12話
ハインツの言葉に少年は眉を寄せた。
「何か知ってるの?」
「僕がこいつを見つけたのはちょうど王宮に忍び込む前でさ」
少年の目が驚愕に開く。まさかそんな前から見つかっていたとは思いもしなかったのだろう。思い出したかのようにクツクツと笑い出すハインツにエルネスタは先を急ぐように「それで」と促す。
「まあ、タイミング的に僕と同じ時間帯という偶然もあったけど、君、あの侵入ルートはなかなかいい線いってたよ。僕もよく使うものだしね」
だがそれが仇となったのだろう。
「盾壁を越えるくらいは身軽だし、気配の消し方や安全かつ最短距離を行こうとする侵入スキルも悪くない。ああ、でも時々足跡を残した場所もあるからそこはマイナスかな」
「いったい何の採点よ」
「はは、ごめんごめん。でもって、何をしてくれるのなーとワクワクしてたんだけど、中庭を見渡せる歩廊で様子を伺ってるだけで動こうとしなくてさ。そしたら、あの騒ぎだろ? 騎士たちがあちこち走り出してバレたかもって君も焦ったはずだよね」
再び針でツンツンする。
「言うなれば、君は囮だったというわけさ」
ハインツはニヤリと笑い、言い聞かせるように、だが冷たい声で告げた。
「だからここにいる。わかるよね? ていよく言うなら君の与えられた任務はここで捕まることだった。ま、反対に逃げ延びて上手く切り抜けられたとしても、待ってるのは結局殺されて終わりって結末だけ」
「────っ!!」
「あれ? やっぱり知らなかった?」
驚愕に目を開いた少年の頬にたらりと汗が流れた。そんなはずはない。自分は選ばれたのだから。選ばれたからこそここにいるのだ。
「嘘を言うな。騙されないっ!」
「ま、信じたくないなら別にいいさ。未熟とはいえ手慣れた動きでもあったから、どこぞの組織から来たんだろうけど、捕まることありきで動かされたんだから、君から得る情報は何もないってこと」
面白いのか面白くないのか、さほど気にもしない態度のハインツを少年は睨みつける。
確かにここに忍び込むことが任務だった。忍び込んで式典の警備体制などの様子を窺う。それだけだった。標的がいないぶん少年にとって楽勝ともいえた。それでも念のため、逃げるための準備もしっかりしたというのに、なぜこんなところで屈辱的な目に合っているのか。
ガシャン、ガシャンと腕を動かすたびに耳に聞こえる忌々しい拘束具がこれが現実だと教えてくる。もう逃げ場はないのだ。だがそれを認めることを心が許さない。
「ねえ、しばらくここで頭を冷やしてはどう?」
血走った目でハインツを睨んでいた少年にエルネスタは優しく声をかけた。そこでここにもう一人の人間がいたことを思い出した。
「その間にゆっくり考えてみたら? なぜこの依頼を受けさせられたのか、なぜだと思うことを一つ一つ考えるの。分からないことは分からないままでもいいから、そこから見えてくるものだってあるはずよ」
同じ目線となったエルネスタの顔の半分は隠れているはずなのに、そこに温かい笑みがあることがわかる。
「あなたは自分で考えることができる人間でしょう? 誰かの言われたままに動くことを決めたとしても、誰しも心を持っている生き物なのだから、その心が本当は何を求めていたのかじっくり考えてみたらどう?」
「君ってさ、博愛主義だったわけ? ここにいる時点でこいつが今までやってきたことなんてキレイなものとはいえないというのにさ」
「考える時間くらいあげてもいいと思うの。さっきの話じゃないけど、誰だって死ぬときは納得してから死にたいはずよ」
ね、と少年に同意を求めるように首を傾げるが、どのみち待っているのが「死」であることは否定しない。
「へえ、君はこいつが死ぬための準備期間を与えてやっただけに過ぎないってわけね。ある意味残酷だと思うけど」
「私達のような人間は常に死がついて回ってすぐそばにあるわ。きっとこの子は本当の意味でそれと向き合ってこなかった気がするのよ。それって大事なことよ」
