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生贄にされた英雄は我が道を行く ―ラスボスと歩む庶民道―   作者: 山海千歳
1章 ロメリア王国編

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022  【 ローグ商会とゼム 】

 一週間後、再びクライスラー領を訪れたルースはトトと合流し一路ロッツハルト領を目指すことにしたのだがーー

「……何でクロはロッツハルト領の座標を知ってるの? 僕たちここへ来たことなんて一度もないよね?」

 目の前にはロッツハルト領の領都であるロンドベルの城壁が聳え立っている。

 当初、ロッツハルト領へは馬車を使うか、ゲートを使って来るつもりでいた。

 ゲートを使う方法については探査魔法で座標を取得してゲートを開いて移動、再び座標を取得して再度ゲートを開くといった手法なのだが――

 探査魔法の効果範囲が最大で数キロ程、なのでクライスラー領から凡そ五百キロほど離れたロンドベルまでとなると百回近くこれを繰り返す必要があるのだ。

 それを告げると、クロが「ならば我が直接ゲートを開いてやろう」と言い出し、腕輪を使ってゲートを起動して一瞬でここロンドベルに辿り着いたという訳なのだ。

「こ、細かい事を気にするでない……この依り代を得てから気晴らしにあちこち出歩いておったでな……まぁ、たまたまじゃ、たまたま」

 クロがちょくちょく散歩に出歩ていたのは知っていたが、まさかこんな遠くまで足を運んでいるとは思わなかった。

 自分とずっと一緒というのも退屈だろうし、ルースとしてはそれを咎めるつもりは更々ないのだが――

「僕だって色んな所へ行ってみたいんだからさ、遠くまで遊びに行くって言うなら、誘ってくれても良かったんじゃないかな」

「……わ、分かったのじゃ……次は誘う、誘うからそんな恨めし気な目で我を見るでないっ!」

 クロと問答を交わし、一段落して同行者へ目を向けると――トトが呆けた顔で城壁を見上げている。

「ここ……ろんどべル、なぜ……おいラ……くらいすラ、いタ」

「それはクロ……そこの娘が持ってる魔法具の能力のお陰だ」

 カイトモードのルースはトトに現状を説明し、すべて遺物と呼ばれる魔法具よるものだと言い聞かせる。その際、他言無用だと念を押すことを忘れない。

 遺物はともかくクロが魔法具を使った事に関しては間違いはないので嘘は言っていない。

 ともあれ、時間に余裕もないので三人でトトが住んでいたというスラムへと足を運ぶことにする。

 トトの無事を彼の仲間に伝えてあげたいし、彼等に会えれば新たな情報を得る事が出来るかもしれないからだ。

「……なかま、いなイ……」

 しかし、トトが住んでいた小屋には人の姿はなくもぬけの殻だ。

 しょんぼりと肩を落とすトト。

 ただ人が住んでいる形跡はあるので単純に留守の可能性が高い。

 その事を説明して、トトには小屋に残って留守番をするように頼む。

 そして、ルースはローグ商会の場所を確認してからクロと一緒にそちらに向かうことにした。

「あの四階建ての建物がそうみたいだね」

「ほう、辺境にしては大きな店じゃのぉ……あの建物だけ王都にある店のようじゃ」

 道すがら集めた情報によれば、ローグ商会はロッツハルト領で一、ニを争う大店らしい、領主とも懇意にしておりかなり力を持っている商会のようだ。

 ともあれ、早速調査開始である。

 お馴染みの探査魔法を起動して建物を上層から下層まで順繰りに調べていく。

「一階から三階が店舗で四階は職員専用ってとこかな? 裏にあるのは倉庫のようだね」

 オープンスペースにはお客と思しき魔力が沢山あり特に一階に集中している。四階には殆ど人が居らず豪華な応接室の隣にある執務室に二人ほど反応がある、おそらくそのどちらかが商会長だろう。

「鼠人族の子供は居ったのかや?」

 地階はなく、倉庫に関しても別段怪しいこところは見られない。王都でよく見かける商会とさほど違いはない。

「うーん、地下室みたいなものはないし……四階にも商会の人以外は誰もいないみたいだ」

「我が乗り込んで商会長を締め上げてこようか?」

 さも当然そうに物騒な事を宣う黒髪の幼女。

 小首を傾げる愛らしさと台詞のギャップが激し過ぎる。

「……もし商会の人が白だったらどうんすんのさ……ゼムって男は確定で黒だろうけど」

「ならばどうするのじゃ? 我が忍び込んでこようか?」

 そう言うや、クロの身体が一瞬燐光を放ち、みるみる縮んで子狼の姿に変じてしまう。

 確かに子狼の姿なら目立つことは少なく侵入も容易い事だろう、ただ――

「も、もふもふだ……反則じゃないかな、この手触りは……」

 手を伸ばしてそっと撫でれば、艶やかな毛並みが指の間をスッと通り抜けていく。耳回りはフワフワと柔らかく何とも心地いい手触りだ。

「ハッ……た、たわけっ! 気安く我を……な、撫でるでないっ! 撫でるでないわぁっ!」

 ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしていたクロが、我に返り威嚇するようにうなり声を上げる。

