プロローグ&第一章
下手な小説ですが、気にせず読んでいただけると幸いです。
誰も居ない。
帰る場所が無くなった。
とてつもない悲しみにキリアは押しつぶされそうになっていた。
全てを失う悲しみは十歳という幼さには重すぎたのだ。
涙も枯れ切ったキリアには何もできず、ただ冷たい地面にへたり込むしかなかった。
長い黒髪がキリアの目を隠し、顔を上げることができず……そんな全てを失った少年の前に一人の青年が手を差し伸べた。
キリアはゆっくり視線をあげ、長髪の黒髪を風になびかせながら夜の月に照らされる整った青年の顔を見る。
「……お兄ちゃん、誰?」
キリアの問いかけに青年は薄い笑みを浮かべ答える。
「まず、お前の名を教えろ」
「キリア…」
「キリアか。いい名前だ」
「お兄ちゃんは……?」
青年は手を引っ込め、目線を同じ高さにするためしゃがみ込む。
「俺の名は……」
雀の鳴き声でキリアは目を覚ました。
樹の根元に背もたれていた体をゆっくり起こし、緑の一面を見渡す。
風により草木は揺れ自然の豊かさが強調される。
(夢か……。あんな昔の……っ)
キリアはそばに置いてあった刀を腰につけ立ち上がる。
そのまま足を踏み出し、樹の陰から抜け出した。
空は快晴で濁った雲などありはしない。
見覚えがある光景……。そうここはキリアとキリアを救った青年が初めて会った場所。全てが始まったあの思い出の場所。
キリアにとっては復讐の対象となっているあの青年との。
(なにも……なくなるわけではないんだな)
キリアは緑の一面をもう一度見渡す。昔、この地にあったキリアの思い出の染み付いた村は跡形もなくなくなっていて……。
安らかな風がキリアの黒髪をなで、去っていく。
キリアは瞳を伏せ、小さく息を吸った。そして先にある大都市ベルフェリングに向かい、足を進める。
いろんな人々が通り過ぎている大通り。
買い物袋を持った母親。
町の警備に当たっている警備兵。
楽しく喋りながら歩く学生達。
仲良く手を繋いで歩く恋人同士。
そんな‘今’を生きている人々の中に流れるようにキリアは歩いていた。
キリアの姿は明らかに異様なので歩く人々は間を空け、歩いていく。
黒のチェーンメイルに黒のマントを羽織り、黒の革ズボンに膝当て、腰に刀。
布や絹で作られた服を着ている一般人にとって、キリアの姿は浮いていたのだ。
だが、キリアはそんな事は気にもせずに歩いていた。
人で埋め尽くされた大通りから逸れ、少し狭い街道を歩く。さっきより人が少なくなったとはいえやはり騒がしいのは騒がしい。
その道を数分歩き、ふとキリアは立ち止まった。右側に立っている酒場に目が向いたからだ。キリアはそこで情報屋のことについて聞こうと酒場に足を踏み入れた。
中は西部劇にでも出てきそうな酒場みたいなデザインで中年の親父や若い女性、警備兵などで賑わっている。中のうるささは外のに比べてうるさく感じた。
キリアは中を見渡し、空いていたカウンターを見つけ、そこに腰掛けた。
「いらっしゃい。何飲むんだい?」
カウンターのマスターが注文を聞きにキリアに声をかけた。おしぼりをキリアの前に丁寧に置く。口元に小さく生えた髭が微かに揺れた。
だが、そのマスターの質問にキリアは答えずに言った。
「この辺りに、有名な情報屋が居ると聞いてきたんだが……どこか知らないか?」
キリアの質問にマスターは顔をしかめた。それはそうだ。商売である酒場に情報を聞きに来るためだけに寄られたらマスターにしたら気分が良いわけじゃない。マスターはしばらく考えた後、顔をニヤつかせながら言った。
「何か注文してそれを飲み干したら教えてやる」
「そうか。なら結構だ。他を当たる」
キリアのそっけない+即答の答えにマスターは唖然とした。
キリアはカウンターから立ち上がり、マスターに背を向ける。
「失礼する」
そう一言残し、酒場を出ようとする。
しかし……。
「おい、兄ちゃん」
背後からテーブルで三十代後半の男四人組の一人が立ち上がりキリアを呼び止めた。
「なんだ?」
キリアは振り返る。
「おまえ誰かに似てるなぁ~と思ってたんだ」
「……」
「お前もしかして、キリア・ヴァッシュベルンじゃないか?」
「なぜ、俺の名を知っている」
キリアは顔をしかめた。キリアはこの男と面識がないからだ。
それにもかかわらず男は続ける。
「いや、クレイモアのそばに居た奴に似ていたからな。だ……なんだよ……?」
男が喋り終わる前にキリアは刀を抜き刃先を男の首筋に突きつけた。
