043 【 異変 】
校外研修最終日、ルース達は朝一で班長のアストリアに呼び出された。
研修のために用意された仮説テント村、その一角に設けられた公共スペースに向かうと、ブリーフィング用のタープに班員全員が既に揃っていた。
指定された刻限前なので、とやかく言われる筋合いはないが、一応待たせていたようなのでルースは謝意を述べて席に着く。
全員が揃った時点で班長のアストリアが口を開いた。
「皆、朝早くに呼び出してすまない……早速なのだが今日予定していた探索計画について……うちの班はこれを中止しようと考えている」
その台詞に、ルースたち魔導技術科以外の面々が色めき立つ。
「いきなり探索を中止するとは……一体どういうおつもりなのですか、アストリア殿?納得がゆく理由をお聞かせ願いたい!」
ジークが咎める様に言う。
この研修の評価が進学に大きく関わってくるのだからその反応は当然である。
魔法科の三人は事前に何も聞いていないのか、顔を見合わせ戸惑ったようにアストリアに視線を向ける。
「昨日、他の探索班がオークの群れに遭遇したらしい……」
「が、外縁部にオークが出たんですか?まさか、探索班に被害が?」
カールが青ざめた顔で声を上げる。
「いや、被害はないそうだ……同行していた護衛部隊がいち早くオークの存在に気付き、即座に退却を選んだらしい」
熟練の兵士なら1対1でオークを倒すのは難しくない。新兵だったとしても3人もいれば、無傷とはいかないが打倒は可能である。
但し、それは障害物のない平地だったらという条件が付く。
オークはかなりの怪力の持ち主だ、しかも巨漢に比して動きが俊敏である。
尚且つ、ゴブリン以上の知恵を持っているのだ。
群れで連携をとるのは勿論、自ら武器を作り罠を利用する技術まである。
そんな手合い相手に、こちらにとって不利な森の中での戦闘は、学生にしてみれば自殺行為だろう。
「群れの規模は……会敵した際、どれ程の数だったのですか?」
「見かけたのは3体だったらしい……だが獲物を担いでいたところから、近くに集落があるのではないか、との話だった」
「オークの集落……」
「何で外縁部にそんなものが……奴らは中層域の魔物ではなかったのか?」
「オークって……確か兵士級だったか?」
アストリアの取り巻きがひそひそと囁き合う。
マッシュとサラはオークの知識がないのか、戸惑ったように周囲の顔色を伺っている。
「アストリア殿……確かにオークは中層域の魔物だと言われている……しかし、熟達した兵士ならば無傷で討伐が可能な程度だとも聞く、であるなら我等でも十分対処可能なのでは?」
「ジーク殿の仰る通り、二、三頭程度ならうちの班でも討伐はできるでしょう……ただ、到底無傷ではすまないとは思いますがね」
その言葉に、ジークがピクリと眉を動かす。
「騎士を目指す我々がオークに臆したと思われては沽券に関わる……そもそも、ここまで我が班は全くの無傷で来ているのだ、戦いもせぬ内に逃げては臆病者との謗りを受けよう」
「ジーク殿……我々はまだ一介の学生でしかない……そして、私には班長としての責務がある、事前に危険度が高いと分かっている探索に非戦闘員を連れていくことはできない」
アストリアはジークを見詰めたまま、ピシャリと言い放つ。
「班長として慎重になるのは理解する……だが、度を過ぎれば臆病というものだ……武門の誉たるロッツハルト家の名に傷がつくのではないですかな、アストリア・フォン・ロッツハルト殿?」
「そちらこそ、勇気と無謀を履き違えては近衛騎士団長殿にお叱りを受けるのでは?」
空中でぶつかり合う二人の視線。
さながら、飛び散る火花が幻視できそうな程だ。
(見た感じ……アストリア先輩の方が一枚上手っぽいな)
露骨に感情を表に出しているジークに対して、アストリアは冷静に応対しているように見える。
二人の間であたふたする取り巻き達。
端をみれば、マッシュとサラは青い顔をして彫刻の様に固まってピクリともしない。
「とにかく、探索中止は決定事項です……それと、この件に関しては護衛部隊の隊長とも協議の上、賛同を得ていると言及しておきます」
「……っ!」
隊長の名を出されては、さすがに文句が言えなかったのだろう。
ジークは無言で席を立つと、不機嫌さを隠すことなく去っていく。
ルークとジムが慌ててその後を追い、クルト達も居心地が悪いのか早々に辞去していく。
「ということで今日は自由行動とするが呉々も森には近付かないように……街に行くのは構わないが、その時は一言連絡を入れるのを忘れないようにな」
去り行くアストリアの背中を見送り、ルース達は顔を見合わせる。
「僕達はどうしようか?先輩が言ってたように、街にでも出掛けてみる?」
「お、おう……ルースは肝っ玉が座ってんだな……俺、もうマジでチビりそうだったわ」
「こ、恐かったのです……お貴族様は恐いのですよ」
力が抜けたようにへたり込む二人。
「言葉は丁寧なのに、すげぇ迫力だったな、お貴族様ってのは皆あんな風なのか?」
「ですです……アホのカールとは全然違うのですよ」
「ルースの二人の兄ちゃんも、あんな感じなのかよ?」
