019 【 フルフルポーション 】
週末の朝、ルースはミリーの屋敷を訪れていた。
特別な用事がない限り、こうして屋敷を訪れ助手の仕事をするのが日課となっているからである。
そして、今日は例の魔法薬を精製することになっている特別な日だ。
「本当に鮮やかな青色なのですね……思わず引き込まれそうになるほど綺麗です」
鮮やか花を咲かせるレムナリアを見詰めながらミリーが溜息を漏らす。
彼女に傍らにはクールメイドのセレナが興味深く主の手元を覗き込んでいる。
表情にこそ出していないが、瞳はキラキラと輝き仕草もどこかソワソワとしている。
〈なぁ、ルースよ……あの花、薄っすらと光っておらんか?〉
(うーん、言われてみれば光っているような……)
クロに指摘されるまで気が付かなかったが、よくよく見れば花弁が僅かに燐光を放っている。
こっそりと次元魔法を起動してレムナリアを確認してみると、通常ではあり得ない程の魔力が含有されている。
ここまでくると、もはや変異種と呼んでも違和感がないレベルである。
〈ほんに大丈夫なのかや? 爆発なぞせんじゃろうな?〉
(いやいや、花が爆発って何それ? そんな事ある訳ないでしょ……多分……)
〈多分とはなんじゃ、多分とはっ!〉
呆れかえるクロ。
いろいろとやらかした前科があるだけに、ルースには反論し辛い。
しかし、探査した限りでは成分的に何の問題もない、ただ魔力の含有量が以上に高いだけである。
薬の精製に何の支障もないはずだ。
ミリーとセレナは現物を見るのが初めてなのか、レムナリアの異常性には気が付いていない様子だ。
「それじゃ、そろそろ始めましょうか?」
ルースが声を掛けると、花に見入っていた二人がハッとしたように顔を上げ、慌てて準備を始めた。
まぁ、準備と言っても他の素材はもう用意ができているので、後はレムナリアの花を採取するだけである。
ルースはテーブルの上に魔法具を置き、その傍らに各種素材を並べていく。
最後にレシピを記した紙を添えれば準備完了である。
「で、では……精製を始めます」
幾分緊張した声音でミリーが作業を開始した。
銀髪のクールビューティーが傍らでそれを補助する。
レシピに記された手順に従い、ちぎった花弁を上部の受け皿に入れ、魔力水や触媒等の素材を順次投入していく。
「……そ、それで起動します」
レシピを読み返し、誤りがない事を何度も確認した後、ミリーが震える手を伸ばして魔法具を起動した。
刻印盤に嵌め込まれた精霊石がわずかに輝き、魔法式が青い燐光を放つ。
ヒュイーン、という電子音に似た音が響き魔法具が稼働を始めた。
主従の二人組が真剣な面差しでその様子を見詰める。
程なく、コーヒーメーカーよろしく、コポコポという音がし始めたかと思うと、備え付けのガラス容器に液体が溜まり始めた。
固唾を飲んで待つことしばし――チーン、と澄んだ鈴音が響いた。
〈……さながら電子レンジじゃのぉ、ほんに遣りたい放題じゃな……お主〉
(だって、いつ出来上がったか分からないと困るよね? お知らせがあった方が便利だし、その方が親切だよね? まぁ、音は様式美ってヤツだけどさぁ)
〈確かに便利だし親切なのじゃろうな……だが我が言いたいのはそんな事ではないのだ、相変わらずズレていると言うか、何と言うか……〉
クロの大きな溜息が脳裏に木霊する。
「……ど、どうやら出来上がったみたいですね……」
容器はコバルトブルーの液体で満たされており、昼間でも分かる程に燐光を放っている。「ミ、ミリー様……鑑定の用意はできておりますっ! ガ、ガラス容器は私がお持ちしますのでこちらにっ!」
緩み切った雰囲気の凸凹コンビに対して、主従の美女二人は真剣そのものである。
セレナが容器を慎重に受け取り、捧げ持つように鑑定の魔法具が置いてあるテーブルへと運ぶ。
ミリーが車椅子を操作してその後に着いて行き、魔法具を使って薬の鑑定を始めた。
固唾を飲んで見守る中、ミリーが確認を終えて振り返る。
そして、大きく深呼吸をひとつしてからゆっくりと口を開いた。
「……出来ました……間違いなく拡散薬です……念願の薬が終に出来ました」
「お、おめでとうございます、ミリアリア様っ! 本当に……本当に……」
セレナが目に涙を浮かべて声を絞り出す。
