046 【 氾濫と龍 ② 】
中層域と呼ばれる樹海の中、ルースは小高い岩山に陣取っていた。
傍らにはクロとソウジの姿がある。
「アレが雷亀ラフタルか……でかいでかいとは聞いてたけど……実物を見ると圧巻だね」
ソウジが小山のようだと表現していたが、比喩もなにもなく正に小山が移動しているかのようだ。
背中の甲羅にはまるでクリスタルのような青い結晶が針山のように突き出ている。
「アヤツが神獣の中で一番図体がでかいからのぉ」
<しかし、相変わらず凄まじい魔力圧でござるな……某、目眩がしそうでござるよ>
見れば、身体中から立ち上る魔力でまるで陽炎のように周囲の景色が歪んでいる。
「やはり瘴気で我を忘れておるようじゃな」
クロの言う通り、ラフタルを包む魔力に黒い霞のような物が混じっている。
こうして視認できるレベルとなると、余程のことなのだろう。
「そろそろ射程に入りそうだね……二人とも準備は良い?」
<本当にあんな巨体をゲートで送れるのでござるか?>
「まぁ、コヤツなら何とかなるんじゃないかの」
何とかならなければこの場が戦場になるだけだ。
クロとソウジがこの場に揃っているのはそのためである。
無論、無策という訳ではない。
予めゲートを開く場所には精霊石を使って巨大な魔法陣を仕込んである。
流石にこれだけの巨体を移動させるとなると、視界が通らず座標認識ができないからだ。
因みに、ツバキが現在進行形でラフタルの進路を微調整してくれている。
<ほな、ルースはん……予定通り、わっちは魔獣の誘導に向かいんすぇ、こちらは任せたでありんす>
(あぁ、宜しく頼むね!)
ルースは念話で「気を付けてね」と返すと、両手を突き出して構える。
「ふぅ……魔法陣起動……『ゲート』!」
次の瞬間、地中に埋めた精霊石を起点に光が走り、地面に巨大な魔法陣を描く。
続いて幾何学模様に変換された数式が螺旋を描き、神代魔法文字が浮かび上がる。
――GuRuaaaaaaa!!
異変を感じ取ったラフタルが咆哮を上げるが、起動したゲートがラフタルの巨体を飲み込んでいく。
数瞬の後、ラフタルの巨軀が視界から完全に消え魔法陣が消失する。
後に残されたのは遥か遠くまで続く木々が薙ぎ倒された通り道だけだ。
「うしっ!ゲート作戦成功!」
「ならば、我等は作戦の第二段階に移行するぞ……ソウジよ」
<心得たでござる!ルース殿も御武運を!>
「オークどもに連絡するのを忘れるでないぞ!」
「あぁ、分かってる……そっちを頼むね、二人とも!」
ゲートで移動していく二人に、ルースはサムズアップして応える。
「さぁ、これからが本番だ」
独り残されたルースは、叱咤するようにそう一人ごちた。
そこは広大な湖だった。
透明度の高い水面がどこまでも広がり、遥か遠くにある対岸が霞んで見える。
湖の中程には大きな島があり、緑が繁茂している。
魔獣が生息しないその島は、普段ならば静けさに包まれた風光明媚な場所なのだが……今は凄まじい喧騒に包まれていた。
――ガラガラッ……ズガガーンッ!!
――Gyuooooooo!!
