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生贄にされた英雄は我が道を行く ―ラスボスと歩む庶民道―   作者: 山海千歳
1章 ロメリア王国編

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044 【 オーク 】

 30分後、ルースとアストリアは樹海を歩いていた。

 時折、遠くで鳥とおぼしき鳴き声が響く以外、静寂が辺りを包み込み、昨日までの探索が何だったのかと思える程に不気味さを増している。

 深い霧に遮られた視界がそれに拍車を掛ける。


「……昨日までの光景が嘘のようではないか……一体何が起こっている」


 誰に言うともなく、アストリアの口から胸中が吐いて出る。


「ここまで魔獣と全く遭遇しないのもおかしいですね……森の奥で何かが起こってるのかもしれませんね」


 しばらくしたあと、アストリアが意を決したように口を開いた。


「……これは混乱を避けるため秘していたことなのだが……近く、我がロッツハルト領で氾濫が起こる可能性が示唆されている」

「氾濫って……魔獣の氾濫のことですか?」

「あぁ、3ヶ月程前から魔獣の活性化が噂に昇るようになり、先月は外縁部で騎士級の個体が二度確認されている」


 周囲に気を配りながら続ける。


「父上は狩猟者を派遣して樹海の調査を進めていたのだが……今のところ、裏付けは取れていない……」


 伯爵は校外研修の中止も視野に入れていたようだが、確たる証拠がない以上中止はできないと学院側に言われたらしい。


「だが、昨日のオークと言い、この異常な静けさと言い……この状況が氾濫の予兆なのかは分からないが……何かしらの異常事態が起こっているのは確実だろう……」

「それなら、早いところ先輩方に合流した方が良さそうですね……当てはあるんですか?」

「あぁ、おそらく彼等は先日オークが目撃された場所へ向かったはずだ……」


 班長権限で班員の探索を禁止したが、プライベートまで口を出すことはできない。

 そして、この研修期間中、学院の生徒は狩猟者の仮資格を有しており、届け出さえ出せば自由に樹海に行くことができてしまう。


「ジーク殿のことだ、オークの集落を確認してそれを功績にとでも考えているのだろう」


おそらく、クルトやロンはその誘いに乗ってしまったのだろうとアストリアは言う。


<ルースはん……>

(あぁ、分かってる……)


「アストリア先輩……1時の方向、凡そ300メルテに狼型が3匹います……多分、捕捉されてます、避けるのは難しいですね」

「なら、倒すしかないね……君は前と後ろどっちを担当する?」

「……見ての通り、僕は解体用のナイフしか持っていませんけど?」

「そうか?なら、今回は私が前を務めるよ……援護を宜しく」


 言うが早いか、アストリア先輩が駆け出した。

 突っ込んでさっさと片付けるつもりのようだ。ルースは慌てて後を追う。


「₣₤□◇¤₵₳¢!『雷撃(ライトニング)』」


 敵を視界に捉えるや、魔法を放った。

 紫電が木立の隙間を縫うように走り、中央にいた個体に直撃する。

 そのまま、アストリアは腰の剣を抜き放ち、右の個体へと足を向けた。


 遅れじとルースはその辺に落ちていた石を拾い、左の個体に向けて投擲する。


「せいっ!」

 ――ドゴンッ


狙いを違えた石が地面を穿ち土煙が上がる。


<外れてもうたな……足止めはできてるようやけど……>


 咄嗟に忍者を想像しながら投擲をしてみたが、素人の自分には荷が勝ちすぎていたようだ。


(いやぁ、慣れないことはするもんじゃないね……ツバキ、代わりに敵の動きを封じてもらえるかな)

<お安いご用やわ>


 足下の蔓草がフォレストウルフの体に巻き付いて身動きを封じる。

 ルースは走り寄り腰のナイフを引き抜いて止めをさした。

 そこへ、もう一匹を仕留めたアストリアが歩み寄ってくる。


「そっちも終わったみたいだな……」

「えぇ、蔦が絡み付いてくれたお陰で僕でも何とか倒せました」


 ナイフを鞘に収めながら足下を眺める。

 そこには蔓が体中に絡み付いたフォレストウルフが鋭い牙の間からダラリと舌を出したまま生き絶えている。


「……どうしたらそんな状態になるんだ?……もしかして、君が魔法を使ったのかい?」

「さぁ、オークが仕掛けた罠でもあったんでしょうかね」

「オークの罠ね……」


 アストリアがそう言って肩を竦めた時だった……。

 雷撃を受けて生き絶えたと思っていた個体が跳ね起き、鋭い牙を剥き出しにして傍にいたアストリアに襲いかかった。


 ――グルァァァッ!!


