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苦手な方はご注意ください。

ホラー小説集

わたくしの涙はカチュア姉様と共に

作者: 青帯


 わたくしナターシャは不肖ふしょうの妹。

 カチュア姉様に殺されてしまったのも当然のこと。

 恨んでなどおりませんわ。


 伯爵家の令嬢として生まれたわたくしたちは6歳違い。

 年長のお姉様は、甘えてばかりのわたくしをとても可愛がって下さいましたわね。

 わたくしはお姉様のことが大好きでしたわ。


 けれどカチュア姉様は18歳になると公爵家令息のレオン様の元に嫁ぐことになりました。

 おめでたいことなのに、わたくしは姉様がいなくなってしまうことが寂しくて寂しくて大泣きしてしまいました。


 それにカチュア姉様を奪われてしまうみたいでレオン様のことが憎らしくて仕方がなかった。

 12歳の子供だったとはいえ恥ずかしい限りですわね。


 それからもカチュア姉様が里帰りなさるたびにわたくしは嬉しくて嬉しくて。

 毎回大はしゃぎしておりましたわね。


 だけどカチュア姉様はだんだんと元気をなくされて行きました。

 何年たっても子が出来ないという理由で、嫁ぎ先で形見の狭い思いをされていたのですものね。

 姉様が悲しそうな顔をしているとわたくしも悲しくなってしまいましたわ。


 ですがカチュア姉様が24歳で里帰りされたとき、久々に笑顔を見ることができました。

 懐妊したことを報告しながら喜ぶ姉様を見られたことはわたくしの最後の幸せでした。


 本当に最後となってしまいましたわね。

 同行していたレオン様、いいえ。

 レオンの奴さえいなければ、あんなことにはならなかったのに。

 

 父親になるというのに、奴はあろうことか──。


「ふふ。ナターシャ。君は18歳になったんだね。美しいよ。姉のカチュアよりもずっと」


 そんなことを言いながら、わたくしに迫って参りました。


「レオン様!? ナターシャ!? 何をしているの!?」 


 ですが幸いなことにカチュア姉様が来て下さったおかげで事なきを得ました。


「い、いや、カチュア。なんでもないよ。ちょっとナターシャに蜂がとまっていたから追い払ってあげたのさ」


 レオンはそんなことを言って取り繕いました。

 それでも姉様は許せなかったのでしょうね。

 わたくしのことを。

 

「ナターシャ。ちょっと散歩にでも行きましょう」


 カチュア姉様はそう言って、屋敷から少し離れた岸壁にわたくしを連れて行きました。

 そして────。


「ずっと可愛がってきてあげたのに、レオン様に色目を使ったわね! この泥棒猫!」


 そうおっしゃるやいなや、ふところから取り出した短剣でわたくしを一突き。

 短剣は深々とわたくしの胸に突き刺さりました。


「誤解ですわ。カチュア姉様」


 わたくしは息も絶え絶えにそう言いましたが、きっと姉様には聞き取れなかったことでしょう。

 血で喉を詰まらせながらの言葉でしたもの。


 だけど苦しいことよりも、姉様から憎しみの視線を向けられていることが何よりも切なかった。


 だから──。


 ポトリ


 わたくしの頬を伝って流れ落ちた一粒の涙が、短剣を握った姉様の手に落ちました。

 

 カチュア姉様はその手から短剣を放すと、わたくしを突き飛ばしました。

 わたくしは崖へと真っ逆さま。


 地面に激突した衝撃を感じた直後、崖のふちからわたくしを見下ろすカチュア姉様が見えました。

 その記憶を最後に、わたくしの意識と命は途絶えました。

 

 ああ。

 誤解ですわ。

 カチュア姉様。

 悪いのはレオン。


 けれどもしかすると、わたくしにも隙があったのかもしれません。

 わたくしナターシャは不肖ふしょうの妹。

 カチュア姉様に殺されてしまったのも当然のこと。

 恨んでなどおりませんわ。


 だからカチュア姉様が罪に問われることがなくて良かった。

 私の亡骸はみつからないままのようで幸いですわ。

 あの崖はそうそう人が来ない場所ですものね。


 その後どうなったかは分かっておりますわ。

 カチュア姉様やその周囲で交わされている会話はわたくしには聞こえておりますもの。

 とはいえわたくしは幽霊になったわけではありません。

 姉様の中で生きているのです。


 カチュア姉様に刺されたとき、わたくしの流した一粒の涙が姉様の手にポトリと落ちました。


 あの涙にはわたくしの想いが詰まっておりました。

 姉様への想いの全てが。

 それが姉様の手から体内へと入り込みました。


 そしてその涙は姉様の体液と混ざり、姉様と一心同体となることができました。


 それからは見ることはできなくても、姉様の周りの音を聞き取れるようになりました。


「カチュアは行方不明のままか。心配だね」


 レオンのやつ、本当はわたくしに迫ったことがバレずに済んでほっとしているのでしょう。

 忌々しい。


 だけどそれより気掛かりなことが。

 カチュア姉様は一人になるとときどきおっしゃっていますわよね。

 わたくしを手に掛けたことの後悔を。


「ごめんなさい。ナターシャ。つい怒りに駆られて」


 ああ。

 またですのね、姉様。

 わたくしをあやめたことなど、どうか気になさらないで。

 こうやって姉様の中にいられるようになって、わたくしは幸せですもの。


 それに気に病んでいてはお腹の子にさわりますわ。

 大事な子供はすくすくと育っております。

 どうかこのままで──。


 今のわたくしはカチュア姉様の羊水。

 そして、やがては包んでいるこの子として生まれ落ちることでしょう。


 うふふ。

 もう臨月。

 あと少しでお会いできますわね。

 カチュア姉様。

 いいえ、カチュア母様。


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