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生贄にされた英雄は我が道を行く ―ラスボスと歩む庶民道―   作者: 山海千歳
1章 ロメリア王国編

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002 【 辺境伯家三男 】

 濃い霧が立ち込めた樹海に一人の少年が静かに佇んでいた。

 木々が開け広場のようになった中央で黒髪の少年がやや腰を落とし、手にした片手剣を真横に構えた格好のままじっと固まっている。

 その微動だにしない姿は、傍から見れば石化の呪いに掛かってしまったのでは?と危惧するほどだ。

 広場には少年の他に、二体の魔獣が息絶えその屍を晒していた。

 全身を覆う鈍色に光る金属のような剛毛、鋭い爪が伸びた四つの前足、凶悪な相貌の眉間からは黒光りする角が伸びている。

 その姿は『四つ手』の通り名で人々から恐れられている魔獣――『一角魔熊』である。

 それは歴戦の戦士でも遭遇すれば死を覚悟し、心の弱い者ならば遠くに咆哮を聞いただけでも死に至るなどと実しやかに言い伝えられ、その名を恐怖と共に語られる魔熊なのだが――、一体は首を切断され、もう一体は眉間から後頭部へ抜けた刺突傷が致命傷となり、体長八メルテ(8m)の巨躯を大地に横たえている。

 「近づいてくる魔獣の気配は……ないかな」

 少年はそう呟くふぅと息を吐くと残心を解いた。

 そして、剣を一振りして刀身に残っていた血を払い、刀身に浄化の魔法を掛けた。

 黒髪の少年の名はルース、前世でこの世界へ召喚され『闇の獣』と戦った涼宮海斗の転生した姿である。

 同じ年頃の子に比べて成長が遅い上、そのあどけない顔立ちも手伝って、あと二年で成人(十五歳)する年だと言っても、きっと誰も信じないだろう。


 十三年前、海斗はクライスラー辺境伯家の三男、ルース・フォン・クライスラーとして生を受けた。

 三男とはいえ上位貴族、本来ならばそれなりに安定した人生を送れるはずなのだが、ルースが五歳の時にその未来は閉ざされてしまった。

 貴族家に生まれた子息子女は、五歳になると教会で洗礼を受けるのが習わしとなっている。

 その洗礼式では『運命石』と呼ばれる魔法具で個人の資質が計測されるのだが、ルースはその際、魔力無し、聖紋無し、の判定が司祭の口より告げられたのである。

 元々、ルースは不吉とされていた黒髪であったため生まれた瞬間から両親から疎まれ、抱いてもらったことすら一度もなかったのだが、その洗礼式の判定が決定打となってしまった。

 無能の烙印を押され、クライスラー家の姓を名乗ることを禁止された。

 そして、身分も平民となり、屋敷からも放逐されてしまったのである。


 「魔導式は良い感じで発動してるかな……でも流石に三つも魔化付与エンチャントすると燃費が悪すぎるなぁ……次の課題はコスパかぁ……まだまだ先は長いな」

 ルースは刀身に刻まれた魔法式を一通り確認してから慣れた仕種で腰の鞘に戻す。

 魔法式の効率化と新しく考案した魔化技術のおかげで、同じ素材ならば前世で作った物より数段優れた魔剣が作れるようにはなったが、そろそろ魔銀ミスリルを手に入れて実験したいところである。

 今後も継続して樹海の探索と素材集めが必要そうだ。

 〈これだけの力を持つ者を無能と称して放逐するとは……お主の親は余程見る目がないのじゃな……呆れるどころか、翻って失笑すらしてしまうぞ〉

 ルースの脳裏に声が響いた。少し甲高い子供を思わせる声音だ。

 声の主は前世でルース――海斗が熾烈な戦いを繰り広げた相手――『闇の獣』である。

 件の四人が『闇の獣』をルースの中に封印したのが原因で、転生の際にもおまけのように付いてきてしまったのだ。

 本人(本獣?)曰く、千年という時間と龍脈の力のせいで魂通しが完全に紐づけされてしまっているとのことだ。

 まぁ、話し相手には丁度良いし、いろいろと便利なので、ぼっちなルースとしては大変ありがたいのではあるが――。

 因みに彼?彼女?――どうも性別はないらしい――には『クロ』と名付けた。

 「ははは……僕には聖紋どころか、魔力が全くなかったみたいだからね、貴族の子供に有るまじき事だとか言って凄い剣幕で怒ってたし……プライドの高いあの人達には僕のような存在は許せなかったんだろうね」

