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07話

  ハインツの姿もエルネスタと似たような軽装で、とても一国の王子には見えない。


「まったく、何怪我なんてしてんのさ」

「かすり傷よ」

「女の子なんだから少しは気にしなよ〜」

「今更言う?」

「確かに」


 とても王子と侍女らしからぬ会話と物言いではあるが、二人にとってはこれが普通だ。もちろん、表の顔の時には肩書き通りの二人に戻る。


「それにしてもあなたが動くなんてね」

「いや、それがたまたまなんだって。ちょっと抜け出そうと思ってたらさ、まさかの拾い物してさ。そしたらこんな大騒ぎになってるし、一応きみも動くかなと思って来てやったってわけさ」

「こんな警備の厳しい日に抜け出そうなんて…。でも厳重な警備とはいっても穴があったのは事実よね」

「近衛団や第一団の失態ということで」

「何言ってるのよ。『私たち』も同じでしょ」


 この国の第三王子ハインツはれっきとしたロザエの影集団【月】の一人だ。表向きは病弱な第三王子であり、すぐ体調を崩すため公務や執務も最小限こなす影の薄い存在となっている。

 齢十歳の時に大病を患い、療養のため気候が豊かで医術や薬草などに優れたロザエ侯爵の領地で生活をすることになり、数年前に王宮に戻ってきたが体が弱いため婚約者もなく死を待つだけの「不憫な王子」、──それがハインツだ。

 そんなお可哀想な第三王子の正体がすべて「作られた王子像」だということを知る者はほんの一握りであるが、エルネスタはその中に不幸にも入っている。

 幼少のころからハインツとは常に厳しい鍛錬や訓練を受けてきた仲間だ。彼が王宮に戻る時に初めてこの国の王子という事実を知ったのだが、今更態度を改めるのも変な気分だし本人もそれを嫌っているため、【月】として動く時は今も同じように接している。


「まあ、確かに警備の人数は多かったさ。でもそれだけってことだろう」


 それは彼だから言えることだ。【月】でも潜入や諜報に特に長けているハインツ。エルネスタの兄曰く、「王子にしとくのはもったいない」と言わせるくらいだ。

 王子として生活している今も【月】として、それ以外にもあちこち飛び回っている。病弱という設定だが、ある意味昼間に寝てばかりいたらそう思われるのは当たり前ではある。つまりのこと、いい具合にそれを利用している。

 王太子であるクレイグももちろんそれを知っているが、人前では何食わぬ顔で病弱な弟を派手なくらい心配している「弟大好き兄」である。さすが狸だ。


 そんなハインツには緊迫したものはない。だが、起こった事柄は国主催の式典中なのだ。しかも、自国の王族や他国の王族まで集った最中での出来事だ。国の品格や警備など威信に関わってくる。


「今夜は【月】のでない夜だったんだけどなー」


 両手を広げてガックリきているハインツ。任務以外の「お忍び」という形で抜け出そうとしていたようだが、こんな騒ぎになってしまってはそれもできないだろう。


「もう【月】が出てしまったのなら仕方ないわね、ハツ」


 「ハツ」とはハインツが【月】として行動するときの名だ。基本本名は名乗らない。ちなみにエルネスタは『エタ』だ。


「それで、どうだった? 婚約者との初の同伴は?」

「今それ聞く?」

「面白そうだし」

「ホント、いい性格ね」

「うん、気に入ってるよ」

「でしょうね」

「……君もなかなかいい性格だと思うよ」

「そう? ありがと」

「…………」


 胡乱な目でエルネスタを見て大袈裟にハインツは首を振った。


「可愛いんだか可愛くないんだか。あの婚約者には返って同情するよ」

「同情されるべきは私でしょ? だってあの婚約者にはすでに心に決まった人がいるんだし」

「え、待って。それ初耳だけど? 本当? だって今まで浮ついた噂もない堅物だよ?」

「よく知ってるわね。……それだけ秘めた恋だった、ということでしょ」

「うへぇ、まさか本人が言ったわけ?」

「そうよ。会うなり頭下げてね」

「嘘言ってるとかは?」

「だとしてつまりは、どのみち私との婚約には否定的だったということでしょう」

「うわぁ。それ自分で言ってて虚しくないの?」

「もうそんなの通り過ぎたわね」


 エルネスタは分厚い黒のロングブーツを履きながら淡々とした口調で言う。細身の小さいナイフをそっと忍ばせた後、トントンと踵を鳴らした。

 そう、通り過ぎて開き直って遠慮もなくなってしまった。けれど、案外それも悪くないと思う。リオは騎士として人間としては人望もあり信用もできる。愛と信頼は必ずしもイコールではない。ならばその信頼だけでも夫婦としてやっていけるのではと思うようになった。


