マッチ売りの少女?
なろう系だと何処にでもいる様な一般社会人として生きて来た人生でブラックな企業で過労死とか、帰宅道でトラックに轢かれて、とかの導入を良く聞いたなと思い返してみたけれど、―――わたしの場合、寝て起きたらなんか転生していた。
説明役もいない、ここが何処かも良く分からないできょとんとしていると、優しげなおばあちゃんがわたしの額に触れて「熱は下がったみたいだね」とにっこりと笑っていた。
木製のドアを乱暴に開けて、酒臭い男が部屋に入って来た。赤ら顔で「そりゃあ良かった、明日から仕事をして貰わないと困るからな」と呂律の回らない口調で言って、おばあちゃんに窘められていた。
「アンタが父親なんだから、アンタが働かないといけないんだよ?」
おばあちゃんは食べ易い様に摩り下ろした林檎をわたしの口に運ぶ。おばあちゃん達の話を纏めると、春先にお母さんが死んでからお父さんはすっかり意気消沈してしまって酒浸りの生活をしていて、おばあちゃんはもう長くなく、体力も無いので、まだ5歳にもならないわたしがお父さんの代わりに働いているそうだ。
「貴女が嫁に行くまでは生きていたいけれど、お医者様が言うにはもう間もなく神の御元に行かなきゃならないそうだから…」
そんな風に寂しげに語っていたおばあちゃんは、わたしがこの世界に来てそう経たない内に死んでしまった。
お父さんは、おばあちゃんがわたしの為に、と遺してくれていたお金をあっという間にお酒に変えて、お酒が無くなるとわたしに働きに出る様に行った。
嗚呼、こんな話何処かで読んだな、と思い返し「たぶん、マッチ売りの少女の世界だろうな」と理解した途端わたしはゾッとしたのだった。あの話、最期に主人公はおばあちゃんの幻影を見て死ぬと言う、救いの無い話ではなかったっけ。
寝て起きて転生した先が、幼いうちに冬の寒い日に不思議なマッチでおばあちゃんの幻影に優しく包まれながら召される子どもだなんて、わたしは人生で何か悪い事をしたかと考えた。
…せいぜい、嘘も方便と嘘をついた事くらいしか思い出せない…
その他思い付く限りの悪事も、所謂悪役令嬢モノで見る「本編でこの人物はこんな悪事を働いていた!」なんて事もしていない。
「神の趣味かな…」
アンデルセン童話はバッドエンド症候群に罹患していると言われても不思議では無いくらいにバッドエンドが多い。
それなら、転生して来た人物の過去があまりにも普通でもバッドエンドになっても仕方ないのかな、と思ったりもするけれど、やっぱり転生して死亡が確定しているキャラクターは個人的にはノーサンキューだ。
先ずはお父さんを真人間に戻すべきだろうか。
でもどうすればいいんだろう。
「ナオミちゃん、今日もお父さんのお手伝いかい?偉いねぇ」
近所の人が話し掛けて来た。お父さんは朝早くに「働いてくる」と言って家を出てそのまま酒屋に入り浸っているか、「今日は休みだ」と言って一日中家でお酒を呑んでいるかのどちらかであるとはこの人達は知らない。外面だけは良いお父さんである。
今日は、「花でも売ってこい」と言われて家を追い出された。「全部売り終わるまで帰って来るな」の文言付きで。
これ、何の花なんだろう。
せめて知っている花だったらそれなりの売り文句で呼び込み出来るのにと思いながら「花はいりませんか?」と声を上げながら町を練り歩く。…誰も振り返らない。そりゃそうだ、あのお父さんは良く分からない花に庶民が買える様な値段とは到底思えないぼったくり価格を付けているのだから。
「おい、そこのお前」
良く通る大きな声。隣の家に住んでいるハンスさんだ。
「本気で花を売るつもりか?昼間から花を買う人間等いないし、お前では魅力が足りん」
「花を売るのに、魅力が必要なんですか?」
「…お前、花を売るの意味も知らずに練り歩いていたのか」
呆れた様に言ったハンスさんは「この町で花を売る、と言うのは…」と小さな声でわたしに耳打ちをした。
「その籠に入っている花は、そういう生業の女が客に配るものだ。今後ともご贔屓に、と言う意味でな」
「お子様にはまだ早かったか?」と揶揄う様に言うハンスさんに、一般的な社会人として生きてきたわたしは、「あの父親、まだ10歳にもならない娘にナニをさせようとしてんだ」と憤った。
そして、ハンスさんに言った。
「お父さんが、全部売り終わるまで帰って来るなと言ったんです」
「ここには20本花があるな。マトモな親なら自分の娘を売り物にしよう等とは考えない」
幼児趣味20人に娘を売る気だったのかあの野郎。そう思うとフツフツと怒りが湧いてきた。
「ふむ。オレの親代わりの神父のところにでも行くか?少なくとも、今いる環境よりはマシになるだろうよ」
「そこで全部ぶちまけてやれ」とハンスさんは言った。わたしの中では転生先の父親がロクデナシだと分かって、例え花売りが不幸にも成功して全部売り切れたとしても家に帰ろうだなんて更々思えず、ハンスさんと教会に足を運んで孤児達の世話をしている神父様に全てをぶちまけた。
神父様は少し悩んだ顔をしたけれど、意を決してわたしのこの世界のお母さんはお父さんに花売りを強要された結果として病気になって死んでしまったのだと教えて貰った。
こうなると、おばあちゃんの病気にも何かあるのではないか、と言った神父様は「今日はウチの孤児院に泊まりなさい」と言ってくれた。
「ありがとう、ハンスさん。お花の事、教えてくれて」
「別に」
その後お父さんは私に対する育児放棄と花売りをさせようとした事が明るみになって警吏の人に連れて行かれてわたしは神父様に保護された。
「それにしても、あのハンスが他人の心配をするとは。養父冥利に尽きますね」
取り敢えず、童話通りの結末は避けられそうだ、とわたしは安堵するのだった。
「惚れた女を助ける事に何か理由がいるのか?」
ハンスは、自然な笑顔で笑える様になったナオミを見てそう言った。彼はナオミの母であるエミリアが生きていた頃から「あの家に娘が産まれたら嫁にしたい」と言っていた。
ハンスには過去「クリスチャン」と言う名前で生きてきた記憶があり、「番」と言うシステムがあるその世界で出会った「番」の娘をこの世界でも求めていた。
そうして出会ったのが、ナオミなのである




