04話
ファーストダンスをひとまず終えて、会場は少しの熱気と和やかな雰囲気が漂っていた。そしてやはり目立ったのは完璧にダンスを披露したリオとエルネスタの二人だ。
飾り立てた華やかな集団の中で決して派手な装いではなかったが、二人の放つ雰囲気は少し異常だったからかもしれない。
シルエット的に二人とも長身であるせいで目を引いたのは事実であろうが、優雅に踊る彼らの動きには機敏さが際立っていた。
広いホールであっても一斉にダンスとなれば周囲との間隔が限られてくる。そこは男性のリードの見せどころであり、ステップをしながらそれらを上手くかわし女性を導いていく。
それでもダンス中は一組一組それぞれの距離感が不安定になってしまうものだ。そんな中、二人はスルスルとその合間をスムーズに縫いながら、そして早いスピードで踊っていた。基本的なステップは同じであるはずなのに、まるで難易度の高いダンスを踊っているかのようだった。
なのに踊り終わっても息一つ上がっていない。
「新たな社交の華が現れたな」
そう言って二人に近づいてきたのはロザエ国王その人だった。隣には王妃がにこやかに笑っている。五十代になったばかりの国王アラン・ノア・ロザエはまだ若々しく見えるが、大国を統べるに値する風格が漂っている。
しかし未だ時折こっそりと王宮を抜け出すという若かりし頃の恒例行事をかかさない臣下泣かせの国王でもあった。
歯止め役の王妃も同罪だからなお悪い。特にクレイグが正式に立太子してから殊更ひどくなったようだ。そのたび手を焼いた近衛騎士団からレーウ騎士団に連絡があり、その煽りを多少受けているリオでもある。
若い時から豪快だったというが年月とともに落ち着くどころか要領を得て、ますます進化している気がするとエルネスタの父親で国王の侍従である彼がぼやいていた。
その侍従も慣れた風で焦ることなくレーウ騎士団に「ではよろしくお願いします」とこちらに丸投げだ。
護衛を勤める近衞騎士団で収めてくれればいいものを、あまり人手を出せない上に市井に詳しくないという理由で時折レーウ騎士団へ回ってくるのだ。そこは第一騎士団や第二騎士団だとは思うものの、なんせ「国王を探せ」と言うわけにもいかない。そしてレーウ騎士団にその案件が来た場合、まず動くのがリオとなっているのだ。
したり顔の国王にいろいろ思うところはあるが眉唾も顔に出すことはない。
「今宵は素晴らしい式典に参加でき光栄でございます」
リオが恭しく頭を下げた。エルネスタもそれに習う。
「おお、そうかそうか。……だがなんとなく痛い視線を感じるが気のせいだろうか?」
ギョッとしてエルネスタを見下ろすと笑ってはいるが、かなり冷めた目つきで国王を見返していた。
「まあ陛下、申し訳ありません、つい…。ええ、このような急な展開でかなりかなり迷惑に思いましたので、つい…」
「おい」
リオが慌てて止めようとするが、アランは気にする素振りもせずに嬉しそうに笑う。
「ははは。相変わらずエルは可愛いな。その顔が見たかったんだ」
「それは何よりです」
「そのドレスもよく似合っている。王妃の目利きはさすがだな。エル、本当に綺麗だ」
「ありがとうございます。王妃様にも重ねてお礼を申し上げます」
「驚かせてごめんなさいね。『いつか』を思って用意だけはしておいたのよ。役に立って良かったわ」
王妃のリネットがクスリと微笑んだ。金色の髪に淡い水色の瞳をした落ち着いた美しい王妃であるが、まだ少女だった頃はじゃじゃ馬令嬢と揶揄されるほど活発だったという。
目の前の王妃はそのようなイメージもなくとても信じられないが、夫であるアランと結託して姿を消すことを思えば、まだまだその名残はあるようだ。
しかしアランもリネットも若づくりなどしていないはずだが、とても成人の子どもがいるようには見えない。恐るべし王家の力と密やかに囁かれているのも頷ける。
「陛下は幼い頃からエルの怒った顔が好きだったわね」
「王妃様。どうか陛下の横暴ぶりをどうにかしてください」
「陛下のこの捻じ曲がった性格を戻すのはさすがの私でも無理というものだわ」
一見、ニカっと笑うアランは表裏のない豪胆な性格に思える。が、それはまっすぐ伸びている蔦がよく見ると幾重にも捻れているのと同じく一癖も二癖もあるのがアラン国王だ。
「…王妃様しか頼みの綱はないのです」
「困ったわね〜」
「せめてもう少しまともになってほしいのです」
「うーん、この人にまともになる余地があるかどうかわからないわよ?」
「あー、こらこら。堂々と国王の陰口とは感心しないぞ」
「あら? 堂々と言うのなら陰口ではありません。ねえ、エル?」
「ええ、その通りでございます」
堪らずアランが突っ込むが、二人は意に介さない。
「おい、リオ。お前は俺に加勢しないのか? 薄情だな」
「…………」
一連のやり取りに思いっきり引いているリオだったが、それより三人が三人ともなぜこうもポンポンと言葉が出てくるのかが不思議でならない。国王と王妃はさすがに一国の主としての余裕だとしてもエルネスタは一体どんな心臓の持ち主なのだろうか。こうも国王夫妻と渡り合えるエルネスタに内心青ざめる。
ここには多くの目があるが、国王の周囲は護衛が取り囲みある程度の距離は保たれているし夜会ならでの賑やかさもある。だが一介の侍女が国のトップにする態度かと言われればそれは否だ。
それほど気心の知れた仲なのかもしれないが、国王の内側に入れる人間なんてそうそういるわけがない。それもこれも彼女の父親が国王の侍従であるからだろう。政の範囲外で限りなく近い人間でもあるのだ。つまり、私的な付き合いも多くなる可能性もある。
確かに幼い頃より国王や王妃とも顔見知りとは聞いていたし、エルネスタとの婚約を打診された時も彼女のことをよく知っている感じではあった。だが、嫌味の一つを言えるくらいのここまでの深い仲とは思っていなかった。少し複雑な気持ちになるリオであったが、「コホン」とわざとらしい咳をして話題を変えた。
「陛下。まだ挨拶が残っているのはないですか? 私どものことはお気になさらないでどうぞ」
さりげなく最もらしいことを述べて国王夫妻を遠ざけるリオをエルネスタは少しだけ見直す。この古狸、いや国王はできる限りいい具合で距離がある方がいい。
「うむ、そうだな。ではな」
そう言って王妃を連れて離れていく。ひとまず無事にやり過ごしたことに二人はホッと胸をなでおろした。
「おお、そうだ! 私としたことが言い忘れていた! 婚約式には我らも是非立ち会おう! 楽しみにしているぞー!!」
にこやかに大声で告げて去っていった。
「…………」
「…………」
ざわざわとした空気が広がる。噂でしかなかったレーウ騎士団副団長の婚約が国王の口から確かなものと公言されたにも等しい。
ハハハハ、とやはり豪快な笑い声をたてながら去り行く姿を二人は胡乱な目で見送った。
「……わざとだな」
「……ですね」
せっかく取り持った二人がなかなか揃って社交の場に出てこなかったことへのちょっとした嫌がらせだとしてもこれは如何なものか。このような低俗な仕返しをする一国の頂点なんて他にいないだろう。まるでしてやったりとドヤ顔で満足している子どもの態度と同じではないか。後ろ姿もどこか晴れやかに見えるのは気のせいではないはずだ。
────あの狸めっ!!
めずらしく二人の意見が一致した瞬間でもあった。