突然のことに硬直するアストリア。

ルースは反射的に身体が動いていた……いや、動いてしまった。


 無意識に次元収納から黒刀『不折』を引き抜き、身体強化を発動して一瞬で距離を詰める。

 そして、流れる動作そのままにフォレストウルフの首を撥ね飛ばし、返す刀で頭蓋を縦に両断する。

 それはソウジとの鍛錬で身に付けた新しい剣技だ。


「……い、今、一体何をしたんだ?そ、それにその黒い剣は……ど、何処から……」


 驚愕に目を見開くアストリア。

 やってしまったぁ、と頭を抱えるルース。

 どうやら、ソウジとの特訓が裏目に出てしまったようだ。


「……こ、これはその……偶々(たまたま)?」

<ルースはん、その台詞は流石にないわぁ……そもそも何が偶々やの?>


 眷属の鋭い突っ込みが脳裏に響く。


「い、いや、すまない……礼を言うのが先だった……君のお陰で命拾いをしたよ、心から感謝する」


 深く頭を垂れるアストリアの姿に戸惑うことしかできない。


(……ど、どうしよう、ツバキ……)

<そやねぇ……如何せん、これを誤魔化すんは無理があるんと違う?何事も諦めが肝心やと、わっちは思うんよ>


 無情な妖精の言葉に、ルースはがっくりと肩を落とした。



― side アストリア ―


 彼の特異性は分かっているつもりだった。

だが、私は心のどこかで兄の言葉を信じきれていなかったのだろう。


 探索最終日にジーク達が暴走したことで、私は皮肉にも、彼の秘めた実力を目の当たりにすることになった……。


 彼は私に襲い掛かろうとしたフォレストウルフを一瞬で切り刻んでしまったのだ。

 一体彼が何をしたのか、私はそれを目で追うことすらできなかった……気付いた時には生き絶えた魔獣が地に伏し、彼の手には漆黒の奇妙な剣が握られていた。


 彼が身に付けていたのは小振りのナイフ一つだったはずだ……一瞬、夢を見ているのでは?などと思うも地に転がる魔獣の死骸は決して幻覚などではないことを告げていた。


 しかし、そんな驚愕も序の口だったのだと、私は後に身をもって知ることになる。


 我々がジーク達を発見した時には、事態は既に絶望的な状況になっていた。

 崖の下を見れば、5体のオークに囲まれる彼等の姿があった。

 ルークとジムは地に伏し、意識がないのかピクリとも動かない。

 満身創痍のジークが彼等を背に庇い、片膝を着いた格好で剣をオークに向けている。

 その傍には矢を足に受けたクルトを抱えながら必死に障壁を張るロンの姿があった。

 ロンの顔色は蒼白となり、もはや魔力切れ寸前だ。


(……5体のオークを相手に私は勝てるのか?)


