第三章 ―7 戦闘終了
小さなぬくもり。
昔に失った唯一の家族と共に無くした物。そのぬくもりを今、リーフの腕の中で眠っている少女は与えてくれた。
あの時にリーフを抱きしめたぬくもりは紛れもなくリーフが求めていた物だった。
そしてその聖母のような笑顔を向けてくれた少女は今にも息絶えてつい最近までリーフが向かおうとしていた空の向こうに飛び立とうとしている。時機にこのぬくもりは冷えて冷たくなってしまう。
そのぬくもりのためにリーフは歩き、助け出そうとした。だが、その努力は虚しくリーフはその場に崩れ落ち、少女……クレアを抱きながら意識を落としていった。
街道の真ん中で一人の少女を抱きながら倒れ込んでいる少年の姿を見つけた二人の女は目を見開いた。
「大変! 誰か倒れてる!!」
「魔力が極限に減っている……かなり危ない」
「助けないと!!」
黒髪を腰まで伸ばし、赤色の布を頭に巻いた女が倒れ込む二人に駆け寄り腰に付けている剣を引き抜く。
そのまま早口で魔法の詠唱をはじめる。それに伴い女の持つ細身の剣が白く輝き始める。
その様子を視界に入れながらもう一人の金髪を側頭部から二つ伸ばす俗にツインテールと呼ばれる髪型を風に揺らしながら目線を大都市の中心に咲く真っ白い花に向ける。気配を感じるために碧眼の瞳を閉じるとその花の下に六つの灯火。それが人間の気配だと察する。
瞳を開き感情の色素のない顔を少年少女に駆け寄った黒髪の女に向けた。
「高回復魔法!」
黒髪の女は剣を持ってない左手を仰向けにした少年の胸に置く。それと同時に左手から白色の光が溢れ出す。
「これで少しはマシになればいいけど……」
「……」
黒髪の女の言葉にツインテールの女は答えない。ただ、回復をされている少年の腕の中にいた少女を見る。
そして、ゆっくり口を開いた。
「そっちの少女の方が危険……最優先にしたほうがいい」
「ほんと!? 見た目的にはこっちなんだけど!」
「魔力の減少は少年の方が大きい。だけど、少女は魔力の所有量が少年と比べて圧倒的に少ない。かなり前から瀕死状態だと見られる……」
抑揚のない、機械がしゃべるようにツインテールの女は言う。その言葉に感情らしきものは含まれていない。
「ルナが言うならそうなんでしょうね。じゃあこの子を最優先にするわ」
左手を少年から少女の胸に移動させる。だが、黒髪の女が使っている魔法は肉体的な回復に過ぎない。魔力を供給しているわけではないので少女……クレアの容態が良くなるとは言えない。
だが、魔力がなくなることによって覚醒者だけでなく人間の機動力の源の心臓が止まるという肉体的な現状は免れることは出来る。応急処置とまではいかないが生命線をたぐり寄せる程度の事は可能だった。
「覚醒集団……」
ルナと呼ばれた女はもう一度碧眼を閉じ、憂いを帯びた声で小さくつぶやいた。
――次の一手が勝負を決める――
全身に駆け巡る緊張と失敗したらという恐怖心。額に浮かぶ汗がゆっくりと顎に向かって垂れた。
逆手に持つ刀。なぜキリアが今まで型のはまらない攻撃で敵を切り裂き、それでも尚刀を折らず居れたのか。それはキリアの実力云々ではなく、ただ単純にこの刀のおかげだった。
双竜。
それはこの世に存在する最強で最凶の刀の名称である。
この刀は魔法と科学の双方が結託し、実力者が集まり作り出された二本の刀。それはそれぞれ最強の切れ味を誇り最凶の能力を秘めた今では使われることとなくなった刀。
その二本の刀が振られれば大地を裂き、天を穿つと言われ伝説となり数百年前に行方がわからなくなっていた。
それがいつの間にか人の手に渡り、それぞれの力を発揮しその刀身を赤く染めてきた。
双竜には‘不知火’と‘巴火’と名が付けられた。
‘不知火’は刀身だけでなく柄さえもが見えなく、それを手にしたもの以外はその刀身を見ることは叶わない。その刀は相手に軌道を読ませないのと共に長さや威力、形や強度を悟られないように作られた刀だ。
それを手にするものは‘不知火’にふさわしい実力を持つ人間でなければ‘不知火’はその持ち主を拒絶する。漆黒の炎を上げ持ち主を焦がすのだ。
まさに不知火という名が付けられたにふさわしい代物だった。
だが、もしそれを使いこなすほど‘不知火’を認めさせるほどの実力を持つ人間がそれを扱えば、それこそ最強の侍となる。
‘巴火’は如何なる攻撃、防御を行おうとも折れるどころか刃溢れすらしない永久不滅の刀だった。
どのような刃物よりも鋭い刃を保つ‘巴火’は如何なる使い方で敵を切ろうと必ず敵を切り裂くことができる。もちろん、それ相応の実力は必要になるが‘不知火’のように持ち主を選んだりはしない。
‘不知火’とは逆に人間がこの‘巴火’を選ぶのだ。誰もが手にする事が出来る。だが、それはそんな安易な物ではないのだ。
持つものによってその‘巴火’は姿形、長さ、重さを変えるのだ。なぜそうなるかはこれを作り出した人間たちが誰しもがこれを持てないようにするためだった。
‘不知火’と同じ対処だが、まだ命が奪われないだけマシと言えるのだろうか?