その姿には普段のクール成分は欠片もない、華奢な肩が感動に打ち震え、口を開こうとするも言葉が出てこないようだ。
しかも、感情の高まりのあまり、自分が主の名を口にしてしまっていることすら気付いていない様子だ。
そんな二人の姿にルースは笑みを浮かべる。
(邪魔するのもなんだし、僕たちはポーションでも作ってようか)
〈我は見ているだけじゃがな〉
手を取り合い喜び合う二人を傍目に、ルースはテキパキと精製を進める。
別の箱に用意しておいたポーションの材料を取り出し、慣れた手付きで薬草を刻んでは魔法具の受け皿に投入する。
その作業を終えた後は、分量を量りながら魔力水、安定剤、触媒といった具合に順次投入していく。
その後ろ姿は口笛が聞こえて来そうなほどの気楽さが伺える。
コポコポ……チーン――
「よしっ! ポーションかんせ……い……?」
ガラス容器を取り出して背後を振り返ると、そこには人形のように固まったままルースを見詰めるミリーとセレナの姿があった。
その表情は僅かに強張り、何か言いたげな表情で口をパクパクさせている。
「「…………」」
〈…………〉
頭の中でも何か言いたげなクロの感情が伝わってくる。
「ルースさん、先ほど【ポーション】と聞こえたのですが……手にしているそれが本当に【ポーション】なのですか?」
恐る恐る口を開くミリー、その瞳はルースが持つガラス容器に釘付けである。
少し異様な雰囲気を肌で感じ、思わず不安になってしまうルース。
勝手に作ってしまったことを咎められているのだろうか、それともポーションの品質を
疑われているのだろうかと――。
ルースは手にしたガラス容器の中身に念のため探査魔法をかけてみる。
(問題なく、ちゃんと出来ているよね……良かった、失敗したのかと思ったよ)
レシピ通り、完成したのはフルポーションである――ただ、先程の拡散薬同様魔力含有率が非常に高い、ともすればエリクサーに比肩し得るほどだ。
(うん、これはフルフルポーションと命名しよう)
〈何じゃその……フルフルとは……〉
(フルポーションの上位版、でもエリクサーのような効能はなし、だからフルフルポーションと命名したんだけど……変だったかな?)
〈……お主のネーミングセンスは致命的というか、壊滅的というか……もう少しこう、どうにかならんもんか? 我が言うのもなんじゃが、かなり残念な感じじゃぞ?〉
(精霊石の時は褒めてくれたのに、そこまで言うのは酷くない?)
二人で言い合っていると、ミリーが怪訝な表情を浮かべ口を開いた。
「あのぉ……ルースさん?」
ルースは慌てて、不躾な態度を一言謝ってから先ほどの質問に答えを返す。
「これは間違いなくポーションですよ? ただレシピはフルポーションだったんですけど、思ったよりも含有魔力が多かったみたいで……フルポーションの上位版って感じのができちゃったんですけどね……」
「……ルースさんはそのポーションをどうされるのですか?」
「どうするも何も……これはミリーさんのために作ったんですけど……僕、何か拙い事しちゃいましたか?」
「わ、私に下さるのですか?」
車椅子を操作して鬼気迫る勢いで詰め寄って来る仮面の王女様。
その余りの剣幕に、ルースは気圧され思わず後退る。
「も、もしかして、要らないんですか?」
「要りますっ! 是非私に譲って下さいっ、どの様な対価でもお支払いしますからっ!」
食い気味に返事を被せてくるミリー。
そこには普段の落ち着いた淑女然とした仕草はない。
「いやいや、対価なんて要りませんよそんなの……そもそも、材料の薬草はミリーさんが苦労して育てたものじゃないですか、僕はただ材料を放り込んでボタンを押しただけですよ? 対価なんて貰える訳ないじゃないですか」
そう言ってフルポーション――いや、フルフルポーションの入った容器をミリーに押し付ける。
「いえ、そういう訳には参りません……必ずやこの御恩に報いてみせます」
「そ、そういう重いのは僕じゃなくて……そう、その魔法具を作ったヘルメスさんにして上げれば良いじゃないでしょうか」
「もしや、ルースさんはトリスメギストス様を御存じなのですか?」
ミリーの言葉に「やってしまったぁ」と焦るルース。
考えてみれば自分はヘルメス・トリスメギストスのことを知らない設定だった。