 一瞬、そんな考えが脳裏を過り、二の足を踏んでしまう。

 だが彼は……。


「アストリア先輩、今度は僕が前にでますから、援護をお願いしますね」


 危機的状況に反した気楽な口調……そして、場違いなほど自然体で笑顔を浮かべる彼の姿に、不覚にも私は理解が追い付かなかった。


 気が付いた時には、彼が崖から飛び降りてしまっていた。


「なっ!!」


 慌てて足場を探し、何とか崖を降りると、既に状況は一変していた。

 黒剣を片手に佇む少年……そんな彼の周囲には手足を失った3頭のオークが倒れ伏している。

 残った2頭はと見れば……恐怖に顔を歪め、じりじりと後退しているではないか。


「あ、あのオークが彼を恐れているのか?」


 オークは好戦的で知られた魔物である。

 腕を切り落とした位で怯むような魔物ではない……はずなのだが……。


 そんなことを考えていると、更に事態は急転した。


「アストリア先輩……無闇に動かないでくださいね……周りを囲まれています」

「それはどういう意m……っ!!」


 寒気がする程の悪寒に襲われ身構えた時だった。

 周囲の木立を掻き分けて何体ものオークが姿を現した。


「……っ!!」


 次々に現れる赤銅色の肌を持つ魔物の群れ。

 10体……20体……30体……数えきれない数のオークに我々は取り囲まれていた。

 そして、現れる絶望の象徴。

 通常の個体が子供と思える程の巨軀、筋肉が盛り上がった肌は赤黒く、額には2本の角が突き出ている。

 それは上位個体に進化した群れのボスだった。

 圧倒的な魔力に気圧され、思わず足が竦んでしまう。


【∈∂∅◆▷∋∂……∇∇∅⊂⊅?】


 驚いたことに、群れのボスが突然口を開いた。


(……ま、まさか言葉か?……そ、そんな馬鹿な……喋るオークなんて聞いたことがないぞ?)


 しかし、私は更に驚かされる。


【▷▼₪₤¤□₰……₧¢▶◇∉∑∇】


 ボスの前に進み出た彼の口から同じような言葉が飛び出したからだ。


 私の見ている前で起こる信じられない光景……巨漢のオークと小柄の少年が聞いたこともない言葉でやり取りを交わしている。


(私は……何を見せられているのだろうか……)


「アストリア先輩……この薬を先輩方に飲ませてやって下さい」


 ふと我に返ると、目の前に彼の姿があった。

 渡された物を見れば小さな硝子の瓶だ。

 中には薄っすらと光を放つ青い液体が入っている。


「……っ!! ま、まさかこれは秘やk……」

「手遅れになる前に飲ませて下さいね」


 彼の指し示す先を見れば倒れ伏す級友の姿がある。

 辛うじて意識を保っていたジークとロンも、怪我と魔力切れで力尽きている。

 急いで彼に渡された薬を怪我人に飲ませていく。

 その効果は絶大だった。

 見る間に傷が塞がり、瀕死に喘いでいた彼等が安らかな息をたて始める。


「ル、ルース君……君は一体……」

「後は僕に任せて下さいね」


 私の問いかけを笑顔で流し、彼はボスの元へと足を向けた。


 そこから始まったのは互いのプライドと生死を賭けた一騎打ちだった。


 何十体ものオークに取り囲まれた舞台、その中央で巨漢の魔物と小柄な人族の子供が素手でぶつかり合う。


 信じられない光景だった。


 振り回される豪腕が唸りを上げ、振り下ろされる拳が地面を穿つ。

 そんな攻撃を、彼はあの小柄な身体で真っ向から受けてたっているのだ。

 地響きが身体を揺らし、打ち合う拳撃が森に木霊する。


「わ、笑っている……のか?」


 紛れもなく生死を分ける戦いのはずなのに、演武を見ているかのような錯覚に陥ってしまう。

 それは戦う彼等の表情がそうさせているのだろう。


「あぁ……人はここまで強くなれると言うのか……」


 気が付けば私の頬を暖かい(しずく)が伝っていた。

 いつ果てることなく続く拳の語り合い。

 その戦い……いや、闘いから私は目を離すことができなかった。

 それは周囲で己が群れの主を見守るオーク達も同じだった。

 拳を固くぎゅっと握りしめ、傷だらけになりながら闘う二人の強者をじっとを見守る。


 どれ程経ったであろうか……闘いを制したのは彼だった。

 その後のことはあまり良く覚えていない……ただ、兄の言った言葉がずっと頭の中に木霊していた。

 彼は神々が使わした英雄なのだよ、と言う兄フリードの言葉が……。

週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m

気長に付き合っていただけると嬉しいです。

感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)


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