14話
エルネスタの言葉にギルベルトは面白そうに片眉をあげる。だが突然の勝手な言い草にもかかわらずあくまで表情は崩れない。
「理由が聞きたい」
「……正直特別な理由はありません。ですが少々もったいないとでもいいますか……」
「どうして俺に許可を?」
「お兄様が所有者でしょ?」
「なるほど」
【月】の当主は父であるユリザ侯爵だ。だが、兄であるギルベルトにも多くの案件を投げている。今回の一件は式典の襲撃事件との関連性もあるため当主である父が動く可能性もあったが父はあくまで国王に忠誠を誓っている。
だが国王はこの件を王太子に任せてくるだろう。そうなれば必然的に王太子の側近でもあるギルベルトに流れてくるとエルネスタは考えた。つまり、あの拾い物をどうするかはこの兄の采配となってくる。
「なんだ、気に入ったのか?」
「そういうわけでは……。先ほども言ったようにもったいない気がするんです」
もっと言えば、単に気まぐれにも近い。濁った灰色の瞳が澄み切った銀色になるのが見たいと思った。とはいえ、自分のところに来たとて彼のためになるかと問われればそれはわからない。たとえ大義があろとも自分たちがしていることは汚れ仕事に変わりないのだ。
だが、すでに彼は〝こちら側〟となってしまった。あの少年を見逃してもおそらく殺されてしまう。彼の後ろにいる組織、または目の前にいる兄から。
「お前にやったとして、責任もってくれるのか?」
「もちろんです」
「いいだろう」
エルネスタは目を丸くする。こんなにあっさりと許可してもらえるとは思っていなかった。あっさりすぎて返って怖いくらいだ。
「なんだその顔は」
「……本当にいいのですか?」
「ああ、構わない」
ギルベルトはそばに立つサイファスに「あれを」と指示すると、彼は執務机から数枚の紙をもってきた。ギルベルトはそれを手にして面白そうにヒラヒラと振るとエルネスタへの方へ投げてきた。
「これは……」
「一応、せっかくの拾い物だからな」
エルネスタはそれらに目を通すと驚愕の眼差しをギルベルトに向ける。彼はサプライズが成功したような顔で小さく笑うと満足げに腕を組んだ。
「……相変わらず仕事が早いですね」
「当たり前だ。だが……」
ギルベルトは微笑む瞳の中に鋭い光を見せる。
「条件がある。しっかりと躾をすること。そうだな、【谷】に落とすまでに三ヶ月やろう」
「三ヶ月……」
「できなければ消す」
「…………」
簡単に許可したかと思えば高いハードルを投げてきたものだ。グッと掌を握りしめると、エルネスタの頭にポンと優しい手が置かれた。
「エルは昔から動物にも懐かれたし躾も上手かったからな。大丈夫だよ」
サイファスが優しく微笑む。大柄で見た目が強面な彼だが、それに反して動物好きな面がある。厳しい兄に対して、いつもこの従兄弟がフォローしてくれていた。それは今も変わっていない。
「サイファス兄様。あの子は動物じゃないですよ」
「そうか? 似たようなもんだろう。きっとエルはできるさ。どこかの意地悪な次期当主様と違ってな」
「ふふ、やっぱり意地悪だと思う?」
「そりゃ、飴と鞭の割合が悪すぎるしな」
「サイファス兄様は優しくて大好きよ」
「だろ? 俺は優秀で可愛いエルには飴だけで十分だと思ってるからな」
エルネスタの頭を撫でているサイファスのデレまくりの顔は強面であるが故になお怖く見える。それに飴と鞭の割合とすれば、サイファスこそが大きな飴だというのに。
「……まったく、お前のせいで俺はいつも悪役だ」
ギルベルトは腕を組んでサイファスを不満げに見上げた。大切な妹だからこそ厳しいことを言ってきた。
【月】として生きていくのなら安寧な生活とは程遠い。本家の人間として生まれたからには他の道を選べないのだ。その中で生きていくために、死んでほしくないからこそ憎まれる覚悟で接してきたが、今のところ妹弟との仲は上手くいっている。
「ギル、別にお前を否定なんかしてないさ。だが、エルは俺にとっても大切な妹だ。なんといってもベリーに生き写しだしな。ほら、エルもベリーも黒髪だし、それにつぶらな瞳なんてまるで双子のようじゃないか」
