乙女ゲームのヒロインに転生したけど、私の推しは攻略対象じゃなくナビ役の先生なんですが
攻略対象には、一度もときめかなかった。
乙女ゲームなのに何を言っているんだと思われそうだけど、本当なのだから仕方ない。
我儘な第一王子? イケメン。
俺様な不良? かっこいい。
学園一の秀才? 顔がいい。
だからなんだというのだ。
そんなことで私の心は一ミリも動かない。
私の視線は彼らではなく、別の人物に釘付けだった。
学園の担任教師。
攻略ルートなし。
イベントなし。
好感度なし。
入学初日に学園生活の説明、それ以降は授業の時に出たり、行事の案内や困った時のヒントをくれる。
いわゆるナビゲーション役。
友人には「あんたはやっぱりその人だと思った」と笑われた。
「だって見た目も声も! 性癖に刺さる……!」
「イケおじ好きだねぇ」
「えへ」
「褒めてないよ?」
昔から私の好みは一貫している。
だってイケおじ好きなんだもん!
こればかりはどうしようもない。
攻略対象でもなんでもないその教師は、渋い見た目に、落ち着いた低い声。
そこへ私の好きな声優の声まで合わさってしまえば、推さない理由なんてどこにもない。
攻略出来なくてもいい。
とはいえ、友人からすれば「せっかく推しゲーム勧めてるのに」という事だろう。
「せっかく布教してるんだから、少しは攻略してよね!」
「はーい……」
そして私の推しが画面に映るたび、プレイは一時中断。
「いちいち止めないで進めなさいよ!」
「推しを見ながらのお酒って最高じゃーん! ほら、この角度とかさぁ……」
「私は守備外なんだよなぁ」
気付けばテーブルのお酒も進み、推し談義だけで数時間が過ぎていた。
そんなことで、私は満足していた。
「っと、そろそろ終電だし帰るねー」
「楽しかったー! またやろ!」
「次は私の推しゲーム持ってくる!」
「教師ルートあれば良かったのにねぇ……」
「ほんそれ!!」
そして帰り道。
程よくお酒が回っていた私の運命は、ここであっさりと終わった──
気が付いた時、見慣れない天井を見上げていた。
……どこだろう。
ゆっくり体を起こそうとして、違和感に気付く。
体が軽い。
さっきまで、だいぶ酔っていたはずなのに。
「……んん……?」
声を出して、さらに固まった。
高い。
私の声じゃない。
慌てて周囲を見回すと、そこは保健室のような場所だった。
白いカーテン、消毒の匂い、整えられたベッド。
夢?
そう思いたかったけど、全ての感触がリアルだった。
室内に備え付けてある手洗い場に鏡がある。
私は恐る恐る近付き、鏡を覗き込んだ。
そこに映っていたのは、知らない女の顔だった。
いや、知らない顔ではない。
だってさっきまでプレイしていた「乙女ゲームのヒロイン」そのものだったのだから。
「……は?」
思考が止まる。
そんなバカな、と言いたいのに声が出ない。
さっきまで友人と楽しく騒いでいたはずで──
その時、ガチャリと扉が開いた。
「目が覚めたか」
低く落ち着いた声。
その声に、背筋がゾクリと反応した。
声の主の方へ振り返ってみると──
そこに立っていたのは、この学園の担任教師。
攻略対象でもない、イベントにも出ない、ただのナビゲーション役。
私の推しだった。
え?
ええ?
「気分はどうだ?」
低く落ち着いた声が、保健室に響いた。
画面越しじゃない。
音がちゃんと“人の声”として届いている。
「……大丈夫、です」
錯乱しそうになるのを堪えて、なんとかそれだけ返す。
声が震えていたような気がするけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
教師は特に表情を変えず、軽く頷いた。
「どこか痛むところは?」
「いえ、特には……」
「そうか」
ゲームと同じく淡々とした反応に、逆に現実感が増す。
教師は手元の書類に視線を落としたまま続けた。
「入学式の途中で倒れたから、この書類をよく読んでおくように」
「……入学式?」
思わず聞き返すと、教師の視線がこちらに向いた。
「頭まで打ったのか?」
「すみません、まだ少し混乱していて……」
ゲームは入学式から始まる。
その後にオリエンテーションが始まって、寮に移動して……。
さっきゲーム画面で見たばかりの情報。
なのにこれが現実だと、頭が理解していた。
教師は軽く説明を終えると、踵を返した。
「落ち着いたら寮へ向かいなさい」
その一言だけ残して、扉へ向かう。
え、待って。
まだ何かもう少し──
言葉が出ないまま見ていると、教師がふと立ち止まった。
そしてこちらを振り返る。
「……名前は?」
一瞬、呼吸が止まる。
名前……?
プレイヤーネームを決める時は、確か苗字は固定されてて……えーと……。
冴木 凛です。
なんて言うわけにもいかない。
「リン……です」
「そうか。今日はゆっくり休みなさい」
それだけ言うと、今度こそ部屋を出ていった。
再び一人になり、静けさが戻る。
私はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。
えーと。
私の名前は冴木 凛。
しがない事務OL。
三度の飯より推し活が大好き。
……だけど。
これっていわゆる転生?
私、死んじゃったの?
さっきまであんなに楽しくしてたのに?
もう推し活は出来ない……?
でも。
私は今、推しと普通に会話をしていた。
こんな間近で推しと触れ合えるなんて、そんなことある?
いや、ない。
声優さんに会えることすら滅多にないんだもの。
……そうよ。
これはきっと神様がくれた、推しと仲良くなれるチャンスなんだ。
前世の最後の方はよく思い出せない。
それでも、いつどうなっても後悔しないように。
こっちでも、全力で推し活してやる!