 ――Gururu……

「ごめんごめん……つい可愛かったから反射的に撫でちゃった」

 更に低いうなり声を上げ一歩下がるクロ。

 しかし、何故か尻尾はリズミカルに左右に振られている。

 これ以上いろいろ言うとヤバそうだと感じたルースは話を戻す。

「取り敢えず、クロが忍び込む必要ないよ。実はこんな時のために新しい魔法式を開発しあるんだ」

 そう言ってルースは新しく開発した魔法を披露する。

 ただ新しくといってもゲートの魔法を少し改変して、各所に専用の魔法式を組み込んだだけの簡単な魔法であり、改まって言うほど御大層なものではない。

 ――ブン

 低い電子音に似た音と同時に虚空にモニターが浮かび上がり、画面に見たことのない光景を映し出される。

 それは離れた場所の空間と空間を繋ぎ合わせ、繋いだ先の音と映像をもう一方に映し出す魔法――つまり監視カメラである。

 魔法の構造自体はゲートと何ら変わりなく、ゲートが移動目的の門のようなものとするなら、これは繋いだ先の空間を眺めるための窓のような物だ。

 もちろん、ゲートのような双方向ではなく、片方がカメラの役割を果たし、もう一方が出力を担うモニター画面の役割を果たしている。

「ゲートと区別するためにウィンドウって名付けようと思うんだけど、どうかな?」

「………………」

 黙り込む子狼に首を傾げると――

「お主……犯罪に使うでないぞ? 覗きとか…………」

 ジト目でルースを見詰める闇の獣(子犬バージョン)。

「そ、そ、そんなことに使う訳ないじゃんっ! バカだなぁ」

 思わず想像してしまい後ろめたい事など何もないというのに挙動不審になってしまう。

 結局、ウィンドウの使用については日常では使わない事、使用に際してはクロの許可を得る事など、幾つかの使用制限を設けられてしまう――解せない。

 ともあれ、気を取り直してローグ商会の監視を始めたのだが――

「特にこれといって怪しい会話もないね……というか普通だね、何だが僕たちの方が悪い事をしているみたいだよ」

 虚空に浮かぶ画面には執務室で業務を行う商会主と思しき男が映し出されている。

 今は一人だが、先程までは番頭を相手に商売に関するやり取りをしていた。

「まぁ、そんなに都合が良くいくわけないよのぉ」

「そうだよね、漫画やドラマじゃあるまいし、そんなご都合主義的な場面に出くわすわけないよね、普通……」

 一時間ほど粘ってみたものの、これといった情報はなく、念のため建物中をウィンドウで覗いてみたが何の成果も得られなかった。

「ずっと張り込んでるのも疲れるし、ギルドの方に顔を出してみようか」

 魔法バッグからつい先日作ったばかりの魔法具を取り出し、起動してあったウィンドウの魔法と同期させる。

 次元収納や魔法バックに入れてしまうと同期が切れてしまうので目立たない場所に設置して念のため見つからないようにカモフラージュの魔法をかけておく。

「何じゃ、その筒状の代物は……?」

「フッフッフッ……これは審査会に出品するために作った音を記録する魔法具だよ、ワトソン君」

「わとそん、とは誰のことじゃ?」と問い返すクロをスルーして魔法具について説明して聞かせた。

 所謂ボイスレコーダーだが、先日アルラウネに素材を分けてもらえたので捜査に必要になると思い急いで完成させた物だ。

「つまりはその魔法具があれば、ずっとここに居る必要はないというのじゃな?」

 それに頷き返し、善は急げとギルドに足を運びゼムに関する情報集めを行ったのだが――


「収穫ゼロじゃったな」

 大きな木箱の上に腰かけた格闘娘があっけらかんと宣った。

「ぜム……いなイ? こども、イた?」

 心配そうに尋ねてくるのは鼠人族のトトだ。

 彼の両手には食べ物が詰まった袋が抱えられている。

 お腹も空いてきたし、一度戻って相談しようとスラムに戻って来たのだ。

「今のところはだけど、ローグ商会に怪しいところはなかったかな」

 ロールプレイを早々に諦め、今のルースは素の口調である。

「トトよ……ほんに、ローグ商会で間違いないのじゃな?」

 クロの言葉にトトが頷く。 

「ろーぐノひと、いっタ……しごト、やる……こどモ、あずけル、イった」

