第1話 入学式
春はボクの鼻息を荒くする。
ボク、アイリス・ロックハートは、本日めでたく王立学園へ入学するのだ。
「入学おめでとう、アイリス」
「ありがとう、オズワルド」
頬がゆるんでついついニッコニコの笑顔になってしまうのも仕方ない。
今日は入学式というだけでなく、愛しい番でアルファのオズワルドが隣にいるのだ。
どうだ! 羨ましいだろう?
ボクは胸を張ってふんすふんすと鼻息を荒くして、貴族の子女が通う王立学園の敷地内を歩き、入学式会場を目指した。
空は春らしく薄く曇った青だけど晴れていて、風も柔らかで気持ちがいい。
何よりもボクの隣にはオズワルドがいるっ!
「ふふ。晴れてよかったね」
「うん」
優しく話しかけてくるオズワルドに、ボクは元気よくうなずいてみせた。
真新しい王立学園の制服を着たボクは、どう見えているかな?
自分では、かなり似合っていると思うけど、オズワルドはどう思っているかな?
ボクは淡い茶色のくるくる巻き毛に、金色に近い茶色の瞳をしている。
肌は白いけど、8歳という年齢相応の低い鼻の周りには、ソバカスだって散っているんだ。
ねぇ? ボクって、オズワルドに可愛く見えてる?
上目遣いで隣に立つオズワルドをチラリと見上げる。
オズワルドは黒い瞳に黒い髪をしたアルファ男性だ。
スラッと背が高く、顔立ちも整っていて肌の色は白い。
今日はおめかししていて、新しくて青みがかった貴族服に、襟元には白くてフリルの賑やかなクラバット。
後ろで1つにくくっている長い髪には、金茶色のリボンが結ばれている。
ボクの色だよ。えへへ。
嬉しいね。
オズワルドは、大人の男性としては筋肉が少なめで細身だけど、それは仕方ないんだ。
だってオズワルドは文官なんだから。
未来の宰相候補と言われていて、王太子であるアーサーさまとも仲が良い。
とにかく凄い人なんだ。
ボクがいい気分で歩いていると、お父さまが釘を刺すように口を開いた。
「あーゴホン。婚約予定とはいえ、節度をもって接するように」
「ぁっ、ハイッ。ロックハート伯爵さま」
「はい、はい。わかってますよ」
右隣を歩くオズワルドが瞬時にカチンと固くなるのを感じながら、ボクはお父さまにおざなりの返事をした。
お父さまがうるさいからボクとオズワルドは手も繋いでないのに。
ボクの首元には、オズワルドがプレゼントしてくれたチョーカーが光っている。
しっかりとボクを守ってくれるチョーカーは、オズワルドとの絆の証。
それすらお父さまは気に入らないのだ。
そもそもオズワルドがボクの番だということそのものが、お父さまは気に入らないらしい。
そのせいで、オズワルドとボクは番なのに、婚約までは至っていないのだ。
婚約【予定】!
こんな邪魔な【予定】ってある?
ボクは婚約どころか、明日にでも結婚したいくらいなのに、ダメなんだって。
ずっとずっと一緒にいたいし、ずっとずっと一緒にいる予定なのに、なんで待たなきゃいけないのかな?
ボク、8歳だから分からないや。
「全く……アイリスは優性オメガだというのに、なんで爵位もない劣性アルファと……」
お父さまは、しょっちゅうブツブツ言っているけど、オズワルドとボクの仲は裂けないんだからね。ぷんっ。
「ホントだよ。なんで僕の可愛い弟が、こんなオッサンと……」
ボクの後ろでは、兄のブレイズがブツブツ言っている。
「オズワルドはオッサンなんかじゃないよ。ブレイズお兄さまのいじわるっ」
ボクは後ろを振り返って、お兄さまにアカンベーをしてみせた。
赤い舌を見せられたお兄さまはショックを受けている。
いい気味だ。
茶色味の強い赤毛と赤い瞳をしたお兄さまは、14歳。
ボクの6歳上だ。
「何が悲しくて、8歳の息子を22歳のオッサンと……」
お父さままでオズワルドをオッサン扱いし始めた。
お兄さまはともかく、お父さまがオズワルドをオッサン扱いするのは、年齢的に失礼すぎると思うよ?