「そうだね……もっと穏やかだけど、ロイド兄さんも貴族って感じのやり取りをするね」
まぁ、長男のロムスについては我儘なガキ大将という印象しかないのだが……。
ともあれ、急遽暇になってしまった。
やることもないし、拠点にでも顔を出してみようか……。
そんなことを考えているとヒラヒラと羽をはためかせてツバキが肩に舞い降りた。
<あら……子分のお二人の姿が見えへんけど……どこぞへと遊びに行ったのでありんすか?>
(あぁ、あの二人ならテントでゆっくりするって言ってたよ、慣れない樹海探索で疲れが溜まってたんじゃないかな……あと、何度も言ってるけど、マッシュとサラは子分じゃないからね)
<それよりも、クロはんはまだ帰ってこないんやね?>
ルースの言葉を軽く流して話題をコロリと変えるツバキ。
この妖精も大概自由な性格だな、とルースは呆れる。
クロを筆頭に自分の回りには灰汁が強い者ばかりな気がしてならない。
(ギルドから頼まれた仕事に手間取ってるのかもしれないね)
<……そやけど、クロはんが言うてはった火急の用件って何なんやろねぇ>
3日程前、用事があるからとクライスラー領に向かったクロから念話で連絡があり、ロイドがカイト宛てに使命依頼を出しているという話を聞いた。
詳しい内容は聞かせて貰えなかったが、なんでもかなり緊急の案件であるため、領主令をギルドに出してまでカイトを探していたとのことだった。
父のガリウスや長男のロムスなら無視で良かったが、ロイドが依頼主となれば放って置くわけにもいかず、クロに代理で対処を頼んでおいたのだ。
(大方、騎士団では手に負えない魔獣の討伐とかだと思うけど……クロのことだからさっさと仕事を片付けて屋台巡りでもしてるんじゃないかな……)
<ふふっ……クロはんならあり得そうやねぇ>
この時、クロは現在進行形で凶悪な魔獣の群れと戦闘中なのだが、遠く離れた地にいるお気楽な二人には想像もつかない。
と言うより、心配の必要すらないので念話で連絡をとろうとする考えすら抜け落ちていた。
と、そこへ……。
「探したよ、ルース君……こんなところにいたんだな」
振り返れば、そこには息を切らしたアストリアの姿があった。
「どうしたんですか、アストリア先輩?何やら、慌てているようですが……」
「ちょっと付き合って貰えるかい?ここでは少々話し辛いのでね」
そう言って連れてこられたのはキャンプ集落の端だ。
周囲には人影もない。
「つい先程、カールから聞いたんだが……ジーク殿とクルト達が樹海に向かってしまったらしい……」
「え?今日は探索は中止だったはずじゃ……」
「あぁ、勿論私は許可など出してはいない……彼等の独断行動だ」
アストリアの説明によれば、ジークと取り巻きのルークとジム、それにクルトとロンを加えた五人がアストリアに黙って勝手に探索に向かってしまったらしい。
ジークから研修評価の話を持ち出され、クルトとロンの二人は誘いに乗ってしまったのだそうだ。
そう報告してきたのは、一緒に誘いを受けたカールなのだと言う……。
「出発した刻限から推測するに、彼等はそろそろ森に着く頃合いだろう……私としては急ぎ後を追い、彼等を連れ戻したいのだが……おそらく、ジーク殿は私の言を受け入れまい……」
アストリアが悔しそうに拳を握る。
「そこで、できれば君に同行を願いたい……助力して貰えまいか?」
「何故、僕に?……うちの護衛部隊の人達には相談したんですか?」
「今日の探索は中止すると言ってあったので、彼等は報告のため本隊へ戻ってしまっているのだ……」
そう言って頭を下げるアストリア。
そこには以前感じた傲慢さは欠片も感じない。
それはともかくとして……目の前のアストリアといい、彼の兄のフリードといい、薄々気付いているのかもしれない。
<なぁ、ルースはん……もしかせんでも、こん人はルースはんの正体を知ってはるんやないの?>
念話だというのに、耳元で囁く仕草をするツバキ。
(……正体って……その言い方は少し語弊があるんじゃないかな……僕は僕であってカイトや魔王モードの方が仮の姿なんだけど?)
<そないな細かいこと言うたらアカンよ、わっちの主なんやからドンと構えといてや>
ツバキの中で自分の人物像が勝手に作られている気がしてならない。
機会があったら腰を据えてゆっくり話す必要がありそうだ……ともあれ。
「分かりました……短い付き合いとは言え、3日間行動を共にした仲間ですからね……目の届くところで死なれては寝覚めが悪いです、僕にできることがあるのなら協力しますよ」
「ありがたい、感謝する……ならば、君と私の二人で彼等を追いかけることにしよう、カールは足手まといになるので置いていく」
顔を輝かせて謝意を述べるアストリアに、ルースは「イケメンはどんな台詞を口にしても様になるんだな」と場違いな感想を胸に抱いていた。
週一でのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
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