1、気が付けば魔法陣
当初、この小説は「コメディ」で書き始めました。
初期には下ネタが多数出てきます。嫌いな方は、ご注意ください。
太郎は魔法陣の中央にいた。
おかしい。確か自分は高校のトイレで用を足すべくズボンを下ろし、和式便器にまたがったハズなのに。
気が付けば円形魔法陣の中央で同じポーズ、中心部の☆のような紋様にまたがった状態でいる。
しかも魔術師っぽいフード付きコートの連中に囲まれてだ。
そういえば、便器にまたがった瞬間、目の前が真っ暗になった気がする。
気絶させられて拉致されたのか?
ここにいるのは便器製造会社の皆さんで、自分はモニターに選ばれたとか?
そう考えると、この魔法陣は最新型の便器にも見えてくる。
いや、ダメだ!
ここで肛門寸前まであふれかえる情熱を放出してしまったら、自分は大事なモノを全て失ってしまうような気がする。
とりあえず衆人監視の状態が恥ずかしい。
だがズボンを上げるよりも、今は投下オーライな情熱が射出されぬよう、発射口を閉じるのが先決だ。
脳内の司令部から、超特急で伝令を走らせる。
『状況変ワレリ。発射ヲ中止セヨ』
…。
……。
………。
…………ふう。どうにか間に合った。
しかし、改めて考えると…これは一体、どういうことなのか?
自分の置かれた立場、取るべき行動についてしばし熟考する時間が欲しい。
真剣な表情で、自分の前に立つ、立派な白ヒゲをたくわえた老人と見つめ合う。
頑固そうな老人は、眉間にシワを寄せ、微動だにせず自分を見据えていた。
しばしの気まずい沈黙が流れた後、耐えかねたのであろう、右横から声がかかる。
「あの…とりあえず、ズボンを上げていただけませんか?」
明らかな恥じらいの感情を含む、女性の声であった。
そうだ。このポーズは便意を促進させる。
ここで誤投下があったら目も当てられない。
即座に立ち上がると、周囲から「おお」という歓声が一斉に上がった。
ズボンを上げ、チャック閉めていると、正面の老人が話しかけてきた。
「あなたが…勇者様なのですか?」
うむ。意味がわからない。
ベルトをかけつつ、注意深く周囲を観察してみる。
ゆらゆらと揺れる無数の松明の火が、冷たい石造りのホールを浮かび上がらせていた。
周囲の魔術師っぽい奴らは十人程度か。東洋人にも西洋人にも見えるよくわからない顔立ちだ。
奴らの格好からして、自分は危ない宗教団体に拉致された可能性もある。
うかつな事はしゃべらない方がいいだろう。
このまま、しらばっくれて外に出てしまうのがベストだ。
無言のまま、用心深く周囲をうかがいながら、出口らしき門へと歩いて行く。
再び「おお」と歓声が上がり、周囲の奴らが興味深げにぞろぞろと付いて来た。
進む自分の脇に、先ほどナイスアドバイスをくれた少女が並んだ。
フードの隙間から、チラリとこちらを見上げ、恐る恐る尋ねてくる。
「あの…お名前を教えていただけませんか?」
得体の知れない団体に本名を告げるほど愚かでは無い。
「ペッチョチョチョチョリゲスアンネナフタンポポホフヌケサクスキーだ」と適当に答える。
「ペッチョチョ・チョチョリゲス・アンネナフ・タンポポホフ・ヌケサクスキーダ様ですね」
…まずい。一発で覚えられた。自分でさえ覚えてないのに。
しかもご丁寧に独自の解釈で区切りを付け、語尾の『だ』まで名前に加えてやがる。
少女は可愛らしい笑顔を向け「でもお名前が長すぎて呼びづらいのですが…」と頬に指を当てて考え込んだ。
そしてニコリと微笑んで言う。
「短縮して、ヌケサク様でよろしいですか?」
よろしくない。そして何故、後ろの方から取る?
普通は頭を取って『ペッチョ』じゃないのか?
まあ、そんな名前も嫌だが。
太郎は無言のまま足を速めた。
止める者はいない。何やら周囲の奴らは、自分を恐れている感もある。
いける。外に出られる。
すぐ前にせまった門が、希望の扉に見えた。
このまま外に出たら、ダッシュで逃げ去ってしまおう。
もはや小走りで両手を前に突き出し、希望の扉を勢い良く開けた。
パァァ…っと光が差し込むその先にいたのは、槍を持ったトカゲ男であった。
いわゆるリザードマンである。
「おう、終わったのかい。早かったな!」
細長い舌をチラチラ出しながら、ヒトの言葉をしゃべってやがる。
それを見た瞬間、太郎の頭の中は真っ白になった。
そして脳内司令部の機能停止は、最前線の暴走を意味していた。
小気味良い音を立てながら、ほとばしる情熱。
やがて太郎は小刻みに震えながら、ゆっくりと後ろを振り返って言った。
「あの…すみません。誰か状況を説明していただけますか…?」