11話
王宮の内外は式典中の出来事で未だバタバタとしている中、その地下では毛色の違う呑気な会話が続いていた。
料理の方向性で食い違う二人ではあったが先に折れたのはハインツだった。
「まあ、ひとまずそれは置いとくとして」
両手を挙げてお手上げするように首を傾げると、未だぐるぐる巻きにされている少年を見下ろした。
「とりあえずさ、先に素材を確認してから決めるとしよう」
ニヤリと笑って少年に近づいた。
「大声出したらだめだからね〜」
ハインツが「素材の確認、素材の確認」とニコニコ顔で少年の口元から拘束を解いてゆく。少年は布に吸い取られた唾液でむせ返り、ゴホゴホと咳き込んだ。
「お前らっ────」
叫ぼうとして飲み込む。目の前に細い針が突きつけられたからだ。それは大きな釘に近い長い針だが、その殺傷能力は否応でもわかる。
「聞こえなかった?」
ハインツがにっこりと冷えた笑みを浮かべる。
「君を殺すなんて一瞬だけど、そんなのまったく面白くない。叫ぶなら死ぬ時に思い切り叫ばせてあげるから、だから今はシーっだよ?」
まるで小さな子どもに言い聞かせるかのような囁きだが、言ってる内容は脅しもいいところだ。尋問なんてハインツの十八番なのだ。楽しそうに相手に与えるダメージを言葉にのせるセンスは昔から変わらない。ここの王家はやはり狸一家かもしれない。
「ねえ、この人は本当にいたぶるのか好きな捻じ曲がった心根の持ち主なの。だからとりあえずいうこと聞いてくれる?」
エルネスタは一応の助け舟を出した。少年はゴクリと針の切っ先から目を逸らすと押し黙る。
「ありがとう。さて、これつけさせてね」
エルネスタの手には鉄の拘束具が握られていた。ジャラジャラした音をさせながら少年にテキパキとつけていく。両手首、両足、首。最後に壁に繋がれた鎖にそれらを繋げてから、体を縛っている縄を解いた。
「これで少しは楽になったでしょう?」
にっこりと笑う。楽になったとはいえ、重い鎖に繋がれた状態は物理的にも精神的にも一層の拘束感を感じるものだ。
「……エタ。君さ、それで優しくしたつもり?」
「だって、縄って結構締め付けられて痛いものよ。まだこっちの方が楽じゃない」
「あそ」
エルネスタの素早い動きに反応する間もなく茫然と鎖に繋がれた両手を見ている少年。その少年の髪をハインツは撫でた。
「ごめんなぁ。このお姉さんは大真面目にそう思ってるんだ。だから、本当に怖いのは僕じゃなくこの人だから間違えないでね」
「ちょっとハツ」
「だってそうだろう?」
少年は未だ目の前で繰り広げられている光景に言葉がなかった。今、自分はまさしく死ぬ一歩手前であり、簡単にこの世界から消えてもおかしくないのだ。己に向けられた針で額をひと突きされれば、あっけなく肉の塊と化すだろう。それなのに、そんな自分の死など砂の粒ほどもどうでもいいような会話をしているのだ。
「……れ」
少年から唸るような声が漏れた。
「黙れ、黙れ! 黙れよっ!! 早く殺せよっ!! 殺せっっ!! 死ぬことなんて覚悟の上だ! 死ぬことなんて怖くない! 殺せ! 殺せっ!!」
立ち上がって二人に襲いかかるが、ジャリンと鎖に阻まれて届かない。
「クソっ! クソっ!! クソッ──ッッ!!」
膝を付いて硬い石の床を何度も叩く。そして目の前の二人を見上げて睨むと、ギリッと噛み締めた唇から血が滲んだ。握りしめた拳はプルプルと震えて、手のひらに爪が食い込んでいる。惨めでも悔しくても今の自分にできることなど情けなく悪態をつくことだけだ。どうしようもない怒りが込み上げてきて泣きたくないのに目の前が霞んでくるがそれは意地でも見せたくはない。
「クソクソクソッッ!! 殺せっ! 殺せよぉぉぉ!!」
そんな様子をしばらくみていたハインツはわざとらしく大きな息を吐く。
「はいはい」
蹲り項垂れている少年の肩をポンポンと叩く。それは同情でもするように優しげであったが、その目が表していたのはまったく違うものだった。
