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09話

「どう思う?」


 二人は救護室を出ると来た道を戻って歩いていた。しばらく無言でいたが、アレックスが最初に口を開いた。


「まだ何とも言えない」

「だな。しかし、何のために騎士を襲ったんだ? あの状況であそこから矢を射るなんてできやしないだろう」


 騎士数人がいなくなったくらいで警備体制に穴が開くわけがない。他にも多くの騎士たちが配置されていたのだ。その監視の目を潜って、しかもあの距離と暗闇の中で矢を放つことは困難だろう。明らかに別の場所から矢は射られた。おそらく撹乱作戦だといえるが、それでも少々お粗末すぎる。


「騎士を襲ったくらいで大騒ぎになるとでも思ったんかね〜」

「だが、多少なりともそこに人員を割くことにはなった」

「まあ、こうやって俺たちが動いてるのさえ単に踊らされてるというのであれば面白くはないな」

「起こってしまったことよりこれからどうするかだ」

「相変わらず切り替え早いな〜。それでどうする?」

「また仕掛けてくるなら防ぐまでだ。だがここまで派手なことはしばらくしてこないだろうな。これより王宮は厳戒態勢となり、王都近辺でも厳しく規制されるからな」

「はぁ〜、まったく敵の目的が読めないぜ。他の案件で今回の事案に繋がりそうなものを当たっていくしかないかぁ〜。面倒〜」


 表立った陣頭指揮は第一騎士団が取るだろうが、レーウ騎士団も極秘に動くことになるだろう。人員の半分はこの事件に割かれ、どのみち団員の負担は大きくなる。ただでさえ、様々な案件を少ない人数で請け負っているのだ。しかも危険度の高いものばかりだ。アレックスの憂いも頷ける。


「それにしても災難だったな」

「何がだ?」

「おいおい、今日は婚約者同伴の参加組だっただろうが」


 リオの服装はいつもの団服ではなく式典用のものだ。キラリと光るいくつものバッジが夜の目にも鮮やかだ。せっかく婚約者と参加していたというのにそれどころではなくなった己の副団長をアレックスは哀れげに見てくる。


「……別に災難というほどでもない。現場に居合わせたのはある意味僥倖と言えるかもしれないな」

「お前はそうでも婚約者殿にとってはたまったもんじゃないだろう。怖がってる令嬢をほっといていいのか?」

「そんなたまじゃない」

「……ったくお前なぁ。自分の婚約者になんて口だ」

「怖がるどころか怪我しても声一つあげやしない」

「怪我って、おいおい本当にそばにいなくていいのか?」


 アレックスが驚いて聞いてきた。気位は高いくせにか弱すぎる貴族令嬢は逆剥けができただけでも大騒ぎするものだ。


「出血はしたが矢がかすっただけだ」

「は、はあぁっ?! 矢ってお前っ……。あのな、それで十分じゃねえか。被害者だし令嬢にとっては大怪我だろ、そりゃ!」

「じゃあ、あいつは令嬢じゃないな。怪我なんて知らん顔で妃殿下を守るべくすぐさま突っ走っていた。────俺を置いてな」

「……それは、それは」


 死ぬような瀕死の状態は別として、たとえエルネスタがあの場で腰を抜かそうが、それで縋りつこうが今回のように己のするべきことを優先していただろう。それにより後から叱りを受けようが、それこそ婚約解消をされようが、レーウ騎士団としての立場を重視することはリオにとって当たり前のことなのだ。


 しかし一瞬、ほんの一瞬だが、エルネスタの怪我を見て足が止まった。

 だが当の本人はすぐそばにいるリオのことなど気にするふうでもなく、すでに意識を己の主人である王太子妃へと向け動き出そうとしていた。

 リオにとってエルネスタは政略的なものであろうとも己の婚約者である。つまり守るべきものの一つだ。そんな存在がいともたやすく己の範囲内からすり抜けていった。彼女からすればリオと同じく自分のすべきことを優先しただけだろうが、どうも訳のわからない言いようのない苦いものがじんわりと胸に疼いたのも確かだ。


「ま、まあ、あれだな。王族付きの侍女ともなれば、行儀見習いという男漁りに来ているそんじょそこらの侍女とは訳が違うってわけか。さすがだな〜」


 アレックスは両肩をあげてうんざり気味に首を振った。誰にも愛想のいいアレックスは見た目もいい。地方とはいえ領地をもっている貴族の家柄である。そのため近寄ってくる令嬢も少なくないが、それをのらりくらりとかわしながら上手くやっている。見た目と違って決してプレイボーイなどではなく女遊びもしない主義だ。だからこそ、そんな令嬢に辟易しているのだろう。