 トトの話によると、最初にローグ商会に仕事の斡旋をしてもらったらしい。

 その時、子供が邪魔になるから預けるように言われ、大店の商会ということもあり何の疑いも持たずに従ったのだそうだ。

 しかし、いざ仕事をしてみれば危険な樹海の探索に駆り出され、挙句の果てに賃金すらも払ってもらえなかったらしい。

 文句を言おうにも子供を人質にされ逆らえなかったのだと言う。

「クズだね」

「クズじゃな」

 取り敢えず、トトに屋台で買ってきてもらった料理を三人で平らげ気を取り直して午後の行動を相談する。

 その結果、三人で一緒に動くのも非効率だろうということになり、分かれて情報を集めることで意見がまとまる。

「我は領主の方を見てこようかの、何か新しい情報が得られるかもしれぬしのぉ」

「確かにローグ商会と懇意にしてるみたいだけど……大丈夫なの?」

「別に襲撃するわけでもなし、ちょっと覗いてくるだけなのじゃ、心配するようなことは何もないじゃろ?」

 確かにそうなのだが、一抹の不安を覚えるのは気のせいなのだろうかと、ルースは悩む。

「おいラ、ぎるど、いク……ぜム、くるカ、みル」

「じゃぁ、僕は続けてローグ商会を見張ることにするよ」

 仕方なくそう言って二人に頷き返す。

 そして、何も情報がなくても夕刻にはこの場所に帰って来る事を確認してからそれぞれ行動を開始したのだが――。 

 結局、何の成果も得られず捜査一日目が終了してしまった。

 得られた情報といえば、クロが持ち帰った領主が希少な魔獣の素材を買い漁って王都へと輸送しているという関係があるかどうか分からない情報のみだった。

 取り敢えず、ゼムが戻ってきてから行動を決めようという事で話はまとまり、適当に屋台で買って来た物で食事を済ませ、その日はトトたちの小屋で眠りについた。

 翌朝――

「yetyweitoo、sody、otep」

「oaito、ires……kdhgoo、doko!」

「iosud……goap、or、oppg!」

 聞こえてくる喧騒に目を覚まし、小屋から出てみると、数人の鼠人族が抱き合っているのに出くわした。

 顔の判別は出来ないが、服装からして輪の中央で他の四人に抱き着かれているのがトトのようだ。

「トト、もしかしてその人達が君の言っていた仲間なのか?」

 ルースが声を掛けると、トトがコクコクと頷き他の四人が一斉にルースを見詰めてくる。

「なんじゃ、騒がしいのぉ」

 欠伸をしながらクロも出てくる。

「なかマ、ぶじ……おいラ、うれシい」

 涙目のトトが言うと他の四人が頭を下げて礼を口にする。

「かいト、しゃん……かんシャ」

「ありがど」

「れい、すル」

「かンしゃ、しテる」

 その光景はなんともコミカルで微笑ましい、一瞬どこぞの遊園地にでも迷い込んでしまったのではないかと思ってしまう。

 ともあれ、外で立ち話も不味いと思い小屋の中に移動して四人の話を聞くことした。

 ちなみに、仲間の四人なのだがトトの兄夫婦の二人と、トトの恋人とその兄という構成らしい。

 三人の子供は兄夫婦の子で、トトの甥っ子二人に姪が一人とのことだ。

「じゃぁ、ゼムはギルドへ寄ってからローグ商会へ行くって言ったんだね?」

「ぎるド、いく……いっタ」

「ろーぐ、イく……おいらタち、じゃマ、いっタ」

 ギルドの座標にウィンドウを開いてみると、ホールにゼムらしき狩猟者の姿ない。

 虚空に浮かぶ画面に驚く五人を宥め、確認してもらったがやはりギルドにゼムの姿はなかった。

 それならばとローグ商会へウィンドウを繋げてみると、タイミング良く執務室に商会長のザリウスとゼムと思しきフードの男が入って来るところだった。

「それで、今回の収穫はどうだったのだ?」

「だめですぜ、ここんとこ魔獣が活発になってやしてあまり奥地には行けねぇんでさぁ」

 商会長のザリウスがピクリと眉を動かして言う。

「魔獣の件はわしの耳にも入っているが、そんなに酷い状態なのか?」

「酷いかどうか、俺にはなんとも判断できやせんが……魔獣に遭遇する回数が普段より増えているのは確かでさぁ……つい先月もヤバい奴に出くわして鼠を一匹ダメにしちまいやしたからね」

