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20話

 ピエール・レノズ侯爵は多少苛立ちげにシダー片から葉巻に火をつけた。椅子に深くもたれ馴染んだ香りと味わいに満たされると、目の前に立つ青年に刺すような眼差しを送る。


「それで?」

「未だ進展はしていないようですね」

「すでに十日以上経っているんだぞ」

「騎士団も手詰まりのようですね。おそらく内部の犯行かもしれません」

「内通者がいたというわけか」

「そこまでの情報はありませんが、箝口令が敷かれているのもそのせいかと思われます」


 淡々と答える青年はレノズ侯爵の側近を勤めているトーマス・シェトオンズ。まだ三十を過ぎた若さではあるが外務副大臣を務めるレノズ侯爵の部下として長年仕えている外交官でもある。

 ブラウンの癖毛を後ろに撫でて爽やかな印象は外交官らしさを醸し出しているが、少し垂れ目がちな目元は怜悧さよりも穏やかな雰囲気がある。

 対してレノズ侯爵の眼光は鋭く、神経質そうな風情がそのまま外見に表れている。

 深夜近くの静けさの中、薄暗い部屋に葉巻の煙が二人を包み込んでいく。


「内部か……。まさかこちらが疑われたりはしないだろうな」

「ええ、そこは大丈夫です。現に今回は何もしておりませんし」


 王宮には様々な派閥や勢力などがあるが、それは内政問題、外交問題と政治的なことから、今は王太子の側室を掲げる王室後継問題という名目の駆け引きが加わっている。

 王太子夫妻が結婚一年経っても懐妊がないことで側室を望む声が上がってきた。いわゆる野望を抱える人間にとっては、そして年頃の娘がいるものにとっては「狙い目」なのだろう。三年経った現在も懐妊していないため、その声はしだいに大きくなりつつあった。

 その筆頭がレノズ侯爵でもある。彼には十八歳の一人娘アレナがおり未だ婚約者はいない。いや、現在はいないといったほうがいいだろう。アレナがいずれ侯爵家を継ぐものとして伯爵家の次男を婿にと婚約を結んでいたが、その婚約者を切り捨て遠縁から跡継ぎとして十歳の少年を養子にしたのは二年前だ。


「まったく面倒なことになった。しばらくは側室云々言えるような空気ではない。あれももう十八だ。他のところにはもっと若い娘もいる。不利になってしまうばかりだ」


 だが、側室の声をあげているとはいっても肝心の王太子がまったくその気になっていない。国王も後継問題にはあまり関心なく、王太子へ話が行く前に側室の申し出を蹴っているらしい。侯爵を含め業を煮やした者が直接王太子へもっていけば、のらりくらりとかわされて挙句には結局国王に任せていると振り出しに戻ってばかり。

 何より側室問題は少なくとも妃を大切にしている王太子にとっては面白いものではないだろう。式典での事件で関わっていないとしても余計な目をつけられるのは避けたい。


「それに長引くほどアレナの醜聞が広がりかねない」


 彼女は美しい外見ではあるが気位が高く、もて囃されることに慣れすぎており、社交の場ではいつも男女数人の取り巻きを侍らせている。

 側室の話が出てきてからは、まるですでに自分が選ばれたかのような態度を隠しもせず横暴に振る舞っていた。そのため、何度か他家より抗議文が届いたこともある。

 アレナは一人娘として後継ではあったが、その自覚だけはあるもののそれに伴う当主や領主としての勉学には励んでこなかった。それどこか高位貴族ほど着飾るものだと思っているのか、自分の美しさにかける金には糸目をつけないありさまだ。それもこれも己の妻がまさに同じような女だからだろう。

 レノズ侯爵は入婿だ。やはり一人娘である妻と結婚したのだ。彼は伯爵家の三男で野心ある若者だった。妻も金を渡し贅沢をさせ男遊びにも口も出さない自分を都合のいい相手だと思ったのだろう。そして幸い外見的にも恵まれていたこともあり、そこで掴んだのが侯爵家の婿という地位。

 義務的に子どもを一人だけ作り後は妻を自由にさせていた。それを近くで見てきた娘が同じように育つのも仕方ない話だ。ある程度堅実な婿を探して婚約者にしていたが、状況が変わってきた。


