第一章 ―3 深き楽園を求め
――――――――――――深き楽園を求め――――――――――――
「そんな所で寝てたら風邪引いちゃうぞ」
クレアが笑いながら俺の額を人差し指で押す。
キリアはなされるがままと言った風に抵抗しない。
寝ぼけている事もあるかも知れないが。
「こんなもんで風邪なんて引かない」
「甘い!!!」
クレアの言葉がキリア言葉を一刀両断する。
そしてまた人差し指をキリアの額に付ける。
押すのではなく、付ける。
「どう甘いんだよ? 俺は今まで野宿しても風邪引いたことないぞ」
人差し指が額に付けられてる事に文句を言わずにキリアは問う。
「私の経験談!私、風邪何回も引いたよ」
自慢げに胸を張りながら答える。
「お前はな! 俺は違う」
「ん~~や! 違わない」
人差し指に力が入る。
「違わない証拠が何処にある?」
「違う証拠が何処にある?」
完璧に言い返せない返事にキリアはため息をつく。
「わかったよ。これから気をつける」
「よろしい」
人差し指が額から離れる。
クレアはキリアから少し離れた後、キリアに向き直り、体を翻しながら聞いた。
「どう?」
言葉の意味が出来ないキリアは目を細める。
「なんだ?」
その返答に嫌気がさしたクレアは頬を膨らませ、ぷいっとそっぽ向き言った。
「もう良い!! キリアお兄ちゃんのバカ!!!」
とくあるアニメの光景である。
キリアはもう一度しっかりクレアを見る。
ストレートに肩まで伸びた髪、白色の柔らかさを放つ肌、絹で作られた旅人にピッタリの丈の短いワンピース。
絶頂の美少女と言える容姿であることを今、はっきりと理解した。
「よかったな。美少女に戻って、その服も似合ってるし。可愛いと思うよ」
キリアの言葉にそっぽ向いていたクレアの顔に満面の笑みが戻る。
クレアは必死に怒っている顔に戻した後、キリアに向き直った。
「あ、ありがとう。まぁ許してあげる」
残念ながらクレアが喜んでいることをキリアは理解していた。
口が笑っているのだから。
(わかりやすい奴)
無意識にキリアにも笑みが浮かぶ。
「なによ! その笑みは~~?」
冗談交じりでクレアは聞き返す。
キリアは笑って誤魔化した。
時計の二つの針はもう真上に向きかけていた。
少年は走っていた。
路地を駆け、大通りで人にぶつかり、物影に隠れ。
少年は走って逃げていた。
荒く高鳴る呼吸を押さえ込み、必死に気配を消していた。
「どこに行った?」
「他の仲間に連絡だ。手分けして探すぞ」
「あぁ」
警備兵が走り去っていく。
少年は脱力し、地面にへたり込む。
(いつまで……逃げ続ければ良いんだろう。もう嫌だ)
少年は希望の映らない目で空を見上げた。
その先に楽園がある訳ではない。
だが少年には楽園に見えてしまう。
あの青色の空の上の楽園を求めてしまうのだ。
(だれか……俺を……ははは、無理か、俺みたいな化け物を誰かが拾ってくれるわけが無い……もう消え たい)
挫折寸前。魂は燃え尽きつつあった。
涙も流せない。苦しみと絶望しかない少年の心には悲しい、寂しいという涙誘うものが存在していなかったのだ。
深いため息は絶望を象り、苦しみを増幅させる。
(俺の苦しみを……誰かに……)
深い闇を司る漆黒の瞳が大通りを歩く一人の少女を映し出した。
(まずはあいつだ!)
少年の右目に黄金の魔法陣が浮かび、体が魔力に満ち始めた。
「で、どこ向かってるの?」
無邪気な声でクレアはキリアに問いかける。
キリアは呆れたように答えた。
「さっきも言っただろう情報屋だ。もうこれで五回目だぞ」
「えへへ」
照れながら頭をかく。
すこしキリアは頬を緩むのを感じた。
そして目を前に向けた瞬間。
不吉な気配をキリアは感じた。
背筋がゾクっとくる感覚。キリアはこの感覚に覚えがあった。
―――――魔法陣形内に入った時の感覚
下を見下ろす。
地面には黄金の魔法陣がキリアとクレアの周りに広がっている。
(なんだ?この魔法陣形は……呪縛の紋)
「ク――」
クレアを呼ぼうとした瞬間、頭に激痛が走る。
「気絶催眠」
遠くの方から魔法詠唱が聞こえたキリアは激痛を耐えながらクレアに近寄る。
「キリ――ア……お兄――ちゃん、頭が……痛いよー」
クレアが魔法陣の地面に倒れこむ。
「クレア……」
クレアに手を伸ばす。
そのクレアの背後に漆黒の髪を持つ少年が現れる。
そして虚ろかな声で言った。
「俺の……苦しみを受けろ! 絶望しろ。俺に選ばれたことを恨め! 悲しめ! そして嘆け」
キリアの手はクレアに届くことなく地面に落ち、体も倒れこんだ。
暗い意識に……
クレアは堕ちていった。
二人は復讐の物語を創造していく。
繋げられた因果を伝い、どこまでも続く闇に向かい……。
復讐という名の物語を創っていく。
To Be Continued