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06話

 式典も終盤となり、すでに国王夫妻はこの場になく後を引き継いだ王太子夫妻も退出する頃となった。それまで二人は軽いおつまみとワインを口にしながら、さりげなく王太子らを見守っていた。リオはレーウ騎士団としてこの場を、エルネスタは侍女として王太子妃を、という暗黙の領域を共有していた。


 そして和やかな雰囲気の中、それは突如起きた。


────パリンッ!


 小さな音が響いた。

 会場を彩る音楽にかき消さそうなほどの音だったが、それがエルネスタの肩をかすめてその先のテーブルへと突き刺さり──、


「きゃああああぁぁぁぁぁっっ──!!」


 近くにいた令嬢の甲高い声がホールに響き渡った。


 一瞬の静寂の後、何事かと人々が騒ぎ出す。高級なクロスが掛けられたテーブルが乱れ、そこに刺さった弓矢に気付くと皆が大声を出しながら逃げ惑い始め、ホールは瞬く間に騒然とし人々は一斉に入り口を目指す。

 だがすぐさま騎士が駆けつけ、この式典の警備を取り仕切っている第一騎士団と王族の警護をしている近衛騎士団が人々の誘導や犯人確保のための支持を受け俊敏に動き出していた。


 そしてリオとエルネスタ。

 二人の反応はその場の誰よりも早かった。ほぼ同時に飛んでくる弓矢の気配に気付くと、リオはエルネスタの腕を咄嗟に引き彼女もその流れに沿って体を動かした。膝をつき抱き合うような形をとったが、二人の目線は絡まることなく矢が放たれたであろう同じ方向を向いた。瞬時に状況を把握した後、ようやくお互いの目が合う。


「私はアニカ様を、貴方は──」

「……犯人を追う」


 リオは頷くが、その眉をわずかにひそめた。エルネスタの剥き出しの肩がわずかに血に染まっていたのだ。傷自体はかすったものだろうが、飛距離のある弓矢の衝撃はかなりのものだったはずだ。反応が一歩遅ければ、その胸を貫いていた可能性だってあっただろう。


「──お前っ」


 リオが何か言い出す前にエルネスタはすでにその手を離れて動き出していた。

 遠くなっていく後ろ姿を引き止めることもできずただ見送る形となったが、グッと奥歯を噛み締めたリオは素早く立ち上がりエルネスタとは別の方向へと走り出した。


「くそっ」


 人の波間を抜けながらも己の婚約者へ目をやると、すでに壁際へ移動し王太子クレイグの背に庇われているアニカの近くにあった。ドレスと走りにくい高いヒールであろうにその素早い動きに驚くばかりだ。それよりも、あの弓矢に一瞬で反応した動きも信じがたかった。

 言いたいこと聞きたいことは山ほどあるが、今は己の責務をまっとうすることが先決だ。頭を切り替えるとリオは厳しい眼差しのままホールを後にした。





「アニカ様!」


 エルネスタはちょうど王族用の扉が開かれた時には追いついていた。彼女の姿を見たアニカはホッとした顔をまた青くさせる。


「エルネスタ! 貴女怪我を……!」

「大丈夫です。さ、早く行きましょう!」


 近衞騎士数人はそのまま外で待機し、残りの数人が警護のため一緒に中へ入る。そして素早く扉を閉めて鍵をかけた。高い壁に囲まれた薄暗い長い廊下をそのまま駆け足で奥へと進んで行くと少し先に新たな扉と騎士が二人控えていた。


「殿下、どうしますか? ルゲイン公爵閣下の避難も確認していますが」


 険しい顔で問いかけたのは近衞騎士団副団長を務めるメイナードだ。


「そうだな。目的はロザエかイーグか。迅速に経過を報告しろ。私は陛下の元へ行き、その後デトレフ殿に面会する」

「了解しました。お前たち二人はこのままここで待機」

「はっ」


 メイナードは扉を警護していた騎士が返事をすると周りの騎士に指示を出す。


「二手に分かれる。アニカ様には三人付け。私は殿下と行く」


 クレイグはアニカの頬にキスを送ると安心させるように笑いかけた。


「さあ、アニカ。安心して部屋で待っててくれるかい?」

「……はい。お気をつけて」

「もちろんさ。君もね。テレジア、エルネスタ、アニカを頼むよ」

「はい」


 テレジアとエルネスタはしっかりと頷いた。テレジアがアニカの手を取って、騎士がすでに開けていた扉の先へと連れて行く。そしてエルネスタもアニカの後ろへと回り後を追った。

