005 【 ギルドへ 】
「そろそろギルドに顔をださないと拙いかな、大分魔獣素材も溜まってるし……」
ここ最近、バタバタしていて半月ほど狩猟ギルドに行っていない。
魔剣の研究に、魔法具の開発と少し趣味に没頭し過ぎた気がする。
その上、王都から使者が来てクライスラー家に呼び出しを食らったりもしていた。
「おはよう、ルースちゃん、今日は朝早くからどっかへお出かけかい?」
ルースが自宅を出ると井戸端会議をしていた近所のおばさんがルースに声を掛けてきた。
恰幅のいい肝っ玉母ちゃんというイメージがぴったりの女性である。
「おはよう、キャロさん……食材の買出しに市場に行こうかと思ってさ」
「食材なら第二市場に行きなさいよ、先週から第一市場は魔獣素材がメインになったからね」
「そうなんだ、知らなかったよ、教えてくれてありがとう」
キャロさんと話をしていると隣の住人も出てきた。
「おう、こんなに早いなんて坊主しては珍しいな、珍しく狩猟者の仕事か?」
「ジムさんも朝早いね、キャロさんにも言ったけど、僕は市場に行くとこだよ」
厳つい顔に笑みを浮かべるジムさん。
「それならいいが、狩猟ギルドに顔出すようなら注意しろよ、最近やたらと狩猟者が増えてるからな、中には柄の悪い奴もいるから絡まれないようにな」
「ありがとう、ギルドに顔を出す時は気を付けるよ」
礼を言ってから、二人に別れを告げルースは歩き出す。
〈毎日飽きもせずお主の監視とは……あの連中も御苦労なものじゃな……よほど暇なのだな〉
しばらくして、クロの呆れ声が脳裏に響く。
「そう言うなよ、領主の命令なんだろうし、あの二人に悪意があるわけじゃないよ」
キャロさんとジムさんはルースの動向を見守る謂わば 『お目付け役』 のようなものだ。
〈まぁ、最近は尾行してくる奴は居なくなったからのぉ、あの者達だけならば確かに無害といえば無害じゃの〉
以前はルースが出掛けると後を着けてくる人員がいた。
そっちはかなり訓練された玄人で、ルースの監視が彼らの任務だったのだろう。
しかし、その彼らもある時を境にぱったりと居なくなった。
〈きっと毎回毎回子供のお主にあっさりと撒かれたから解雇されたのじゃろうな、くっくっくっ、愉快愉快……〉
クロがその時のことを思い出したのか、くつくつと笑う。
「まるで僕が悪いみたいな言い方は止めてほしいな」
彼らの代替要員にと、派遣されたのがキャロさんとジムさんの二人なのだろう。
「ともあれ、そろそろ良いかな」
次元魔法で周囲を探り、監視の目がないことを確認する。
そして、次元収納から変装セットをとりだすと、手慣れた手つきで仮面を身に着ける。仕上げに着るのは黒っぽい色の外套だ。
いちお、仮面には認識阻害の魔導式を付与してあるので、身近な人物に会ったとしても見抜かれる心配はない。
本来より少し身長が大きく見えるようにしてあるから、大人とはいえないまでも子供には見えないはずだ。髪も本来の黒色ではなく銀髪に見えるようにしてある。
ちなみに音域を弄ってあるので声も別人のように聞こえるはずだ。
魔鉱石や魔獣素材を売買するには狩猟ギルドに入会する必要がある。
そのために用意したのがこの変装セットというわけだ。
この変装セットを利用して、ルースは前世の名前を使い 『カイト』 の名前でギルドに登録している。
聞くところによると 『銀仮面』 という二つ名が街中で噂になっているらしい。
それを聞くと、某アニメのレッドな彗星を彷彿させられ、忘れていた厨二心が刺激されてしまうが、それを言うとどこぞの黒い狼にバカにされるので言わない。
余談になるが狩猟ギルドについて説明しておく。
狩猟ギルドの目的、それを一言で表すならば、魔鉱石と魔獣素材の安定供給である。
一般的に、魔鉱石を採掘し、魔獣を狩る者たちを狩猟者と呼んでいる。
国はその狩猟者を管理し、尚且つ補助することで魔鉱石と魔獣素材を安定的に供給しよう考えた。そして、その手段として設立されたのが狩猟ギルドという組織である。