 〈……お主、少々達観し過ぎではないか? 十三歳の子供とは思えん言なのじゃが……〉

 クロの呆れた声が脳裏に響く。

 「前世では24歳まで生きたから、ルースとしての年も合わせると37歳ってとこか……もしかせんでも僕って、すでにアラフォー?」

 〈そう単純な計算ではあるまい? 子供として過ごしたのなら、それが何十年だろうと所詮は子供じゃ……年齢や大人が云々言うのなら、ようは大人として過ごした時間がどれ程かであろう?〉

 「そういうところはさすがクロだね、積み重ねた知識の重みを感じるよ」

 普段の言動は子供っぽいけどね、と言外に込めるルース。

 〈ふふふっ、伊達に神代の頃から転生を繰り返しておらんわ、精々敬うが良いぞ――うん? お主から微妙に生暖かい感情が伝わってくるのだが……〉

 「ははは、気のせいじゃないかな」

 お互いの魂が深く繋がってはいても、伝えようと強く思わねば意志は届かない。感情は何となく伝わる位の距離感だ。

 「しかし、聖紋ってなんだろうね……何というか、前世のゲームみたいな感じがするんだよね」

 聖紋は神が地上の民に与えた贈りギフトと言われている。

 聖紋を授けられた者は魔法が使えるようになる、しかも簡単な詠唱と発動キーだけ唱えれば良いとのことだ。

 魔法の威力や強度は聖紋の大きさに依るとされており、手の甲のみは下級聖紋、腕の中ほどまである者は中級、肘まで聖紋が刻まれた者は上級となり、肩口までとなると特級とまで呼ばれるらしい。

 過去には胸や顔まで届く聖紋を授かった者がいたらしい。彼らは英雄と呼ばれ歴史書にその名が残っているとのことだ。因みにその英雄聖紋の保持者が今の世にも二人ほどいるらしい。

 戦士よりの聖紋は右半身に、魔法師よりの聖紋は左半身に刻まれる。

 聖紋の色も無属性は黒、聖属性は白といった具合に分かれている。因みに火は赤、水は青、風は緑、土は茶といった具合だ。

 〈我がお主の中に封印される以前は存在しなかったからのぉ、おそらくは創成神様が我の代わりに生み出した新しいシステムなのじゃろうなぁ〉

 クロの話によると、この世界は魔元素エーテルと呼ばれるもので構築されているらしい。

 物質を構築する源であり、且つエネルギーである魔元素は対流するようにこの惑星を巡っており、その流れこそが龍脈と呼ばれる存在なのだそうだ。つまるところ魔元素とは人の身体で例えるなら血液といったところだろう。

 生物は魔元素を体に取り込み、魔力――エネルギーに変換して活用している。

 生物によって使用された魔力は時間の経過とともに魔素と呼ばれる状態へ変質し大地へと吸収される。そして、吸収された魔素は龍脈へと集まり、再び魔元素へと還元され、龍穴や植物を通して地上へと巡るようにできているのだ。