自分が使うのに適した姿形、長さ、重さの三拍子が揃うことはほとんどありえない。逆に考えれば‘巴火’も‘不知火’のように持ち主を選んでいるのかもしれない。
そして、その双竜の片割れである‘巴火’。それこそが、キリアの持つ刀だった。
今まで無理な攻撃から身を守り、無理な体勢、形、軌道を描こうとも、また大きな剣技を使おうともこの一本の刀がもっているのはその‘巴火’の能力のおかげだったのだ。
キリアもだからこそ自分の流派でやり方で戦うことができた。
そしてキリアが今から放とうとしている剣技。それは元々忍者が使っていたとされるキリアが覚えている中で一番速い攻撃。
元々はクナイや‘巴火’のような日本刀ではなく脇差を使うのがおススメの剣技だが、‘巴火’にそれは関係ない。
――三段花月――
それが技の名称。
これが、全てを左右する一撃となる。
キリアはスレイディッシュのどちらかがキリアに向かって駆け出すのを確認次第、発動する予定だった。三段花月は平面に並んだ敵を切ることができない。絶対に前後に間が開かなくてはいけないのだ。
だが、その代わり三人を一気に切り裂くことができる。この技はスレイディッシュに一番有効と思えたのだ。
(どっちが本体でも二つとも切り裂けば問題ない)
そう考えていたからだった。
スレイディッシュも何か来ることは分かっている。また突進してくるであることも。だが、スレイディッシュは大きな油断をしていた。
その突進技が一人しか狙えないと思っていること。それがキリアの技を見破るのに欠けているところだった。もちろん、スレイディッシュがそれに気づける訳ではない。
勝率は五分五分。それはキリアの考えであってスレイディッシュには万が一の考えが無かった。
(じゃあ、そろそろいこっかな! 見せてみて? お兄さん♪)
一人のスレイディッシュが駆け出した。その場に残るスレイディッシュはこっち側に突進してくるかもしれないと反撃の準備のために鎌を構える。
――いける!!――
瞬間。
キリアの足元にあった石が弾け飛ぶ。その弾け飛んだ様子を見た二人のスレイディッシュの瞳にはすでにキリアの姿は無かった。
(速っ!! どっちにくるの?)
二人とも鎌を反撃のために身構える。
「三段花月!!!」
瞬時に先に駆け出していたスレイディッシュの体がまっぷたつに切り裂かれる。それは一瞬の出来事で駆け出していたスレイディッシュは切られたことを知ることもないまま体が倒れていく。
(あっちを狙ったってわけね。残念ながら片方を殺しても私は死にません!)
にやっとスレイディッシュは口角を上げる。だが、すぐにその笑みは消え去る。
すでに自分の懐に入り逆手に持った刀の刀身が自分を切り裂く寸前であることをかろうじて視認したからだ。
「きゃぁぁ!!」
声を上げながら特殊覚醒者の経験蓄積でスレイディッシュの体が勝手に横に跳ぶ。だが、横に跳んだところでキリアの音速に迫る攻撃を避けきれるはずがなく――
バシュ!!
生々しい音を立てながらキリアの刀はスレイディッシュの脇腹を捉え、肉を引き裂き骨を砕き切った。その感覚がキリアの腕にも伝わる。
そのまま地面に足を擦りつけ減速する。そのまま体を抱え込むように項垂れる。体に激痛が走り意識が飛びそうになったからだ。魔力が体を正常に維持するのに必要な量を三段花月で失った。体に浮遊感がまとわりつきめまいがする。
そんな状態で後ろを振り向くとそこには座り込み漆黒の大鎌を足元に落としたスレイディッシュがいた。その右脇腹には腹の中心まで抉りとるような傷が服の切り裂かれたところから見え夥しい鮮血がそこから溢れ出ている。
だが、キリアはそこで焦った。
倒せていなかったからだ。
確実に倒せていたはず。大きく切り裂く手応えもあった。だが、スレイディッシュは紙一重……いや一糸一毛重に即死を免れたのだ。
「痛いぃぃ!! 痛いよおぉぉぉ!!!」
スレイディッシュは大きな傷口を抑え、大きく叫び、泣き始める。まだ泣き叫ぶ体力が残っている事をその泣き声は表していた。
(くそ……仕留めきれなかった……だが、今ならクレイモアの情報を聞き出せるチャンスかもしれない!)
