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008 【 職人街 】

 翌日、ルースは一人王立学院に足を運んでいた。

 入学や入寮等の手続きは既に済んでいるのでそちらは問題ないのだが、13歳のルースは二期生からの中途入学となるため、選択する学科やカリキュラムといったものを事前に申し込む必要があったためだ。

 王立学院には貴族科、兵士科、政治科、商業科、魔法科、魔導技術科の六つの科がある。

 といっても一つの科のみに所属する生徒は極少数で、殆どの生徒が二つ以上の科に所属している。過去には全ての授業に顔をだす勤勉な生徒もいたとのことだ。

 ただ、貴族科に関しては選択できるのは貴族の子女子息に限られているので平民は授業を受けることができない。

 在学期間は12歳から14歳までの三年間となっており、基本的に生徒全員が寮に入ることになっている。

 学院卒業後は二つの選択肢があり、文系の王立大学と武系の王立軍校で分かれ、貴族は必ずそのどちらかに進むことが義務付けられている。

 王立大学には行政部と魔導技術部の二つのみがあり、四年の在学期間を終えた後は国や地方の行政機関に就職したり、魔導技術を研究する国の研究所に入ることになる。

 もう一方の王立軍校には騎士部、兵部、魔法部の三つがあり、騎士部は近衛騎士団、兵部は王国軍、魔法部は王国軍魔法師団に入学と同時に所属する進路が決まる。前半の二年間は学校での教育がメイン、後半の二年間は見習いとして軍に所属することになる。

 因みに、ルースの兄ロイドは王立大学、行政部の最上級学年で来年卒業予定だ。卒業後は王宮に務める中央行政官か領地に戻ってラムスを補佐する執政官となるかの二択であろう。

 クライスラー家長男のラムスは軍校の騎士部出身で、騎士団の一つに所属している。数年後には伯爵位を継ぐため実家に戻ることになるはずだ。

 「魔法科と技術科の二つは間違いなく選択するとして……できれば貴族科は遠慮したいなぁ」

 しかし、騎士爵云々と言われているルースは貴族科の受講は絶対だと厳命されている。

 貴族科で学ぶのは礼儀作法や貴族社会の常識、ダンスの作法などといった、貴族界で必要とされる知識である。

 因みに子女子息の社交の場でもあるらしく、将来の結婚相手を選ぶ際の品定め期間といった意味もあるようだ。

 「今から気が重くて胃が痛くなりそうだよ」

 〈さようか? まぁ、お主は巻き込まれ体質じゃからなぁ……どんな面倒事が待っているのかと想像するだけで我は楽しみで仕方がないのじゃがのぉ〉

 くつくつと楽し気に笑うクロ。

 「フラグっぽいことを言うの止めてくれる? あと、僕は巻き込まれ体質じゃないから!」

 〈昨日魔法具屋で絡まれたのは誰じゃったかのぉ? その事でロイドの奴に散々説教をされておったのは気のせいじゃったか?〉

 「うっ……」

 昨晩屋敷で兄のロイドにも「相手を見て、もう少し目立たないよう慎重に行動しなさい」と釘を刺されてしまった。

 〈まぁ、喧嘩を売られたら殲滅すれば良いのじゃから何も問題はあるまい?〉

 「だから、フラグを立てるような台詞は止めてって言ってるだろ……」

 予言めいたクロの言葉に漠然とした不安を感じ、ルースは深く溜息を吐くしかなかった。

 ともあれ――

 カリキュラムの選択が終了すれば今日は予定は終了である。

 後は、夕方まで自由時間だ。

 〈また、魔法具屋を見に行くのかや?〉

 「学校が始まったら忙しくなるだろうからね、でも今日は駅の方へは行くつもりないよ?」

 さすがに昨日の今日であの辺に近寄りたくはない。

 〈ならば、どこへ行くのじゃ?〉

 「職人街の方にも魔法具を扱う店が何軒もあるみたいだから今日はそっちに行ってみようかと思ってるんだ」

 これは昨晩侍女のロレッタから得た情報である。治安に関しても問題ないらしく、王都郊外のスラムに近寄らない限りは何の心配もないとのことだ。

 早速、学院近くの路地から辻馬車に乗り職人街があるという王都西部地区に向かう。

 馬車にはルースの他にも五人ほど客が乗っている。辻馬車は決められた路線をグルグルと回っているらしく、降りたい場所で御者に声を掛けて止まってもらうといったシステムらしい。

