10話
時を同じくして──。
エルネスタとハインツは王宮の胸壁の一角で、右往左往している騎士団を見下ろしていた。胸壁といっても、正確にいえば「胸壁の上」に立っている状態だ。時折高所特有の強風が吹き上げてくるが、それらを自然にかわして何事もないように立っている。
「まあ、こうなるわな〜」
ハインツはスコープから見える騎士に多少哀れな目を向けてため息を溢す。慌ただしく動く騎士らの様子が見てとれる。
「あそこが現場みたいね」
エルネスタも松明が集中している場所に同じようにスコープを向けてそのさまを観察していた。遠くから目に入る炎の動きがまるで生き物かのように思える。
「でも……」
「そ。本当の現場はあそこじゃない」
「あんな目眩しなんて騎士団はすぐに気付くんじゃないの?」
「そうだろうけど、じゃあ、どこから矢が放たれたかとなると決定打がないだろうね」
矢が飛んできた方向的に王宮の東側だということはわかる。何せエルネスタ自身がそこにいたのだ。あの現場は少々北東よりであり、何より距離的に厳しいだろう。分厚いガラスを突っ切ってあの威力なのはもっと近くで、そして高所から放たれた可能性が高い。
それらを考えるといくつかめぼしい場所に目をやった。
「あの周辺の木を調べた方がいいかも」
「……まあ、内部の可能性が高いだろうね」
「………………」
この数日間は警備も強化されている。忍び込むのは厳しいとなるとどうしても王宮に出入りできる何者かの犯行となる。
ハインツがニヤリと笑った。
「ねえ、ハツ。貴方どこまで知ってるの? まさか夜の散歩中に目撃したとか言わないわよね」
「目撃はしてない。が、拾い物はしたな」
「え?」
ハインツは軽い足取りで、細い小壁体の上を飛び跳ねるように移動すると、エルネスタも同じように後に続く。そして細い歩廊へと飛び降りると、奥まったところにある外階段の場所まで辿り着いた。灯りもない暗闇の踊り場に目をやると何やら蠢いているものがある。そしてうめき声らしきものも聞こえる。
エルネスタは眉を顰めたままハインツを見た。
「ねえ、どういうこと?」
「どうって、たまたま見つけたんだよ」
ハインツはのたうつ布袋のそばに近寄るとしゃがんで指でツンツンした。
「おーい。お待たせ」
「…………」
一瞬動きを止めたそれは再び激しく跳ね出した。
「さあて」
ハインツは細身の腕のわりにもそれを軽々拾い上げると肩に担ぐ。
「お楽しみの時間だよ〜」
エルネスタは楽しそうに足早に階段を降りていくハインツの後ろ姿をしばらく眺めていたが、呆れたため息を一つ吐いてその後を追って行った。
地図にも乗っていない王宮の地下には【月】が使用する特別な部屋がある。地下牢のような湿った空間だが、いくつかある部屋は意外に清潔で応接室のようであり高級サロンのようでもあり格式高い造りをしている。
そこはそのまま「サロン」と呼ばれている場所であった。
その他に無機質な石造りの狭い部屋もあり、いわゆる尋問部屋もしっかりと備え付けられている。
王のいる城にこのような特殊な一角があるのも公にできない案件に対して、国王自ら秘密裏に尋問を行うためである。
そのため【月】として動く者でもそうそうここを許可もなく使用できるはずもないのだが、なんといってもハインツはこの国の王子でもある。このサロンの使用に関して彼には国王と同権が与えられているのだ。
二人はその無機質な部屋の方の扉を開ける。と同時にハインツは肩に担いだ塊をポンと床に投げると、その衝撃でくぐもった声が漏れた。
エルネスタは素早く入口の灯りをつけ投げ出されたそれを見下ろす。ハインツは彼女にニヤリと笑みを見せてから慣れた手つきで布袋を開けると、縄でぐるぐる巻にされた人間が勢いよく出てきた。
「ん、なかなか可愛い顔してるじゃないか〜、なあ少年〜♪」
口元を締められているせいで話すことはできないが反抗的な目で二人を睨んできたのは、肩まである薄い金髪の青い瞳をしたまるで少女のような少年だった。年齢も十五歳にもならないくらいだろう。
その少年は口の中に布を押し込まれその上猿轡をされており、手足はしっかりと拘束されている。少年とはいえ、ここまで拘束されている時点で「ただの子ども」であるはずもない。一通り訓練は受けているだろうし、その抜け出し方も身につけているのだろうが今回は意味をなさなかったようだ。
そして今のハインツとエルネスタは目から下を布マスクで隠しているが、ジロジロと自分を遠慮なく見下ろしているさまは少年にとって堪えきれないほどの恥辱に他ならないだろう。