ギルドは狩猟者個々の能力や実績により格付けをすることでギルドメンバーの数と質の管理を行っている。それと同時にランクごとに適切な難度の仕事を割り振ることで彼らの死亡率を下げる役目も担っているのだ。
件のランクについてだが、鉄級=初級狩猟者、銅級=中級狩猟者、銀級=上級狩猟者、金級=達人狩猟者となっており、樹海の探索が許可されているのは銅級以上となる。
因みに、金級には更に上の魔銀級が存在しており、世界に数人しかいないと言われている。あと、ネームタグを持たない、ギルドに入会したての見習いは入会証しかないので、非公式に木級とかタグ無し、などと呼ばれていたりする。
ギルドを訪れると、早朝だというのに建物内は沢山の狩猟者で賑わっていた。
窓口に並ぶ者、テーブルで話し合う者、立ち話をする者など様々だ。
変装したルースが戸口を入ると、出会い頭に目があった男がギョッとして肩を竦める。
「ぎ、銀のあく……っ!」
自らの口を押さえ、ワナワナと震える大柄な男。
近くのテーブルで探索の打合せをしていた狩猟者たちがそれに気が付き、ルースの方を見たまま石化したかのように硬直する。
それは瞬く間にギルド中に伝播していき、喧騒に包まれていたホールに一瞬静寂が訪れる。
〈お主もすっかり有名人じゃのぉ〉
そこかしこで声を押し殺した囁き声が飛び交い、ギルド内は静かに騒めき出す。
〈そう言えばお主、自分が陰で何て言われておるか知っておるかのぉ?〉
楽し気に問いかけてくるクロに、思わず返す言葉を躊躇ってしまう。
(ぎ、銀の悪魔……)
〈くくくっ、なんじゃ知っておったのか――難癖をつけてきた男をお主がけちょんけちょんに伸したからのぉ、あれは愉快じゃった〉
(……し、仕方ないじゃん、あれは正当防衛だよ)
〈過剰防衛ではないかのぉ、足の骨が粉々に砕けておったし……普通なら再起不能じゃろな〉
返す言葉で痛いところを突いてくる。
(そう思ったらから……自作のポーションで直したじゃん)
〈砕けた足は治ったが――ふふっ、心は砕けたままじゃったなぁ〉
忍び笑いを零すクロ。
これ以上は立場が悪くなるだけだと悟り、ルースは無言を決め込んで、受付を待つ列の後ろへ並ぶことにする。
「カ、カイト様っ! よろしければこちらの窓口で御用件を賜りますのでどうぞ」
声のした方を見れば、クールビューティーという言葉が相応しい、いかにも仕事ができそう、といった感じのお姉さんが営業スマイルを浮かべていた。
ルースがよく知る人物――彼女は受付業務を総括管理する一番偉い受付嬢である。
微笑を浮かべた受付嬢が列の最後尾に並ぶルースを早く来いとばかりに手招きしている。
態々自分のために閉まっていた窓口を開けてくれたようだ。
それについて文句を零す者は誰一人としていないが、注目度は半端ない。
やや小心者、根っからの庶民気質のルースとしては居心地悪いことこの上もない雰囲気である。
足早に窓口に歩み寄り、顔を近づけて小声で捲し立てる。
「ミモザさん、目立つことは止めてって言ってあったはずでしょ?」
「そう言われましても、カイト様は当ギルドにとって一番の貢献者であり、クライスラー領唯一の金階級なのですから、貴方様を優遇するのはギルドとしても当然の処置です」
受付嬢がルースの首元に光る金のタグを見て得意げに語る。
「それで今日はどういった御用件でしょうか?」
これ以上言っても詮無き事と見切りをつけ、本題を切り出すが、ルースの名でも狩猟者登録してあるので、バレないように銀仮面に変装しているときは口調を変えるようにしている。
「魔獣を引き取って貰おうかと思ってな」
度重なる実験の結果、魔獣素材がかなりダブついている。
そろそろ次元収納を整理しようと思っていたし、この際だから魔法具に使わない不要な魔獣は全部引き取ってもらうつもりである。
「でしたら第三倉庫の方へお願いしますね――こちらへどうぞ」
そう言って先導するクールビューティー。
