047 【 死闘地竜 】
「団長っ!渓谷内に剣殻鰐の群れを確認っ!後方に地竜の姿もありますっ!」
斥候の報告に頷くと、フリードは馬首を回らせ声を張り上げる。
「諸君、背後にはガイストの街があり、近郊には集落もある、被害を出さぬためにも我々は何としてもここで奴等の暴走を食い止めねばならん!」
この先には広大な農地が広がっており、農村が点在している。
その先にあるガイストはロッツハルト領第二の街だ。
領都には及ばないが城壁を備えているし、当然守備隊も常駐している。
最悪はそこまで退いて籠城戦になるだろう。
だがそれとても、剣殻鰐ならばともかく、地竜相手にはとてももたない。
「エルン、貴様は隊の半数を率いて左に回り込め!」
「はっ!」
「残りの者は我と共に右に回り込む!何としてもここで鰐どもの頭を抑えるぞ!」
「オォォッ!!」
フリードは手短に作戦を伝え、急ぎ迎撃態勢を整える。
それから程なくして渓谷の出口に魔獣が姿を現した。
――Gururuuu……
騎士たちの姿に低い唸り声を上げる剣殻鰐。
全身を包む硬皮が、背に二列に並んだ鋭い剣殻が日差しを受けて黒光りする。
一斉に部隊が二つに分かれ動き出した。
「奴等の足を止めろっ!」
騎馬で先頭を走るフリードが声を張り上げる。
「第一小隊、第二小隊!放てぇっ!!」
「右翼に続けっ!第三、第四小隊っ!」
「「▷∉₪□∑₰₧ ……氷撃槍!』」」
「足だっ!足を狙えっ!!」
「◇∑₲∉▷∇⊂……火炎矢!』」
突き出された手から氷柱状の槍が、業火の矢が飛翔し魔獣に襲い掛かる。
殆んどの魔法は硬皮と剣殻に阻まれるものの、何本かは剣殻鰐の足を捉え血飛沫が飛ぶ。
「今だ!奴等の進撃を止めろっ!」
「「∋◇₵₲₣◇……『石柱撃!』」」
後続の部隊が行く手を阻むように石柱を出現させた。
何本かは強烈な突進にへし折られるが、魔獣の足を止めることには成功する。
「₣₤□◇¤₵₳¢!『雷撃!』」
――Gyuooooooo!!
フリードの雷撃に打たれた魔獣が激しい呻き声を上げた。
止めこそさせなかったものの、フリードの魔法は剣殻鰐に脅威を与えるには十分だったらしく、魔獣のヘイトが一斉にフリードへと向けられる。
フリードがヒラリと馬から飛び降り、腰の剣を抜き放つ。
「団長に続くぞ!第一小隊!下馬して突撃っ!!」
「第二小隊はこのまま援護に回る!団長に当てるなよ!」
激闘が始まった。
騎士が、従士が剣を振るい槍を突き出す。
「回り込めっ!足の関節を攻めろっ!」
「尻尾の振り回しに気をつけろっ!一撃で戦闘不能になるぞっ!」
「外皮は弾かれる……目だっ!目を狙えっ!」
一体につき四、五人の騎士が張り付き魔獣を抑え込む。
残った騎馬隊は機動力を生かし、魔法で後続の魔獣を翻弄する。
「€◇◎∈▷$¢……『砂風刃!』」
「足を狙えっ!奴等の機動力を奪うんだっ!団長に近付けさせるなよ!」
「∋▷□₧₣¤◇……『空気砲!』」
騎士たちの連携に剣殻鰐が一体、また一体と地に伏していく。
しかし、無傷というわけにはいかない。
連戦に次ぐ連戦に、疲労はとっくにピークに達している。
そこへもってきて騎士級の強敵が相手なのだ。
倒れ伏す魔獣に倍する数の騎士が戦闘不能に陥り、仲間の手で戦線を離脱していく。
(……こ、このままでは擦り潰される……まだ、背後にヤツが控えているというのに……)
剣を振るいながらフリードはチラリと後続に目を向ける。
そこには地竜の黒光りする巨軀が垣間見える。
次の瞬間……。
――Gyuoooooooooooon!!