ボクは頬を膨らませると不満げに口を開いた。
「貴族の結婚に年齢差なんて当たり前でしょ? 2人とも早く諦めてよ。お母さまは早々に認めてくれたのに。今日は出張で来られないからって、お父さまも、お兄さまも、好き勝手なことを言ってさ。仕事で来られなかったお母さまに、後でチクッとくからねっ」
2人の肩が分かりやすくビクッと震えた。いい気味だ。
お父さまはベータで、お兄さまはアルファ。
そのせいか2人ともオメガであるお母さまに弱いんだ。
でもボクだって凄いんだよ。
オメガで優性だから、我が家では最強かも。
その番となるオズワルドだって、最強なはずだ。
オズワルドが劣性アルファであることは知ってるけど、ボクの番になるんだもん。
誰が何と言っても最強だ!
異論は認めないからねっ。
お父さまたちにはプンプン怒って、オズワルドにはテレテレしながら笑って、ボクの感情は忙しい。
トコトコ歩いて向かった先は、入学式会場となる大広間だ。
王立学園は貴族子女が通う学校だけあって豪華な作りになっている。
建物も豪華だけど、敷地も広い。
移動だけでも運動量が半端ないと思うのは、ボクの体が小さいからかな?
よくよく辺りを見回せば、敷地内を移動するための小さな馬車も用意されているようだ。
ボクもそれを使えばよかったかな?
でももう建物内に入ってしまったから、馬車は使えないね。
「アイリス、こっちだよ」
ボクがどこに行けばよいのか分からずうろうろしていると、現役在校生であるお兄さまが手招きをする。
中に入っていくと入学式会場である学園の大広間はとても広かった。
ボクは驚いて声を上げた。
「うわぁ。我が家の大広間の何個分の広さかな?」
「広さだけで言えば、王城の大広間よりも広いんだよ。作りはこちらの方が簡素だけどね」
「そうなんだ」
オズワルドは物知りだ。
ボクの自慢の番だよ。
ニコニコとご機嫌なボクとオズワルドは、案内された席に腰を下ろした。
オズワルドはボクの右横、お父さまとお兄さまは1つ後ろの席だ。
王立学園は、12歳までが在籍する初等科と、15歳までが在籍する中等科、18歳までが学ぶ高等科がある。
それ以上の年齢になると専門分野に振り分けられていくため、それぞれの専門分野の見習いや弟子として学び続けることになるのだ。
ちなみにオズワルドもここの卒業生だ。
「初等科は7歳から入れるから、入学と同時に下級生が出来るけど頑張ってね」
「うん。ボクがんばるよ、オズワルド」
優しいオズワルドの言葉に、ボクは素直にコクリと頷いた。
王立学園には全国から貴族の子女が集まってくる。
寮はあるけれど、お金もかかるし、貴族は過保護な親も多いから、幼い時期は領地で教育を受ける者も多い。
だから入学式に出席している生徒の年齢はバラバラだ。
「色んな子がいるね、オズワルド」
「そうだね。でもあまりジロジロ見るのは失礼だよ、アイリス」
ボクの隣の椅子に腰を下ろしたオズワルドに話しかけると、優しい口調でちょっとだけ窘められた。
でも仕方ないでしょ。
こんなに沢山の同世代を見るの、ボクは初めてなんだから。
優性オメガだったボクを心配して、お父さまは屋敷で教育を受けさせた。
お母さまは過保護だって笑っていたけどね。
「でもオズワルド。ボク、同年代のオメガを見るのは初めてなんだ」
「向こうだって初めてかもしれないだろう? だからってジロジロ見られたらアイリスも気分良くないよね?」
「うん、分かった」
ボクは大人しく正面を見る。
なんでだろう?
お父さまやお兄さまの言うことには反抗したくなるけど、オズワルドの言うことなら聞けちゃう。
なんでだろうね?
あ、でもお母さまは別。
お母さまは男オメガだけど、カッコいいんだ。
お母さまの言うことには基本、大人しく従うよ。
キチンと説明してくれて納得させてくれることが多いし、怒らせると怖いもん。
後ろからお父さまとお兄さまの話す声が聞こえてきた。
「おや、今年は他国の王子が留学してくるみたいだね」
「そのようですね、父上。他にも気になる生徒が……」
他の生徒のことがちょっとだけ気になったけど、ジロジロ見るのは我慢、我慢。
またオズワルドに怒られちゃう。
わざと怒られたい気分の時もあるけど、今はそうじゃない。
ちゃんといい子にしていて、あとから褒めてもらうんだ。えへへ。
壇上では、長い白髪の髪とヒゲの校長先生がお祝いのスピーチをしている。
学園生活は、なんだか楽しいことになりそうだ。
ワクワクするね。
それに卒業したら、オズワルドと結婚できる年齢になる。
楽しみだな。
こうしてボクの王立学園での生活は始まったのだった。