「………確かに普通の侍女とは違うようだ」

「ふぅん。ま、家柄も問題ないし、忠誠心もあるし、肝っ玉もあるようだ。なかなか良さそうじゃないか」

「……………」

「……なんだよ。まだ忘れられないのか? かの御令嬢を」


 アレックスはリオに想い人がいることを知っている。

 気心の知れた彼にもリオはそのことをあまり口にしてはこなかったが「守りたい人がいる」と言ったのは三年くらい前だったろうか。

 だが何も行動を起こすこともないリオに何度かはっぱをかけたアレックスであったが、頑なに気持ちを伝えるつもりはないと返すのみであった。

 身分の違いか、またはすでに婚約者がいるのか人妻なのか、リオの想い人が誰なのかは知らないし、彼がその名を口することもなかった。

 ただ彼が最初からそれを「諦めた恋」としていることが不憫であると同時に腹立たしくも思っていた。砕けてもいいから気持ちを昇華させてほしかった。

 しかし見守ることを決めたリオは、最後まで想いを押し殺すつもりらしく、それきりその相手の話はしていない。

 普段の生活の中でも一切未練があるような素振りもなかったため、リオの中では一つの苦くも淡い思い出となったのだろうと思っていた。

 しかし、どうも婚約者となった令嬢に対して彼は一線を引いている節がある。つまりは未だ何かしらの燻りが残っているのかもしれないと感じていた。


「そんな気持ちをもったままじゃ婚約者が可哀想だぞ」


 黙ったまま薄暗い小道を足早に歩いているリオにボソリと呟いた。


「……もう言ってある」

「?」

「彼女には最初に言っておいた」

「は?」


 思わずアレックスの足が止まった。


「おいおいおい、ちょっと待て……。言っておいたって、まさか」


 ヒクヒクと口元を引き攣らせたアレックスの視線を避けるようにリオはバツが悪そうに足を止め小さく息を吐いた。


「俺には想う人がいる────、そう伝えてある」


 アレックスは予感的中のその言葉にくらりと目眩を覚える。


「ば、ば、馬鹿じゃないのかっ!!」


 思わず大声が飛び出す。


「不誠実な真似はできないだろ……」

「……お前、お前な。いいか、不誠実も何もご丁寧に告げるものでもないだろう。これから婚姻を結ぼうとする相手にそんなことを言うなんて。婚約者を傷つけたいのかっ」

「……反省しているところだ」

「はぁー、もう少し気遣いのできる男だと思ったが。お前自身は自分の気持ちや想いを秘めてそれに殉じる覚悟のつもりかも知れないが、相手にもそれを了承してもらおうなんて勝手すぎるし、何よりもちょっと傲慢すぎやしないか」

「………………」


 リオはグッと拳を握る。最近の胸のつっかえがまさにそれだった。


「……あのな。お前が女に対して不器用なことは知ってるさ。知ってるが、かの令嬢とは恋人でも何でもなかった訳だろう? そんな令嬢に対して何義理立てしてるんだよっ。ほんっと、女のことになるとこんなポンコツ野郎になっちまうなんざ今の今まで知らなかったぜっ」


 アレックスはガシガシと髪を掻いて呆れ返る。的を得た指摘にリオも押し黙るしかなかった。


「で? まさに馬鹿にされるようなことを言われた婚約者さんは何か言ってきたのか?」

「……いや、何も」

「そりゃ、何も言えないわな。これでよく破棄されないな」

「陛下が取り持った婚約だ」

「──あー、クソ最悪じゃないか。破棄もできない、将来の旦那は別の女を想ってる。あー、夢も希望もない結婚生活を一方的に約束されたってわけだ。不憫だ、不憫すぎるっ! お前、最低野郎すぎるだろう……」


 一方的に責められるが、その通りなので文句も言えない。

 さすがに己の所業が普通ではなかったと反省しているし、エルネスタにも悪いことをしたと思ってもいる。

 婚約してから交流という交流はしてこなかったが、少ないその場でこの話を出すことはどこか言い訳じみている気がして隅に置いていおたのも事実だ。


 だが。


「……俺だって破棄するつもりはない」


 不思議なことに彼女と婚約破棄などあり得ないと思っている自分がいる。それはこれから先の伴侶としてすでに彼女のことを受け入れていると言ってもいい。


「破棄はしない」


 そう小さく呟いた声とは裏腹に、その言葉が揺るがない大きな決意になっていることをリオ自身はまだ気付いていなかった。





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