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15話

 エルネスタは兄のギルベルトから少年を譲り受けたことで足取りも軽く王宮の廻廊を歩いていた。相変わらずいつもより騎士の姿を見かけるが、その多くが第一騎士団の白い団服だ。だが、事件があったとはいえ日々の業務を怠ることはできないと、文官や侍女、使用人は冷静に普段通りの仕事をこなしているのはさすがというべきか。


 エルネスタは一階の出仕者用の食堂へと足を向けた。そこは王宮勤めの役人や使用人の食堂だ。食事が不定期かつ距離のある騎士棟勤めの騎士も時間があるときは、騎士棟の食堂ではなくこちらを使っている者も多い。

 つまりは市井でいう大衆食堂的な場所だが、二十四時間体制ともいえる王宮勤めの人間にとって憩いの場といってもいいだろう。もちろん無料でかつ食堂も同じく二十四時間開いている。夜間は規模を縮小して料理人や給仕をする人間も減らしているが、いつも美味しい食事を提供してくれる食堂は欠かせない場所だ。またこの食堂に来られない者にとってはお弁当を配達もしてくれるし、食べたい料理など前もって予約しておけば別料金はかかるが作ってくれるありがたいサービスもある。


 高官や高位貴族はこことは別に専用の食堂があり、ときには国王や王太子なども含めた食事を介した会議などをしている。高級レストランの個室のような感じだ。いつかは自分もと役人にとってちょっとした憧れの場所でもある。

 エルネスタなどの王族に付いている騎士や側使え、侍女などは王族専用食堂そばに休憩所があるためそこで交代制で食事をしている。


 開かれた大きな扉を潜って食堂に入ると、ガラス張りの窓の向こうに中庭が飛び込んでくる。今日は晴れているためテラス席が開放されているようだ。

 朝食の時間帯を過ぎたためか人もまばらだった。前方には様々な料理がいくつもの大皿に盛られており、それぞれ好きなものをチョイスしながら皿に盛っていくビュッフェスタイルだ。

 エルネスタは滅多にこの食堂を使用することはない。今日はあの拾い物の食事のためにここへ寄ったに過ぎなかったが、人も少ないこともありたまにはという気分転換的な気持ちが芽生えてそのままトレーに皿をのせる。と、同時に持ち帰り用の容器も手にして同じように料理を詰めていった。カウンターで温かいスープをついでもらい、広いテーブルの隅に座った。飲み物とコップはテーブルに一定間隔で備え付けられている。それを手にして一口飲む。ほのかな酸味のある果実の味がした。


「おいし」


 皿にはパンの他、茹でた野菜、スクランブルエッグやソーセージなど朝食らしいものが並んでいる。

 エルネスタはパンを千切って口に運んだ。多少硬くなっていたがしっとりとした食感は彼女が好むものだった。食べならが周囲に目をやると、眠そうに欠伸をしている人が多い。その多くが夜勤から解放された人なのだろう。朝食にありつけるのがこの時間なのかもしれない。

 スープを口にすると野菜を煮込んだ甘い味がした。そんな味わいにほっこり和んでいると後ろから低い声が降ってきた。


「探したぞ」


 エルネスタはスープをゆっくり飲み込むとナプキンで上品に口元を拭いた。振り向かなくともその声が己の婚約者であることはわかる。


「……おはようございます」

「おはよう」

「探していた、というのは私のことでしょうか?」

「他に誰がいる。いいか、逃げるなよ」


 リオはそう言うと、自分用の食事を取りに料理が並ぶテーブルへと向かった。

 まさか、ここで一緒に食べるとでもいうのであろうか。いや、この状況はそれしかないだろう。……確かに逃げ出したい。

 よもや朝から彼に会うとは思ってもいなかったし、しかも自分を探していたとも言っていたが嫌な予感しかない。エルネスタがため息をついた時、リオが大盛りに料理を乗せたトレーを持って戻ってきた。


「……すごい量ですね」

「あれから徹夜で動いて何も食べてないんだ」

「そのわりには元気に見えますが」

「一応、鍛えてるからな。お前はそれで足りるのか?」

「普通かと思いますよ。どうぞ」


 エルネスタはコップに飲み物を注いでリオに渡した。


「ああ、悪い。ありがとう」


 リオはエルネスタの向かいではなく横に座る。ギョッとする彼女を無視してそのまま目の前の料理を豪快に口に運んだ。しばらく呆然としていたエルネスタも食事を再開すると、そのまま二人して黙々と食べる。

 その間、一人、また一人とこの二人に気付き二度見してはそのまま固まっている人間が増えていく。人も少なくなったとはいえ食堂には数十人が食事をしており、この場所ではあまり見かけない人物に目を丸くして窺っている。

