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乙女ゲームのヒロインに転生したけど、私の推しは攻略対象じゃなくナビ役の先生なんですが

作者: 京野きょう
掲載日:2026/07/04

 攻略対象には、一度もときめかなかった。


 乙女ゲームなのに何を言っているんだと思われそうだけど、本当なのだから仕方ない。


 我儘な第一王子? イケメン。

 俺様な不良? かっこいい。

 学園一の秀才? 顔がいい。


 だからなんだというのだ。

 そんなことで私の心は一ミリも動かない。


 私の視線は彼らではなく、別の人物に釘付けだった。


 学園の担任教師。


 攻略ルートなし。

 イベントなし。

 好感度なし。


 入学初日に学園生活の説明、それ以降は授業の時に出たり、行事の案内や困った時のヒントをくれる。

 いわゆるナビゲーション役。


 友人には「あんたはやっぱりその人だと思った」と笑われた。


「だって見た目も声も! 性癖に刺さる……!」

「イケおじ好きだねぇ」

「えへ」

「褒めてないよ?」


 昔から私の好みは一貫している。


 だってイケおじ好きなんだもん!

 こればかりはどうしようもない。


 攻略対象でもなんでもないその教師は、渋い見た目に、落ち着いた低い声。


 そこへ私の好きな声優の声まで合わさってしまえば、推さない理由なんてどこにもない。


 攻略出来なくてもいい。


 とはいえ、友人からすれば「せっかく推しゲーム勧めてるのに」という事だろう。


「せっかく布教してるんだから、少しは攻略してよね!」

「はーい……」


 そして私の推しが画面に映るたび、プレイは一時中断。


「いちいち止めないで進めなさいよ!」

「推しを見ながらのお酒って最高じゃーん! ほら、この角度とかさぁ……」

「私は守備外なんだよなぁ」


 気付けばテーブルのお酒も進み、推し談義だけで数時間が過ぎていた。


 そんなことで、私は満足していた。


「っと、そろそろ終電だし帰るねー」

「楽しかったー! またやろ!」

「次は私の推しゲーム持ってくる!」

「教師ルートあれば良かったのにねぇ……」

「ほんそれ!!」


 そして帰り道。

 程よくお酒が回っていた私の運命は、ここであっさりと終わった──






 気が付いた時、見慣れない天井を見上げていた。


 ……どこだろう。


 ゆっくり体を起こそうとして、違和感に気付く。

 体が軽い。

 さっきまで、だいぶ酔っていたはずなのに。


「……んん……?」


 声を出して、さらに固まった。


 高い。

 私の声じゃない。


 慌てて周囲を見回すと、そこは保健室のような場所だった。

 白いカーテン、消毒の匂い、整えられたベッド。


 夢?


 そう思いたかったけど、全ての感触がリアルだった。


 室内に備え付けてある手洗い場に鏡がある。

 私は恐る恐る近付き、鏡を覗き込んだ。


 そこに映っていたのは、知らない女の顔だった。

 いや、知らない顔ではない。


 だってさっきまでプレイしていた「乙女ゲームのヒロイン」そのものだったのだから。


「……は?」


 思考が止まる。

 そんなバカな、と言いたいのに声が出ない。

 さっきまで友人と楽しく騒いでいたはずで──


 その時、ガチャリと扉が開いた。


「目が覚めたか」


 低く落ち着いた声。

 その声に、背筋がゾクリと反応した。

 声の主の方へ振り返ってみると──


 そこに立っていたのは、この学園の担任教師。


 攻略対象でもない、イベントにも出ない、ただのナビゲーション役。


 私の推しだった。

 え?

 ええ?


「気分はどうだ?」


 低く落ち着いた声が、保健室に響いた。

 画面越しじゃない。

 音がちゃんと“人の声”として届いている。


「……大丈夫、です」


 錯乱しそうになるのを堪えて、なんとかそれだけ返す。

 声が震えていたような気がするけど、そんなことを気にしている場合じゃない。


 教師は特に表情を変えず、軽く頷いた。


「どこか痛むところは?」

「いえ、特には……」

「そうか」


 ゲームと同じく淡々とした反応に、逆に現実感が増す。

 教師は手元の書類に視線を落としたまま続けた。


「入学式の途中で倒れたから、この書類をよく読んでおくように」

「……入学式?」


 思わず聞き返すと、教師の視線がこちらに向いた。


「頭まで打ったのか?」

「すみません、まだ少し混乱していて……」


 ゲームは入学式から始まる。

 その後にオリエンテーションが始まって、寮に移動して……。


 さっきゲーム画面で見たばかりの情報。

 なのにこれが現実だと、頭が理解していた。


 教師は軽く説明を終えると、踵を返した。


「落ち着いたら寮へ向かいなさい」


 その一言だけ残して、扉へ向かう。


 え、待って。

 まだ何かもう少し──


 言葉が出ないまま見ていると、教師がふと立ち止まった。

 そしてこちらを振り返る。


「……名前は?」


 一瞬、呼吸が止まる。

 名前……?

 プレイヤーネームを決める時は、確か苗字は固定されてて……えーと……。

 冴木 凛です。

 なんて言うわけにもいかない。


「リン……です」

「そうか。今日はゆっくり休みなさい」


 それだけ言うと、今度こそ部屋を出ていった。






 再び一人になり、静けさが戻る。


 私はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。


 えーと。

 私の名前は冴木 凛。

 しがない事務OL。

 三度の飯より推し活が大好き。


 ……だけど。


 これっていわゆる転生?

 私、死んじゃったの?

 さっきまであんなに楽しくしてたのに?


 もう推し活は出来ない……?


 でも。


 私は今、推しと普通に会話をしていた。

 こんな間近で推しと触れ合えるなんて、そんなことある?

 いや、ない。

 声優さんに会えることすら滅多にないんだもの。


 ……そうよ。

 これはきっと神様がくれた、推しと仲良くなれるチャンスなんだ。


 前世の最後の方はよく思い出せない。

 それでも、いつどうなっても後悔しないように。


 こっちでも、全力で推し活してやる!

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