 しかし、ここで問題となることが一つ、それは感情を持つ生物が魔力を使用した際、瘴気と呼ばれるものが生じてしまうことである。

 怒り、憎しみ、悲哀、妬みなどといった負の感情が込められた魔力が瘴気を生み出してしまう。

 そして、魔力によって生じる瘴気は負の感情の強さに比例するらしい。

 瘴気は魔獣を生み出し、魔獣は感情を持つ生物を滅ぼそうとする。

 そういった連鎖するシステムが出来上がっているのだ。

 だが、この連鎖システムも数百年に一度程のペースで崩れてしまうらしい。

 その調整を行っているのが『闇の獣』と呼ばれる存在であるのだ。

 『闇の獣』は還元しきれない瘴気を一身に取り込み、強大な力で感情を持つ生命をこの世界から間引き、自身が討滅されることによって瘴気を浄化していたらしい。

 思わず、内心で 「閏年みたいな奴だな……」と零してしまった。

 とどの詰まり、『闇の獣』に善悪はなく、純粋に世界を浄化する最終調整システムなのだが――闇の獣であるクロは、今現在そのシステムから解放されてしまっている。

 それを補填するための新システムが聖紋なのだと、クロは言う。

 聖紋というシステムの存在が魔力の消費量を抑制しているではないか、というのがクロの考えだ。

 貴族社会を早々に追放されてしまったので、聖紋に関しては良く分からないのだが――。

 「不思議なのは魔力のないはずの僕が普通に魔法を使えることだよね……バグみたいなものかな? それとも女神様が言ってた加護のおかげ?」

 洗礼の際に、魔力無しと告知されたのだが、前世で学んだ魔法はルースの身体でも問題なく発動している。

 しかも、いくら魔法を使用しても今のところ魔力欠乏になった事は一度もないし、発動する効率、速度、強度なんかは逆に格段に良くなってさえいるのだ。

 〈……本当に今更じゃの……お主が使っているのは魔元素エーテルそのものじゃ、言い換えれば神力と道義じゃのぉ〉

 「へっ? 何そのチートチックな単語……すっごく嫌な予感がするんだけど……またぞろ、魔王を倒してくれとか言われないよね?」

 もう前世のような目に合うのはこりごりだ――英雄も権力者達もノーサンキューである。

 目指すのは平穏なスローライフ、趣味に没頭する平和な日常である。

 あとは世界中を旅行して回りたいといった願望くらいだろうか。

 〈くっくっくっ、神に匹敵する力を秘めた隠遁者か……面白いではないか、我は好きじゃぞ? そういうのは――くっくっ、お主に封じてくれたあの四人には感謝せねばならんのぉ〉

 さも楽し気にクロが笑う。

 他人事だと思ってとルースが内心でぼやいた。

 

 ともあれ――。

 「樹海に籠ってそろそろ一週間くらいかな? 実家の様子も気になるし、一度顔を出しておこうかな……気が進まないけど」

 実家といっても、ルースが住んでいるのはクライスラー家の屋敷ではない。

 領都郊外にある民家に一人で住んでいる。

 元々は使用人を引退した老婦人の家で、五歳の時に屋敷から追い出されたルースは彼女に引き取られ、ずっと面倒をみてもらっていたのだが、その老婦人も二年前に老衰でなくなってしまい、それからはずっと一人暮らしである。

 なので家に帰っても出迎えてくれる家族は誰もいない。

 ただ月に一度、クライスラー家の使用人が生活費を届けにくるのでその時は家にいないと拙い。

 現状生活費には困っていないのだが、その使用人に近況を報告する必要があるからだ。

 大方、放逐した庶子が不祥事を起こさないように、当主から監視の役でも与えられているのだろう。

 ルースは魔法を発動させ、一角魔熊の亡骸を次元収納へと収める。

 そして、踵を返すと重い足取りで霧の立ち込める樹海を後にした。



 ルースが家に帰った次の日、普段よりも二日ほど早くクライスラー家の使用人が訪ねてきた。

 戸口で出迎えると、そこにあったのはいつも訪ねてくる中年のメイドの姿ではなく、スーツに身を包んだ壮年の紳士だった。

 「クライスラー家の家宰が直々に訪ねてくるなんて珍しいですね……何かお気に召さないことを僕がしましたか?」

 こうして会うの数年ぶりだが、全く変わっていないので間違えることはない。

 クライスラー家の懐刀――家宰を務めるアーロンだ。

 「……いえいえ、そのような事はありません」

 皮肉の言葉に一瞬ピクリと眉を動かすが、流石はやり手と名高いクライスラー家の使用人だ。

 すぐさま取り繕った笑みを浮かべる。

 「以前お会いしたのは五年程前でしたかな……随分大きくなられましたね、見違えましたよ……まぁ、変わらぬところもあるのですぐに貴方だと分かりましたが……」

 表情にこそ出さないが、その瞳には黒髪に対する忌避感と、クライスラー家を追い出された無能者への侮蔑の色がはっきりと宿っている。

 「見違えたと言うのなら、それは僕を育ててくれた婆やのおかげですね、彼女にはいくら感謝してもしきれません……育ててくれた恩も返せず、彼女が亡くなってしまったのは本当に残念です」