周りが沈黙に包まれる。
酒場の明かりにキリアが突き付けた刀の刃が光る。
「お前……クレイモアの事を知っているのか……?」
キリアは静かな声と共に男をにらみ付ける。
男は金縛りにあったように動かない。いや、動けなかった。
「答えろ」
刃先が男の首の皮膚に当たる。
「ひっ!!」
「答えろと言ってるんだ!!!」
キリアは男の悲鳴をかき消すように大声で怒鳴った。
その瞬間、酒場にいた警備兵達がキリアに向かい駆け出す。
その様子を視界に入れたキリアは刀を男から下げ、すぐに駆けつけてくる警備兵に向ける。
そのキリアの行動に警備兵の動きが止まる。
「貴様! 何をしようとしてるか分かってるのか!?」
警備兵の一人がキリアに叫ぶ。
もう一人が腰につけた剣の柄に手を回す。
「お前達こそ何をしようとしてるか分かってるのか?」
キリアの静かな質問に警備兵達は顔をしかめる。
未だに酒場にいる人たちは動かない。
キリアの圧倒的な威圧が酒場を支配していたのだ。
警備兵がにじり寄る。
刃が鞘から顔を出した。
「俺の復讐を邪魔するのなら、いくら国家権力でも容赦はしない」
キリアは何かに取り付かれたように虚ろな目で警備兵を睨み付ける。
いや、取り付かれているのだ。復讐という因果に……。
「おい、おっさん。クレイモアが居る場所を知っているか?」
キリアは男に目線を合わせずに問いかける。
突然の問いかけにさっきまで刀を突きつけられていた男は声を上ずらせながらやっと開いた口で答えた。
「い、いや、知らない」
キリアはそれを聞くと目を伏せ、刀を鞘に収める。
「悪かった。逆上していた……。謝る」
キリアは警備兵に向かって軽く頭を下げた。
警備兵は互いに顔を見合わせた。
そして低くしていた体勢を戻し、剣の柄から手を離した。
「今回だけだ。以後気をつけろ」
警備兵の言葉を聞いたキリアは頭をあげ、沈黙が漂う酒場を後にした。
外はさっきまでの静寂とは別次元のように騒がしかった。
キリアは周りを見渡した後、目的の情報屋を目指すためにまた人ごみに入っていった。
その少女は大通りを歩いていた。
ぼろぼろの服を身にまとい、ナイフで雑に切りボサボサになった金髪のショートカットを煤や泥で汚し、黒ずんだ顔をキョロキョロと動かしている。
ここ大都市ベルフェリングは数少ない発展途上国の中心に位置しており、商売や貿易のグラフは右斜め上にしか延びていない。
商業の中心地と言われている。
だが、その分 詐欺やスリ。無職者や孤児なども他の町とは比べられないほど多く存在していた。
この少女も例外ではなかった。
大都市の路地裏で寝ている孤児と変わりはない存在だった。
そして少女は金を欲していた。
食べるための、生きていくための金が必要だった。
だが、こんな孤児の少女を雇う店なんてありはしない。
と、なるとやれることは限られてくる。
そのうちのひとつをこの少女は実行しようとしていた。
目と顔をキョロキョロと動かす姿は明らかに異様だが、人々はキリアのように間を空けて歩いたりはしない。
こういう孤児がいることが普通と思う輩が多いからだ。
可哀想にも思える状況だが、少女にとっては好都合だった。
少女の青色の瞳は一人の女性を見定めた。いや、正確には女性ではなく女性が下げているバックだ。
白い帽子を被り、買い物大好きのお嬢様といった風な姿をした女性だ。
腕には白のキャリーバックが下げられている。
少女はその女性に向かい一直線に歩み寄る。
そして女性の横に来ると慣れた手つきですばやくキャリーバックから顔を出していた財布を抜き取る。 女性は気づく気配を見せずに歩いていく。
少女はすぐさま女性から離れ、大通りから外れ路地裏に入り込む。
大通りからは見えない奥の方に入ると抜き取った財布を開ける。
中には金硬貨、銀硬貨、銅硬貨が溢れんばかりに入っていて、そこに銀行カードとキャッシュカードときたら少女のテンションがそのままであるはずが無い。
「すごい! 久しぶりの当たりだ! これなら服も買える。お風呂にも入れる。やった……やった!!」
路地裏全体に響くような大声を張り上げる。
すると足元の布が動き始める。
「え? なに」
少女は驚愕しながら後ずさる。
すると布の中から一人の中年の男が現れた。
この男は無職者だ。
少女のように顔は汚れ、ぼろぼろの服を着ている。
「なんだぁ……人が気持ちよく寝てるってのに……。ん? それは……金じゃねぇか!!」
