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生贄にされた英雄は我が道を行く ―ラスボスと歩む庶民道―   作者: 山海千歳
1章 ロメリア王国編

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030 【 祭典四日目 】

 魔法具の審査会が無事終了し、1日空けて4日目のイベントは王立研究所主催の技術発表会である。

 会場として提供された学院の大講堂には大勢の人が詰めかけ、始まる前から異様な熱気に包まれていた。

 ちなみに今日のイベントは一般公開はされてはいない、なので学院の生徒を除けば観客のほぼ全てが魔法具や魔導技術に関連する職に就いている人達だ。

 ただ会場の都合上、人数の制限があるのは当然であり、希望すれば誰でも入場できるという訳ではない。

 聞くところによれば、事前に商会や工房毎に割り当ての人数が決まっていたらしく、この場にいるのは業界にしてみれば凡そ三割程らしい。

 見回せば、それは新たな商機を逃すまいとする商人であったり、貪欲に最新技術を学ぼうとする技術者だったりと、目的は様々だが皆一様に期待と熱意に満ちた表情をしている。

「予想外に凄い熱気だね……何と言うかか、圧が半端ない気がする」

 最後列の端っこから観客席を眺めていたルースが感想を口にすると、マッシュの隣に座ったサラが同意するように返す。

「皆、顔が怖いくらい真剣なのです……鬼気迫るって感じなのです」

「まぁ、無理もないよな……一昨日のアレを見たんだ今日の発表に期待するのも当然だろうな」

 やや小声になりながらマッシュが続ける。

「見ろよ、貴賓席を……公国のお偉いさんがあんなにも参列してるぜ」

 見上げてみれば、一際高い所に設けられた貴賓席には前世の記憶にあるスーツを想わせる衣服を纏った紳士が4人程座っているのが見える。

 マッシュの言う公国のお偉いさんとはおそらく彼等のことだろう。

「ん?でもスーツ姿の人達なら審査会の時もいたよね?確か一昨日も貴賓席に何人か見かけた気がするけど……」

「アレ『すーつ』て言うのか?」

「……うん、多分……と言うかおそらく?」

 マッシュが「へー、そうなんだ」と感心するも、直ぐにハッと我に返りブンブンと頭を左右に振る。

「ちげぇよ、今はそんな事より……俺が言いたいのは、あそこにいる全員が貴族ってことなんだよ」

「違うのです、魔導公国では貴族って言わないのです……確か華族って言うのです」

 横合いからサラがマッシュの言葉を訂正する。

「あぁ、何だその……貴族?華族?呼び方は知らんけど、とにかくあそこに座ってる全員が公国のお偉いさんってことだよ」

「そうなのです、服の色で身分が分かるのですよ」

 サラの説明によれば、魔導公国では身分によってスーツの色や柄が決められているらしい。ネクタイや装飾品の類いも細かい決まりがあるようだ。

 因みに、黒服は護衛専用であり、明るい色の生地ほど身分は高く、柄入りスーツは間違いなく高位の華族とのことである。

 再び目を向ければ、なるほど黒服は一人もおらず4人全員が華族のようだ。

 しかも、内の一人は柄入りスーツでネクタイや装飾品がかなり派手だ。

「多分、一昨日のアレを見て急遽参加したんだろうな、あのお偉いさん達……」

「ですです……あんなの見せられたら、魔導公国の偉い人達だってビックリするのです、きっと知らせを受けて国元からすっ飛んできたのですよ」

「公国からここまで来るのに魔導列車でも確か丸1日位掛かるはずだよね?知らせに戻ることを考えたら間に合わないんじゃないの?」

 審査会が終わってから直ぐ国元に戻ったとしても往復で少なくとも二日は掛かる、文字通り空でも飛んでこなければとても間に合わないはずだ。

 もしかして魔導公国には転移の魔法が存在するのだろうか。

「お前、変なことは色々知ってるクセに、そんな常識も知らないのかよ」

「ルース君は知らないのです?魔導公国には離れた場所に連絡する魔法具があるのですよ?」

 マッシュが呆れ顔を浮かべ、サラが補足するように付け加える。

「へぇ、知らなかった……公国には電話みたいな通信手段があるんだね」

「でんわ?……が何か知らないが、離れた場所に手紙を送ることができるって聞いたぜ?」

 一瞬、ファックスという単語が脳裏に浮かぶ。

