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復讐という名の物語  作者: 笑わない猫
警備兵育成所反逆殺戮事件
24/24

第四章 ―2 アンドロイドとフィレス








 キーン!

 四人部屋の壁に取り付けられている施設内のスピーカーから甲高い音が流れる。

 その音は確実に眠っていたキリアの耳を貫いた。びっくりしたように体を跳ねさせてキリアは上体を起こした。

 二つ並べられた二段ベットの下で眠っていたキリアは目を擦りながらのっそりとベッドから体を出した。フローリングの床のひんやりとした冷たさがキリアの足から体に伝わった。

 大きくあくびをするキリアの隣りに二段ベッドの上に寝ていた訓練生が飛び降りてくる。バタッと音を立てて着地した訓練生はにっこり笑ってキリアの肩に手を置いた。

「今日から実践演習開始だろ? 頑張れよ」

「はい!!」

 その言葉でキリアの頭に残っていた眠気は一切吹き飛んだ。すぐにベッドの布団を畳み訓練生用の制服に着替える。

 そう。今日からキリアは警備兵達が普段訓練するのに使っているアンドロイドとの実践形式の戦いを再現した演習をすることになっていたのだ。

 実践形式と言ってもまともな刃物を使ったりはしない。木刀を使った戦いや体を傷つけない赤外線のみの銃やここは怪我などの事故が起こりやすいが組手と言った感じでできる限り、どんな戦闘状態になろうともすぐに反応できるようにする訓練だ。

 反射的に動く体や剣の振り方、簡単な銃の使い方などの規定以上身につけたことがクレイモアを含む上官に認められたことによって今回の実践演習が行われることになった。

 キリアが目指すと言っているアクセルゼネレーターは戦闘専門の部隊であるから共和国に存在するほとんどの武器を扱えるようにならなければならない。普通の人間では不可能に近い。だが、キリアの目標を叶えてあげたいというクレイモアの密かな願いにより銃の使い方を教えていた。

 普通、キリアのような訓練生は遠距離に向いていない。集中力が続かないし、狙いを定めるための冷静な対処が扇情的な性格であるキリアには向かないのだ。

 まだ十歳と言う若さだからこそ許された方針といっていい。

『――点呼を取ります。全員部屋の前に並びなさい』

 スピーカーからの言葉にキリアは畳み終わったベッドから飛び出し、部屋を出る。

 その足取りはとても軽く、上機嫌に溢れていた。





 ――一方フィレスの足取りは重かった。

 朝の甲高い目覚まし代わりのスピーカーの音で目を覚まし、いつもどおり布団をたたみ、いつもどおり点呼を取り、いつもどおり廊下を歩いているだけなのだがフィレスの足は重たかった。

 進む歩幅も狭く、所々はねている金髪からは如何にも疲労し切った人という絵面がしっくりくる。

 だが決して意味もなく気分が下がっているわけではない。しっかり理由はあった。

 それは実践演習である。

 いつもやっている実践演習だが今日はちょっとだけ事情が変わった。


 ――キリアと一緒に実践演習を行う


 それが昨日、女部屋に戻ったあとに告げられたクレイモアからの伝言だった。

 つまり、今日はフィレスはキリアと共に実践演習を行わなくてはならないのだ。

 キリアが嫌いな訳ではないフィレスだが、どうしてもキリアと一緒に実践形式の訓練をするのは嫌だった。理由は確かに存在するのだが……。

 その理由はフィレスが感情を戻してきたという証拠なのかもしれない。

「はぁ……」

 自然と出てくる溜息。項垂れる金髪の少女に声が届いた。

「フィレスー!!」

「……ぁ」

 顔を上げて声をした方に目を向けると男子寮と女子寮を分けるT字路の突き当たり……いつも訓練が終わったあとにキリアとフィレスが待ち合わせる場所に手を振っているキリアが居た。

 いつも朝そこで待っている訳ではない二人だったのでフィレスは少しびっくりして小さく声を漏らした。

「おはよー!」

「……」

 まだ二人の距離は十メートル弱。その距離での挨拶に対してフィレスは黙ってうなづいた。

 キリアはにっこり笑ったままフィレスを待っている。その笑顔には明らかな好奇心が光っていた。フィレスはすぐに察した。今日の実践演習を楽しみにしているのだと。

 距離が詰まり二人は並んで本館の方に歩いていく。今から朝食だ。それから簡単な運動の後実践演習となる。

「今日のフィレスなんか元気ない? 大丈夫?」

「……大丈夫」

 キリアの言葉にフィレスは素っ気なく返した。

 またから見れば感情の篭っていないフィレスはいつも通りだと見えてしまう。その微かな変化さえきづけるほどに二人の距離は詰まっていた。

「今日からやっと実践演習だから! これでまたフィレスに近づいたね!」

「……そうね」

 まだキリアには実践演習の相方がフィレスだとは思っていない。

 意図的にクレイモアがしていることだと言うのはフィレスにも察しが付いた。もし自分と一緒にするのを知っているのならそのことについて色々話をするはずだから。

 クレイモアが話していないことを自分から話す必要はないと、フィレスは自分も一緒に訓練を受けることを黙った。

「やっぱりアンドロイドって強い?」

「……段階的に強くなるけど……最初は弱いから大丈夫」

「へぇ……じゃあフィレスくらいになるとアンドロイドもけっこー強くなるの?」

「分からないわ。ただ潰すだけだから考えたこともない」

「でも今最初は弱いって……」

「上官が言っていたことをそのまま言っただけ」

「……やっぱり機嫌悪い?」

 フィレスの言葉にトゲがあると感じたキリアの言葉にフィレスは「なんでもない」とだけ答えて早足で歩いた。

 歩く速度を上げられたことにびっくりしてキリアも急いで追いかける。そこで自分の足に足を引っ掛けてしまい……。

 バタン!!

