026 【 それぞれの思惑 ロイド 】
「それでは……報告を聞かせてもらおうか」
両手をテーブルに置くと、ロイドは徐に口を開いた。
対面には商人風の出で立ちをした人物が座している。
年の頃は二十代後半、これと言った特徴のない印象の薄い青年だが、その正体はロイドお抱えの密偵である。
ただ密偵と言っても、男はギルドに加盟しているれっきとした商人であり、実際に商売もしている。
今二人が居るこの部屋にしても、商談などに使われる商業ギルドの個室で、商談という名目で男が手配したものだ。
「二番目のお嬢様ですが……領都の支店を縮小したようで人員を大幅に減らしました、移転先は隣領らしく、ロンドベルで盛んに活動してます」
その言葉にロイドがピクリと反応を示す。
「ほう、ロッツハルト領ですか……」
「……はい、おそらく銀の兎の目撃情報に踊らされたのかと……」
二番目のお嬢様とは第二王女の事であり、銀の兎とは狩猟者カイトを指す隠語だ。
「その様子なら兎の出所は明らかになっていないようだね……」
「断言は出来ませんが、未だに狩猟ギルドに人員を割いているところを見るに兎の毛皮は剥げていないかと……」
ルースが王都へ引っ越したタイミングと結びつけられないよう、偽の目撃情報を流し、ギルドに手を回してダミーの商取引なども公開してみたが、どうやら功を奏しているようだ。
たた、ロッツハルトに関してはロイドの策ではない。
おそらく、あの者の仕業だろう。
「ロンドベルはどういたしましょう、人員を派遣しますか?」
「そちらは何かあった時のために、連絡要員だけ配置しておけは良いでしょう」
「畏まりました」
第一王女と思われる密偵も動いているようだが、そちらはどちらかというと妹君の動きを監視している素振りがある。
「それで王都は……黒兎の方はどうですか?」
「二番目のお嬢様が二度ほど接触しましたが、ごく短時間で親密と呼べるような扱いは受けておられないかと……ただ一番目のお嬢様の所へは頻繁に出入りしているようですが……」
その台詞にロイドは頭を抱える。
いったい、どうすれば第一王女と面識を持ち、挙げ句頻繁に出入りするような間柄になれるのだろうか。
重症を負ってからこの方、かの王女は社交界から完全に身を引き、親交がある貴族などほぼ皆無な状態なのだ。
ロイドとて八年前に一度挨拶を交わして以来一度も会ったことはない。
会おうとしても会えるような御仁ではないのだ。
「本人には【あるばいと】なることをしていると聞いたよ」
「……あるばいと……ですか……それはいったい何を意味する事なので?」
その問いにロイドは首を振る。
「ふふっ、秘密だと言われてしまったよ」
「かの方の屋敷は……鼠一匹入れぬ故、我々には……」
申し訳なさそうに青年が頭を下げる。
「そちらは無視して構わない……下手に手を出して竜の尾を踏んでは元も子もなくなってしまうからね」
この短期間でルースの正体が露見しているとは思えないが――。
(しっかりしているようで、あれは脇が甘いからな……せめて私が嫡男の立場にあればもう少し強引なやり方も出来るのだが……)
今は様子を見る外に手の打ちようがない。
「ところで、ひとつつかぬ事を尋ねるが……兎の周りに黒髪の少女の姿を見掛けはしないか?異国の衣装を纏った獣人の少女なのだが……」
その言葉に青年が視線を上げて考え込む。
「獣人の少女ですか……交遊関係は全て把握していますが、その様な者は見掛けたことはありませんね……黒髪ならばかなり目立つので見落とす事はまずあり得ないと思いますが……念のため、部下全員に確認を取りますか?」
「いや、良い……そこまで気にする必要はない」
そう答えたものの、黒髪の少女の存在は第一王女以上に厄介な案件である。
一度だけの邂逅だったがそれははっきりと感じた。
遺失したとされる転移の魔法を操る神出鬼没の少女……彼女が放つ魔力はこちらが重圧を感じるほど濃密だ。
深い知識を感じる言動然り、漂わせる雰囲気然り、見掛け通りの年齢ではないのだろう。
ともすれば、人ですらないかもしれない。
(ミリアリア殿下然り……どこでどう知り合ったのやら……)
我が弟の事ながら、頭が痛くなってくる。
せめてもう少し自重せよと言いたくなる。
(親しそうなのは、幸いと言うべきなのか……)
彼女の言動から察するに、親しい間柄なのは間違いない。
(こちらも様子見しかないとは……つくづく自分の無力さを痛感させられるよ)
ハァ、と大きくロイドは溜め息を吐く。
そして「また、胃が痛くなりそうだな」とそっとこめかみを押さえた。
気長に付き合っていただけると嬉しいです




