プロローグ&第四章
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重たい頭と体を引きずるようにキリアはすぐそばにあるベンチに向かって歩いた。まだキリアの周りには大都市の住民たちは帰ってきていない。まずは警備兵が大都市の状況を見て、そこから考える。それまでは大都市の住民はこの大都市に入ることは出来ない。
ベンチに腰を下ろしたキリアはそこでやっとクレアとリーフの事を思い出した。
「あいつら……! 今、どこにいるんだ!?」
急に立ち上がったキリアに案の定頭痛とめまいが押し寄せる。また頭を抑えながらベンチに座り込む。今すぐにでも探しに行きたい気分だったが今の状態ではとても無理。小さくため息をつき、キリアは空を見上げた。
さっきまで紫色に染められていた空は真っ青になっていた。所々に浮かぶ雲が流れている。風が強いせいか雲の流れがいささか速い。その動く青空をキリアは見上げ続けた。
数分が過ぎた後、キリアの耳に聞いたことのある少女の声が聞こえた。
「キリアァァ!」
「……?」
視線を声のする方に向けたキリアは自分に向かって走ってくる金髪の少女を視界に捉える。
ゆっくり背もたれから身を起こし、その少女を見据える。
「キリア!」
「フィレスか……」
俺のもとまで駆けつけた金髪の少女……フィレスはキリアの前に立つと急にキリアの両肩を掴んだ。
あまりにも突然のことでキリアは目を見開く。それに対し、フィレスは真剣な目つきでキリアを見つめていた。
「あの子達は?」
「あの子達?」
フィレスの質問に対し、キリアは意味が分からずオウム返しの言葉を返してしまう。
それが勘に触ったのか、フィレスは声を荒げながら言った。
「あの男の子と女の子よ!!」
「……クレアとリーフか!?」
「きっとその子よ! どこにいるの!?」
「今すぐに探したいところだが体が動かなくてな」
キリアはそっと瞳を伏せる。
今すぐにでも駆け出し、探しに行きたい。それは確かだ。戦闘に参加していないのだから死ぬことはないだろうけど異常が無くなってからキリアの方に駆けつけてこないのはなにかあの二人にあったからということを意味している。
キリアもそれは重々承知なのだが、体が動かない今どうしようもない。
「どうせ魔力吸収が行われている中で魔力の消費が激しい魔法とか使ったんでしょ? まったく……」
図星を言い当てられたキリアは顔を俯かせ地面を見る。次いで出る溜息も行き場がなくくるくるとキリアの顔の前を回る。
そのキリアの傍目にフィレスは自分の腰に巻きつけているポーチ内から小さな小瓶を取り出した。中に入っているのは白色の直径1,5ミリ程度の錠剤だった。フィレスは器用に片手で小瓶の蓋を開けると小瓶の半分まで入っている錠剤を二つ取り出した。
「ほら、さっさと飲んで」
「ん? それなんだ?」
「警備兵に支給される魔力回復薬よ」
「大丈夫なのか……?」
キリアの方に突き出されたフィレスの指先だけが露出している手袋をつけた手のひらに乗せられている二つの薬剤を見下ろしながらキリアは小さくつぶやく。回復薬だからと言って渡されて安易に信じれるほどキリアは能天気ではなかった。
「大丈夫よ。見ての通り半分ほどは私が接種してる。毒性も副作用も大量に摂取しなければ問題ないわ」
小瓶の中を見せるようにしながらフィレスは小瓶を振った。
それを見てからキリアはしばらく思案して迷っている時間がないことを悟ってフィレスの手のひらに乗せられた錠剤を手に取る。
一度、それを見て飲むのを躊躇ったキリアだったが大きく深呼吸したあと一気に口に放り込んだ。
「即効性のある薬だから数分すれば動けるようになるはずよ」
「あぁ……」
小さくため息をついてからフィレスはキリアの隣りに腰を下ろした。あまりにも自然な動作であったためキリアも一瞬惚けた顔をしながらフィレスの顔を見ていたがすぐに我を取り戻しすぐに立ち上がろうとするが頭がぐわんぐわんして立ち上がれない。
