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03話

 結局居たたまれなくなったエルネスタは「失礼します」と言ってその場を離れたが、アニカの元に戻ったらその彼女から今夜の出席を促されたのだ。リオの言った通り、国王からすでに手を回されたようだった。

 不毛な争いはかろうじてリオが勝利し、エルネスタは彼とパーティーに出席することとなった次第だ。


 だがエルネスタも侯爵家の令嬢だ。表の舞台に立つのは好きではないが、みっちりと淑女教育を施された身である。その作法自体に不安はないが、鏡の前で作られていく「令嬢」の自分を見ながら不満は積もっていく。

 急遽ではあったが、リオがどこからともなく手に入れてきたドレスがエルネスタを着飾っていき、その出来映えに支度をしている側使えの侍女がため息を漏らす。


「とてもお綺麗です」

「ありがとうございます」


 不満はあっても忙しい中世話してくれた侍女には罪はない。ニッコリとお礼を言った時に扉が叩かれた。


「エルネスタ様、ロッズ様がお越しです。お通ししてもよろしいですか?」

「はい」


 どうやら諸悪の当事者が来たようだ。扉から現れたリオはレーウ騎士団の軍服の正装だった。銀と黒を基調としたもので、肩からは高位を表すサッシュがかけられている。胸には勲章が並んでおり、手には制帽が握られていた。

 当たり前といえばそうだが、彼は辺境伯の息子だ。貴族としての正装でも問題ないのだろうが、副官として参加するため一騎士として出席するつもりなのだろう。

 エルネスタのドレスも落ち着いた黒緋色に銀の刺繍が施され軍服と相成っている。準備の良さに少し腹が立つ。それにしてもいかにもこの軍服に対になるデザインというのが恨めしい。ことさら軍人の妻だと吹聴しているようで気が重くなる。まだ妻どころか婚約式さえもしていないのに、これではこのパーティーで二人の仲が暗黙の了解となってしまうだろう。あの古狸め。


「どうやら支度はできたようだな」

「はい」


 リオはテーブルに制帽を置くと片方の手に持っていた小箱を開けた。そこには大きなパールのネックレスとイヤリングがあった。それを侍女に渡すとつけてくれるように言う。まさにこのドレスに合わせて作らせたということが丸わかりだ。


「……急だという割にはなかなか用意がいいのですね」

「まあ、そこは抜かりなく──と言いたいが、王妃様が一式を用意してくださった」


 なるほど。つまりは国王夫妻の計画的犯行というわけだ。このドレスも王妃によってこの日のために作られたのだろう。王族からとはいえ、素直に謝意を表すことが躊躇われる。


 そんなエルネスタの心境など気にせずにリオは宝飾が付けられていく様を眺めながら満足そうに目を細めた。いつもは侍女らしい控えめな服装のエルネスタだが、こうやって着飾るとまた違った雰囲気になる。

 一見大人しそうで地味な見た目のエルネスタが今は落ち着いた芯のある美しい令嬢にしか見えない。黒髪を結い上げてカールした後れ毛が気品を表すかのように背に流れている。髪に装飾はせずともそれだけで十分だった。

 化粧もいつもより白粉がかった肌にマットな赤い口紅をしている。もともと整った顔立ちをしているが、今のエルネスタは目鼻立ちのくっきりとした美女以外の何者でもない。

 騎士のリオの服装に合わせて年齢の割には落ち着いた装いだが、無理に大人ぶった風に見えず、妖艶さが見え隠れするという不安定さが異性を惹きつけそうだ。

 リオはポケットから小さな箱を出し、その中身をエルネスタに見せた。

 

「指輪?」

「ああ。本来なら婚約式で渡すはずだったがちょうど良かった。手を貸せ」


 シルク素材のフィンガーレスのロンググローブの腕を持ち上げて、薄くベージュのマニキュアが塗られた指にそれがきれいに収まっていく。もちろん左手にしっかりと。

 大粒のダイヤがはめ込まれた指輪を見て唖然とする。値段は聞かない方が良さそうだ。それにしても……。


「ここまでする?」

「別にいいだろう。減るもんじゃない」


 色気も何もない言い方だが、ここで甘い台詞を言われても困るのはこちらだ。エルネスタは小さく息をこぼすと「ありがとうございます」とお礼を言うだけにとどめた。






 イーグ王国はロザエ王国の南方に位置する山に囲まれた中規模の友好国だ。イーグ王国の鉱床は有名で採掘された鉱石は非常に上質で多くの国へと輸出されている。特にエメラルドはダイヤモンド以上の高値がつくほどであり、国旗もその宝石に敬意を表したグリーンをあしらったものだ。

 そんな国の王弟であるデトレフ・ルゲイン公爵がロザエ王国へ外遊してきたのは三日前のことだ。いくつかの国を渡り歩いてきたようだが、このロザエ王国が最後に組み込まれた。今まで官僚クラスの視察は何度かあったが、王族としての正式な訪問ということでロザエ王国も力を入れて歓迎することとなった。


