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26話

 男は暗い夜道を急かされるように歩いていた。深夜で人影も見当たらないはずが、絶えず周囲を気にするかのように無造作に首を回している。

 しばらくすると大通りに繋がる路地の一つへと足を向けた。徐々に喧騒の中に入って行くと先ほどとは打って変わって繁華街らしい賑わいが目に入る。フードを被り人混みにまぎれても男は警戒を解かないかのように口を一文字に閉じていた。

 そこからある一角を曲がっていくと複雑な構造の迷路のような大小の通りが見えてくる。

 ここからは娼館が並び繁華街とはまた違った賑わいが広がる。ひっそりと、だが艶やかに佇んでいる娼館通りは女たちの笑い声とかすかに怪しく喘ぐ声もかすかに耳に入ってくる。

 格式高い娼館や大きな娼館の前にバウンサーが数人立っているのが見える。男はそこを通り抜けてさらに奥に位置する小道へと入っていった。寂れた小道にはいくつかの小さな娼館が点在していた。その一つへと入る前にもう一度周囲を見渡すとそそくさと扉を開けて姿を消していった。





 その一部始終を確認するとリオは右手を上げ指で指示を出す。すると一つの影が屋根に飛んで行く。リオは暗闇に溶け込んだまま気配を消して扉だけに目を向けた。


「……やっと動いたと思ったら娼館とはな」


 ゆっくりとそばにやって来たのはアレックスだ。先頭切って尾行をしていたこの副団長に並ぶと呆れたように壁にもたれて腕を組む。


「まったく、こんなことは部下にやらせればいいだろうが」

「この目で確かめるためだ」

「にしても、だ。少しはアイツらを動かしてやれよ」

「動かしてるさ。他にも別任務を任せているしな」


 若いとはいえ副団長であるリオは団員から慕われている。経験豊富な知識と実力、貴族としての気品も兼ね添えているもののそれを驕り高ぶってはいない。そんなリオの指示とあらば真っ先に動こうとする騎士は本人が思っているよりも多いだろう。

 しかし今回はリオとアレックスを含めた数人でターゲットを追っていた。他の者は離れた場所で待機している。だがまさかリオ自身で尾行を買って出るとは思わなかったが、彼の尾行をその後ろからつかず離れず追っていた彼らもその身のこなしを見てさすがというしかなかった。この大きな身体では目立つはずだが、彼はうまい具合に人混みに紛れ暗闇に潜みまさに透明な物体と化した。それを追っているこちらが気を抜くと出し抜かれそうになるくらいに。用心深く歩いていたターゲットの男もこれでは気づくわけがない。

 アレックスは同じように扉を見たまま口を開いた。


「……数ヶ月前からある娼婦と懇意になっている情報はあったが、まさかこんな廃れた娼館の女だったとはな。これでは貴族であるあの男からすれば周囲にも言えないだろうな」


 その男の情報を集めさせたリオだったが、あの事件以来男は動こうとしなかった。娼婦に入れ込んでいるらしきことはわかっていたが男自身も周りに口を閉ざしていたため娼館を突き止めることができていなかったのだ。リオからすればこの男は可能性の一つにしか過ぎないものであったが動きがあったと知らせを受けて執務室を飛び出していた。頭の中で一つピースが合わさった気がしたのは直感だ。


「……で、いつからあの男に目をつけてたんだよ」


 アレックスが疑問に思っていることを聞く。


「最初からだな」

「……特におかしいことはなかったと記憶しているが」


 眉根を寄せたアレックスはその時のことを思い浮かべているようだった。彼らが今日追いかけていた男の名は──アレン・ポッド。

 あの騎士が襲われた事件の第一被害者でもある第一騎士団の騎士だ。


「元々あの事件は不自然な点ばかりだった」

「そうだな。警備中の騎士が襲われただけだ。だがホールでの襲撃との関連もあるだろう?」

「ホールの犯人と騎士を襲った犯人が同じとは思えない」

「やはり犯人は複数人いたということか? アレンは隠れていた犯人と共謀して被害者のふりをしただけか?」

「違う。騎士を襲ったのはあの男だ」

「……自作自演だと言うのか?」

「そうだ」


 リオは相変わらず目を扉に向けたまま独り言のように小さく呟く。


「あの男以外異臭に気付いた者はいなかった。ましてや煙のような広範囲に広がる匂いなら尚更だ。怪我の具合も左手と右足の軽度の創傷のみ。薬の類は不明確だがそこは都合のいい言い訳ができるからな」