 ここから先は王族しか使用できない隠し通路だ。三人も並ぶことができない通路の壁には別の部屋に続く扉がいくつかあるが、先導している騎士は念のためか普段は使用しない通路と扉を選びながら進んでいく。そして、最後に開け放たれた扉を抜けると見覚えのある回廊が見えた。王族の居住区だ。


「アニカ様、ここまでくれば安心ですからね」


 テレジアはやや青ざめているアニカへと笑顔を見せた。王太子妃の部屋はこの回廊をグルリと回ったところにある。忙しない足取りで部屋に近づくと、部屋付きの二人の女騎士がギョッとした顔で驚いていた。

 先導していた騎士が早口で説明している間に、テレジアは扉を開けて部屋にアニカを促し、そっと鍵をかけた。部屋に待機していた他の侍女も驚いた顔で呆然としている。


「緊急事態発生だから誰も通さないように」


 テレジアはそう言うと王太子妃の私室に入り、そこでも鍵をかける。アニカはまだ息を切らして青い顔のままソファへと座り込んだ。エルネスタはグラスに水を注ぎアニカへともっていくと優しく語りかける。


「もう大丈夫ですよ。さあ一口飲んで落ち着きましょう」

「……ありがとう」


 数口喉を潤したアニカは、ここでようやく長い息を吐いた。


「ごめんなさい。私、未だに何が起こったか把握できてないの。一体どうしたの?」

「何者かが外から矢を放ったようです」

「……そう。あっ! エルネスタ! 大丈夫なの!?」


 エルネスタの肩から血が滲んでいたことを思い出したアニカは再び青くなった。


「大丈夫です。かすっただけですから」

「かすたって、貴女、一歩間違えれば死んでたかもしれないのよ! テレジア、早くエルネスタの手当てをお願いよ!」

「はい、そうですね。エル、早く手当てしてらっしゃい。そして今日はそのままお休みなさい」

「わかりました」


 テレジアに言われてエルネスタは素直に従った。外の廊下へ出るとここまで警護してくれた騎士の姿はすでになく、いつもの女騎士二人が立っていた。

 エルネスタのむき出しの肩についた傷は血が流れていたが、運良くドレスの色が濃赤色ということもあり、あまり目立つこともなかった。それでもその傷を見た騎士は眉を寄せ心配そうにしている。


「エルネスタ様、医師を呼びましょうか?」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。こちらから医務室へ行きますから」

「ここはしっかり守りますので、ご安心してください」

「はい。よろしくお願い致します」


 軽く一礼してその場を去ったエルネスタは医務室ではなく己の私室へと足を向けた。

 シンと静まり返った部屋の鏡の前で肩を確認するようにエルネスタは覗き込む。毒矢でないのはわかっていたため、そのまま消毒液を肩にかけた。折角のドレスだが、すでに血がついてしまったのだから、この際多少濡れたくらいは構わないだろう。

 傷に特化した軟膏を布に塗ると素早く傷口に覆う。その上から特殊な粘着のある布を貼るとピッタリと肌にくっついた。柔軟性もあり動きに支障がないため「仲間うち」では好評だ。


「──バレちゃったかな?」


 エルネスタはここにきて大きくため息をついた。自分のとった行動がただの「侍女」の動きではないとおそらく気づかれたはずだ。あの時、素早く危険を察知したリオが動くと同時にエルネスタも動いた。でなければこの程度の傷にはならなかっただろう。咄嗟のこととはいえ不覚だったが、大怪我することに、いや、場合によっては死ぬ可能性もあったのだ。致し方ない。


「ま、いっか」


 どちらかといえば楽天家気質のエルネスタはすぐ頭を切り替え、体からドレスを脱ぎ去った。リオから贈られたネックレスやイヤリング、そして指輪もそっと外す。手元にケース箱がないためハンカチでそっと包み引き出しに直した。

 クローゼットからシャツとズボンを取り出し着替えると、鏡の前でセットされた髪を両手で思い切り崩して、再び簡単に一つにまとめる。口紅だけを落とした時、窓に人影が現れた。


「あらら、せっかく着飾ったのに勿体無いなぁ」


 捉えどころのない笑みを浮かべてベランダに立っているのは、昼間に声をかけてきたこの国の第三王子のハインツだった。





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