 大きな音を立ててキリアは正面から倒れ込んだ。

 その音に気づいて振り返ったフィレスは一瞬唖然とした顔になり、少し緩めた顔つきでキリアの方に向かって引き返しきた。

「アンドロイドと戦えるぐらい成長した訓練生とは思えないほどの身のこなしね」

「えへへ」

 顔だけを上にあげて恥ずかしそうに笑うキリアの手をフィレスは握って体を起こすのを助けてあげる。立ち上がったキリアは自分の鼻の辺りをさすってからにっこり笑った。

「ありがとう」

「別に……受身ぐらい取れないとこの先大変よ」

「今のはいきなりだったから……!」

「敵からの攻撃はいきなりよ」

 言い訳をしたキリアに一喝入れたフィレスは早足にはならず、しっかりキリアの隣で並んで歩いた。




「アクセルゼネレーターってやっぱり銃も使うんだよね?」

「当たり前よ」

 朝食時の食堂。いつもどおりの席に付いた二人はいつものように言葉を交わしていた。

 フィレスの影のさした表情や言葉が気になっていたキリアだったが出来るだけ元に戻ってもらうためにもいつものように話題を降っていた。

「フィレスが目指してる研究隊ノエンティストも銃を?」

「……緊急時は使う。でも使えて損はないしまだ研究隊ノエンティストにいけると決まったわけではないから」

「きっとフィレスならいけるよ」

「……そんなのわからないわよ」

 ぱりっとぱさぱさのトーストに齧り付く。

 朝ごはんであるトーストとハムエッグを咀嚼する二人。食堂にはかなりの数の訓練生や上官が居た。

 キリアがトーストをごくりと喉に通した後に口を開いた。

「やっぱりアンドロイドに対して実弾使ったりするの?」

「使わないわ。使うのは赤外線の銃よ」

「赤外線? それじゃ撃たれたかどうか分からないんじゃない?」

「体に取り付けている装備に赤外線を察知する装置が付けられている。それが赤外線を察知したら動きが止まるわ。ただし、ヘッドショットや急所を狙った攻撃じゃないと止まらないけど」

「へぇ……、難しいんだね……やっぱり」

「銃はまだ簡単よ」

 最後の一口になるトーストを口に放り込んだキリアはコップに入った牛乳を飲み干す。

 小さく息を吐いて上を見上げる。天井の白い壁はところどころハゲていた。

 そこでふと思いついたようにキリアは言った。

「やっぱりアンドロイドって感情とかあるの?」

 その言葉にフィレスの眉毛がぴくっと動いた。

 四分の一にまで減ったトーストを持つ手が止まり、キリアの言葉に耳を傾ける。

「……ある奴もいるわよ」

「それってAIって奴?」

「それとは違うわ……もっと効率がよくて……完璧に近い……本物の人間のような……」

「今回相手するアンドロイドも?」

「……今回のは、きっと違うわ。今回はキリアの言う戦術AIの一部のはずだから」

 目を細めてからフィレスはトーストに口を付ける。

「フィレスはアンドロイドと一緒に生活したりしたことある?」

「……! 何を急に……」

「いや、だってアンドロイドの話聞くときいつもなんか思い出すみたいに考え込むし、さっきもまるで自分がそれを見てきたようなセリフだったから」

「……違うわ。あれはただ資料を見て」

「でもアンドロイド――――」

「いい加減にして!!!」

 バンッ!!

 小さな二人の間にある机にフィレスが手を叩きつけた。大きな音とフィレスの叫びが食堂の中にこだまする。

 勢い良く立ち上がったフィレスの姿を食堂にいる訓練生や上官が見つめる。

 そんな中、フィレスは歯を噛み締めながらキリアを見下ろした。

「私に……これ以上ルナの話をしないで」

「……ルナ?」

 急なフィレスの行動にキリアは目を見開いて唖然とするしかなかった。どうすればいいか分からないくて口をぽかんと開けてしまう。

 フィレスが言ったアンドロイドの名前を小さく繰り返す。

 フィレスはそのまま俯いて少し残ったトーストと半分ぐらいのハムエッグの入った食器を持ってキリアに背を向けた。そのまま厨房の前の返却口で皿を置き食堂から早足で出ていく。

 振り返り際にフィレスが泣いているようにキリアは見えた。

「フィレス……」

 静寂に満たされた食堂の端。小さな机につくキリアは心配そうに呟いて自分が発した言葉の重大さを考えた。



 ――そんな中でも実践演習の時間は迫っていた。







 記憶の廃材は邪魔で消し去りたいものであるのかもしれないがそれはまだ心の奥に残っている。

 廃材を燃やすにはそれを燃やすための廃材が必要になり、

 いつしか廃材を求め、記憶をたぐり寄せる。

 愚者も賢者も誰しもが。

 それがどんな物語を綴ろうとも。



                       To Be Continued






 


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