「だが、あくまで憶測の域を出ないぞ。この娼館にも事件から日が経ち、落ち着いたからようやく来れた可能性だってある。周りを気にしていたのも子爵家の息子がこんな廃れた娼館に通っているのを気にしてのことかもしれない」


 アレックスの言う通りだ。アレンの行動自体おかしなことはない。叩いたとして埃が出てこないかもしれない。だが、リオにはどうしても引っかかるのだ。

 聞き込みした時の彼の強張った表情の奥に何かがあると。レーウ騎士団が出てくる可能性をかなり気にしていたのは第一騎士団がレーウ騎士団と折り合いが悪いだけではなく、彼自身にも不都合があるからではないのか。

 アレンは小隊長とはいえ二十三歳とまだ若い。子爵家の次男で寄宿学校でも真面目で成績も良く穏やかな性格で評判も良かった。騎士団に入団して五年、この爵位で今の地位にいるということはなかなかの有望株といえるだろう。勤務態度も問題なく真摯に勤めているということだ。


「多少気が弱いようにも見えはするが、しかし別に至って真面目な男だと思うぞ。まあ、だからこそ娼婦にハマって何かやらかすタイプだったってこともあり得るか」


 アレックスはそういった人間を何人も見ている。男女問わず一人の人間に狂わされ絶望し命を絶った者だっていた。

 騎士というものは貴族としては当たり前に進む道の一つだ。爵位や後継の有無によって違いはあれど入団した時は同じスタートとなる。

 リオのように寄宿学校に入らずのし上がってくることはめずらしいが、大抵は学校でそれを学ぶ。厳しい寄宿学校生活ではあるが騎士団に入るともっと厳しいことを身をもって体験する。反面、勤務後や休日ともなれば自由度が違ってくるのだ。そこで遊びを覚えても上手くやっていける者もいれば堕落していく者もいる。

 家名を背負っているからこそ己を律する考えを忘れなければいいのだが、それでも数年経った頃に羽目を外す者が多い。

 ちょうど今のアレンのように。


 アレンのポッド子爵家は王都より南に位置する小さな地方領主だ。すでに兄が引き継いで父親が補佐をしているが特産品がオレンジなどの柑橘類を中心とした農業を主としている。

 税も毎年納めているし、その他何か問題を抱えている節もなかった。アレンは次男ということで寄宿学校卒業と同時に騎士団へ入団し、将来は自領での第二騎士団管轄となる警備団へ入ることを希望していた。第一騎士団で修練し、故郷に戻る時には警備団長となる道が用意されているのだ。

 それを蹴ってまで不祥事を起こすとは考えられないが、人生において何が発端になるか分かりはしない。女に入れ込むのはいいが、本人がどこまで花畑でいられるかは確証はないのだ。


 この廃れた娼館の娼婦に絆されて今回の事件を起こしたとして、その娼婦単独とは考えられない。その後ろにもっと大きなものが潜んでいるのは確実だ。もし惚れたというだけで安易に動いてしまったのなら、アレンには騎士としての道は閉ざされたも同じだ。


「なんだかなぁ〜。こういった類の行き着く先を思うと気が重いなー」


 できることならアレンが単に娼婦に惚れ込んだだけの話であればいいが、なんせ目をつけたのがリオだ。こういった時のリオの直感とでもいうのか野生の感と呼べばいいのか、それは高確率で当たってしまう。


「ルークが様子を見に潜った。今はその報告を待ちながらここで待機する」


 リオは娼館に潜入しているだろう偵察を主とした部下からの情報を待つことを伝えた。


「了解」


 アレックスは苦いものを噛むような返事を返すしかなかった。






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