壱.頭隠れ
これは短編「『非』日常への階段」の続編という形で書いています。前作を読まれていない方には分かり辛い部分もあると思いますが、お付き合いください。
親の転勤の関係で、預けられることになったこの遊鳥村―ゆとりむら―。
一年だけという理由で仕方なく来た村だったけど、今ではけっこう気に入っている。前居たところじゃ、恋人どころか友達もいなかったから―…。
「おはよーっ、雄介―ゆうすけ―君!」
「おう!実弥―みや―」
クラスメイトの、望月 実弥―もちづき みや―。まだ村の事をよく知らない俺に、親切にしてくれる。
「今日数学の宿題やってないんだ。写さしてー」
「しっかたねーなあ、実弥は」
「えへっ。お願いー!」
そのまま少し歩くと、見慣れた光景が目に入った。手をつなぐ、恋人のような男女の組。
「おはよう」
「おはようだよ」
「おおっ、結城兄妹!朝から仲いいねぇ」
二人は恋人のように見えて、じつはれっきとした双子兄妹!結城 光流―ゆうき ひかる―(兄)と、光理―ひかり―(妹)本当に仲がよくて、いつも一緒にいるんだ。
「雄介と実弥だって、恋人同士みたいだよ」
「みたいだねっ」
「ええーっ、やーだぁ!」
「こっちから願い下げだぜ?実弥なんて」
「あっ、ひどいよ、雄介君っ!」
皆で笑いながら登校、たわいもないおしゃべり。
こんなにも当たり前の事…前までは思いもしなかった。考えもしなかった。そんなのがないのが、俺にとっての『当たり前』。時間に追われて必死に勉強。それだけで精一杯だった。
でもここには、置いていかれないように、教えてくれる先生がいる。置いていかれたら、なぐさめてくれる友達がいる。だから、勉強が遊びみたいに楽しい!
朝家を出て、友達と話して、学校に着いたら先生が会話に混ざって…この村では、ゆっくり時間が過ぎていく。
こうして、俺達の長い一日は終わる。
「ね、皆で帰ろうよ!」
実弥がいつものように、光流・光理に声をかける。いつもなら、笑ってうなずく二人。それが今日では、申し訳なさそうに眉を下げていた。
「今日は…ちょっと……」
「ちょっと……ね」
光流が実弥に耳打ちする。とたんに、実弥ははっとした顔になった。
「そっか、明日………だもんね」
「ごめ…。………だから」
何を話しているんだ…?離れた位置にいる俺には、会話のところどころが抜けて聞こえる。
俺は戻ってきた実弥に、さっきの事を訊いた。
「光流達、なんて言ってた?」
実弥はふっと表情を固まらせた。そして、そのまま俺をじっと見ていた。
「実弥?」
実弥は固まった表情のままで、俺を見つめたままで、口を開いた。
「分かんない」
「え?だってさっき話して」
俺がそこまで言った時、実弥がぐっと腕を握ってきた。ぎりぎりと、実弥が俺の腕を締めつける。痛い、痛い、痛い!女子とは思えないその力に、俺は声も出せない。
「あたし、分かんないって言ったよね?」
実弥が言った。
「言 っ た よ ね ?」
「い、言った!」
「じ ゃ あ 分 か っ た で し ょ ?」
「分かった!分かったから…」
ぱっと、握られていた手が離された。実弥が笑顔で言う。
「そっか、分かったんだね?じゃあ帰ろっ」
い…今のは…?ただ、光流達がどうなのか訊いただけで…?あんなに怒ってる実弥、初めて見た…。
「行こ?雄介君」
「あ…ああ」
俺はかばんを持とうとして、激しい痛みに襲われた。実弥につかまれた腕だ…もうアザになって、紫色に変色してる。
「あっ、ごめんね…い、痛かったよね…?」
実弥が、自分でやったとは思えないほど優しくなり、俺の腕をさすってくれる。本当に、さっきの実弥と、この実弥は同じ人物―?そんなおかしな考えが、頭をよぎる。
「お ん な じ だ よ」
実弥がぽつりと、でもはっきりと言った。
最初俺は、何を言われているのか分からなかった。
「ど っ ち も 『実弥』 だ よ」
背中を冷や汗が伝った。
どうして…俺の考えてる事に答える事ができる!?
何も、一言だって、口には…実弥には言ってない!!
「…そんな事より、早く帰ろーよ」
実弥が、いつもの柔らかい表情で言った。
実弥は元に戻ったけど…さっきの『実弥』は…俺の知らない、何かのような気がした―…。
ここまで読んでくださって有り難うございました。これからも頑張っていきたいと思いますので、どうかよろしくお願いします。