 ゼムの言うダメにした鼠とはトトのことだろう、ルースは怒りのあまり拳を握る。

「奥地の希少品が手に入らぬのでは、また領主様のお叱りを受けてしまうではないか」

 ザリウスが頭を抱え溜息を吐く。

「しかし、旦那……領主様は何でそんなに躍起になって樹海の素材を集めてるんですかい?」

「うむ、それなのだが……サムソン様の弟君が王都の技術研究所におられるのだ、何でも近々王都で開かれる祭典で研究成果を発表されるそうで、急ぎで希少な素材が必要らしい……」

「あぁ、それで領主様は魔獣素材を買い漁ってたんですかい、ギルドの掲示板にもそれらしい依頼が幾つかありやしたぜ?」

「先日お前が手に入れてきた結晶も弟君に送られたらしい」

「あぁ、鼠の奴が泉で拾って来たあの赤い奴ですかい?」

 隣でその会話を聞いていたクロが「ビンゴじゃな」と言って目を細める。

 それから三十分ほど、ゼムが執務室を去るまで監視していたのだが、鼠人族の子供に関する会話はなかった。

「取り敢えず、ゼムという男については真っ黒なのは確定なのじゃから、捕まえて締め上げれば良かろう?」

「……そうだね……」

 ルースが言葉少なく返事をすると、クロが――

「ルースよ……少々怖い顔になっておるぞ? お主の気持ちは分からんでもないが、もうちっと心を落ち着かせぬか、トトたちが怖がっておるぞ?」

 その言葉に振り返ればトトたちがへたり込んでブルブルと震えている。

「「「「「…………っ‼」」」」」

 身を寄せ合って抱き合い、五人ともこの世の終わりの如き表情だ。

「お主、気付いておらんようだから言うが、感情が高ぶると凄まじい圧の魔力を放っておるぞ?」

「えっ? でも僕には魔力がないはずじゃ……そもそも五元魔法だってこの腕輪がなければ使えないわけで……」

「はぁぁ……体内に魔力はなくとも、平然と魔元素から魔力を練り上げて魔法を行使しておるではないか……今更ではないかのぉ」

 全くもってその通りなのだが、ルースにしてみれば前世の感覚で魔法を使っているのでその辺の所は自分でも良く分かっていない。

 何の問題もなく魔法が使えていたので深く考えずにいたというのもある、それに出来ているから出来るとしか自分でも説明出来ないのだ。

「まぁ、追々自覚していけばよかろう……自分がどういう存在なのか含めてのぉ」

 意味深なクロの言葉に、先日アルラウネと交わしていた二人の会話が思い浮かぶ。

(うん、やっぱり深く考えない事にしよう……いやな予感しかしない)

 二人の会話に出てきた不穏な単語の数々を頭から振り払い、今はトトたちの子供を救出することに全力を尽くそうと決心した。



― side クロ ―


 ――時を遡ること数刻前……

 ゆったりとしたソファから身を起こすと、豪奢なインテリアが目に飛び込んでくる。

 調度品はどれも一級、壁に掛けられた絵画や置物は素人目に見ても高級品に思える。

 クロは菓子を摘まんで口に放り込むと、茶を啜ってカップをテーブルに戻した。

 ――コンコン

 ノックの音が響き、戸口の脇に控えていたメイドが応対する。

「まもなく、ご当主様がお見えになります」

 ほどなく、騎士を一人従えた壮年の男性が姿を現した。

「おぉ、これはカイト殿、壮健なようで何よりだ。先月の晩餐以来であるな」

 彼の名はサムソン――ここロッツハルト領を治める伯爵家の当主である。

 年は四十代後半、細身の偉丈夫で武芸の心得があるのは一目瞭然だ。

「伯爵様におかれましても御壮健なようで、お慶び申し上げる」

 カイトの姿に扮したクロが立ち上がり腰を折って挨拶を述べると、伯爵がツカツカと歩み寄りその肩を叩く。

「ハハハッ、伯爵様などと他人行儀な事を申すでない、貴殿には名前で呼べと言ったであろう?」

 お互いにソファに腰を落ち着ける。

 そして、しばし世間話を経た後、伯爵が改まって口を開いた。

「して……先日の話は受けて貰えるのかな?」

「我……私はしがない狩猟者にすぎませぬ……私のような無頼漢が騎士になるなど分不相応……それに私は自由な身を何より好んでおります故、不躾ながら臣下になるお話はお断りさせて頂きます」