 皮肉一割、本音九割で返すと、アーロンの眉が再びピクリと動く。

 「……確かに貴方の面倒をみたのはローナでしょう……ですが、それも含め全ては御当主様の温情のおかげでありましょうな」

 引退したローナに預けるよう指示したのも、日々の生活費を与えているのも伯爵なのだから、感謝するなら伯爵に感謝するべきだと言いたいらしい。

 こういうやり取りは心がささくれ立つだけなので、さっさと終わらせるべく話を戻すべきだろう。

 「それはそうと、アーロンさんが直々に来たのはどんなご用件で?」

 まだ何か言いたそうな素振りだったが、余程大事な用件なのだろう。

 それ以上の追及は諦め、咳払いをひとつしてからゆっくりと話を切り出した。

 「明日の朝、屋敷へ出頭せよとの御当主様の命令です」

 「父……いえ、伯爵様が平民の僕にいったい何の用事があるんですか?」

 「私には分かりかねますね、ただ貴方を屋敷に連れて来るように命じられただけなので……」

 その表情を伺うに、事情に心当たりがありそうなのだが――どうやら彼にはそれを話す気がないようだ。

 「分かりました……出頭せよとの仰せ、承知しましたと伯爵様にお伝えください」

 そう応えると、家宰は諸注意だけを手短に述べ、用は済んだとばかりにさっさと帰って行った。

 (はぁぁ……面倒事じゃなきゃ良いけど……)