「難儀だなぁ〜」


 そう言ってベランダの窓枠にもたれたハインツを見ると、絵になるほどの儚さと美しさがあった。そんな様子を横目にエルネスタはこの青年が第三王子だと思うと少し複雑な気分になる。

 王族という守られる対象でありながら「こちら側」にいる。どのような経緯で【月】というただの「駒」として動くことになったのかはエルネスタの知るところではないが、初めて会った幼い日の屈託ない笑みに隠された覚悟を思い出すことはできる。


 【月】の仕組みは複雑で未だ本家出身であるエルネスタにも理解できないところはあるが、ユリザ侯爵家系の多くの者は十才前後から様々なことを叩き込まれる。

 訓練期間は様々だが、数年間は少人数で数組に別れての訓練となっており、ハインツと姉のシルビアは十才、エルネスタは七才で一緒に鍛錬を始めた。

 彼らは三人組でのスタートで、その数年間で他の者とは群を抜いた実力を見せつけた。間違いなく【月】としての精鋭となり将来が期待されるはずだが、何よりも二人は本家の令嬢であり、一人はこの国の王子という身分だ。【月】との関係は切れないだろうが、裏家業を生業にして生きることはできない。

 シルビアは十六才で侍女として、同時にハインツも病弱な第三王子として王宮に入った。残されたエルネスタは数年間は他の者と組んだり単独で動いたり、時折、表の顔に戻って侯爵令嬢として過ごしていた。

 そしてエルネスタが十七才で侍女として王宮へ入ってからは、再びハインツとも組んで動くことも多くあった。


「それにしても陛下もよく息子に好き勝手にさせてるわよね」

「まあね。自分だって好き勝手に生きてきたんだから強く言えないんじゃないのかな」

「仮にも国王なのに」

「いや、仮じゃないし」


 エルネスタはやる気のない突っ込みを無視して、淡々と腕に補強するための布を巻いていく。


「第二王子……、あなたのお兄様もどこで何をしているやら」

「ああ、放浪兄貴ね」

「ちゃんと生きてるんでしょうね。仮にも王子なんだから」

「だから、仮じゃないって」


 次にエルネスタは腰回りに暗器を忍ばせていく。


「元気にしてるんじゃないかな〜。実のところ真面目な性格だし、ちゃんと要領よく上手くやってると思うよ」

「真面目な放浪って何よ」

「ははは、まあ確かに。だけど一番活発だったし本気で冒険者になるって宣言してたくらいだよ。修行と見聞を広めたいと言って自分から出て行ったんだからね。定期的に連絡はあるらしいけど、今頃どこかで走り回ってるだろうね」


 それを許してる国王夫妻が何気に一番すごいのかもしれない。


「志はいいけれど、結果放浪となっちゃね。国に戻って王子様すればいいのに」

「ホント、僕もそう思うよ。でもって、次は僕が放浪王子になりたい!」

「あ、それいいわね」

「…………」


 ジト目でエルネスタを見るハインツのことなど気にせず、身の回りを確認した彼女はにっこりと窓辺に立つ王子を見返した。


「さて、準備できたわ。行きましょう」

「はいはい」

「……今の言い方、王太子殿下そっくり。やっぱり兄弟ね」

「うへぇ、やめてくれるかな? あれほど黒くないし、もっと可愛げあると思うんだけどなぁ」

「黒いのは一緒でしょ? 可愛げは、うーん、どちらともないわね」


 軽装に身を包み【月】の一員としての顔を見せても、いつもの調子で言い合うことができるのは彼女のもつ不思議な魅力の一つだろう。どこにいてもどんな環境や境遇であろうともエルネスタは変わらない。彼女が彼女であればそれだけで一緒にいるものはなぜか救われた気持ちになってしまうのだ。


 エルネスタの魅力は言葉にすれば難しいが、簡単に言うなれば「包容力」だとハインツは思っている。知って初めて感じることのできる大きな力とでもいうべきか。場を和ませているわけではないのに、その存在がそこにあるだけで自分を見失うこともない。そんな力がある。

 【月】として残忍なこともしてきたし命を奪ったこともある。殺伐とした日々を送る中でも、本当の意味で「心」を失わなかったのはエルネスタの存在も大きい。それは姉であるシルビアも同じことを言っていた。彼女自身は気付いていないかもしれないが一緒に過ごしたものにだけわかる安心感は彼女の絶対なる強みだ。


 そして、あの堅物な婚約者だって近いうちにそれに気付くだろう。そうなったときに、彼女の存在というものがどうなっているのだろうか。


「面白くなってきたなぁ」


 その呟きは闇夜に消えた。





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