男は女の子が手に持ているものを見て声を張り上げ、女の子に近づき財布を奪い取ろうとする。
「やめて!! 私のお金!」
「黙りやがれ! どうせ人からスッたんだろが! 俺によこせ」
女の子の力では男の豪腕に勝てるはずも無く、無残にも財布を奪い取られてしまった。
男は満足そうにバカ笑いしながらその場を去っていく。
女の子はその場に崩れ落ち、涙を流し始める。
必死に声を出さないように堪えるが我慢できず……。
「うっ……。くぅぅ……ふえぇえぇ」
泣いてしまった。
そんな少女に一人の青年が声をかけた。
「どうした?何泣いてる?」
涙のモザイクがかかった少女に映る青年の姿はほぼ黒の服に覆われていた。
――数分前
キリアは大通りを歩いていた。
前と同じく大通りを歩く人々は間を空けて歩いていく。
もうすっかり慣れてしまっているキリアは不快な気持ちにもならず、ただ平然と情報屋を探していた。
多くの人々とすれ違う中、キリアは向かいから歩いてくる少女の姿に目が止まった。
ぼろぼろの服を身にまとい、顔は黒く汚れている少女の姿に。
やたらと周りを見渡しながら歩くその光景をキリアは不可思議に思った。
(あの子。もしかすると……)
キリアの直感は当たっていた。
少女は狙いを定めたように白い服を身に纏った女性をまっすぐに見つめ、一直線に歩き出す。
そして……。
(やはりな……)
キリアは重いため息をつく。
用を済ませた少女はすぐに路地裏へと消えていく。
しばらくスられた女性を見ていると女性はキャリーバックの異変に気づいたようで大声を出した。
「やだーーー!!スリにあったわ!警備兵さん達!」
その声を聞いた警備兵達はその女性の下に走っている。
キリアは自分の用件を後回しにしてさっき路地裏に消えていった少女のあとを追った。
路地裏の中は足場が悪く、薄暗い。キリアは苦労しながらなんとか先に進む。
「ははははははは」
男の笑い声が聞こえてくる。
ここは何かの溜まり場なのだろうか、とキリアは思い沈んだ気持ちで先に進み続ける。
奥の方で少女のすすり泣く声が聞こえる。
(ややこしい場所だな……って愚痴っても仕方ないか)
引き返そうと思う自分の心に終止符をうつように言い聞かす。
そして小さく泣く少女の前に立ち、声をかけた。
「どうした? 何泣いてる?」
と。
その光景は全てを失った少年に声をかけた青年の姿と一致するものがあった。
キリアは少女に問いかけた。
だが、少女はキリアを見上げたまま涙を流す一方。
泣き止むだろうとしばらく放置していたキリアだが少女に泣き止む気配は全くない。
その事を察したキリアは腰につけている小さなポーチから飴玉を五つほど取り出した。
「ほら、これで元気出せ」
飴玉を差し出す。
少女は最初のほうは警戒するように見ていたがしばらくするとゆっくり手を伸ばし、飴玉を受け取った。
「ありがとう……」
今にも掻き消えそうな声で少女は礼を伝えた。
そして飴玉のひとつの包装紙を開け、口の中に入れた。
「どうだ?うまいか?」
「うん……」
キリアの問いかけに少女は小さくうなずく。
涙も止まっていた。
「親……いないのか?」
「うん……」
「それでスリか?」
「え?」
少女はキリアの言葉に驚きを隠せず、声を漏らす。
「返してやれ……。困ってるぞ、あの女性……」
「でも……」
少女はまた目に涙を浮かべる。
うるうるの目には全くの無垢しか映っていない。
「ないの……」
少女の言葉にキリアは首を傾げた。
キリアは少女の周りを観察する。
盗んだものらしき物は置かれていない。
ただ、一枚の金硬貨以外。
キリアは落ちていた金硬貨を拾い上げる。
金としての輝きをまだ失っていなかった。
(ついさっき落ちたものか……)
キリアは考えをめぐらせる。
‘でもないの’という少女の発言。来るときに聞こえた男の笑い声。ついさっき落ちた物だと思われる金硬貨。路地裏は無職者や孤児の溜まり場。
キリアはそれで分かる真相に最も近い答えを考える。
(この手がかりで見つけ出せる答え……か……)
キリアの頭に浮かんだ答えそれは……。
「取られたのか?」
「うん……」
「元気だせ。悪い行いで手に入れたお金なんかで良い物なんて手に入らないよ。仕事見つけて、金稼げ。」
少女は俯く。
「探したもん。でもどこも受け入れてくれないの……」
キリアはこの子を一緒に旅に連れて行きたくなった。
こんな子をこのまま放置していくなんてできない。
