08話
リオは緊急時にすぐさま拠点として稼働できるようにと予め指定されている「緊急司令室」へと駆け出していた。ホールの招待客がスムーズに避難していることを確認しつつ、使用人達も含め人混みを掻き分けながら進んでいると、レーウ騎士団団長補佐官の一人であるカーティスが駆けつける。
「副団! 未だ犯人確保ならず他騎士団と連携行動! 団長はすでに司令室! 以上!」
「わかった。お前は団長の元に残れ」
「了解です!」
カーティスの言葉にリオは向かう先を司令室から非常事態時での控え室となっている部屋に変更する。そこにはすでにレーウ騎士団の団員が十名ほど待機しリオを待っていた。
「すぐに現場へ行く。状況の説明を」
部屋には入らず入り口で団員に声をかけると外へ足を向けた。後を追うように数名の団員が続く。
「報告します! 全騎士団では現在単独複数両面から調査中」
「この数日は特に警備が厳しかったはずだ。それより前にすでに侵入していた可能性があるな」
「すでに多方面に指示済みです」
「王都門は?」
「閉門指示済みです」
「関所、国境管轄の騎士団には?」
「指示済みです! 海兵団にも港の一時閉鎖指示を出してます!」
非常口から中庭を突っ切って駆け抜けながら部下から可能な限りの情報を聞き頭に入れる。そして着いた先は、犯人が矢を放ったであろう王宮の裏手にあたる雑木林の場所だった。
すでに近衛団、第一団、そしてレーウの騎士団服を着た団員が集まっていた。リオは少し離れたところで足を止めると目視で木と王宮の距離を測る。
「…………」
軽く百メートル以上はあるだろう。
「リオ」
「アレックスか」
走り寄ってきたのは、レーウ騎士団の第一隊長を務めるアレックスだった。
「今のところ手掛かりはここだけだ」
「…のようだな。警備の者は何と言っている?」
今夜は特に警備が厳しかったはずだ。近距離に均等に騎士が配置され、それは王宮から中庭全体、そしてこの場所まで連なっていた。
「情報によると騎士の一人が後方からの煙に気付き確認のためその場を離れた。だがその一人がなかなか戻らず、もう一人が後を追ったらしい。それも戻らなかったため念のため今度は二人で動き、別の者がこの状況を知らせるべく持ち場の責任者である中隊長の元まで報告に行った、ということだ」
「煙幕で誘い、持ち場を離れさせたか。その騎士らは?」
「この数十メートル先で発見された。怪我は負っているが命には別状ない」
あの矢はどこから射られたのか。ここからでは距離的にも先ほどの状況にも無理がある。あれは誰か個人を狙ったというより歓迎式典の混乱が目的だろう。だがその先に誰かいたとして単に不運な人間という扱いだ。誰かの命を奪ってしまう行為に変わりない。現にエルネスタは怪我を負った。いや、怪我で済んだ。
普通の侍女にはできない身のこなしをした己の婚約者がふとよぎったが、それは今は後回しだ。
「灯りを持て。ここから騎士の発見された現場まで見たい」
「了解」
アレックスは部下に松明とランプを持ってくるように指示を出す。すぐさま数名が灯りをもってリオの元へと駆けつける。リオはランプを持つと、鬱蒼と茂る雑木林へとゆっくり進み出した。
リオを中心に松明を持つ騎士が四名続き、アレックスもランプを手にリオと並ぶ。
「おいリオ、この暗さじゃ限度があるぞ。現場を規制して明るくなってからの方が確実じゃないのか?」
「…そうだな」
頷きながらも足を止めないリオにアレックスはやれやれと小さく呟く。
彼は地方領主の三男で隊長という立場はリオからすれば部下になる。だがリオが海兵団にいた頃からの付き合いのためかなりフランクな間柄ともいえる。
揺らめく灯りのもと騎士の足取りを確認するようにゆっくりと進んでいく。雑木林といえ王宮の一角である。一見無造作に見えるが、庭師がわざわざ自然さを造っている「雑木林のような」庭なのだ。そのため多少雨風の影響を受けはするが、それなりの手入れをされている。
すると一つの茂みの部分が踏み倒されたような形跡が目に入った。
「ここで襲われたようだな」