「あのさ、君のお涙頂戴的な愚痴なんてまっーたく興味ないんだよね〜」
爽やかに笑っている瞳の奥にキラリと光るのは蔑みと非情なまでの突き刺す一瞥。
「死ぬなら勝手に死んでくれてもいいんだし? 未熟とはいえ曲がりなりにもそういった汚い仕事を生業にしているならさ、自決くらいいくらでもやりようがあるでしょ」
「………………」
「格好のつく死に方が好きなら騎士を目指すんだったな。理想的な名誉ある死ができたかもしれないよ。ははは」
そう言って恭しく騎士の敬礼をわざとらしくして見せるハインツにエルネスタは小さく首を振る。
「……ハツ」
「ん? 間違ってた?」
こうだったかな?と思いつく敬礼のパターンを頭を捻りながらやっているハインツ。彼女はそれを軽く無視して少年を見据えた。
「幻滅するかもしれないけど。……正直なところ、騎士だってなかなかそんな死に方できないのよ。せめて戦争中、しかも一小隊任せられるくらい名を馳せなければ、ただの一騎士の死なんて残念だけど犠牲になった一人にしかすぎないわ。それでも騎士道精神に基づいたということで、死後にほんの小さな勲章が与えられる可能性くらいはあるけれど。……でも、だからといってこれから騎士を目指すのはちょっと厳しいかもしれないわ。結局は運命を受け入れて、その中でどのくらい足掻けるかってことだと思うの」
エルネスタは少年のそばに立って見下ろした。
「……でも、今現在はこうやって身動き取れないわけだし、どこかに毒を仕込んでるでもなさそうね。自分の中で「名誉ある死」をどう定義づけるかなんだけど……」
うーんと首を傾げて「困ったわね」と頬に手を当てて考える。
「どう死ぬかよりどう生きたかって考えてみるのはどうかしら? 今あなたが死んだとして何か心残りというかそういったものがあったら、やっぱりそれは悲しいことだけど。でももしそれらが一切なく「我が人生後悔なし」だったら、あなたにとってここで死ぬことはある意味「名誉ある死」と言えると思わない?」
「……あー、エタ。この子はまだ子どもなんだし、そんなご老人相手なことを言ってもさぁ」
「あら。年齢は関係ないでしょう? それに幼くても命のやり取りをするこんな仕事を請け負ってるわけだし」
「いやでもさ、そこは限りなく未熟なんだし」
「ダメよ。ちゃんと一人前に扱ってあげなきゃ失礼でしょ」
ハインツはエルネスタに白けた目線を送る。
「……君ってそういうとこあるよね」
「何が?」
「いや何でも」
ハインツはわしゃわしゃと髪をかき、はあと大きなため息を吐く。
彼女の天然さはわざとらしく見えるが、そうではないことを知っている。基本、素直な性格ゆえにそれが裏返って皮肉な物言いとなるのだろうが、忘れていけないのは彼女は大真面目に応えてるということだ。かといって本気で嫌味を言ってくるときもあるから、つかみどころがあるのかないのか不思議なところもある。
それがハインツには面白く、また可愛くも思えるのだが果たして初対面でそれをされたらどうだろう。
ましてや目の前に死をちらつかせているこの少年にとってはこの何気ない会話の数々が己の存在、つまりはその命がとてつもなく軽いものだと思わせるだろう。ハインツはあえてそれを狙っていたが、エルネスタはまったくそんな気ないのにやっている。
「ね、このお姉さんって面白いし怖いでしょ?」
笑いながら言ってくるハインツに睨んだままの少年の瞳が揺れた。
「もうハツってば。……ま、とにかくこの子からそろそろお話でも聞かせてもらう?」
エルネスタは拷問椅子に自ら座って頬杖をついた。その椅子に座った自分を想像したのか少年は顔を背け俯いた。
「それなんだけどさ、そんな簡単に吐かないと思うよ。というか吐けないだろうね」
「どういうこと?」
ハインツはそのまま少年を見つめ囁く。
「あのさ、君知ってた?」
針の先でその頬を軽くツンツンする。
「君はね、もともとここで捨て置かる駒だったんだよ」




