05話
国王の嫌がらせ発言で注目を浴びた二人は表面上は何事もなかったようにしながらも、そそくさと無言で隅の方に移動した時に今度は王太子夫妻が苦笑しながらやってきた。臣下の礼をしようとする二人に王太子のクレイグはそれを片手で制しながらも肩が震えている。
「あー、やられてしまったねぇ」
クレイグが可笑しそうに言ってきた。
「改めて婚約おめでとうと言わせてもらうよ」
「………ありがとうございます」
少々引き攣りながらも笑みでそれに応えるが、それさえもクレイグは可笑しいとでもいうように再び喉を詰まらせた。
「殿下」
アニカがそんなクレイグの腕をそっと叩いて諌める。
「少し失礼ですわよ。二人ともごめんなさいね」
「いえ」
「エルネスタ、素敵なドレスね。とても美しいわ」
そんなアニカは鮮やかな青いドレスで美しい金髪の髪は高い位置で結い上げられており、キラキラとダイヤモンドが散りばめらている。それに負けないほどの美貌には赤い口紅が映えていた。エルネスタはそれを満足そうな顔で見ると軽く頭を下げた。
「もったいないお言葉でございます」
「そうそう、本当に良く似合ってるよ。いつも綺麗だけど、こうやって着飾るとまた違った魅力を感じるよ。普段の化粧もそのくらいしても良いのでは?」
クレイグがうんうんと腕を組んで言うが、エルネスタはアニカとは違った冷たい目を向けて首を振った。
「いいえ、必要ありません」
「もったいないなぁ。絶対若い騎士や文官らが寄ってくるのに」
「必要ありません」
「……殿下。エルネスタはすでに婚約しているのですから」
「婚約者が人気だと嬉しいものだよな? ね、リオ」
クレイグは同意を求めるようにリオへと振る。
「……私も必要ないと思います」
「そうかい? そんな器の小さいことを言うものじゃないよ」
ポンポンとリオの肩を叩くが、明らかにその目はからかいで笑っている。
「殿下。本当にごめんなさいね、ロッズ卿」
「……いいえ」
「わたくしの大切な侍女であり友人でもあるエルネスタを幸せにしてくださいね」
「───必ず」
リオは片手を胸にやって恭しく頭を下げると、そのままエルネスタの腰をそっと抱き寄せた。
「おお、思ったよりもお熱いんだな。うんうん、邪魔者は退散するとしよう!」
クレイグはアニカのその肩を抱いてクルリと背を向けた。少しずつ遠ざかるのを二人は作り笑いのまま見送る。
────お互い小さなため息を吐いた時だった。
「そうそう! 婚約式は私たちも参加させてもらうよっ!!」
首だけ振り向いたクレイグが大声で片手をヒラヒラしながら叫んだ。
「……………」
「……………」
なんとも言えない既視感に押し黙る。
「わざとだな」
「ですね」
この親にしてこの子あり。この国の行末は少し危ういかもしれないと、またまた二人の意見は一致したのだった。
その後は主にリオの知人らしき人物数人が祝いも兼ねて挨拶をしてきたが、多くが遠巻きに眺めつつ距離をとっていた。国王や王太子の覚えのある二人と繋がりをもちたいのが本音なのだろうが、如何せんやましいこと一つさえ見透かされそうな情調を漂わせた彼らは近寄りがたいものがあった。
やっと人も離れて、飲んだワイングラスを給仕へと渡した時だった。
「お兄様!」
不意に軽やかな声と小柄な令嬢が薄いグリーンにイエローの花柄の刺繍を施したドレスを多少重そうに引きずりながら近寄ってきた。ブラウンの髪に勝気さがわかる大きな焦茶の目は可愛らしいと言えばそうだが、この場には多少そぐわない高揚さがあった。そしてリオの目の前に来るとその姿にポーッと見とれている。
「お兄様……、素敵」
まるで憧れの王子様にでも会ったかのように両手を胸に組んでうっとりとしている。
「フローラ」
突然現れた妹に一瞬驚くが、王都に滞在しているなら招待されてもおかしくはない。仮にも名家の辺境伯の令嬢だ。
「お兄様はお一人で……」
そういって首を傾げた時にリオの影に隠れていたエルネスタの存在に気づく。リオしか目に入らなかったのもあるが、ちょうどその影で死角となっていたらしい。
