た太郎は、チャンスとばかりに剣を構えて駆け出した。
しかし、ケイメンに迫った瞬間である。
うつむいた彼の顔が、唐突に上がる。
その口元には、不敵な笑みがたたえられていた。
(───誘われた!?)
急ブレーキをかける太郎に向け、両手がかざされる。そして放たれる衝撃波、今度は波の面積が広い。
今からではかわせないと感じた太郎は、地面に伏せ、左腕で顔面を覆った。
「くらえッ!」
直後、波が太郎を直撃する。
凄まじい衝撃であった。太郎は足を踏ん張り、前かがみでそれをこらえる。
体中の骨がきしむ。そして、ピリピリという体表から伝わる不快感。肉が歪み、千切れてゆく、自分の体が崩壊する感覚だった。
路面にある大量の粉塵を巻き上げながら、一瞬で衝撃波は通過する。
後に残ったのは、濛濛と立ち込める、霧の如き粉塵であった。
ほどなく、そのモヤの中から、浮かび上がってくる太郎の姿。
「何…!こらえたというのか…あれを!?」
だが、太郎の姿はボロボロである。
上半身の服は、ほぼ吹き飛ばされ半裸の状態であり、あちこちの肉が裂け、おびただしい血が流れている。
左の目は流血にふさがれ、左腕は折れたのであろうか、不自然に垂れ下がっていた。
それは、もはや戦闘不能……いや、生きているかも定かではない状態に見えた。
やりすぎたか───と、ケイメンの背中に冷たいものが走る。
太郎の右目をわずかに開けた。
(重傷だな…こりゃ)
左目は思うように開かない。自分の顔を伝って滴り落ちているのは汗じゃない…血だ。
顔だけじゃない。体中が傷だらけで、そこから流血している。左腕は…全く動かなし、感覚も無い。
だが、不思議と痛みも、恐怖も感じていなかった。
(こういう時って、脳内麻薬ってやつが出るんだっけ?)
そんな事を考えつつ、ぐっと右手の剣を握り締め、両足で石畳を踏みしめてみる。
確かな実感と手応えが伝わってきた。
(右手と、両足が動くんじゃ、まだイケるな…)
太郎が見開いた目の奥には、爛々と燃える戦意の炎が宿っていた。
体内を巡る血潮に命令をかける───動け、動け、と。
そして体中の瞬発力を爆発させるイメージで、ケイメンへと飛び出す。
「───なッ!?」
弾丸の如く、自分に迫り来る太郎に、ケイメンは驚愕した。
あの傷で───いや、全快の状態でも、あり得ないスピードだ!
その理由を考えている余裕は無い。即座にケイメンは風をまとい、上空へと跳躍する。
ロージンは二人を止めようとしたが、掛ける言葉を忘れ、その場に立ち尽くしていた。
太郎が風の魔法を使ったのではないかと思ったが、違う。彼からマナは感じない!
ケイメンの跳躍は、ホールのほぼ天井付近、約10メートルほどの高さまで達していた。
太郎はそこ目掛けて石畳を蹴る。
再び弾丸のような速度で、太郎は跳んだ。そして、わずか一瞬で、その目線がケイメンと並ぶ。
ひきつるケイメンの首筋に向かい、剣を振り下ろす。
ケイメンは叫び声を上げながら、その刃を素手で掴むと、渾身の力で刀身に向け衝撃波を放った。
それはある意味、自爆に近い行為であったが、他の選択肢をとる余裕が、ケイメンには無かった。
いや、考えてとった行為では無く、本能的に起こした防衛行動であったのかもしれない。
二人の間で爆発が起き、鉄剣の刀身が粉々に砕け散った。
反対方向へ、爆風で飛ばされる太郎とケイメン。
やがて二人は、それぞれ頭から石畳へと落下してゆく。
それを見て、すっとエストが立ち上がる。
彼女が両手を伸ばすと、両者の落下地点にそれぞれ魔法陣が出現した。
浮力が発せられているのか、二人は落下速度を緩め、やがて寝かされるように石畳へと着地した。
「アイシャ!」
ロージンの叫びにアイシャはうなずき、太郎へと駆け寄る。
その無残な姿に思わず目を細めたが、すぐに魔法を詠唱し、ヒーリングを開始する。
ケイメンは大の字で寝転んだまま、荒い息で胸を上下させ、横目で太郎を見る。そして叫ぶように言った。
「ち、ちくしょう…、こいつ、最後、て、手加減しやがった。本気で、剣を…振られたら、今ごろ、俺の首は…」
「ケイメン、もう良い。しゃべるな!」
「な、情けねぇ、マナも、つ、使えない奴に…」
そこへ、エストが進み出て言う。
「ケイメンさん、恥じることはありませんよ。タローさんは、マナを使って戦っていました」
「えっ!?」と、アイシャを含む、3人の視線がエストに集まる。
そしてエストを見てもう一度、驚愕の声を上げた。
エストの両眼には、紅い魔法陣が映っていたのである。
そう、それはクロエが太郎を透視した眼と同じものであった。