 王太子の側室。


 そんな可能性が芽生えた時に再び彼の野心が目を覚ましたのだ。決断は早かった。すぐにアレナの婚約を解消し、彼女自身もその側室話に乗り気で今まで以上に己を磨きだした。

 だが、しだいにその尊大な態度や勝気な性格が及ぼす悪行が目立ち始めたのだ。

 多少のことは目を瞑ってきた侯爵ではあるが、大きな失態になる前にアレナにはその態度を含め夜会、お茶会などの参加を控えるように苦言を言ったばかりだった。


「…もしやの場合、アレナ様の処遇はいかがされるおつもりで?」

「婿を取らせればいい」

「ではトールド様はどうされるのですか?」

「他にも使いようはあるだろう。あやつは所詮平民でしかない。婿を取るなら伯爵以上だ」


 トールドとはアレナが側室となった場合、侯爵家を継ぐ予定で引き取った遠縁の少年だ。現在は十二歳で小等学院へ通っている。実は遠縁とは名ばかりの侯爵が愛人であった娼婦に産ませた庶子だ。母である娼婦が死んだため、まだ幼いトールドを遠縁の男爵家に引き取らせたのだ。今回のことがなければ一度も顔を合わすことなどなかっただろう。


「不本意だがひとまずは静観するしかない」


 大きく葉巻を吸った侯爵は口の中でゆっくりとそれを吹かせる。


「閣下。一つ提案があるのですが、現在滞在しているイーグの王弟殿下と接触してはどうかと思うのですが」

「イーグのか?」

「もし閣下が希望すればその場を設けます」

「何が言いたい?」

「いえ、嫁ぎ先は一つではないと言うことですよ」

「………………」

「聞けば、王弟殿下は未だ婚約者もなく独り身で多くの女性を渡り歩くほどの遊び人だとか。国王からもせめて側室くらいはと言われているようです」

「アレナを側室にか」


 できることなら本妻であるのが望ましいが、王族に対しそれは条件が厳しい。侯爵は己の娘の「でき」をわかっている。あれでは貴族としては合格だとしても王族の正妃としては向かない。


「それ以外にもイーグの王族には数人の若い王子がいますから、王弟殿下でなくともいくつかの選択肢があります。一応は念頭に置かれてはいかがですか?」


 確かにこの国の王族に固執しているわけではない。他国の王族、または有力貴族との繋がりがあればこの国でも大きな力をもつことができるだろう。


「なかなか面白い」


 トーマスの提案に侯爵の瞳に炎が灯る。侯爵にとってこのトーマスは頭脳とでも言っていい。彼は当主である父親が病死し急遽伯爵を継いだのだが、それは成人してまもなくだった。しかも借金も背追うことになり、そんなおり資金を提供したのが侯爵だ。伯爵家が運営していた繊維会社を買収する条件ではあったが、それ以来トーマスを己の側近として育て上げてきた。

 侯爵が外務副大臣という要職へ就いたのも彼の功績が大きい。ここまでトーマスが頭の切れる人間だったのは嬉しい誤算であった。アレナとの結婚も考えなくはなかったが、彼のもつ伯爵家には領地はあるものの大した金になるものがなかった。損にはならずとも益にもならない縁組は侯爵の望むものではなく、彼には商家ともパイプのある子爵令嬢を与えた。


「そのためにもアレナ様にはしばらく大人しくしてもらわなければいけません」

「わかっている」


 侯爵はトーマスの進言にはある程度従順に聞く耳をもっている。それは彼が侯爵のためにいくつもの泥をかぶり、多くの悪事にも手をつけているからでもある。昔の恩をその身で返し続けているが、どちらかが明るみになれば共倒れとなることはお互いわかっている。


「では仰せのままに」


 恭しく頭を下げたトーマスはそのまま退出して行った。侯爵は深く吸い込んだ葉巻をゆっくりと吐き出す。ゆらゆらと揺れる煙の向こうにトーマスが出て行った扉が見える。侯爵にとって彼はもはや欠かせない手足となっているが、いつもにこやかに対応してくるその態度が時折鼻につく時がある。まさに今がそうだ。


「……調子に乗りおって」


 侯爵にとって利になるからこそ、こちらもある程度は下手に出てやってるだけだ。欠かせない手足といえども換えはきく。お互い弱みを握っているのは確かだが、手を汚しているのはトーマス自身であり侯爵ではない。この地位にまでくれば他にも動かせる人材はいるのだ。

 時折、トーマスの優しげな目が冷たくなる瞬間があるのを侯爵は気付いていた。


「潮時が見えてきたな」


 誰も聞く者がいない部屋で侯爵は冷めた笑みを浮かべた。





誤字脱字のご報告ありがとうございます。

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