 前世の記憶からすると、辻馬車はタクシーの前身といったイメージだったが、ここでは路線バスならぬ、路線馬車といった方がより相応しいようだ。

 因みに運賃は銅貨一枚でどこまで行っても一律らしい。

 馬車に揺られ、王都の街並みを眺めること三十分。

 ルースは職人の工房が立ち並ぶ職人街と呼ばれる街にやってきた。

 魔獣の素材が並べられた露店、鉱物を取り扱う店、煙突から煙が上がる鍛冶屋と見間違うような工房に、建物の軒先に素材を吊るした見るからに怪しげな工房、そしてそれらの住人の胃袋を満たすための食堂などなど――そこに統一性などなくかなり雑然とした街並みだ。

 工房で直接魔法具買ったり注文したりも出来るらしいが、基本的には認可を受けた魔法具店で買うのは一般的なようだ。

 ルースとしては工房を直に訊ねて作っているところを見てみたいのだが、紹介がない限り相手にもしてくれないようなので今日は諦めた方がよさそうだ。

 〈あの角にある建物が魔法具店ではないかや?〉

 クロが示す先を見れば、ウィンチェスト商会という看板が目に入る。

 軒先の案内板からするに魔法具を取り扱う店で間違いないようだ。

 ――カランカランッ

 「いらっしゃい」

 ベルが鳴るドアを開くと、男性の店員さんが出迎えてくれた。

 赤毛の眼鏡を掛けた男性だ。

 年の頃は三十代と言ったところだろうか、人の良さそうな柔和な表情をしている。

 「おや、君ひとりかい? 御両親は一緒じゃないのかな?」

 「いえ、僕一人で来ました。魔法具を見せてもらいたいんですが、子供一人じゃダメですか」

 「ははっ、心配せずとも好きに見てくれて構わないよ、聞きたいことがあったら言ってくれれば説明するからね」

 見た目通り温厚な男性のようだ。

 「注文も受け付けてるから、遠慮なく声を掛けてくれれば相談に乗るよ」

 「職人さんの工房を見学することなんて出来ませんか?」

 もし紹介してもらえるのならば是非ともお願いしたい。

 「うーん、それはちょっと無理かな、魔法式や魔導技術なんかは基本的に門外不出だからねぇ、弟子にでもならない限り工房に入ることは出来ないかな、商人の私だって作っているところは見せてもらえないくらいだからね」

 そう言って苦笑する眼鏡の男性。

 流石にそう都合良くは行かないようだ。

 「……そうなんですか……それは残念ですね」

 「君は魔法具に興味があるんだね。もし良かったら今度来た時にうちの娘と話をしてみるかい? うちの娘は君と同じくらいの年なんだが、魔法具を作るのが好きでね、将来は自分の工房を開くのが夢なんだよ」

 今は出掛けていて留守なのだけどね、と付け加える。

 「へぇ、それはすごいですね、まだ小さい子供なのに魔法具を作っているんですか? それは将来が楽しみですね」

 〈くくっ、お主とて今は子供じゃろ? 自分の事を棚に上げて何を言っておるんかのぉ〉

 前世の記憶があるのでついつい大人目線で思考してしまうが、クロの言う通り子供の自分が言う台詞としては少々違和感があるのは間違いない。

 「ははっ、私の自慢の娘だよ――ほら、そっちの隅にある棚、そこに並べてある訳アリ商品って書いてあるのが娘が作った魔法具なんだよ」

 そこには訳アリ商品と書かれた魔法具が並んでいた。

 どれも銀貨数枚ほどの価格である、きっとかかった材料費のみの値段設定なのだろう。

 「見せてもらいますね」

 手に取り、いつもの様に次元魔法で隅々まで分析してみる。

 ハードに関しては少々作りに粗が目立つが、作成者が子供だと言うのであれば上々の出来だ。

 問題はソフト面だ。魔法式を一部マクロ化して効率化していたり、値に変数を設けそれを別の魔法式で制御している。

 それはつまり、変速や強弱といった調整が可能になるということを意味する。

 これまで他の人が作った魔法具を沢山見てきたが、そんな魔法式を使っている魔法具は見たことがない。

 ルースは普通にそういった技術を普通に魔法式に取り入れているが、それも前世の記憶があったればこそだ。

 「へぇ、プログラムの知識がないのにこの技術に行き着くなんて……すごい子だな」

 ただ、構造は基本的な触り程度のものである上、構成もまだまだ稚拙だ。

 しかし、プログラムの知識や情報技術理論を一から教え込んだら逸材になること間違いない。

 〈珍しく浮かれておるのぉ、そんなにその魔法具が気に入ったのかや?〉

 (魔法具というより、魔法具を作った子にだね――僕みたく前世の知識なんてないだろうに、この技術を思いつくんだからね、きっと天才だよ、この子)