だが、自分の感情でこの子を危険にさらす訳にもいかない。
この二択にキリアは頭を悩ませる。
カラスの鳴き声が聞こえる。
もう夕方だ。
街灯が光りだした。
もう夜だ。
ずいぶんと時間が経った。
それでも少女はキリアから目を離さなかった。
キリアはようやく見出した答えを発した。
「がんばって生き抜け。じゃあな」
少女を連れて行かない事にしたのだ。
冷たく感じられるこの言葉もキリアにとっては一番想いのこもった物だった。
キリアは少女に背を向け、路地裏から出ようと足を踏み出す。
その時、キリアの漆黒のマントが少女の手に握られた。
キリアは振り返り、少女を見下ろす。
「なんだ?」
「お兄ちゃん。旅人でしょ?」
「あぁ」
「私も連れて行って」
まさかの言葉にキリアは言葉を詰まらせた。
少女の口からその言葉が飛び出すとは思いもしていなかったのだ。
なんと返事を返せばいいのか悩むキリアに少女は続けた。
「こんな所でのたれ死ぬのはイヤだ!」
キリアは思いつく限りの言葉で反論する。
「俺の周りには危険が常に付きまとっている。お前をそんな目に合わしたくない」
少女も負けない。
「ここで死ぬよりかは良い。ずっと良い。だからお願い」
「だめだ……だめなんだ」
「なんでも言うこと聞くから!いっぱいお手伝いするから。だから……」
「俺は!復讐者なんだ!人を殺そうとしてるんだ!」
「えっ!?」
路地裏に再び静寂が戻る。
深い闇が少女の顔を隠す。
しばらく、なにも喋らない。
その沈黙を破ったのは少女だった。
「それでも良い。お兄ちゃんについていきたい」
「っ!」
「復讐のお手伝いもする。だから……」
「わかった!わかったから……」
キリアは根負けしたように言った。
しゃがみこみ少女の頭を撫でる。
「だから……泣くな」
少女は頷いた。
その時、少女は泣いていたのだ。
「結晶石……というとあの?」
「あぁ」
小さな部屋で二人の男が話している。
二人は机を挟み、話をしている。
机のうえには大量の本が積み重ねられ、大量の紙が散らばっている。
一人は椅子に腰掛け、もう一人は立って話をしている。
「その結晶石を利用した研究が進められていると聞いたんだが……」
「えぇ…その情報なら入ってますよ」
「いや、それを聞きたいんじゃなくてだな……ただ結晶石の発掘場所を知りたい」
「発掘場所?発掘場所でしたらウラウ鍾乳洞だったはずですが」
椅子に腰掛けている男は眼鏡を中指で押し上げた。
「ウラウか……そう遠くはないか」
「ウラウ鍾乳洞はですね部外者の侵入拒否のために特別の魔法陣トラップが組まれているんですよ」
「魔法陣?また厄介だな」
立っている男は無造作に頭を掻き毟る。
「じゃあどうすれば良い?」
「魔法使い、もしくは法陣師に同行してもらってトラップの位置を確認しながら進むしかありませんね」
「しゃあねぇな。じゃあ探してくっか」
「私もできる限りお手伝いしましょう。使える魔法使いなどがいましたら、そちらに連絡します」
「ありがとよ。じゃあ行ってくらぁ」
立っていた男は座っている男に背を向け、部屋から出て行った。
それを見送った情報屋は立ち上がり、本棚にびっしり詰まった本のうちの一つを引っ張りだした。
「たしか結晶大爆破装置でしたっけ」
独り言を呟きながら本を捲り、あるページで捲る手をとめた。
この本は情報屋が集めたいろいろな情報をまとめたうちの一つである。
本の中は手書きの文字がびっしり書き込まれており、日々の努力の結晶と言える代物である。
そして、その情報屋が見るページのタイトルは……。
‘結晶石の合成に伴う装置と使用方法’
「爆破震度数千二百……。いつ読んでも化け物みたいな数字ですねぇ」
パタリと本は閉められ、元あった本棚に収納する。
情報屋はため息をつき椅子に腰かけた。
ほとんど人気の無い大通りをキリアと孤児の少女は一緒に歩いていた。
キリアはいつも通り無表情。
だが少女はニコニコと微笑んでいる。
ほんとに不釣合いな光景だった。
「そういえば、お前の名前聞いてなかったな。名前なんて言うんだ?」
「クレア。クレア・パトラディッシュ」
「クレアか……俺はキリア・ヴァッシュベルンだ」
クレアはまたニコニコ笑う。
キリアはその様子をジトーとした目で見る。
そしてまた歩き出す。
二人は復讐の物語を創造していく。
繋げられた因果を伝い、どこまでも続く闇に向かい……。
復讐という名の物語を創っていく。
To Be Continued