それを見越してなのかフィレスは小さく笑ってから口を開いた。
「さっきベルフェリング内の気配を調べたわ。でも灯火を確認できたのは4つ。私とキリアと私と一緒に戦った男と誰か……この4つだけよ」
「クレアとリーフの気配はなかったのか?」
「えぇ。だからさっき聞いたんじゃない。ベルフェリングの外に出ているのなら問題はないのだけれど、魔力吸収が終わっても尚帰ってこないというのが少しばかり気がかりで……」
「お前もそう思ったか……俺もそう思ってな。……どうしたもんか」
「それとも……あの二人が死んで……」
「それはない……と信じたい」
絶対的に否定できないのが事実だ。
戦闘に巻き込まれていないのは明らかだが魔力吸収でもしかしたらやられてしまっている可能性がある。だがリーフまでも倒れるとは思えないとキリアは感じていた。なぜなら幼い体といえど覚醒から時間がかなり経っている。覚醒が長ければ長いほど体の中には魔力が増え、増大する。クレアのようになったばかりの覚醒者でないリーフがそう簡単に倒れるとは思えなかったのだ。
だからといって完璧に否定できない。キリアでさえ三段花月を使ってここまで体のいうことが効かないだ。三段花月の魔力消費が激しいのもあるのかもしれないが普通ならば5発は容易いもの。それを一発だけしか打てないまで吸収される。それはつまりかなり吸収が進んでいたことを意味している。
キリアは頭に響く痛みが引いたことを確認してからゆっくり立ち上がる。
「なんとか動けそうだ」
手を開いたり閉じたりしながらつぶやくキリアを見てフィレスも立ち上がる。キリアより先に一歩前に出てキリアに振り返る。
ニコッと笑って言った。
「ちゃんと効いたでしょ?」
その顔はキリアの頭に強く残っているフィレスとの思い出に深く刻み付いられている顔だった。
キリアとフィレスが出会ったのはキリアが警備兵育成所に入ってからあまり時間が経っていないときだった。
十才という幼い歳が共通点になりフィレスとキリアはすぐに顔を合わせることになったからだ。八才に警備兵育成所に連れて来られたというフィレスとキリアはかなり近い境遇であり、すぐに意気投合した。遊ぶことはできなかったとはいえすれ違っては笑い合い、休憩時間には言葉を交し合うほど仲良くなっていた。
「フィレスは警備兵のどこに入りたいと思ってるの?」
キリアとフィレスは約三十畳はあろうかというほどの大きな食堂の端の二人用の机に向かい合わせに座りながら昼ごはんを食べていた。
白色で統一された綺麗な壁や床。大きな窓の外には芝生が広がりそこには幾人もの警備兵見習いや教官などが立っている。互いに向き合って木刀でやりあっている人もいればそれを見物しながら笑い合ったりヤジを飛ばしている者もいる。そんな者がいても教官が注意しないのが今が休憩時間である昼休みに当たるからである。
この昼休みの食事時はいつもキリアとフィレスは一緒にいた。他にいる訓練生や見習いは若くても十五過ぎ。キリア達ほどこれほど若い訓練生は居ないのである。そのため自然と妙な壁ができてしまい心から許して話し合ったり食事をするなど出来なかったのだ。
実際、フィレスは最初こそは違う訓練生や教官などと一緒に食事を取ったり休憩時間を過ごしたりしていたがここの生活に慣れるにつれていつの間にか一人で過ごすようになっていた。一人でいる方が楽しく一人でいるほうが気軽だと思うようになったのだ。
元々小さい頃から元気で活発だったフィレスだったが家庭の問題により感情や精神に問題を抱えていることもあった。だからこそ他の教官や訓練生はできる限り人と接して感情を取り戻し、精神を安定させる事を前提に一緒に行動していたわけだが一人が楽だと思ってしまったフィレスと共に行動するのは教官達によって厳しいものとなった。
壁が存在する時点で接しにくいところもあるのにさらに一緒にいることを拒否されたら共に行動するなど出来るはずがなかった。それがフィレスが一人で警備兵育成所を過ごす理由だった。