「あー、こらこら。あまり怖い顔で睨まないでくれるかな〜。まあ、気持ちはわかるけど。くくくっ」
それはそれは面白そうに笑うハインツは、まるで獲物を目の前にした蛇のようだ。どうやっていたぶってやろうかという狡猾そうな表情にエルネスタは呆れた眼差しを送る。
「まるで狸の皮を被った蛇ね」
「あれー? 今頃気付いたのかい?」
「まさか。狸の皮が厚すぎて久々にその顔を見た気がしただけ」
本当にこの国の王族は狸一家だ。もちろんその皮を脱いで顔を出すのは獰猛な何かではあるが。
「ねえエタ、どうやって料理しようか」
「……あまりお腹は空いてないわ」
「ええぇ、久しぶりの収穫なんだから、美味しくいただかないともったいないよ」
「私はあなたの味付けは苦手なの」
「君って意外と薄味派だよね」
「意外って何よ。健康的でしょ」
ハハハと楽しそうに笑うハインツとの会話をしながら、エルネスタは部屋を明るくするために四方に備え付けられているランプを灯した。
明るくなった部屋では剥き出された石造りの壁が一面を覆っているのがわかる。窓はなく約五メートルほどの真四角な空間が現れただけの部屋だ。
だが、その壁や棚、備え付けられている机の上などには様々な拷問器具がずらりと並べられていた。横には椅子が一脚あり、明らかに「ソレ」専用の椅子だと一目でわかる。それだけでも体に痛みが走りそうな感覚だ。
少年はゴクリと喉を鳴らした。
「丸呑みするくせに、味はこだわるって偏屈なのね」
「わかってないなー。料理の楽しさはその過程にあるんじゃないか」
「私は手の込んだ料理より時短派だから。お腹に入れるのは同じだし」
「はぁ、君ってそういうとこあるよね。食べるのが一瞬だとしても、その一瞬のために時間をかけるのがいいんだよ」
「時間をかけたからって、様々なスパイスを入れすぎてダメになったら話にならないと思うわ」
「確かにそれも一理あるけどさ。様々なアイデアを出しつつ試していく、そして美味しいものが出来上がれば僥倖ってもんだよ」
彼らは何の話をしているのか。いや、わかっている。だがわかりたくない。
少年は今まで何度か見たことがある拷問を思い浮かべてゾッとした。一様にも悪意のオンパレードだった。蔑んだ笑いと激痛からくる絶叫とが混じり合って、見るに耐えず聴くに耐えないものだった。見せられた自分もある意味拷問の一種としてその場に同席させられたのかもしれない。
だが、今はそのような惨たらしいものを見せられていないはずなのに、ましてや何もされていないはずなのに、底知れない恐怖が湧き上がってくるのはなぜだろう。
「さぁて。今夜はどんな料理ができあがるかな。リクエストある?」
「別にないけど。でもあなたに任せるのが不安だわ」
「ちょっとさー。僕の腕を知ってるだろう?」
「知ってるから言ってるの」
ハインツは壁にある器具を指でなぞりながら実に楽しそうな顔で吟味している。それを見ながらエルネスタも机に並んでいる器具をいくつか手に取っては考え込んでる。
「久々にこれとか?」
ハインツはベルトのようなものを手に取ってエルネスタに見せた。片面に鋭い小さな突起物がある。肌に食い込むように巻きつけて使うのだろう。
「そうねぇ。うーん……」
バシッと何かが床に叩きつけられた。エルネスタの手には細長い棒が握られており、先には長い革製の紐が数本伸びていた。そこにも針のような突起があり先端には棘のついた小さな鉄球がある。一見、武器のフレイルのようにも見えるが拷問用の鞭であろう。
それを何度か床に叩いて手応えを確かめているエルネスタにハインツは呆れた目を向けた。
「……君が薄味派だと言ったのは間違いだったよ」
「間違いじゃないわ。健康には気をつけてるんだから」
「全然説得力ないけど」
「さっきも言ったように時短を優先してるだけよ」
「時短の健康料理なんて、味のない野菜をそのまま食べるようなもんだろう? うわっ、想像するだけで吐きそう」
「野菜には野菜の味があるわ」
「いや、そういう問題じゃなくてさ。くっそ不味いってことだよ!」
変なところで言い争っている二人ではあるが、今から人間を拷問にかける雰囲気がまるでない。それこそ、目の前の素材をどうやって料理するかを気軽に話しているだけにしか聞こえない。
しかし、少なくともその素材こそが「自分」なのだ。
少年は気を抜けば震えそうな体を懸命に抑えようと、一層鋭く二人を睨みつけるのだった。