「…………」
リオはエルネスタの腰を抱き己の隣に位置付けた。
「会うのは初めてだったな。エルネスタだ」
「……お初にお目にかかります。エルネスタ・ユリザと申します」
「…………」
しばらく呆然とエルネスタを見ていたが、だんだんとその顔に不快感を露わにしていく。
「フローラ」
「…………」
リオのたしなめるような声に唇を噛むが、その睨みつけるような目線はエルネスタへと注がれている。
あまりにも想像通りなフローラの行動につい心で笑ってしまう。どのようなことがあっても社交の場では仮面をつけるものだ。いくら毛嫌いしようとも顔に出したりはしない。
そして挨拶に返事を返さないのは礼節を欠いた行動であり、しかも初対面の相手に敬意を表さないのも問題である。特にエルネスタは格上の家柄なのだ。
「妹が失礼しました」
そんな空気の中、もう一つの声が横からかかった。
「イグナーツ様」
リオの長兄にあたるイグナーツ・ロン・ロッズ、ロッズ辺境伯の嫡男だ。彼は近衛騎士団に所属し、主に国王付きとして動いている。逃走癖のある国王の捜索にレーウ騎士団、そしてリオへ投げてくる原因の一人であり、いずれは辺境伯を継ぎ国防の要となる人物だ。リオと似て長身であるが髪は金髪で、父である現辺境伯の面影がある。今回は軍服でないところを見ると領地にいる父の代わりとして出席しているようだった。
「お久しぶりでございます。今宵はロッズ辺境伯様の名代としてのご参加だったんですね」
「ええ、父は現在領地での仕事の都合で離れることができず、私が代理を務めさせていただきました」
「そうですか。辺境伯様にもよろしくお伝え願えますでしょうか」
「はい、伝えておきます。……しかし、先程は妹が大変失礼いたしました。妹はこのような場は初めてなもので勉学も兼ねて連れて参りましたが、時期早々だったようです。これ以上は我がロッズ家の恥になりますので失礼させていただきます」
「そんなっ……」
「礼節を怠った謝罪をしなさい」
「………………」
「フローラ」
「……申し訳ありません」
兄の言葉に俯いて小さく告げる。だが、その態度は不本意さを隠せずにいる。
「リ、リオ兄様」
助けを求めるようにリオの名を呼ぶが、リオも同じく厳しい顔をしていた。
「……エルネスタに手紙を書いてるそうだな」
「……………」
「もう書くな」
「ただの手紙よっ」
「ただの? そうじゃないから言っている」
「……リオ兄様のために」
「では俺のためにも書かないと約束できるか?」
「リオ兄様! いんですか?! 望んでもいないのに結婚だなんてっ」
グッと握った拳を胸に掲げてリオを見上げるが、すぐにエルネスタを睨みつけた。
「リオ兄様にはもっと違う方がお似合いです! こんな告げ口をするような姑息な人なんて──」
「フローラ!」
イグナーツが間に入って止める。
「……兄上。フローラは国王陛下が取り持った婚約に対し解消を求める手紙を彼女に送っていた。事の重大さがわかっていない」
「……なんということを」
イグナーツの目が厳しくフローラに注がれた。
「だって、だって、イーツ兄様っ! 私は──」
プルプルと首を振って幼子のように己の正当性を言い繕おうとするフローラだったが、二人の兄の形相に言葉が詰まる。
「……お前がこんなに愚かだったとは」
イグナーツが怒りの中に憐憫の色を滲ませ目を伏せた。
貴族として家の名というものは大きな力をもつ。同時にその分の責任も伴ってくるのだ。
このような場はもちろん、人の前でも、それこそ手紙一つでさえも。
世間知らずでは済ませられないし、ましてや家族一人の不礼儀は家全体の不礼儀になるのだ。
家名を背負うとはそういう意味なのだ。
「重ね重ね、妹の礼節を欠いた数々の行為をお詫びいたします。誠に申し訳ありませんでした」
イグナーツは深く頭を下げる。それを驚くように見ていたフローラは一層顔を赤くしてエルネスタを睨みつけるが、その隣に立っているリオが相変わらず厳しい顔であることに気付くと目を逸らして俯いた。