 感心して魔法具を物色していると、眼鏡のお父さんが声を掛けてくる。

 「もし気に入ったのがあったら、一つだけなら半額にしてあげるよ?」

 「これとこれ、それにそっちの……いや、どうせなら全部一つずつください、それと半額にする必要はないです」

 「え? 全部買うのかい? 確かにできるだけ安く価格設定してあるけど、どれも子供のお小遣いで買えるような値段ではないよ?」

 「大丈夫です、お金ならちゃんと持っていますから」

 そう言って、例の如くポケットに手を突っ込んで次元収納から大金貨を取り出して赤毛のお父さんに手渡した。

 「だ、大金貨かい? き、君はもしかして御貴族様なのかい?」

 「まぁ、親は貴族ですけど、僕は貴族じゃないので気を使わないでください――あと念のため金貨も親から貰ったものではなく自分で稼いだものなのでそういった心配もしなくて大丈夫ですよ」

 親がしゃしゃり出てきて店に迷惑を掛けることはないですよ、と言外に込めておく。

 「……本当に良いのかい? 全部で金貨三枚と銀貨五枚になるけど……」

 「それと、お釣りはいらないので、よければ娘さんの魔法具研究の足しにしてください」

 「いやいや、そういうわけにはいかないよ」

 「それなら娘さんの才能に対する投資だと思ってください、もしそれでも気が引けるというのでしたら、こんど魔法具を作ってるところを見せてくれれば良いですよ」

 店主さんはなかなかお金を受け取ってくれなかったが、娘さんの話をことを引き合いに出したらやっと納得してくれた。

 購入した魔法具を受け取った後は、職人街を歩いてみる。

 〈雑多な街じゃが、なんとも活気があるのぉ〉

 国を挙げて魔導技術の開発に力を注いでいるそうだからその影響があるのだろう。

 うちのクライスラー領からも沢山の魔獣素材や魔鉱石が入って来ているらしい。

 「ロイド兄さんも領地で色々な施策をしているようだったから、その影響が王都にまで及んでいるのかもしれないね」

 ギルドで聞いた話だと、魔鉱石の買取価格を引き上げたり、狩猟者を保護するための制度や施設などを作ったのは兄のロイドだったらしい。

 〈……あ奴の政策もあるじゃろうが……素材や鉱石が大量に流れ込んでおるのは、カイトの――お主のせいじゃと思うがのぉ〉

 「流石にそれはないでしょ……僕が売った素材や魔鉱石なんてたかが知れているよ、そもそも必要ない余った分を売っただけなんだし……」

 魔獣の素材も魔鉱石も次元収納に大量に入っている。

 当座の資金調達のためにある程度魔鉱石は売ったが魔獣の素材は不要在庫を処分しただけなので、全体の量からすれば大した量ではない。

 〈知らぬは当人ばかりなりといったとこかのぉ……何れ全て知れることじゃろう〉

 「不安を煽るような物言いは止めて貰いたいんだけど……」

  クロとやり取りしながら職人街を散策していると、不意に喧騒が耳に入ってきた。

  ガシャン――

 「いや、もう止めてよっ!」

 「うるせぇな、お前は俺の言うことに素直に従っていればいいんだよ」

 見やると街の片隅で少女と少年数人が悶着を起こしているのが目に入った。

 子供の喧嘩かと思ったが、数人の少年が幼い少女一人を取り囲んでいるのは、子供とはいえあまり褒めらえた行為とは言えないだろう。

 「どうしたの、君……もしかしてそいつ等に絡まれてたりする? 助けが必要なら手を貸すよ?」

 ルースの登場に一瞬キョトンとする少女だったが、理解が及ぶとコクコクと激しく頭を上下する。

 「誰だ、お前? 関係ない奴はすっこんでろよ」

 「この人はラングレー商会の御曹司なんだぞ? 無礼を働いたら痛い目を見ることになるからな」

 チンピラよろしくお決まりの台詞で恫喝してくる少年二人。

 背後に立つ上等な服を来ている少年が彼らの言うラングレー商会とやらの御曹司なのだろう。

 「ラングレー商会って言うのは知らないけど、小さい女の子を囲んで虐めるのは最低な事だってのは知ってるよ」

 「嘘言うなよな、王都でラングレー商会知らない奴なんているわけないだろ」

 一方の少年が言うと、もう一人の少年が、そうだそうだと追従する。

 〈ラングレー商会? うーむ、どこぞで聞いた覚えがあるような……ないような……〉

 クロも聞いたことがないらしい。

 まぁ、王都の住民になって今日でやっと二日目なのだ無茶は言わないで貰いたいものだ。

 「生意気な奴だな、お前……」

 親玉よろしく背後に控えていた御曹司が口を開いた。

 整った顔立ちはしているがやや目つきが鋭く、性格の悪さが表情に出ていて品位をさげてしまっている。

 背は高く、年はルースよりも上だろう、もしかしたら既に成人しているのかもしれない。

 「お前、この街の住人なのか? いいのか、俺に逆らえばたいへんなことになるぞ? 親も含めてこの街から出て行くことになるんだぞ」

 親の七光りでやりたい放題をしているようだ。子供のコイツから想像するに親も同類といったとこかもしれない。

 「そういうお決まりの台詞は、もうお腹一杯なんだから止めてくれないかな……せめて、もっと新鮮な台詞で絡んでくれないとやる気がでないんだよね」

 「何わけ分からん事言ってんだよ、いいのか? 父さんに言ってこの街から追い出すぞ?」

 「はいはい、頭の悪い子供みたいな台詞、御馳走様です、お帰りはあちらなのでさっさと退散してくれると手間が省けて助かるよ――そうだ、テンプレついでに逃げる時は是非お決まりの文句を言うのを忘れないようにね」