「それは魔導公国の特級魔法具なのです」

 サラ曰く、特級魔法具とは輸出はもちろん公国内でも一般への販売が禁止されている魔法具のことらしい。所謂国家機密として秘匿された技術なのだろう。

 ルースにしてみれば、世間一般に広く普及させた方が便利だろうに、と思う反面……情報の高速伝達による優位性を重要視する魔導公国の方策も理解できる。

 何はともあれ、魔導列車然り、魔導公国の技術レベルは王国のそれを遥かに上回っているようだ。

 ともすれば一世代も二世代も先を進んでいるのかもしれない。

 王国が躍起になって技術開発に力を入れるのも分かる気がする。

「でも……そんな公国が慌てて人を寄越すほど気になる魔法具って何なんだろうね?案外、サラの魔法具だったりして……」

 魔方式や回路の構成はまだまだ荒削りではあるものの、サラの発想力には驚かされるものがある。

「ルース……お前、それ本気で言ってるのか?魔剣だよ、ま、け、ん……トリスゴクオトス氏の……サラの魔法具なわけないだろ?」

「鳥、スゴく、落とす?……誰それ、そんな変わった名前の人いたっけ?」

 ルースのを除けば、マッシュを含め魔剣は4振り程出品されていた気がするが……。

「……そんな名前じゃないのです」

 マッシュの物言いに、やや不服顔のサラがジト目を向ける。

「……ト、トナリミギソトスだったっけか?」

「……さっきより遠くなってるのです」

 自信なさげに口を開くマッシュ、それに直ぐ様突っ込むサラ。

 ここまで来れば、さすがに誰の事なのかルースも理解する。

「トリスメギストス氏なのですよ……マッシュは本当におバカなのです、頭の中まで筋肉なのです、記憶力ゼロなのですよ」

「お、おバカって……それに頭の中が筋肉って酷くないか?」

「筋肉じゃなければ魔剣なのです、さもなくば空っぽなのですよ」

 ご機嫌斜めな幼馴染みにマッシュはタジタジだ。思わず未来の力関係が目に浮かぶ。

「でも、そこまで注目されるような魔剣だとは思えないんだけど……多分だけど、凄く使い勝手が悪いんじゃないかな、アレは……」

 オタク心の赴くままに勢いで作ってみたものの、何でも切れてしまうのは逆に不便なわけで、攻撃する時は良いが防御には全く以て不向き……と言うより、危なくてとても使えた代物ではないのである。

 せめて瞬間的にオンオフを切り替えられるようにするべきだったと後になって気付いた。

 それに、精霊石を使用する前提の設計なので、あのサイズの魔鉱石では起動してから三分と持たない、何処の銀河から来た英雄様だと思わず口にしてしまった程だ。

「お前、それ本気で言ってる?あの切れ味だぞ?何でも切っちまうんだぞ、あり得ないだろ」

「ですです……あんなの大きな石が音もなく真っ二つになっちゃったのです、どんな魔法式なのか凄く気になるのです」

 熱く語り始める二人の級友。

 さっきまでの夫婦漫才はどうしたと聞きたくなる。

「遺物級の代物だぜ、あの魔剣……俺なんか見た瞬間、思わず鳥肌立っちまったからな」

「お父さんもあんなの前代未聞だって、驚いていたのですよ」

「だよなぁ、うちの親父や近所のおっさん達もあの魔剣の話題で大盛り上がりしてたぜ」

(……おっふ……)

 自分の作品が褒めてもらえるのは嬉しい限りだが、思い付きで作った試作品、それも欠陥だらけの未完成品となれば恥ずかしいを通り越して申し訳ない気持ちで一杯になる。

 刀の造形なぞに拘ってないで、もっと魔法式と回路の構成に時間を割けば良かったと反省する。

「しかし、あんなスゴ腕なのに今まで聞いたことないよな、その……トリ?……何とかっていう技師……」

「トリスメギストス氏なのです……うちのお父さんも初めて聞いた名前だって言ってたのです」

 恥ずかしさに縮こまるルースを他所に、二人の談義は続く。

「親父達は公国の関係者じゃねえかって言ってたけど、マジなところ何処の誰なんだろうな」

「王家が囲い込んでいる秘蔵っ子だっていう噂をお父さんが聞いて来たのですよ?」

「ルースはどう思うよ?」

「ルース君はどう思うのです?」

 いきなり話を振られ、思わず返答に困るルース。

「僕?……僕は公国も王家も関係ないんじゃないかなぁ、と思うよ?……多分だけど、辺鄙な森で隠遁生活を送ってて……知らない人が来ればすぐ怒鳴り散らす偏屈な頑固爺さんで……でも気に入った人には良くしちゃうような、誰得ツンデレ爺さん、みたいな?」