 〈……十中八九面倒事じゃろうな〉

  クロの言葉を聞きながら、早いとこ成人して伯爵領を出て行きたいなと、ルースは大きな溜息を吐いた。


 翌朝、ルースが身支度を整えて伯爵邸を訪れると、屋敷の前に見知った人物が待ち構えていた。

 背後には傍仕えのメイドの姿がある。

 「よう、無能の平民!」

 居丈高に宣い、ポーチの階段を下りてくる金髪の青年――ルースの六つ年上の兄、辺境伯家長男のラムスだ。

 ラムスは少々目つきはキツイが整った顔立ちに恵まれた体躯をしている。

 上級聖紋を見せ付けるように、御丁寧に袖の短い服を着ている。まだ肌寒い季節だと言うのに何とも御苦労なことだ。

 軍大学を卒業して帰って来ているらしいとは風の噂に聞いていたが、こんなにも早く再会するとは思わなかった。


 元々、五歳まで屋敷の離れに住んでいたルースは家族との面識は殆どない。二人の兄に会ったことも数えるほどしかなかった。

 しかし、ラムスとは三年前のとある事件で再び巡り合うこととなった。

 それは足の悪いローナの代わりに、ルースが食材の買い出しに領都の市場へ赴いた時のことだ。

 護衛の騎士を連れたラムスが行商人の青年を相手に騒ぎを起こしているところに偶然出くわしたのである。

 ルースが人込みから顔を覗かせてみれば、不当な値段で、しかも紛い物を売ろうとしたなど言って、ラムスが行商人の青年を相手に断罪している真っ最中だった。

 それが本当の事なら不法商売なのだろうが、周囲の囁き声や様子をみればどちらに非があるのかは一目瞭然だった。

 傍の声を拾う限り、どうも青年の言い回しに腹が立ったラムスが、権力を傘にあることないこと言い掛かりをつけているのが真相のようである。

 当初、関わらないようにしようと踵を返すルースだったが、ラムスが腰の剣を抜き、あわや刃傷沙汰の様相を呈し始めては、見過ごすこともできなくなってしまった。

 人死にが、それも実の兄がその加害者となれば流石に黙ってみてはいられない。

 仕方なく介入することにしたルースだったが――問題はその場をどう治めるかだ。

 ラムスをボコボコにするのは簡単だったが、それでは後々拙いことになってしまうのだ。

 そこで――

 「このような騒ぎを起こせば伯爵家の家名に傷がつくのでは? お父上に叱られるのでは?」

 とラムスの不安を煽り――

 「少々の罪など許してこそ誇り高い貴族なのでは?」

 と持ち上げて逃げ道を作り――仕上げに騎士道を褒めそやして、護衛の騎士も味方に引き入れ、暴走するラムスを宥めた。

 策は効を奏し――

 「今日のところは見逃してやる、誇り高く寛大なクライスラー家に感謝するのだな」

 などと、ラムスが青年に捨て台詞を吐いて得意げに去って行ったのだが――。

〈お主が止めずとも、あの共の騎士が止めたであろうな……もしかしたら、先の騒動には子息の社会勉強といった意味合いもあったかもしれぬのぉ〉

 騒動のすぐ後で、クロがボソリと呟いた。

 〈平穏な生活を、などと御大層に宣っているわりに、自分から騒ぎに首を突っ込んでいるのは何かのフリかのぉ……お主は本当に見ていて飽きぬわ……わははっ〉

 などとディスられて頭を抱えたのを今でもはっきりと覚えている

 止めとばかりに、後になってルースの正体が護衛の騎士の口から漏れたらしく――以来、こうして事あるごとにラムスが突っかかって来るようになったのである。

 「そのような貧相な身なりで伯爵家の門を潜れるなどと思わぬことだな、屋敷に入りたいと申すならば俺に……」

 「そうですか……それならば、見すぼらしい格好だったので、御自分の独断で当主が招聘したルースを追い返しました、とラムス様の口から御当主様にお伝えください」

 皆まで言わせず、言葉を覆い被せると、ラムスがキョトンとした表情を浮かべる。

 言質は取ったから自分に非はない、メイドという証人もいる、それに嘘を看破する魔法具もあるのだから全く以って没問題モーマンタイだろう。

 「それでは失礼します、アーロンさんにもよろしく伝えておいてくださいね」

 さっさと退散しようと踵を返すと、柱の陰で様子を伺っていた家宰が慌てて飛び出してきた。

 「お、お待ちをルース……殿……王都より使者が参っているのです、それをされては伯爵家の立場がっ!」

 沈着冷静で有名なアーロンにしては珍しい程の慌てようである。

 〈くくっ、王都よりの使者とは……なんぞ面白ネタの予感がするのぉ〉

 クロの楽し気な様子に思わず舌打ちをするルース。

 いっそ、このまま帰ってしまえば多少なりとも気が晴れるだろうが、その結果として自分が指名手配される未来しか思い浮かばない。

 まぁ、そうなったらなったで国外へ逃亡するだけなので大した問題ではないのだが――。

 「でしたら、使者様に対して失礼にならないような衣装を貸していただけますか? 僕はこんな服しか持っていないので……」

 「す、すでに礼服は御用意してあります」

 だったら、詰まらない嫌がらせに手を貸してないでちゃんと仕事をしようよ、有能な家宰なんだからさぁ、とルースは内心で不平を零した。

 〈くくっ……ふははっ……はぁぁ、愉快愉快……腹が痛いわ〉

 何が楽しいのか、クロはさっきから笑い通しだ。

 こっちはイライラしているというのに――。


 メイドの案内で礼服に着替えたルースはアーロンについて伯爵の執務室を訪れた。

 「御当主様……ルース……殿をお連れいたしました」

 ノックの後、家宰が声をかけると厳めしい声が返ってくる。

 「……入れ」

 アーロンが手慣れた仕種でドアを開けて中に入り、一歩引いてルースに入室を促す。

 ルースが中に入ると、実父――ガリウス・フォン・クライスラー辺境伯が執務机に座り、書類に目を通していた。

 武勇で名高いだけあり、その体躯はガッシリとしており、頬には古傷が残っている。

 直接会うのは八年ぶりだが、記憶の中の相貌と寸分と変わっていないようだ。

 「アウグスト陛下の名代としてワーレン子爵殿が当屋敷に参っておる」

 アーロンが扉を締め、傍らに控えるのを待ってから、ガリウスが徐に口を開いた。

 口頭一番本題を切り出す辺り、放逐した子供相手に世間話をする気すらないのだろう。

 「理由は分らんが……ワーレン卿はお前の同席を私に求めてきた」

 手にしていた書類を机に置き、鋭い視線を向けてくる。

 「その際、お前には一切の発言を禁止する、使者殿に何か尋ねられたら、委細全て私に任せてあると応えよ」

 「……かしこまりました」

 その返答を聞き届けると、ガリウスは脇に控えていたアーロンに使者を応接室に案内するように申し付ける。

 そして、付いて来いと一言残し、あとはルースの方を振り返りもせずさっさと執務室を後にして去っていく。

 〈親子の関係がどういったものか、我は知識としてしか知らぬが……そんな我でもあの態度はいただけぬと感じるぞ……〉

 クロの言葉に、少しだけ――そう、少しだけ寂しい思いがルースの心を締め付けた。

気長に付き合っていただけると嬉しいです


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