凄まじい咆哮に大気がビリビリと震える。
それを合図に剣殻鰐が恐慌をきたしたように暴れ始めた。
「い、いかんっ!下がれっ!巻き込まれるぞっ!」
「待避っ!待避ぃぃぃっ!」
何人かの騎士が間に合わず魔獣の波に飲み込まれる。
騎馬隊が魔法で援護するが焼け石に水だ。
その混乱を嘲笑うかのように地竜が動き出した。
眷属である剣殻鰐を蹴散らしながら、凄まじい勢いで騎馬隊に突進をかける。
――ズズーンッ!!
「ぐあぁぁぁっ!」
「ひぎぃぃぃっ!」
小石のように数人の騎士が馬ごと弾き飛ばされ川へと落ちる。
突進を免れた者も馬が暴れ、次々に落馬してしていく。
「ば、馬鹿な……一撃で右翼が崩されるとは……」
圧倒的強者の理不尽さに、フリードは愕然とする。
こんな化物相手にどう戦えというのか……と。
尻尾で薙ぎ払われ弾き飛ばされる騎馬を視界に映しながらフリードは茫然と立ち尽くす。
(くっ……これほど、無力な我が身を恨めしく思ったことはない……)
「団長っ!ここは退却をっ!私が殿を務めますっ!」
見上げると左翼を率いていたエルンが必死の形相を浮かべている。
その手には空馬の手綱が握られている。
フリードは手綱を受け取り、ヒラリとその背に跨がる。
「ここで逃げる訳にはいかんっ!」
「し、しかし……このままでは……」
全滅という言葉を飲み込む副官を見つめフリードは続ける。
「今、我等が退却すれば犠牲になるのは力なき領民だ……退く訳にはいかん」
伝令は飛ばしてあるが、近郊の集落は避難が済んでいるとはとても思えない。
それにガイストの街とて迎撃準備を整えるには今しばらくの時が必要だろう。
「エルン……貴様は数騎を連れて集落を回れ……避難が遅れているようなら荷物を捨てさせてでも無理やり避難させよ」
「だ、団長は如何されるのですか!」
「私はヤツを撹乱して時間を稼ぐ」
「な、なりませんっ!残るのならば私めが引き受けます、団長はガイストまでお下がり下さいっ!指揮する者がいなくてはガイストを守るのもままなりませぬっ!」
「なあに、特攻して死ぬつもりはないさ……連中を別の場所に誘導するだけだ」
「しかし……」
フリードは手を上げてエルンの言葉を制する。
「ここで論じている時間はない……私の命に従えエルン!」
「……はっ!了解しましたっ!」
数騎を従え走り去るエルンの姿を見送り、フリードは声を張り上げる。
「残った者は我に続けっ!奴等を引っ張って行くぞっ!」
「おおぉぉぉぉぉっ!!」
フリードは馬の腹を蹴り駆け出す。
部下たちが馬に鞭打ち後を追いかけて走り出した。
「₣₤□◇¤₵₳¢!『雷撃!』」
紫電の光が空を駆け、地竜の首の辺りに突き刺さる。
「近付き過ぎぬよう気をつけろっ!」
「€◇◎∈▷$¢……『砂風刃!』」
「頭を狙って注意を惹くんだっ!」
「◇∑₲∉▷∇⊂……火炎矢!』」
砂刃が剣殻鰐を襲い、炎の矢が地竜の背に突き刺さり業火を撒き散らす。
――Gyuoooooooooooon!!
地竜が怒りの咆哮を上げ、尻尾を振り回した。
剣殻鰐もろともに数騎の騎馬がそれに巻き込まれる。
「ば、馬鹿な……ヤツは眷属を巻き込むのも厭わんのか!」
「だ、団長!進路を塞がれました!こ、このままでは鰐どもに背後に回り込まれてしまいますっ!」
「ちっ、獣の癖に頭が回るではないか……反転だ!退路を塞がれる前に駆け抜けろっ!」
フリードの下知に、即座に反応する騎馬隊。
馬首を回らせ馬の腹に拍車をかける。
だが、その隙を見逃す地竜ではなかった。
強靭な尾を振るい近場にあった岩を弾き飛ばしてきた。
「し、しまっ……」
凄まじい勢いで眼前に迫る岩塊……。
フリードの脳裏に『死』の一文字が掠める。
咄嗟にできたことと言えば、頭を庇うように腕を掲げることだけだった。
襲い来る衝撃に備えるフリード。
だが、いつまで経ってもその衝撃はない。
恐る恐る目を開けてみれば視界一杯に深紅の光景が映る。
(な、何が……起こった……?)