「それでは失礼いたします」
多少の我儘はあっても淑女教育はしているはずであったが、その成果を己の感情を優先させ果たせなかったのだ。
ここにはエルネスタを始め、格上の家柄も多く出席している。いつ粗相をして不名誉を被るかを重視した長兄の判断だ。
「行くぞ、フローラ」
「…………」
フローラは納得のいかない顔でこの場を去る旨の挨拶さえせずイグナーツの後を追いかけて行った。
「すまない」
「……いいえ。ですが、あれではこの先本人が苦労しますよ」
「しっかりと言い聞かせてはいるんだが……」
「言い聞かせていないからでしょ」
キッパリと言い放つエルネスタに返す言葉もない。まさにその通りだ。
年の離れた妹を両親も兄弟も可愛がるのは仕方のないことだが、決して厳しくしなかったわけではない。
ただ、王都から遠く離れた地で同年代の女子もおらず、領地の者からは「姫様」と一国の王女のような存在として扱われた。社交デビューはこの王都にて二年前に済ませているが、その時もすぐ領地へと帰り他の令嬢と交流をもつこともなかった。
「彼女は守られるべき存在かもしれませんが、反面守らねばならない義務も多くあることを軽くみてるようですね。どこかへ侍女見習いとして行かせることをお勧めします」
「……両親に進言してみよう」
「ま、かなり苦労するでしょうが」
さすがは王太子妃付きとして王宮に出仕しているエリート侍女としての厳しい言葉だ。同じ年齢とは思えないが、この違いの「差」が貴族社会で生き残る術といってもいい。不器用なら不器用でも我儘なら我儘であっても多くの貴族令息令嬢は身につけているものなのだ。
「ちなみに聞くが……。妹から送られてくる手紙にはなんと?」
「……『お兄様は将来有望されております。これから騎士としてますます立派になられる身ですからあなたのような侍女と結婚などお兄様のためにはなりません。どうかお兄様のことを考えてほしいのです』と、これより幼稚な表現でしたが最初は割とまあ丁寧でしたね」
「……………」
「けれど私が無視を……、返事をしないせいか月に一、二回の頻度となり中身も『お兄様はまさに選ばれた騎士なのです。今はまだ決して一人のものになってはいけませんの。逞しいその体と凛々しいあの目元と数えきれないほどの要素をもち、きっといずれはどこかの王女様と結ばれる運命なのですわっ』と感情的な文面になってきました」
「……………」
「次には『どうしてわかってくれないの。お兄様があなたなど選ぶはずもないのに。まさか婚約解消させないような弱味を握って脅してるのですか。何という恐ろしい方。あまりにもお兄様が不憫でなりません』となり今は──」
「もういい」
「あら? 聞きたいのでは?」
「…………」
「とにかくフローラ様にとって私は極悪非道な人間となっているようなので、あの態度も仕方ないのかもしれませんね」
白々しくリオを見上げると、こめかみを抑えて唸っている。常識人ならそうなるだろう。この失態が広まれば妹の将来にも響き、なおかつロッズ家の教育にも疑問を投げかけられない。エルネスタが心のうちに収めてくれてるのが幸いしている。通常なら家を通して抗議文を出されても仕方ないことなのだ。まさか己の手紙一つが家の弱味になりかねないことだと露にも思っていないのだろう。
「……その、悪かった」
謝罪の言葉以外ない。正直、今から妹を追いかけていろいろ言いたい気もするが、それは長兄がしているだろう。普段穏やかではあるが、だからこそあの兄は怒らせると怖い。フローラもそれを知っているはずだ。
「それにしても、貴方のことをおとぎ話にありがちな魔王に攫われた姫を助ける騎士だと思ってるのね。今度、跪いて愛でも囁いてみたら?」
「からかうな」
クスクスと笑うエルネスタを軽く睨む。遠巻きに見ている人々は、この絵に描いたような二人が辛辣な会話をしているとは思っておらず、まさに相愛な姿に映っているのだが、それもまた二人には知る由もなかった。




