弐.村の伝承
分からない事が二つ。一つは、結城兄妹の会話。もう一つは、いきなり態度を豹変させた実弥。俺に隠したい事でもあるのか―…?
今日に至っては、結城兄妹は学校にも来ていない。実弥は何も言わないし、先生も深く説明しようとしない。
「…なぁ、実弥」
「うん?」
ちょっとためらいもあったけど、聞かなきゃ気が済まない。
「光流達って、どうしたんだっけ?」
「光流と光理なら、お父さんの仕事で東京だよ。今日にはちゃんと帰ってくるって」
「………え?」
そ…それだけ?
「なぁんだっ!心配して損したぜ。何かさ、深刻そうだったから気にしてたんだ」
「きっと、遊鳥村を離れるのが嫌だったんだよ。雄介君は心配性だね」
実弥が笑う。
「そうだな…」
こんなのどかな村で、変な事なんてそうそうないよな…何考えてたんだろ、俺。
「それより雄介君、早く座らないと先生が来ちゃうよ!」
実弥に言われて席に戻ったとたん、先生が勢い良く入ってきた。
助かったーっ。実弥がこっちを見て少し笑う。
でも、実弥の事ではまだ安心できない。まだ、腕にアザが残っている…。
結局その日は、実弥が気になって授業が全く身に入らなかった。
「雄介君、帰ろう?」
実弥に誘われても、俺は乗り気にはなれなかった。
「……よしとく。悪いけど」
実弥がいきなり悲しそうな顔をする。
「い…一緒に帰っちゃダメかなっ?」
「俺、用事あるからさ」
本当は、用事なんてないけど―…。
「どうしてもダメ?」
っ、何だ?今日はやけにしつこく言うな。
「今日、何かあったか?」
「うん、今日はね、『肩祓い』があるんだよ」
「カタ…バライ?」
「そう、お祓いでね、身を清める儀式なんだよ。雄介君も、村人として参加しなきゃ!」
お祓いか…。そういう類は、一切信じていない。そんな事を言われても、行く気は出なかった。
「俺、忙しいから」
俺がそう言って帰ろうとすると、実弥がぼそっとつぶやいた。
「時乃神が来る」
俺はぴたりと足を止めた。つぶやきに足を止めたんじゃない。ただならぬ殺気を感じたからだった。
「行 か な い と」
「……っ…」
「行かないと時乃神が来てしまう」
実弥が、昨日みたいに…ツかれたように…。
「実弥…?」
俺が呼ぶと、実弥ははっと我に返ったようだった。でも、
「一緒に行こ?」
こう言うのはやめない。
「俺、用事済ませたら行くからさ…先行ってろよ」
なるべく動揺がバレないように言ったつもりだったが、それでも声が震えた。
実弥は満足したようにうなずき、神社の場所を教えて行ってしまった。
「……何なんだよ、アレ…」
ツかれたような実弥、不思議な名前の神様、肩祓いの儀式…何なんだよ、全部全部…。
もやもやしたまま家に帰ると、見慣れない女の人が立っていた。じっと俺の家を見つめている。
「あの、どうか?」
俺が声をかけると、その女性はにこっと笑って俺の方を向いた。
「あら、ごめんなさい。私はこういう者」
女性が名刺を差し出す。名刺には、『折原 祈―おりはら いのり―』という名前が書かれていた。
「よく遊鳥村に遊びに来てるのよ。この村に興味を持っていてね…。前来た時にはこの家、なかったわよね?それで、気になっちゃって」
確かに俺の家は、最近越して来たばかりだ。まだ建てて一ヶ月程度しか…。
「はぁ…。あ、俺、雨宮雄介って言います。折原さんは、もともと遊鳥村の出身じゃないんですか?」
「ええ、そうよ…でも、遊鳥村の知識にだったら自信があるわ。例えば、『時乃神』…とかね」
実弥が言っていた…時乃神。
「あの…時乃神って、何なんですか?友達にも言われたんですけど、俺分からなくて」
折原さんは少し意外そうな顔をし、それから答えてくれた。
「時乃神はね、遊鳥村の神様。村人達の良き守り神。ただね…」
「ただ?」
「こわぁい神様でもあるの。汚れたものををひどく嫌う…。汚れた罪人の所には、時乃神がやって来る。だから、身を清める儀式、肩祓いには、参加するのが鉄則なのよ」
それで実弥はあんなに言ってたのか…。遊鳥村の話を知っていたから…。
「遊鳥村の事が知りたいなら、これはどうかしら?」
「へ?」
折原さんは、手持ちのかばんの中からノートを取り出した。
「私なりに調べた、遊鳥村の話。また一週間後に来ようと思ってるから、その時にまた会いましょう?」
「え?でも…」
「ふふっ、いいからいいから…。じゃあね、雄介君」
折原さんはきびすを返し、家の前から去っていってしまった。残されたのは、俺と、このノート。俺は息を軽く吸い、ノートを開いた。
俺の知りたい事が、このノートに書いてあるかもしれない。
第弐話です。連載ホラーがこんなに大変だとは思ってもみませんでした。