キリアはふらつく体で立ち上がり、ゆっくりスレイディッシュに近づく。近寄ってくるキリアの存在に気づいたスレイディッシュはキッと鋭い、だが涙で充血した目でキリアを睨み叫んだ。
「許さない!!! 私は痛いの嫌いなのに!! 許さない!!! 許さないんだからぁぁぁあぁ!!!」
その声に圧倒されキリアは立ち止まる。立ち止まると同時に激しい立ちくらみがキリアを襲う。ついその場に片膝付いてしまう。
スレイディッシュは左手で覆い隠せていないまだ鮮血が溢れ出ている傷口を抑えながら右手で大鎌を持ち立ち上がる。
「まだ……立ち上がれる力が……あるのか」
「許さない!! ぶち殺してやるうぅぅ!!!」
スレイディッシュは傷口から左手を離し漆黒の大鎌の柄に移動させる。両手で掴んだ鎌を大きく右後ろに振り被る。それと同時に漆黒の大鎌から妖気のような藍色のどす黒い魔力が溢れ出す。数秒後、その妖気はスレイディッシュの周りをまとわりつくように激しく広がる。
その妖気が魔力だとキリアは気づいた。
(あれは……やばい……あんな高密度の魔力を練り出すなんて……)
キリアは今からくるだろう攻撃を避けるために立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。
魔力の解放のために力んで傷口を開くのもお構い無しにスレイディッシュは大きく今から放つ技の名前を言い放った。
「死の旋律地獄!!!」
瞬間、急速に魔力が増大する。
スレイディッシュが立つ地面にヒビが入り始める。
(動けない……躱せないぞ!)
キリアの心臓が激しく波打つ。
(こんなところで死ぬのか……クレイモアに復讐もしないまま!)
手に持つ‘巴火’が微かに震える。
(動け!! 動け!!)
だが、魔力を失った覚醒者が動くことなど物理的に不可能で急速に魔力が回復するなどという奇跡も起きない。
歯ぎしりをしながらキリアは叫んだ。
「動けぇぇぇ!!」
「死ねええぇぇぇ!!!」
その声がスレイディッシュの雄叫びに似た言葉と重なる。
……。
…………。
だが、スレイディッシュの鎌から高密度に集まった魔力が解き放たれること無かった。なぜか? そこには技を放とうと鎌を振るつもりだったスレイディッシュの右手首を白色のマントを着た男が掴んでいたからだ。
キリアは呆然とするしかなかった。
「やめろ!! レイ! 今それを放ったらいくらお前の魔力でも魔華花弁が吸い取ってしまう! もう十分な魔力を吸収した。これ以上、ましてやお前の膨大な魔力を魔華花弁が吸収したら構造が持たなくて拡散しちまう!! 今までの魔力もろともだ!」
「いやだぁ!! 離して!! こいつを殺すの!! ころすのぉぉ!」
「落ち着け!! 後からまた殺せばいいだろ!」
「いや!!! 今! 今殺すの!!」
「落ち着けって言ってるだろ! しかもそんな怪我して何言ってやがる! 帰るぞ!」
「いや!! 離して! レデント!! 私がリーダーなの!!」
「レイ!!」
白色のマントを着た男……レデントが殺す殺すと連呼して暴れるスレイディッシュの首を掴み、持ち上げる。
スレイディッシュは体が宙に浮き、大鎌を落とす。それに伴って妖気のような魔力も掻き消えるように消えた。バタバタと足を動かし「うぅ……」と苦しそうな声を上げる。
魔力が完全に消えたのを見たレデントは手を離し、スレイディッシュは地面に座り込む。
「う! ごほごほ……」
「落ち着いたか? とりあえず今は帰るぞ。後で幾らでも機会はある」
「……うん」
「よし」
レデントはスレイディッシュの頭に手を置いてブツブツと魔法の詠唱をした。
言い終わると背後の空間がゆがみ始め、上下に開き始めた。その中は真っ暗でなにがどうなっているいか分からない。
「お兄さん……私はレイ・クレイディア。あなたは?」
「……ぁ、俺はキリア・ヴァッシュベルンだ」
先に名前を名乗られて名前を聞かれたらつい癖でキリアは答えてしまう。でも、言ったからといってそこまで後悔しているわけではない。
「覚えてなさい……絶対に殺してやるから……」
憎しみの篭った、憎悪の目でキリアを睨んでからスレイディッシュとレデントは背後の空間の穴に飛び込んでいった。その穴の中に入り姿が見えなくなるとその穴はゆっくりと締まり、普通の空間へ戻る。
そして目の前に咲き誇っていた大きくいつの間にか神々しい輝きを放っていた魔華花弁は花びらを散らしながら消えていく。
途端にキリアを襲っていた脱力感が消え、魔華花弁の魔力吸収がなくなったことを悟ったキリアは動きにくい体で起き上がり刀をゆっくりと鞘に戻した。
結局、俺は何もできなかった……。
その悔しさがキリアの頭の中でただ響いた。
三人は復讐の物語を創造していく。
生きる意味と存在の答えを求めながら、
繋げられた因果を伝い、どこまでも続く闇に向かい……。
復讐という名の物語を創っていく。
To Be Continued