勿怪の幸いとばかり、ルースは居心地の悪い雰囲気から逃げ出すようにホールを後にした。
ギルド嬢の案内で第三倉庫へ足を運ぶと、見知った顔ぶれがルースを待ち構えていた。
「ようカイト、暫く顔を出してなかったようだが、まさか樹海にでも籠っていたのか?」
ルースを見るなり、細身の眼鏡を掛けた男が声を掛けてきた。
サブギルドマスターのロベルトだ。
元々は狩猟者だったが、事務処理能力を買われギルド職員となり、三十代という若さでサブギルドマスターまで上り詰めた男だ。
「いや、籠っていたのは一週間だけだ、ここのところ少々私用で立て込んでいてな」
「……冗談のつもりだったんだがな……マジかよ」
頬をひくつかせるロベルトの肩をもう一人の男がポンポンと叩く。
「はははっ、ロベルト、コイツに常識は通じねぇよ」
魔獣解体部門の長を務めるギースだ。
彼も元は狩猟者だったが、左足の負傷を期にギルド職員となったらしい。
スキンヘッドに左目を覆う眼帯は如何にもといった風体だ。
「ともあれ、魔獣素材の買取希望だったな、今クライスラー領には王都の商人が群がってやがるからな、希少魔獣の素材ならかなりの値がつくぜ」
「期待を裏切るようで悪いが、今回の買取希望に希少魔獣はないな、せいぜい中の下クラスの魔獣ばかりだ……ただそれなりに量があるので、それで許してほしい」
もちろん次元収納には希少とされる魔獣は何体もあるのだが、それらは魔法具や研究に使用したいので手放すことはできない。
「そうか? そいつは残念だな、お前が相手だったら良い素材を拝ませてもらえると思ったんだが……まぁ、次回にでも期待してるぜ」
ガハガハと笑いながらルースの肩を叩くギース。
そこへ遮るようにロベルトが口を開く。
「カイト、今後魔獣素材を持ち込む際は、窓口を介さずこの第三倉庫に直接持ち込むようにしてくれ、応対もギースが担当する」
「こっちにしれみれば面倒が省けて都合が良いが……そんな横紙破りなことをして大丈夫なのか?」
狩猟ギルドは表向き国から独立した組織となっているが、国の産業である魔法具の素材である魔鉱石や魔獣素材を扱っている以上国政とは切っても切れない繋がりがある。
当然、バックには国があり、魔鉱石の相場や運営にも行政の介入がある。
すなわち、ギルド職員は前世でいうところの公務員と立場は同じだ。ある程度の采配は認められているだろうが、好き勝手できるわけではないのだ。
「心配ない、この件に関してはギルマスも承知している」
「…………」
妙な違和感を感じるが、ギルドのやり方に口を出す立場にはないのでここは控えるべきだろう。
ともあれ、さっさと用件を済ませる方がより建設的だ。
実は、今日のために不要な素材は予め次元収納から魔法バッグに移し替えておいた。
というのも、今の世に次元魔法という魔法は存在しないらしいのだ。
どうも廃れてしまったようで、代わりに空間魔法というものが発達しているとのことだ。
なので次元収納を人前で不用意に使うわけにはいかないのである――そこで魔法バッグの登場というわけなのだ。魔法具として一般的に売られているようなので誤魔化すにはとても都合が良い。
それに魔法バッグなら前世でもけっこうな数を作って知り合いに配っていたので作るのは簡単だ、素材さえあれば次元魔法を付与するだけなので片手間の作業だ。
早速、腰に着けていた魔法バッグを手に取り、中から魔獣と素材を石床の上に並べていく。
さらに魔剣の実験に貢献してくれた一角魔熊をおいて、その隣に先日倒したグレートディルも要らない子なので並べておく。
「こんなところだな……それなりの数だが査定はいつ頃にな……」
振り返ると三人が黙したまま固まっていた。
「「「…………っ‼」」」
引きつった笑みを浮かべ固まるミモザ。
眼鏡に掛けた手がフルフルと戦慄くロベルト。
顎が外れんばかりに口を開けた格好のままのギース。
(も、もしかして、ちょっと量を出し過ぎちゃった?)