アレックスは同行していた騎士に目配せをすると松明を近くに掲げさせる。高い位置からの灯りが現場を照らす。
「あまり争った感がないな。抵抗なく倒されたというわけか」
騎士が配置されていた場所からここまでは約三十メートル。暗がりに遠くの松明の炎が目視できる。
「襲われた騎士の話を聞きたい。第一騎士団の救護室か?」
「だろうな。すでに第一団が聴取済みなはずだぜ」
「俺は聞いてない」
「はいはい。じゃ、さっさと行こうぜ」
頑固なリオの性格を知っているアレックスは素直に頷く。団員に後を任せ、元来た道を二人は足早に進んでいく。騒動後も多くの騎士が警備のため配置場所にそのまま立っている。今、事件を追っているのはある程度地位のある団員のみだ。
「俺たちが動くってなると第一団はいい顔しないだろうな」
アレックスが面倒くさそうに言う。
「動くと決まったわけじゃない。ただ初動捜査は肝心だからな。自分の目と耳で確かめたいだけだ」
第一騎士団の騎士棟は王宮門のそばに建てられている。城全体を警備するのが大まかな仕事となるため、今夜の警備もその中心を担っていた。ただ今回は他の騎士団とも合同での警備体制だったため、失態の責任を第一騎士団だけに押し付けるには酷だろう。
「あいつらプライドだけは高いからな。関わりたくないってのが本音」
「相手にしなければいい」
「普段は極力そうしてるさ」
ロザエ王国では騎士団同士の横の繋がりが強い方だ。所属により守る対象や警備体制などは違うが合同訓練は数ヶ月単位で行い、年一回は剣技大会が行われている。
だがレーウ騎士団のみはそのどれにも参加していない。そのため武勲を立てたいと思っている騎士からすれば少々物足りなく感じるところもあるだろうが、そもそもレーウ騎士団というものには簡単には入れない。なにせよ「スカウト」でしか入団できないという特殊性があるのだ。
そして第一騎士団は王宮中心の警備ということで貴族出身が多くを占める。それがなかなか変なプライドだけは高い人間が多い。腕が同等であるのに花形と呼ばれる近衛騎士団に対し劣等感に近いものをもっており、その矛先をレーウ騎士団にも向けているのだ。剣技大会にも参加しない軟弱騎士団だと揶揄っては下に見ている連中もいる。
レーウ騎士団が特殊な任務に携わる精鋭揃いだという認識はあるが、なかなか表立って出てこないために地味な騎士団というイメージもあるのだろう。レーウ騎士団には腕よりも頭脳を評価されて所属している者も多い。軟弱扱いはそのためだろうが、彼らだって普通に剣の腕はもっている。だがそれこそ合同訓練や剣技大会で披露する機会がないため、嫌味を言うにはちょうどいいのかもしれない。
とはいえ、騎士団共通としてあるのは「レーウ騎士団には逆らうな」だ。ちょっとした陰口や高飛車な態度をしつつも本気で相手にしようとする者はいないだろう。
中庭を過ぎて、王宮に隣接する第一騎士団の棟へと続く渡り廊下を歩いて行く。未だバタバタと騎士たちが騒がしく往来する中、一階奥にある救護室は静まり返っている。
アレックスがドアをノックして声をかけると騎士団付きの医師が顔をのぞかせた。
「失礼する。レーウ騎士団だが、少し話が聞きたい。いいだろうか?」
「これはこれは。ええ、どうぞ」
老齢の医師がにこやかに迎えた。
「今夜のことですね? 皆さん、軽傷で済んで本当に良かったです。とはいっても、すぐすぐ復帰できる怪我でもありませんので、しばらくは安静が必要です。お話くらいなら構いませんよ」
救護室の中は広くベッドが十床ほどあった。またその奥には大掛かりな治療をする部屋と重症患者のための個室もある。幸い負傷した騎士は大広間のベッドに寝ているようだ。
「レーウ騎士団の者だが、怪我をしているところ悪いが話を聞かせてほしい」
騎士たちはレーウという名を聞いてどこか緊張した面持ちで頷く。負傷箇所は違うがそれぞれ手や足を中心に怪我を負っており、まだ痛みがあるためか息の荒い騎士もいる。
「痛み止めは?」
「そろそろ効いてくるころでしょう」
リオが医師に確認し、騎士を一人一人見た。まだ若い騎士ばかりだ。おそらくあの配置場所を考えると新人に割り当てられたとみえる。二人がベッドから起き上がって座っており、もう二人は横になっていた。