「こ、こんなの聞いてないよ~!近付けもしないじゃん!」
そんな不満の言葉も、落雷の凄まじい轟音に掻き消されてしまう。
雷亀なぞと銘打つのだから雷撃の魔法が得意だとは分かっていたが……。
「これは流石に反則でしょ!こんなのチートだよ、チート!」
威力こそクロの黒雷に及ばないものの、面制圧能力は遥かに上をいく。
間断なく襲い来る雷撃が木々を引き裂き、地面を焼け焦がす。
転移魔法が使えるルースでも、流石に光の速度には敵わない。
躱すことは叶わず、魔法障壁を張って防ぐ他はない。
だがそれも、数発と持たないのだから、ラフタルに近付くこともできずいるのだ。
「かといって遠距離攻撃は全く通らないし……どうしたもんだろうね……久々にクリティカルを食らっちゃったよ……さすがは神獣ってとこだよね」
距離を取って仕切り直すルース。
軽い口調ながら余裕は全くない。
こんなに追い詰められたのは前世のクロ以来ではないだろうか。
最初は魔法を使って遠距離からの攻撃を試みたのだが、凄まじい魔力圧が防壁の役目を果たしているのか全く魔法が通じなかった。
それならばと近接戦闘を挑んでみればご覧の有り様である。
強烈な雷撃を諸に食らってしまい、左腕と左足を黒焦げの消し炭にされてしまった。
あと少しずれていたら命はなかったかもしれない。
幸いフルフルポーションで回復できたものの、見た目は酷い有り様だ。
「魔力の圧が高過ぎて傍に転移もできないし……どうしたもんかね……」
純然たる魔法ではない原子砲なら通るかもしれないが、それだと殺してしまう可能性が高い。
かといって五元魔法は全く効果がない……その上、雷撃のせいで近付くこともできない。
「う~ん、まさに八方塞がり……これはお手上げってやつじゃないかな……あれだけの規模で雷撃を放っているのに魔力切れすらしないんだから……インチキだぁ~」
相手が魔力切れでもしてくれればまだ可能性はあるのだが、龍穴において神獣は無敵状態らしい。
クロ曰く、気絶させれば正気に返るとのことだったが……。
「はぁ……スター状態のマ◯オ相手にどうせいっていうんだよ……前世の某アニメみたく『ソー◯レイ』とか、某ゲームの『メテオ』みたいな戦略級の兵器や魔法がなければ詰みじゃないか?……こんなの無理ゲーだよ、無理ゲー」
でも……とふとルースは気が付く。
ソーラ◯イは無理でも、メテオならば再現可能かもしれないと……。
勿論、宇宙空間に漂う小惑星を呼び寄せて地表に落とすなんてことは不可能だ。
「ゲートの座標を空中に設定すれば?」
言葉にするのは簡単だ。
しかし、現実はかなり難しいと言わざるを得ない。
どの位の質量のものを?
どの程度の高さに?
必要な運動エネルギー量は?
摩擦係数は?
風の影響は?
再現するには数多の要素が必要となる。
それに罷り間違えば周囲一帯が消し飛ぶことになりかねない、それでは本末転倒である。
だがしかし、今ルースの手には都合の良い魔法具があるではないか。
「魔ー君……今から言う公式をデータベースに記録、それを元に計算して欲しいことがある」
ルースはバングルに向かって前世の記憶にある物理公式を口にする。
重力加速係数と時間がもたらす速度との関係を示す『v=gt』という公式……そして、質量と速度が生み出すエネルギーを表す『K=½mv²』という公式を……。
<……ヒツヨトスルエネルギーカラ……ザヒョウ……シツリョウヲ……ギャクサン……カンリョウ……>
ラフタルの動きを牽制しながら逃げ回っているとバングルから答えが返ってきた。
だが、その答えには空気抵抗や風向といったものは加味されてはいない。
質量だってきっちり計れる訳ではない。
「行き当たりばったりだけど試してみる位の価値はあるよね……気絶させる程度なんだから、できるだけ威力低めで……」
ルースは島にあった手頃な岩に目を付け、バングルが示した座標にゲートの魔法を起動した。
次の瞬間、岩塊が視界から消失する。
「高度は凡そ1万メートル……とすると落下までは約45秒……」
心の中でカウントしながらラフタルが移動しないように牽制を続ける。
「魔ー君っ!6番のαを最大設定、確認なしでカウント3秒で起動して!」
<フォルダno.6……マホウシキα……ヘンスウ ヲ サイダイチニヘンコウ……カウント3デキドウ……3……2……1……『ブツリショウヘキ』ハツドウシマス>
魔法式が起動し、障壁の淡い光がルースを包み込んだ。
それから遅れること数瞬……。
――ズズゥーンッ!!