以前、クロに 〈あまり容量が大きい魔法バッグだと目立つのではないかのぉ?〉 と忠告されてから魔法バッグから取り出す素材の量を加減するようにしていたのだが――。
不要在庫処分ということもあり、今日はちょっと調子に乗って量を見誤ってしまったようだ。
〈そういうことではないと思うがのぉ、くくくっ……〉
含みのあるクロの言葉が脳裏に響いてくる。
こういう時のクロは問い正してみても、きっと暖簾に腕押しだろう。
「素材の査定は二日ほどであれば良いか? 支払いはいつもの様に現金にしてくれ」
「お、お待ちください、カイト様っ! もし魔鉱石をお持ちでしたら、ギルドで買い取らせて頂きたいのですが……」
逃げるが勝ちと思い、さっさと退散しようとするが、再起動したミモザに呼び止められてしまった。
「カイト様が複数の商人に卸してらっしゃる魔鉱石を当ギルドで全て引き取りたいのです、そうすればカイト様の手間も省けますし、あまり目立たずに済みますよ?」
その提案はルースにとっても渡りに船だ。
現金収入を得るため魔鉱石を売っていたのだが、大量の魔鉱石を持ち込むとどうしても悪目立ちしてしまう。そこで講じたのが少量ずつ複数の商人に卸す対策であるのだが――。
その手間がなくなるのであれば願ったり叶ったりである。
「是非、お願いします」
思わず演技を忘れて普段の口調のまま食いつくルース。
その頭の中ではすでに空いた時間をどう使うのかで一杯であった。
side ― ギルド受付 ミモザ ―
私が住むクライスラー領はロメリア王国の北東部、国境沿いにある辺境の領地です。
ここから王都までは凡そ2000キルメ(2000km)、隣のレイモンド侯爵領まで馬車で三日、そこから魔導列車に乗り換えて二日といったところですね。
辺境といってもクライスラー領は国内の魔鉱石産出量の殆どを占めているため、国内でも有数の発展した領地です。
現在もクライスラー領内で魔導列車の敷設工事が行われているので、もう数年ほどすれば三日足らずの旅程で王都まで行けるようになるそうなので本当に楽しみです。
私はそんなクライスラー領の領都に商家の娘として生まれました。
狩猟ギルドとのコネクション作りのため、14歳で受付見習いとしてギルドへ入所、成人後正式に就職してギルド職員となってもう5年の月日が経ちました。
その間、ギルドは過去にないほどの勢いで目覚ましい発展を遂げています。
魔鉱石の産出量が三倍にまで増え、大量の魔獣素材が市場に溢れクライスラー領は近年稀にみる好景気に湧いています。
ギルドの建物も大きくなり、ギルド職員も私が入った頃に比べれば倍の人員がいます。
そんな中、私は真面目な勤務態度と幸運もあり19歳という若さで受付主任にまでなることができました。
ギルドのコネと職員としてのキャリアはすでに申し分ありません。自分で言うのもなんですが、結婚する際はとても有利な条件となるでしょうね。
コホン……容姿にだってそれなりに自信もありますし――。
事実、有力な商家からの結婚の申し込みが実家の方に数件ほど届いているそうです。
後は、その中から最も条件が良い相手を選び、めでたくゴールイン、そして幸せな人生を――というのが当初の予定でした。
しかし、ここで大きな誤算が発生してしまいました。いえ、誤算というよりチャンスと言った方が適切かもしれません。
そのチャンスとは私が専属担当することになった 『カイト』 という狩猟者の存在です。
彼は私が正式にギルド職員となった年にギルドに見習い狩猟者として入会しました。ですので年は私の一つ下ということになりますね。
そのカイト様は狩猟者になってからたった数年で金級狩猟者に上り詰めてしまいました。
ギルドの記録で確認しましたが、そんな人物は過去に一人もいませんでした。まさに異例中の異例の出来事です。
因みに、金級の上には魔銀級があるのですが、これは爵位がセットになっているため、王家に任命権があります、ですので余程の偉業を成し遂げないと受けることができない階級です。なので、実質金級が最上位となっていますね。
しかも、クライスラー領の好景気も彼に因るところが大きいです――いえ、大きいどころかほぼ彼の功績といって過言ではないでしょう。
彼が持ち込む魔鉱石の量は平均的な狩猟者の千倍以上、つまり一人で千人分の働きをしているということです。
魔獣素材だって希少価値の高い物ばかりなので本当に驚きです。今年一年間の買取実績だけでも、王都に大きな屋敷が幾つも買えるほどの金額を稼いでらっしゃいます。
ただ彼の素性はようとして知れません。常に銀色の仮面を被っていますし、まさに謎の人物です。
普段、他の狩猟者のように荒っぽい口調を使っていますが、時折丁寧なしゃべり方をしてしまうことがあります、きっとそれが彼の素なのでしょう。普段のぶっきらぼうなしゃべり方は何か理由があって演技してるのかもしれません。