己の手が体がどれほど血を浴びてきたのか。生きるため、守るためとはいえ命を奪った先に綺麗事なんて存在しない。それでも己自身で決めた道だから最後までやり遂げる。
エルネスタは目の前の少年がそうは見えなかった。死の覚悟といえば格好がつくが、這いつくばってでも生きようする覚悟も同時に必要なのだ。
「私はあなた自身が導き出した答えを尊重するわ」
二人は少年を別室の拘禁部屋へと連れていくとそのまま地下を後にした。そこは簡易なベッドとトイレがあるが、冷たい石造りの床と壁には拘束具を繋げるための装置があるため、少年の手足は相変わらず重たい枷が付いた状態だ。
まだ暗い上空には星が輝き薄い月は雲間に隠れていた。
外気の生暖かい風が体を抜けて静かな夜が戻ってきたかのようだ。だが遠くには騎士たちの声も流れており、今夜の騒動が収まりきっていないのを知らせてくれる。
「糸を引いてるのはどこかしらね」
「いずれ見えてくるさ。ひとまず当主殿にはすでに知らせているからね」
当主──、それは【月】の当主であるユリザ侯爵、つまりはエルネスタの父だ。
「お早いこと」
「当たり前だろ。あの少年が忍び込んできたのは一週間前だし」
「え? 嘘」
「ホント」
「こんな警備が厳しいのによく見つからなかったわね」
「そこはあの子を褒めてあげないとね。なかなか上手く潜んでたし、何度か城の外にも見つからず出入りしていたから、そういう潜入が得意なんだろう」
「でも、結局は見つかってるわよ?」
「それは仕方ないよ。だって僕だよ? 僕を欺けるなんてそうそうできるわけないでしょ」
「狸だしね」
ふふふと笑うエルネスタの後を追うハインツはやれやれというふうに両手を広げた。
「君ってさ、本当に僕たちを狸呼ばわりするが好きだよね」
「だって狸なんだもの」
「仮にも王族なんだけど」
「いつもは仮じゃないって突っ込むくせに」
「どちらにせよ、君が僕らに対するイメージは崩れないってことだよね」
国王は古狸、王太子は軽狸、ハインツは子狸だ。狸一家でも王妃はどちらかといえば猫っぽいから不思議だ。
「いいよいいよ、狸でもなんでも呼んでさ。でも、狸は化けるからね。……おお化けして君に喰らいつくかもよ〜」
「そう? じゃ、お茶でも用意して待ってるわ」
二人は再び城壁へと立ち、城下を見下ろす。
ハインツが言うには一週間前から少年を見張っていたことになる。彼自身というよりは彼の配下が見張りにあたっていたのだろう。
今回の式典で何か仕掛けてくる可能性もあったが確実的な証拠を掴むために泳がせていたというわけだ。
「結局はあの子の仕業ではなかった。遠からず当たったとしても空振り状態ってことね」
「そうでもないさ。本当の侵入者はもっと早くにこの王宮に潜んでいた可能性が高まったしね」
「じゃあ、やっぱりあの矢は王宮内にいる人間の仕業なのね」
「まあね」
「まさかもう目星はついてるの?」
「そこまではまだ。でもそれは騎士団の力の見せ所だろ? 君の婚約者殿も動くだろうしね」
「そうかしら? なんだか面倒だわ」
「いやいや。そこは傷つけられた婚約者のために格好つけさせてやりなよ」
「…………」
彼が本当に格好つけたいと思っている人は自分じゃなく他にいる。
あの時、怪我をしたのがその人であったら彼はどうしただろうか。おそらく自分の成すべきことを優先はしただろう。それでもその心持ちは違ったはずだ。
好きでもないエルネスタを建前上でも婚約者として扱わないといけないリオに少し同情はする。恋愛ごとに疎い彼女でもそれがどんな気持ちであるのか想像もできる。
果たして惨めなのはどっちだろうか。
とりあえずは事件が事件なだけに仕事一筋である彼はそれにかかりっきりなるかもしれない。そうなれば顔を合わす機会も減りしばらくは心の平穏が訪れてくれるというものだ。
けれどこのもやもやとした変な感情は消えてはくれずエルネスタは暗い空を見上げた。