 〈くははっ、子供相手に煽るではないか、お主もまっこと容赦がないのぉ〉

 何がツボに嵌ったのか、腹を抱えて笑うクロの声が脳裏に響く。

 「やっちまえっ!」

 「足の骨をへし折ってやるっ!」

 呆れるほどお決まりの台詞を吐きながら殴りかかってくる少年二人。

 しかしながら、まともに相手をする訳にはいかないので、タイミング良く足を掛けて自爆してもらう。

 ――ビタンッ、ズザザッ

 一人は咄嗟に受け身を取れたようだが腕を痛め、もう一人は顔面からモロにいってしまい、地面をのたうち回っている。

 「うわぁ、痛そう……」

 「なっ‼」

 取り巻きの子分が瞬殺され絶句する御曹司。

 余裕の笑み消え、顔からサーっと血の気が引いていく。

 もう及び腰になっているようだし、ここは穏便に引いて貰うとしよう、少しだけ殺気を込めて睨みつけてやる。

 「まだ続ける?」

 その言葉に高速で頭を左右に振りだす少年。

 殺気が少々効き過ぎたのか、真っ青な顔をしてガクガクと震えだす。

 「これに懲りて街の人に迷惑をかけないようにしなよ? ――さもないと」

 そこで目を細めて微笑んで見せると――。

 御曹司が今度は高速で上下に頭を振り始める。

 〈うわぁ……悪い顔しておるのぉ、お主……〉

 手振りでもう行って良いと言ってやると、少年たちは肩を貸し合ってそれこそ脱兎の如く去って行った。

 「あっ……アイツらお決まりの文句を言ってかなかった……」

 「あ、あのぉ……」

 事の成り行きをずっと見守っていた少女がおずおずと声を掛けてきた。

 年の頃はルースと同じ位といったところだろうか。

 ところどころ赤のメッシュが入った栗色の髪に円らな瞳をした愛くるしい少女だ。

 「助けてくれてありがとうございます」

 「別に大したことしてないから気にしないで、それより酷いことされなかった? ああいう手合いはプライドばっか高くてやることが陰湿だからさ」

 「ですですっ! あの人たち性格悪くて、いっつも皆に迷惑を掛けてるんです」

 ルースの台詞が琴線に触れたのか、グイグイとくる少女。

 日頃からよっぽど鬱憤が溜まっているらしく、悪口のオンパレードだ。

 〈この娘、ワンコのようじゃのぉ〉

 少々直情的で走り出したら止まらない系の娘みたいだが、性格は悪くはないようだ。

 口にする悪口も、微笑ましい程に愛嬌がある物言いだ。

 「そうだ、良かったらこれをあげるよ、さっきので懲りてくれれば良いけど、また来るかもしれないからね」

 昨日購入した防犯腕輪を取り出して彼女に握らせた。

 自分には必要ないし、箪笥の肥やし状態にするのは魔法具を作る側として矜持が許さない。

 「……これはなんですか?」

 「魔力を込めると、おっきな音が響き渡る魔法具だって言ってたよ」

 「そ、そんな高価な魔法具を貰うなんてできませんっ!」

 ぶんぶんと頭を振った後、告白の場面よろしく両手で腕輪を突き出してくるワンコな少女。

 しっかりと教育が行き届いた良い子のようだ。親はさぞできた人物なのだろう。