直に話してみれば彼の温厚な性格が垣間見えます、それに会話の端々にも教養の高さを感じ取れる時が多々あります。
もしかしたら、カイト様は御貴族様なのかもしれません。仮面は身分が露見しないようにとのことなのでしょう。
となると、平民の私には正妻の座は少し厳しいでしょう、妾か愛人がせいぜいです。
ですが妾というのもカイト様がお相手ならありです、というより是非とも妾にしてほしいくらいです。
先日、さりげなく食事に誘って貰えるように誘導したのですが、あっさりと躱されてしまいました。ですが、嫌われている、というわけではないようです。きっと正体が露見するのを避けているのでしょうね。
これは主観ですが、カイト様は私のことを憎からず思っているようなのでチャンスはまだあると思います、諦めるのは時期尚早なのです。
他の受付嬢も彼の事を虎視眈々と狙っているようなので、私ももっと頑張ってアピールしなければいけませんね。
そのカイト様が半月ぶりにギルドに訪れました。
彼の姿を見つけた私はすぐさま窓口を開き彼をお呼びしました。
最初に彼が並んだ窓口のライラが恨めし気にこちらを見てきましたが仕方がありません。
私は彼の専属担当なのですから、これは当然の権利なのです。
「ミモザさん、目立つことは止めてって言ってあったはずでしょ?」
すぐ間近でカイト様がそう囁きました。
あぁ、珍しく素の丁寧な物言いです――これを味わえるのは専属の特権でしょう、まさに至福の瞬間です。他の人に譲ることなど出来るはずがありません。
「でしたら第三倉庫の方へお願いしますね――こちらへどうぞ」
卒なく応対をこなし、笑顔でカイト様をご案内します。
きっとカイト様の目には出来る受付嬢として映っていることでしょう。
ふふふっ、是非とも私に惚れてしまってくださいね。
しかしながら、私のそんな余裕もカイト様が魔法バッグから魔獣を取り出すまででした。
(お、おいっ! アレってまさか森の悪魔って呼ばれてる奴か?)
(あぁ、間違いなく森の悪魔だな……俺たちは四つ手って呼ぶ方が多いがな……)
サブマスターのロベルトさんの言葉にギースさんが青い顔をして答えました。
受付主任なのですから、もちろんその名前は知識にあります。
四つ手――それは正式には 『一角魔熊』 と呼ばれている凶悪な魔獣の事です。
私の記憶が確かならば、一角魔熊とは樹海奥地に生息する危険指定された魔獣でクラスは師団級――つまり一般の兵士1000人で対処せねばならない恐ろしい魔獣だったはずです。
(に、二体も出てきたぞ、ありゃ番いか? マジかよ……二体目は眉間に一撃だぞ、ありゃ)
(おいギース……全盛期のお前たちのパーティーならアレに勝てるか? 勝てるよな? お前たち揃って金級だったし……)
(バ、バカ言うんじゃねぇよ、あんなのに勝てるわけないだろっ! 俺たちと同等のパーティーを最低でも五つ以上集めて万全の準備を整えて、好条件で襲撃しても半壊してやっとってとこだぞ)
私のすぐ傍で、重役二人が恐ろしい内容の会話をヒソヒソと交わしています。
さすが私のカイト様です、惚れ直してしまいそうですね。
ですが、それはまだまだ序の口だったようです。
(うぉっ‼ エ、エルダーホーンディルかっ?)
(……あぁ、駆け出しの頃一度だけ遠目に見たことがある……ありゃ、間違いねぇわ)
(先日領主の嫡男がヤツに襲われたって話、まさか本当だったのか……)
(どうせプライドの高い騎士連中が話を盛ってんだろうって高くくってたが……話が本当で、しかもカイトの奴が倒してたとはなぁ)
更に恐ろしい名前が私の耳に届きました。
エルダーホーンディル――『死の番人』 と呼称される 『森の悪魔』 以上に恐ろしい存在です。 同じく樹海の奥地に生息する魔獣でクラスは騎士団級――討伐には正騎士100人が必要だという、まさに災害級の凶悪なバケモノです。
(しかも、俺の見立てだと、カイトの奴、アレを瞬殺してやがるぞ)
(死の番人を瞬殺? ま、まさかそんなのありえんだろっ!)
(いや、間違いねぇぜ……体には全く傷がなく、片方の角を除けば首の致命傷だけだ……つまり、そういうことだよ)
(……っ‼)
尚もヒソヒソと言葉を交わす二人の顔色が真っ青を通り越して既に白くなっていますね。
ですが、斯く言う私だって上手く笑顔を浮かべられているか自信がありません。
だって仕方ありませんよね?
騎士団級の魔獣を瞬殺――それはつまり正騎士100人の戦力など、カイト様にとっては赤子同然ということと同義なのですから――。
「ふふふっ、これは本腰を入れてカイト様篭絡作戦を決行する必要がありますね」
私は密かに決意を固め、拳を握りしめた。
気長に付き合っていただけると嬉しいです