 メインホールにはすでに招待された人々が賓客であるルゲイン公爵と自国の王族の登場を談笑しながら和やかな雰囲気で待っている。

 高位貴族が集う式典らしくホール内装も格式のある飾り付けがされており、会場を彩る宮廷音楽家たちの演奏が耳に心地い。

 そんな中、リオとエルネスタはゆっくりとした足取りでホールへと入って行った。お互い平均身長を超えるため大型なシルエットとなり目立つ形で人々の隙間をすり抜けていく。


「……視線が痛いわ」

「ほっとけばいい」


 我関せずとキリッと前を向いて歩いているが、進むにつれ周囲からの視線が多くなっていくことにエルネスタがぼやく。

 精鋭集団であるレーウ騎士団の黒い軍服を身にまとったリオは、制帽で額の傷が隠れているとはいえその分眼差しの鋭さが目立ち、鍛え上げられた肢体からは威圧感を漂わせている。

 そして彼の威圧感を物ともせず暗い緋色のシック感を醸し出すドレスのエルネスタがその隣で寄り添っている。近寄りがたい空気を漂わせるが、それ以上に絵になる二人だった。


 談笑中でありながらも口をあんぐりと貴族らしからぬ顔を覗かせていた人々は、ハッと我に返ると話に戻りながらもその目線は二人を追っている。

 リオはレーウ騎士団の副官として名声もあり知る人間も多いが、その隣で堂々とエスコートされているエルネスタが誰であるのかを知るものは少ない。エルネスタは社交界デビューしたのちすぐに侍女見習いとして出仕したため、ユリザ侯爵令嬢としての知名度はあってもその姿を見せることは少なかったためだ。だがその美しい顔立ちは美丈夫のリオの隣でも霞むことはない。驚いて凝視していた周囲の目は、いつの間にか感嘆の息を漏らしていった。


「おっ、来たな」


 多くが遠巻きで二人を眺めている人の中、親しそうに近寄ってくる顔にリオは一瞬目をしかめた。


「これはこれは…、コホン! 何度かお見かけしたことはありますが、このように挨拶したことはなかったですね。レーウ騎士団団長のロナウド・ガロービと申します」

「エルネスタ・ユリザです。お目にかかれて嬉しく思います」


 優雅に淑女の挨拶をするエルネスタをロナウドは満足そうに見つめる。ロナウドもリオと同じく騎士団の黒い軍服だ。三十代半ばで意外と線は細く見えるがリオと同じく背は高い。だがその顔は穏やかな笑みを浮かべおり、騎士というよりも文官という肩書きが似合っている。


「なかなかコイツが紹介してくれませんでね。しかし、これで理由がわかりました。こんな美しい蝶ですから変な虫が寄ってくるのを避けたかったからでしょう」

「まあ。……そうであればいいのですが、てっきり他にお好きな蝶がいらっしゃるかと思い憂いておりましたの」


 意味ありげに、しかし悲しそうに微笑むエルネスタにリオは眉を上げた。


「なんと! おいたわしい」


 わざとらしい驚き方をする上司と悲劇のヒロインを演じるエルネスタにリオは目眩を覚える。

 ほぼ初対面に近い二人であるはずだが、この息のあったコンビネーションはなんだろうか。おそらく会わせてはいけない二人だからと無意識に対面する機会を回避していたかもしれない。


「……おい」


 引きつった口角をヒクヒクさせながらリオがやんわりと二人をたしなめる。


「ははは、そう怒るなよ。見目麗しい令嬢を伴っていれば多少の嫌味くらい流すのが出来る男ってもんだろう?」


 軽く肩を叩きながらロベルトが笑う。確かに会場入りしてから周囲の視線を痛いほど感じる。リオは慣れたものだろうが、エルネスタにとっては居心地悪いばかりだ。


 その時、優雅な音楽が止まり国歌がゆっくりと奏でられ始めた。いよいよ王族の登場だ。


「ロザエ王国アラン国王陛下並びにリネット王妃殿下!」


 進行役の男性が声を上げると煌びやかな王族専用の扉が恭しく開かれた。一斉に会場の人々が頭を下げ敬意を払う。その場にいるエルネスタたちも同じように低く臣下の礼をとった。


「ロザエ王国クレイグ王太子殿下並びにアニカ王太子妃殿下!」


 アニカの登場にエルネスタは上目遣いでその姿を捉えた。滞りなく無事に準備が出来ている様に一安心する。もちろん己一人が抜けたくらいで眉唾ほども弊害などないだろうが、気になるものは気になる。

 次々に近い血筋の王族が数名登場した後、再び音楽が止まった。そしてイーグ王国の国歌が流れるとともにその名が呼ばれる。


「イーグ王国国務副長官デトレフ・ルゲイン公爵閣下!」


 主賓扉が開かれ、銀髪の若い男が入場してきた。二十代半ばくらいの年齢だろうか。上品な穏やかな笑みを浮かべて中央のロザエ国王の前まで進み拝謁の挨拶を済ませると主賓席へと向かう。そしてロザエ国王が会場を見渡すとともに声を上げた。


「イーグ王国ルゲイン公爵を歓迎する! 二国間の同盟と友好をここに!」


 同時に音楽が再び流れ、歓迎の式典が始まった。




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