俺のことはジーザスと呼んでくれ!
「今日から俺のことジーザス松山って呼んでくれ」
「OK」
これは、中二のちょうど今頃の季節、隣席の松山君(※仮名)と交わした会話である。
当時の私は、既にガチオタだったにも拘らず友人たちの前では、ドラマとかアイドルとか古着とかが好きな普通枠の仮面を被っていた。
しかしながら、所詮ガチオタである。
家での時間は深夜アニメ、コミック、ゲームに消費されていく。
だが同時に普通枠の仮面をかぶり続けるため、ドラマ(軽く感想を言える程度は見る)、音楽番組(カラオケで歌える程度)、芸能情報(興味ないが、ググる)などで要所は抑えていた。
おわかりだろうか?
同じ経験をされた皆様は、ご存じと思うが非オタの仮面をかぶり続けるのは、割と重労働なのだ。
とまぁ……私のことはこの際どうでもいい。
この会話を見てどう思っただろうか?
「今日から俺のことジーザス松山って呼んでくれ」
「OK」
私の感想は、「だせー、超だせー、そんなの言えるかぁ!、しかもOKとか返している私もマジだせー」
である。
結局、卒業するまで松山君をジーザスと呼べなかった。
そもそも、松山君はジーザスの意味を知っていたのだろうか?
「ジーザス(Jesus)」を日本語にすると「なんてこった」や「ちくしょう」「嘘だろ」といったニュアンスらしく、驚き、失望、怒り、恐れなど、強い感情がこみ上げたときに思わず出る言葉だそうだ。
英語圏ではスラングとして定着しており、映画やドラマでたまに出てくる。
私が初めて目にしたのは、某伝奇大人気コミックだった。その中では、「ジーザス!(なんてこった)」と日本語ルビが付いていたので、松山君に言われる前から、意味を知っていた。
だが仮に、ジーザスの意味を知らなくても、ジーザス松山と呼ぶ勇気はなかったと思う。
いつまで経ってもジーザスと呼べない、私を彼はどう思っていたのだろう?
松山君にジーザスの意味を説明すれば、「なんてこった松山」になってしまうから言えないよという折衷案が通ったかもしれない。
当時から私は筋金入りのコミュ障だったため、それができなかった。
できないが、この回答ならアリだったかもしれない。
「今日から俺のことジーザス松山って呼んでくれ」
「私のことはスプリットフィンガーなつのでお願い」
どうだろうか?
これなら、痛々しさを50%ずつに分割できる。
ただし、第三者に聞かれた場合、私も松山君も大ダメージを受けることになる。
……やっぱり却下。
さて、私と松山君がオタトークをするようになったのは訳がある。
松山君は当初からオープンオタだった、たとえ周りがついてこれなくても、高速オタトークができる勇者だった。
そして、松山君のオタ領域は、ばっちり私の趣味と重なっていた。
隠れオタの私は、思いの丈をぶちまける相手として、以前から松山君に注目していた。
そのチャンスは割とすぐに訪れた。
文化祭の出し物で、お化け屋敷をやった時に、私と松山君は同じ班になり、ある放課後ふたりきりになった。
……そして、当時流行っていた深夜アニメの考察をこれでもかと松山君にぶちまけた。
ひょっとしたら、松山君は、重度の厨二病だった私に合わせて、敢えておバカなことを言ってくれたのだろうか?
だとすると、心が痛む。
中学卒業後は一度も会ってないし、共通の知人もいないので、松山君のその後は知らない。
卒業式の日に「またな、ジーザス!」と言ってあげたなら、良かったかも。
……でもやっぱり言えない。そして青春の日々はもう戻らない。
だからこの場で、懺悔と感謝を込めて、猛々しく異名で名乗りたいと思う。
聞け、愚かな人間どもよ……
我が名はスプリットフィンガーなつの、7月の黄昏を総べる紅蓮の王よ!
皆様、初めまして春川雅姫です。イセコイ、青春百合をメインで書いてます。
お時間がある時に是非お立ち寄りください。
イセコイ(異世界恋愛)はまだ一本しか書いてない。
青春百合も数本しかない、おパンツだらけの現代ラブコメがメイン。
春川雅姫は、小説家になろう様で一日だけ使ったアカウント名。
しかし雅な姫は無理があるだろと思い、なつの夕凪に改名……じゃなかった転生。
それでは今日もジーザス!
フォーエバー・アンド・ありがとう松山君!
今回もすみません。