それが風に靡くマントだと気が付くのに数瞬の刻を要した。
いったい何処から現れたのか、いつの間にかフリードの目の前には人とは思えぬ局軀の騎士が立っていた。
「く、黒い騎士だと……?!」
闇のように黒いフルプレートの甲冑。
2メルテを優に越す背丈は馬上にあるフリードよりも尚高い。
背に翻るマントは血に染まったかのような深紅だ。
「……ここは我に任せてもらおう……」
黒騎士が背後を振り返り声を発した。
落ち着いた低い声音がフリードの耳朶を打つ。
「き、貴殿は何者だ?」
しかし、黒騎士から返答はない。
代わりに何もない空間から長大な剣を引き抜くと凄まじい勢いで走り出した。
そこからは、まるで夢を見ているかのような光景だった。
巨軀の黒騎士が剣を振るう度に魔獣が断末魔の雄叫びを上げる。
硬い剣殻鰐の外皮を易々と切り裂く黒騎士。
鋼鉄をも上回る硬度の剣殻を紙のように切り裂き、一刀の元に頭を両断してみせる。
「だ、団長っ!オ、オークの群れが現れましたっ!」
新たな敵の出現に身を固くするフリード。
だが、予想に反してオークの群れは剣殻鰐に襲い掛かった。
鈍器を軽々と振るう赤褐色の肌をしたオークの群れ。
その中には額に角を生やした上位個体とおぼしき存在も混じっている。
そこへ更に、銀色の甲冑を纏った騎士が参戦した。
銀閃が舞い、部下を襲おうとしていた魔獣が倒れ伏す。
「い、一体何が起こっているっ?」
「……何故、オークが…?」
「あの騎士は何者だ?」
「あ、あの巨軀だ……とても人とは思えぬぞ」
呆然とした顔で部下達が心中を吐露する。
勿論、魔獣や魔物が争うのは珍しいことではない。
そこにあるのは縄張り争いや獲物と捕食者といった至極ありふれた自然の摂理である……がしかし……。
(まさか魔物が……我々を救おうとしているのか?)
今目の前で繰り広げられている光景は明らかに異質だ。
オークは騎士達を避け、魔獣のみを相手に戦っている。
おそらく、それを率いているのはあの黒騎士だろう。
黒騎士の傍らには配下の如く付き従う銀騎士の姿もある。
「どういうことだ……何故オークどもが我等に加勢するのだ?」
「だ、団長!あの黒と銀の騎士は何者なのですか?」
フリードはその問いに答えることができない……ただ一つ……。
(あれは……叔父上が作られたゴーレムではないのか……?)
兜の頭頂に靡く赤い頭飾り、深い蒼色のマント、薄っすらと青み掛かった銀色のフルプレート……そんな特徴的な存在が世に二つとあるとは思えない。
(あのゴーレムはルース君が対処したはず……)
魔力を視覚的に捉えることができるフリードはあの時確かに目撃した……一瞬の出来事ではあったが、暴走するゴーレムと共に虚空へと消える黒髪の少年の姿を……。
(となれば……あの黒騎士も彼の手札ということなのか……?)
知れば知る程に謎が深まって行く。
あの少年はどれ程の力を秘め、どれ程の才を持っているのだろうか……。
黒騎士に従うあのオークは?
戦場を鳥の様に駆け回る銀甲冑のゴーレムは?
もはや英雄などという言葉一つで片付けられる状況ではない。
(彼がその気になれば……国を落とすことすらも容易いのではないか……)
災厄とまで称される地竜が黒騎士に一方的にあしらわれる光景を呆然と眺めながら……フリードはふとそんな言葉を口にしていた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
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