「じゃあ、まず最初に異変に気付いた者は?」
「はい、私です。第一騎士団五連隊所属アレン・ポッド第二小隊長です」
「煙にいち早く気付いたようだが?」
「はい。煙というより最初は匂いです。気のせいかと思ったのですが確認のためここにいる者に持ち場を任せて離れました。といっても灯りもない暗闇でしたので、あまり深入りはしないつもりでした。しばらく進んで何事もなかったので戻ろうとした時に斬りつけられました。……反省してます。不覚でした」
悔しそうに唇と噛みしめる。彼は左腕を負傷しているようだった。
「助けは呼べなかったのか? 笛はもっていただろう?」
「それが……、誠に不甲斐ない話ですが、その前に気を失ってしまいました。おそらく何かの薬を嗅がされたんだと思います」
「薬?」
「斬りつけられた直後に目眩を起こし、立ち上がることさえでず、そのまま意識を……」
「薬は直接か?」
「よくわかりませんが、どこかに仕掛けてあったのかもしれません。もしかすると煙の匂いだと思ったのは、その薬だったのかと今は思っているんですが……。第一騎士団の聴取でも同じことを言ったので、現在検証中だと思います」
ポッド小隊長は座ったまま怪我を負っている左手をジッと見つめなからも淡々と状況を説明した。
「次は、君の話を聞きたい」
リオはポッドと同じくベッドから起き上がっている未だあどけない顔の青年を見た。
「は、はい! おれ、いえ、自分は同じく第一騎士団────」
「あー、その長ーい所属名はもういいから」
アレックスが苦笑しながら遮った。
「は、はい。自分はポッド隊のルイーガ・タスです。ポッド隊長がなかなか戻らず、そして後を追ったケイリーも戻ってこなかったため、自分とそこのオリバンと共に二人を探しに行きました」
オリバンと思われる青年が横になったまま頷いた。ケイリーというのは少し苦しそうに横たわっている青年のほうだろう。頭に包帯を巻いている。
「なんせ暗闇だったので何が起きたのか今もわからなくて。とにかくオリバンの呻き声が聞こえたと思ったら、自分も足を斬りつけられて……。蹲ったところに首に一撃をくらい気を失ってしまいました」
オリバンは肩を、ケイリーは足と頭を負傷していた。二人とも斬りつけられた後に同じように気を失ったということだった。
「他に気付いた点などあるか?」
「……いいえ今は何とも。まさか式典の会場があんなことになっていたなんて驚いています」
「……人影なども見てないか?」
「はい。気配があれば気付くとは思いますが、なんせ暗闇でしたし、そもそもここまでの警備は自分も初めてになるので緊張していたと言いますか……」
ポッドは顔を青くさせて俯いた。他の騎士たちも一様に項垂れる。まだ入団数年になるだろう騎士にとって、この失態がどのような叱責を受けるのか戦々恐々なのかもしれない。
「ま、怪我だけですんで良かったと思えばいい。後のことは上層部が動くだろうから、今はゆっくりしてな」
アレックスが苦笑混じりに慰める。
「あ、あの。レーウ騎士団も調査を?」
「あー、いや、まだそれはわからんが……」
微妙な顔で聞いてくるポッドにアレックスがチラリとリオを見やる。
「俺も式典に参加している最中での出来事で、矢が射られた瞬間も目撃している。そのため当事者として初動に加わっている」
リオの言葉に「そうですか」と小さく言うと押し黙った。
自分たちの過失がレーウ騎士団の調査対象となりうる場合は、第一騎士団からみれば余計な面倒ごととなりかねない。上司を含め、またその上のお偉い方から何を言われるのかを気にしているのだろう。
「事は大きいが、まだ新人に近い君たちはやれることをやったんだ。状況判断は間違っていないから、そう落ち込むこともない。まだまだこれから挽回の余地はあるだろう」
「そうそう。俺たちも城での事件は一通り把握しておかなきゃいけないもんでね。第一団の邪魔はしない──と上には言っときなよ」
リオとアレックスの言葉に一同は少し安堵した顔を見せた。