 なんせ高位貴族でもある二人、しかも王太子妃付き侍女と出世まっしぐらな精鋭騎士がこのような食堂で食事をしているとは思いもしない。


「……一気に居心地悪くなったんですが」

「そうか? 俺は気にならないが」


 ここにいるのは貴族とはいえ爵位の低い者が多い。優秀で難関を突破した平民も多数いる。そのため昨夜の式典に参加できるほどの高位貴族出身者は限られているだろうが、この二人が正式な婚約関係だという一報はあの事件でかき消されたようなものだ。もちろん中には上司などから聞き及んでいる可能性もあるが、噂でしかなかったこの二人が一緒に食事をしているという現実がこれから噂を本物へと変えていくだろう。


「何もここで話しかけなくてもよかったんじゃ……」

「腹が減っていたんだから仕方ないだろう」

「だったら別の場所で食べればいいでしょう」

「面倒だろう」


 こっちの方が面倒だ。もしかするとリオはあまり周囲を見ない性格なのだろうか。いや、これはわかった上でやっている。この結果、自分たちの噂がじわじわと広まっていくのは確実だ。


「……いいんですか? あなたの愛する方にも私とのことが知られますよ」

「別にいい。もう知ってるからな」

「では早めに誤解を解いていた方がよろしいのでは?」


 リオは少し不機嫌にベーコンを口に放り込みながら横にいるエルネスタを見た。彼女は下を向きながら黙々と野菜を食べている。


「前にも言っただろう。誤解も何も俺の一方的なものだし、そもそも彼女はそれを知らない」

「秘めた恋というわけですか」

「………………」


 リオは肩肘をテーブルにつけて頬杖をつきながら、フォークで刺したソーセージを見つめる。


「行儀が悪いですよ」

「……ここでテーブルマナーもないだろ」


 秘めた恋、そんな大袈裟なものではない。だったらなんだっていうのか。自分でもよくわからないというのが本音だ。


「……守りたい、単純にそう思ったんだ」

「………………」


 ソーセージを眺めながら言うことか。滑稽に見えてエルネスタは冷たい視線を送る。

 だが叶わぬ恋に浸っていると思いきやリオの顔はどこか憮然な目でフォークの先を見ていた。罪のないソーセージを睨まなくてもと思うのだが。


「……つまり、あれだな。庇護欲とでもいうのか。うまい説明が思いつかない」

「はいはい。よく言うじゃないですか。『恋はするものではなく落ちるものだ』と。きっとあなたは落ちたんですよ」


 呆れ顔のエルネスタも同じようにソーセージをフォークに刺した。


「こんな風にグサッと胸を貫いたんじゃないですか?」


 そう言って同じように貫かれたソーセージをリオに見せる。自分の想いをそのように表現されると微妙な気持ちだ。片眉を上げて複雑そうに目の前の二つのソーセージをしばらく見ていたが、小さく息を吐くと自分の分を口に入れた。


「……美味いな。食わないなら俺がもらうぞ」

「まさか、食べますよ」


 エルネスタはいい音を立てて半分かじる。


「あら、見てください。これって誰かさんの恋みたいじゃないですか」


 無惨に半分だけ残ったソーセージを見て面白げに笑う。


「貫かれて、破れて、残ったのは未練だけ。あー、可哀想」

「ホント、いい性格だな」

「どうも」

「で、怪我はどうなんだ?」

「…………急ですね」

「そうでもない。危うく、このまま話を逸らされそうだったからな。修正したまでだ」


 エルネスタは内心舌打ちする。この調子で嫌味のオンパレードを繰り出そうかと思っていたが、昨夜のことをとうとう持ち出してきた。この男は何食わぬ顔で様子見していたらしい。


「おかげさまで、この通り元気です」


 このエルネスタの普通っぷりが大したことがなかった証拠なのだろうが、その普通がいかにも怪しい。


「王宮付きの侍女は護身術も習います。ましてや王族付きともなればそれ以上の腕を求められるのですよ」


 リオが口を開く前にエルネスタはサラリと言ってくるが、あの反射神経は護身術の域を超えている。短期間で身に付いたものではなく、すでに身に染みついているものだった。その違いくらいはリオでもわかる。

 エルネスタはリオの不審な視線を気にするふうでもなくパンをちぎって食べている。


「これでも一応は心配したんだぞ。守れるつもりだったんだが、……すまない」


 リオは食事を続けながらもどこか遠くを見つめるように言ってきた。


「……怪我にも気付くのが遅れた。まさか声ひとつあげないとは思わなかった」

「別に謝る必要などありません」


 飲み物を飲み干すとエルネスタは立ち上がった。


「それどころか、私はあなたの愛する女性のように『守りたい』と庇護欲を掻き立てられるような女でないことがわかったでしょう? あなたの理想の女性像とは真反対のような私が婚約者なんて申し訳ないくらいです」





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