 ルースとしては何となく何処ぞの物語に登場するダンブ◯ドア校長と偏屈なドワーフを足したような人物像を思い描いていた。

「……何だよ、その妙に具体的なイメージは……その『つんでれ』は良く分からんけど、あんなスゴ腕のメイドを雇ってんだから間違いなくお貴族様だろ?」

「ですです、凄く格好良いメイドさんだったのです、こう剣をスパーッて……」

「アレはすげぇ様になってたよな……メイド騎士ってヤツだぜ、きっと……」

「……そんな騎士聞いたことないのです、やっぱりマッシュはおバカなのです」

 級友の夫婦漫才に思わず笑みが浮かぶルース。

「ふふっ、仲良いよね、二人とも……何かもう夫婦みたいだね」

「夫婦じゃねぇよっ!」

「ふ、夫婦じゃないのですっ!」

 そんなやり取りをしている内に、いよいよ技術発表会が始まった。

 因みに、発表は研究グループ毎に行われるらしく、舞台脇に研究テーマと代表者とおぼしき名前が記されたプログラムが掲げられている。

 それを見る限り、研究内容にこれと言った統一性はなく、各グループが好きにテーマを決めて研究している、といった印象を受ける。

 大まかな流れとしては先ず代表者が研究内容の概要を説明し、その後は補助員が魔法式を構築してみせたり、実際に魔法具を稼働するといったデモンストレーションを交え、最後に成果と考察、そして今後の課題を述べるといった感じである。

「……何言ってんだか、俺にはちんぷんかんぷんで……寝るのを我慢するのに必死だだったぜ」

「うーん、難しい言葉ばかりで、スゴく解り難かったのです」

 昼休憩になると、ぐったりした二人がぼやくように口を開いた。

「あれは確かに退屈な授業を聞いている気分になるよね」

「ありゃもう拷問だよ、拷問……」

「ルース君の修行の方がまだましなのです」

「……いや、アレはアレで別な意味でキツイだろ」

「二人の言い分は良く分かったよ、今度特別補習を準備しとくから楽しみにしててね」

 ルースの言葉にピンと背筋を伸ばす二人。

 クロがこの場にいたら大笑いしそうだ。

 それはともかくとして、午前中の研究発表はかなりつまらなかったのは事実だ。

 ごたいそうなお題目の割に、内容はがっかりするレベルのものばかり……。

 どの研究も既存の知識を多少発展させた程度で、そこには革新的な理論も目新しい技術も皆無である。

 しかも、やたらと専門用語を多用し、尚且つ難しい言い回しばかりするので説明も至極難解なのだ。

 そのくせ成果の部分は大袈裟に口にするのだから質が悪い。聞いているこちらにしてみれば、自慢話をしつこく聞かされている気分になってくる。

 せめて、少しでも聴衆が楽しめるように演出を考えた方が良いのでは?と言いたくなる。

「俺……午後の部はパスするわ、あんなの耐えられん」

「……私もマッシュに賛成なのです、あれは疲れるのです」

「ルースはどうするよ、三人で市場巡りしねえか?親父達の話じゃ、珍しいモンが一杯並んでるらしいぜ」

 その提案にサラが瞳を輝かせる。

「ですです……屋台もいっぱいあるのです、変わった食べ物もあるのですよ」

「うーん、凄く惹かれる提案だけど、僕は遠慮しとくよ、午後一の『ゴーレム理論-素材と魔結晶の関係-』って言うのが凄く気になるんだよね」

 ゴーレムは男の浪漫だ、そこには無限の可能性が秘められている。

 巨大ロボットにモビ◯スーツ……男の子なら誰でも一度は夢見る野望ではないだろうか、操縦してみたいと……。

 前の世界では物理的に不可能ながら、魔法が存在するこの世界なら物理の壁を越えることができる。

 目指せ、最終目標は搭乗式人型ゴーレムである。

「ゴーレムかぁ……俺も気になるっちゃ、気になるんだけど……なぁ」

「ルース君、ゴーレムは魔獣の仲間なのです……危ないのですよ?」

 マッシュが言わんとすることをサラが補足する。

「確かにお隣の公国じゃ人造ゴーレムに成功したって言う話だけど……うちじゃ無理じゃね?」

「残念ながら、 私もこの国の技術ではまだ不可能だと思うのです」

 二人の頭にあるのは魔獣型ゴーレムのことだろう、だがルースが目指しているのはロボット型ゴーレムである。

 しかし、それを今口に出して説明する気はない。

(……前世ではあの二人にドン引きされたからなぁ)

 ルースの脳裏に師匠と妹弟子の前でゴーレムに対する憧れを熱く語る自分の姿が思い浮かぶ。

そ れと同時に、ふと思い出したその懐かしい光景に何とも言えない寂しさが込み上げてくる。

(二人はあの戦いの後どうなったのかな……ごめん師匠……預かった杖、結局返すことができなかった……それにリアも……約束を守れなくてごめんね……)

 別れの言葉も言えずに別離した二人の顔を思い出しながら、ルースは胸の内で謝罪した。



気長に付き合っていただけると嬉しいです


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