轟音と凄まじい振動が周囲を包み込んだ。
「当たったか?」
我ながらフラグ臭いことを言ってしまったなぁ、と益体もないことを考えつつ目を開けると、視界一杯にそそり立つ水の壁が映る。
「へっ?!」
それが岩塊の落下に伴う津波だと認識した時には既に、障壁もろともに凄まじい濁流に飲み込まれていた。
物理障壁とは……一定以上の運動エネルギーを持つ物質から守るための結界である……逆を返せばそれ以下ならば防げないということでもある。
結果、障壁内は泥水で満たされてしまう。
「はぁ……はぁ……し、死ぬかと思った……」
やっとのことで湖から這い上がり、ゼイゼイと荒い息を吐くルース。
続いて周囲を見回せば地に伏し動かなくなったラフタルの姿が飛び込んできた。
直撃こそしなかったものの、どうやら水面との激突で生じた衝撃波で目を回したようだ。
「ははは……はぁ……思ったのと全然違うけど……結果オーライなの……かな……」
ルースは砂浜に寝転がり、大の字になって空を見上げた。
不本意な結果ながら、何とかミッションコンプリートである。
ただ今後、思い付きで魔法を再現するのは止めようとルースは深く胸に刻んだ。
遊撃の任務を依頼したオークから、緊急の念話が届くのは……それから小一時間後のことである。
― side フリード ―
「騎士団長、討伐した魔獣は1000体を越えました……今現在、騎士団の被害は重傷が5人、軽傷が21人……狩猟者の被害は重傷が8人、軽傷が35人となっております」
報告を聞きながらフリードは戦場を見渡す。
戦闘が始まってから既に数時間、散発的に魔獣の群れが溢れているお陰で交代で休憩を取れているが流石に疲労の色が濃くなってきた。
負傷者の数も徐々に増えている。
「第三中隊は重傷者を連れて後方の陣地まで後退、代わりに第四と第二中隊を前にだす……狩猟者の部隊もそろそろ交代するよう伝令を走らせろ」
「はっ、了解しました」
副官が命令を伝え、各中隊に伝令を走らせる。
その姿を横目にフリードは高台から戦場を見下ろす。
魔獣の数が徐々に減りつつある。
「此度の氾濫は収束しつつありますね、団長」
戻って来た副官が呟くように感想を口にする。
「あぁ、そうだな……」
「これは歴史的快挙ですぞ」
「収束しつつあれど、終息した訳ではない……何があるが分からんのだ、最後まで気を抜かぬようにな」
「分かっておりますが、我等には戦神アルスの加護を受けたフリード様がついているのです、最早此度の戦は勝ったも同然でありましょう!」
フリードは苦笑を浮かべて追従を軽く受け流す。
だが、副官が興奮するのも当然な戦果なのは間違いない。
何よりも、死者が1人も出ていないのは大きい。
氾濫という災害において、これは奇跡的なことだ。
それら全て、戦力を1ヵ所に集中できていることが最大の要因である。
そのお陰で交代で休憩も取れるし、数の優位性も常に保てているのだ。
(戦神などではなく、全て彼のお陰なのだがな……)
記録によれば二百年前に起きた西部域の氾濫では戦力の八割が壊滅し、数多くの町や村が灰塵に帰したと言う。
それを思えば、確かに歴史的快挙なのだろう。
今回の戦功は全て戦神のお陰ということに落ち着くはずだ。
勿論、神を詐称する訳にはいかないので『アルス神』の御名は出してはいない。
『戦を司る超常の存在から啓示を受けた』とお茶を濁している。
(代わりに称賛を受ける我が身としては……恥ずかしくも、心苦しくもあるのだがな……)
できることならば彼の功績を大々的に公表したいのだが、それを彼は望んではいない。
感謝するのは当然ながら、何れ何かしらの形で彼に報いねばならないだろう。
とそこへ……。
「伝令っ!伝令っ!」
急報を知らせる伝令が飛び込んできた。
副官が伝令を制して声を張り上げる。
「一体何事だっ!」
「リトラ渓谷に亜竜が出現しましたっ!」
「あ、亜竜だとっ?それは確かなのかっ!数は?」
「見回りをしていた銀級の狩猟者が確認しました、数は1……対象は地竜です……尚、周囲に十数体の剣殻鰐の姿も確認されています!」
その報告に周囲にざわめきが広がる。
地竜と言えば亜竜の中でも最上位に位置する強大な存在だ。
狩猟者の格付けで言えば師団級の強さで知られる災害レベルの魔獣である。
しかも、眷属の剣殻鰐を引き連れているとなれば脅威は更に跳ね上がる。
「副官っ!地竜の討伐には私が向かう!後の指揮は副団長に委ねる旨を伝えよ!第一中隊は直ちに出撃準備に入れ!後退した第三中隊には編成し直して後詰に回るよう伝達せよ、周辺の町や村に避難指示を出すのを忘れるな!」
フリードの命令に兵員が慌ただしく動き出す。
彼等の顔にはこれまでにない悲壮感が浮かんでいる。
(何としても食い止めねば!ここが正念場たぞ、フリード!)
一瞬、黒髪の少年の姿が脳裏を過るが、フリードは頭を振ってそれを消し去る。
(えぇい、窮地に英雄を求めてどうする!強大な敵を前に怯むような者に、英雄の傍らに立つ資格などない!)
心の内で己を叱咤し、馬に鞭を入れるフリード。
雷撃の貴公子の二つ名を持つ青年は英雄に並び立たんとする誇りのため、死地となるであろう戦場へと向かう。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