 残念そうに肩を落とす伯爵、それにクロが言葉を足す。

「しかしながら……ロッツハルト領に危機あらば、他の何をおいてもサムソン様の元に馳せ参じましょう」

 伯爵の眉間がピクリと反応する。

「……それは貴殿が拠点とするクライスラーの地に危難が有ろうと当地を優先して貰える、そう捉えても良いのかな?」

 クロが無言で頷くと、伯爵の顔に笑みが浮かぶ。

「騎士の件は残念だが、貴殿のような豪の者が味方になってくれるとあらば正に百人力よな、心強い限りだ」

 サムソンが膝を叩きながら振り返れば、控えていた筆頭騎士がそれに大きく頷き返す。

「ハハッ、カイト殿の腕前はこの身を以て承知しております故、その意見には全面的に賛同致しますぞ」

 先日、余興にと模擬試合をした壮年の騎士が豪快に笑いながら賛同を示す。

 お上品な中央と違い、辺境は武を重んじる気質が強いようだ。

「しかし、何故その様に武芸者を集めておられるのですかな? 配下の方々はかなりの腕前とお見受けするが?」

 クロの褒め言葉に気を良くした伯爵がひとしきり笑った後「ここだけの話にして貰いたいのだがな」と前置きした後、少し身を乗り出して続ける。

「私は近々氾濫が起こるのでは、と考えているのだ」

 氾濫――それは魔獣が縄張りを離れ周辺へと溢れだす自然災害である。

 場合によっては数千にも及ぶ魔獣が大挙して押し寄せるので魔獣暴走(スタンピード)と呼ばれることもある。

「氾濫とは……それはまた剣呑なことじゃ……ゴホンッ、ですね」

 伯爵曰く、ここ数ヵ月ほど魔獣が活発になっているらしい。

(ふむ……アルラウネの件が絡んでおるやもしれんのぉ)

 瘴気を浄化していたアルラウネが進化の眠りに着いたのは丁度数ヵ月前の事だ。

 ドライアドに進化出来ていれば何も問題はなかったのだが、何者かに魂結晶を奪われた結果、樹海の奥地は通常より瘴気が濃くなっていることだろう。

「騎士級の魔獣が外縁部で目撃されたという報告も入っているのだ」

 瘴気が濃くなれば強大な魔獣が生まれその縄張りを広げる。

 縄張りを追われた魔獣は外へ外へと追いやられ、最終的に生存競争に負けた最弱の魔獣が樹海から溢れてくるというわけなのだ。

「それ故、もしもの折には貴殿の力を借りたいのだ」

「では、月に一度はこちらに顔を出すよう心掛けておきます。火急の折にはギルドを通して伝言頂ければ速やかに駆けつけましょう」

「おぉ、それは心強いことよ! 期待しておるぞ、カイト殿っ!」

 差し出された手を握り返し、筆頭騎士と部隊の配置について話していると、伯爵が思い出したように口を開いた。

「ところで貴殿にひとつ頼みたい事があるのだ……出来るだけ速やかに魔獣を狩って来てはもらえぬだろうか?」

 曰く、急ぎで魔獣の素材を欲しているとのこと、それも騎士級――出来れば騎士団級の魔獣素材とのことだ。

 何でも、伯爵の弟が王都の魔導技術院の研究者らしく、近々催される祭典でこれまでの研究成果を発表するらしい。

「此度の発表には副所長の椅子が掛かっている等と申すのでな」

 本人の昇進はもちろんの事だが、血族が重職を得られればロッツハルト家の覚えもめでたい。

 侯爵、もしくは辺境伯への陞爵を目指すのなら少しでも功績を積み重ねておきたいといったところか。

 氾濫に関してもその心積もりがあるのかもしれない。

「手頃な魔獣が魔法バッグにあります故、後程お譲りいたしましょう」

 依り代の慣らし運転をした折に何体か狩ってあるので、それを提供すれば良かろうと算段する。

「おぉ、重ね重ねかたじけない、さすが金級よな……報酬ははずんでおく故、期待されよ」

 クロは一通りの用事を済ませると、ルースに合流するべくスラムへと足を向けた。

気長に付き合っていただけると嬉しいです


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