 「実を言うと、どうしようかと困ってたんだよ――僕には必要ないし、かと言って捨てるのは魔法具を作る者としてプライドが許さないし……」

 「ま、魔法具を作れるんですかっ! そんなに小さいのにっ!」

 少々発育が遅くて年よりも幼くみられるのは自覚があったけど、中身アラフォーのルースとしては幼い少女に小さいと言われるのは流石に堪える。

 「ご、ごめんなさいっ! 私、小さい男の子に小さいだなんて言って……あっ!」

 ルースの表情から察したのだろう。

 彼女がすぐさまフォローをしようとするが、言えば言うほどドツボに嵌っていくのは気のせいではないだろう。

 「そうだ、それをちょっと貸してくれる」

 先程渡した腕をを預かり、次元魔法を発動してもう一度詳しく探査する。

 (コアの部分にはもう魔法式を刻めないけど、腕輪本体には刻めそうだな)

 装飾を兼ねたアメジスト色の魔鉱石の下に魔銀ミスリル基盤が埋め込まれている。それらがこの魔法具の中核となる部分だ。

 腕輪本体は芯を魔力伝達の良い魔鉄で作り、その周りを腐食防止の銀でコーティングしてある。

 (この薄さなら銀の上からでも問題ないな)

 次元魔法を併用して本体部分に追加で魔法式を刻み込んでいく。

 簡単な作業なので、一分も掛からずに刻印を終える。

 「よし、完成っとっ! うん、我ながらナイス出来だ」

 輪の部分にびっしりと刻み込まれた魔法文字が意匠にもなって出来栄えは上々だ。

 効果は腕の太さに合わせてリサイズされる自動調整機能である。

 「はい、これで君の細い腕にも問題なく使えるよ」

 左手首に嵌めてキーワードを唱えると、魔法式が起動し彼女の腕に合わせて魔法具がリサイズする。

 「う、うそっ! か、形が変わった……」

 「外す時はこの文字とこの文字を指で挟んでリリースって唱えるんだ――逆につける時は同じ要領でリサイズって唱えれば良いからね」

 一度やって見せてから、本人にもやってもらい使い方を覚えてもらう。

 最初は上手く文字を指で挟めなくて苦労していたが、何度か着脱を繰り返すと要領を覚えたらしく、楽しそうに取ったり着けたりを繰り返している。

 〈ルースよ……そろそろ帰らねば、門限とやらに間に合わなくなるのではないかのぉ〉

 ボソリと呟くクロの言葉に見上げれば、なるほど空が朱に染まりつつある。

 「やばっ、ロイド兄さんに叱られるっ!」

 急いで少女に別れを告げ、慌てて来た道を戻る。

 「あ、あの……ちょっと待っ……」

 「それじゃ、またねっ! 次に会った時に、その魔法具の感想を聞かせてくれないかな」

 去り際、言い忘れていたことを思い出し、後ろを振り返って大声で告げる。

 魔法具開発者としてはフィードバックとアフターケアはある意味作るよりも大事だ。

 〈先の娘がワンコなら……お主は差し詰め猪といったとこかのぉ〉

 クロの呟きはまるっと無視だ。今重要なのは門限である。ルースは一人帰路を急いだ。

気長に付き合っていただけると嬉しいです


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