キリアも最初は自分の兄として慕うクレイモアと共に行動していたが、クレイモアは教官でありまたこの警備兵育成所の幹部に位置する人物であるためいつもいつもキリアと共にいれるわけではなかった。
また記憶を失っているキリアにとって知り合いの居ないこの空間はただの怖い空間であり一人で行動することが当たり前になってしまった。誰かに話しかけるなど論外でただ怖く、一人で一人の殻に閉じこもるクセがついてしまっていたのだ。
そんな中、クレイモアの紹介によりフィレスとキリアは出会った。
「あんまり……考えたことはないかな……強いて言うなら研究隊かな」
「へぇ……フィレス頭良いもんね!」
「そんな事……ないよ」
出会って約半年。すっかりキリアはフィレスになついていた。フィレスの感情がキリアとの接触でやや元に戻り精神も安定してきて他の教官達もすっかり安心しきっている。ただまだ完璧に戻っていないわけで元気良く話しかけるキリアに対してそっけなく返してしまうフィレスはやや大人に見えなくもなかった。
二人の関係はかなり有名で二人がお互い他人関係であり血縁関係が無い事はここの警備兵育成所内のすべての人が分かっていた。だけどその二人の様子があまりにも似ていることからフィレスに話しかける者はよく「お姉さん」とフィレスの事を呼んでいた。
だが、そう呼ばれてもフィレスは嫌な顔を一つせずしっかりと呼ばれた方に振り返り話をする。フィレスは感情が薄くまだうまく表に表せていないだけで嬉しかったのかもしれない。
「キリアは……どこに行きたいの?」
「戦闘専門防衛部隊!!」
握りこぶしを作り大きくうなづくキリアにフィレスはぽかんと口を開けた。キリアが今言ったアクセルゼネレーターというのは警備兵の中で一番トップに位置する部隊でこの共和国を守る最強の防衛部隊の事で、兵器を操る技術に覚醒能力、そして大変優れた戦闘能力を兼ね備える者だけが配属される部隊である。
もちろん、今のキリアは覚醒者では無いし戦闘能力も高いわけではない。十歳という若さにしては筋が良いというだけで決して強いという事はないのだ。それを知っているからこそフィレスは唖然とした。
そのフィレスを見てキリアはにっこり笑って言った。
「すごいだろ! 絶対に入るんだ!」
「……無理よ」
「そんな簡単に諦めるか!! 諦めたらそこで終わりだぜ!」
「……アクセルゼネレーターなんて入れるわけない……それに入っても命の危険があるだけよ」
アクセルゼネレーターに関してフィレスは何も知らないというわけではない。しっかり勉強としてその辺はしっかりと覚えている。だからこそそこまでに行き着くまでも苦労も、行き着いたあとの苦しみも学んでいた。
まだ十才という幼い子供である二人がアクセルゼネレーターに入るといっても問題はない。大きな夢を掲げることは人が成長するうえで必要な事だからである。だからアクセルゼネレーターになると言うキリアに対して「頑張ってね」の一言くらい言っても問題はないのだがそのような気遣いができるほどフィレスは考えれていなかった。
「それでも入るんだ! クレイモアさんみたいに強くなるんだ!!!」
「……クレイモア隊長は例外よ……」
そう言ってフィレスは目の前の小さな皿に入っている最後のサンドイッチを口に運ぶ。小さなさくらんぼ色の口がサンドイッチを食む。
夢を元気に語るキリアはフィレスになんと言われようとも「俺は強くなる」の一点張りでこの昼休みが終わる頃にはフィレスが折れて「そう」と素っ気なく返すようになっていた。
それでもキリアは違う通路を通り自分の訓練場に向かうフィレスの姿が見えなくなるまで手を振り続け、その様子をフィレスは少なくとも心地よく感じていた。
記憶の廃材は邪魔で消し去りたいものであるのかもしれないがそれはまだ心の奥に残っている。
廃材を燃やすにはそれを燃やすための廃材が必要になり、
いつしか廃材を求め、記憶をたぐり寄せる。
愚者も賢者も誰しもが。
それがどんな物語を綴ろうとも。
To Be Continued