「またそれか」
ベリーとはサイファスが幼い頃に飼っていた黒羊の名前だ。エルネスタと同じ日に生まれて、五年前に天寿をまっとうした。その時サイファスは一晩中彼女と過ごして、泣き腫らした顔は多くの人に感動ならぬ衝撃を与えた。主に怖さで。
どこをどうとったのか、エルネスタとその羊を重ねており昔から彼女に甘い一面があった。
「エル、お前は俺の最愛のベリーと同じようなもんだ。そのお前が見込んだんだから間違いないさ。何かあれば俺も手を貸すから言うんだぞ」
「……ありがとうございます。サイファス兄様」
昔から羊のベリーと同一視されていることに多少の複雑さはあるがもう慣れっこでもある。エルネスタは立ち上がるとサイファスの手を取って嬉しそうに笑った。
エルネスタが部屋を出て行った後にギルベルトはいまだに憮然とした顔をサイファスに見せていた。
「何がベリーだ。妹を羊代わりにするな」
「ベリーはただの羊じゃない。頭もよく気立てもいい。そして何より美人だった。ベリーのような羊とはもう会うこともないだろう」
思い出すかのようにサイファスは胸を押さえて一人感傷に浸る。
「俺の唯一。俺の癒し。なのに俺を残して逝ってしまった。その魂はきっとエルの中にある。よく双子は一心同体というからな」
「だから勝手に羊にするなよ」
「エルも俺に懐いてる」
「そりゃ、あれだけ溺愛してるならそうなるだろ」
はあ、と大きなため息をついたギルベルトは立ち上がって執務机に移動すると椅子に座った。そして数枚の報告書を束の中から取り出した。エルネスタに渡したのはそれを複写したものだ。
「それにしてもアレをエルが欲しがるとは思わなかったな。この報告書を先に見ていて良かった」
「だからあっさり許可したのか?」
「当たり前だろ。得体の知れない奴を与えたりはしないさ」
ハインツから報告を受けてギルベルトはすぐにあの少年の背景を調べた。この城に忍び込んだ手腕は未熟ではあったが、約一週間も潜り込んで留まり続ける忍耐力はなかなかだと思っていた。泳がせていたのは事実で、あの式典が狙いだろうという目星もあったが、明らかに「駒」要員であることは明白だった。
その一週間の間に少年の後ろにはある組織がついていることも調べ上げた。それは単純にゴロツキと呼ばれるギャングの一味であったが、そのまた裏で糸を引いていたのは隣国の裏組織だということも突き止めている。
少年がこの件にどこまで関与しているのかは不明だが、簡単に切り捨てられるくらいの手駒扱いというならば、エルネスタに預けても手を焼くことはないはずだ。経験はもとより戦闘となればエルネスタは少年よりも遥かに強いだろう。もったいないという「情け」で少年を欲した彼女がどう育て上げるのかギルベルトも見たくなったというのが本音だが、それでも「害なし」と判断したのが大きい。無作法な悪人を可愛い妹に渡すことはしない。
「そういやベリーもよく他の羊たちの面倒を見ていたな」
「……だから一緒にするな」
「いいだろうが。お前だってベリーに懐かれてたじゃないか」
「よく袖先を食べられてたな。おかげで臭い唾液まみれになった」
ギルベルトはベタベタとなった当時のことを思い出し右手をブルブルと振って顔を顰めた。
「エルならベリーのように上手くやれそうじゃないか」
「……そうかよ」
あくまでベリー基準でものを言うサイファスにギルベルトは遠い目のまま頬杖をつく。
「それにしても三ヶ月で【谷】に落とすとはちと可哀想じゃないか?」
【谷】とは【月】の一員として認められるための試練の一つだ。言葉通り谷底に放り投げられて、そこから這い上がってくるものだが、その過程には様々な仕掛けがあり、【月】として数年間鍛錬してきた者が受ける試練で初回でそれをクリアできる者は半分以下という難関なものだ。
クリアしろとは言っていない。その実力を試すだけだ。
「エルのお手並み拝見だ」
この次からは少しゆっくりした更新となります。すみません(>人<;)