「……そ、その……存じているというか……存じてないというか……そう! ここに来る前にカイトさんに聞いたんですよ、その魔法具の作者さんなのだと……」
何故なのか言い訳をすればする程にドツボにはまっていくような気がしてならない。
しかし――。
「……そうだったのですね……分かりました……」
先ほどの剣幕とは打って変わって、淑女然とした仕草で頭を下げるミリー。
我ながら苦しい言い訳だと思ったが意外にも信じてくれたようだ――ただ、彼女の豹変ぶりに何故か違和感のようなものを感じてしまうのは気のせいなのだろうか……。
〈…………〉
クロはクロで何か言いたげな様子なのにずっと黙ったままだ。
結局その場は有耶無耶のままとなり、完成した魔法薬を試してみることもなく、何とも微妙な雰囲気のまま魔法薬精製イベントは解散とあいなった。
― side ミリアリア ―
窓辺から差し込む暖かい日差しに、私はそっと側目ました。
柔らかい風が吹きすさび、私の前髪を揺らします。
「素顔で庭を眺める事が出来るなんて……ここに移り住んでから初めてのことですね」
振り返ると、部屋の片隅に置かれた車椅子が目に入ります。
窓のガラスに映る自分の姿を見れば、そこには武骨な仮面は跡形もなく、長年私を苦しめてきた火傷の痕は影も形もありません。
「姫様……その様に歩き回られて大丈夫なのですか? 今しばらくお身体を労わられた方が宜しいのでは?」
振り返ると、セレナの不安そうな顔が映りました。
「ふふふ、相変わらずセレナは心配性ですね、私はこの通り大丈夫ですよ、寧ろ以前より身体が軽いと感じるくらいです」
私がその場でクルリと回ってみせると、セレナが苦笑を浮かべます。
「……それならば宜しいのですが、くれぐれも御無理をなさらぬようお願いしますね」
仕方ないといった感じで溜息を吐く侍女の姿に、私は少しバツが悪くなります。
でも仕方ありません、半ば諦めかけていたというのに、健康な身体を完璧な状態で取り戻すことが出来たのです。
少々はしゃいでしまう事くらいは大目に見てほしいです。
「それはそうと、先ほど何か考え込んでおられたようですが……何かお悩み事でも?」
「ふふ、本当にセレナには隠し事は出来ませんね」
流石に長年私に仕えているだけあります。
「セレナは【ポーション】という魔法薬を知っていましたか?」
「ルースさんが精製した魔法薬のことですね? 私はあの時初めて耳にいたしました」
怪訝な表情を浮かべる彼女に私は続きを話します。
「凡そ千年前、この大陸には今よりも遥かに高度な魔導技術が存在していました。しかし、世界規模の動乱のせいで書物の殆どは焼失し、技術も失われてしまったとされています」
時折、遺跡で発見される遺物がそれを証明しています。
「先史文明時代、魔法は今よりも遥かに洗練されていた言われています。それは生み出される魔法薬も同様で下級と呼ばれる魔法薬でもたちどころに傷を癒したそうです」
ここまでは歴史を知る者ならば誰でも知っている事です。
「上級と呼ばれる魔法薬にいたっては骨折等の重傷も瞬時に癒したと言われています」
「……まさかルースさんが作られた物は……」
セレナは私の言いたいことを理解したようですね。
私は頷いて続けます。
「下級がローポーション、上級がハイポーションと呼ばれていたそうです……そして、更に上にフルポーションと呼ばれる魔法薬が存在していたと伝わっています。書物によれば、フルポーションは四肢の欠損すらも癒すことが出来たそうです」
因みに、王家が所蔵する秘薬とはかつてハイポーションと呼ばれていた魔法薬の事です。
「……まさかそのような伝説の産物だったとは……つまりはトリスメギストス様の重要性が更に跳ね上がった、ということでしょうか?」
確かにその通りなのですが、もはやそんな生易しい事態ではないのです。
伝説とされていた魔法薬の精製に成功したことが知れ渡れば、おそらく大陸中に一大旋風が巻き起こる事でしょう。
伝説の秘薬を求め、富と権力を持つ者が雲霞の如く群がって来るのは火を見るより明らかです。
怖いのは非合法な手段に出る者達の存在です。
薬剤や医療を牛耳る薬師ギルド、治療魔法を統括しているアルス教や女神教、そして流通を仕切る商人ギルド――既得権益を侵害される者達は表も裏も荒れることになるでしょう。
そして、秘薬がもたらす莫大な権益を我が物にするべく大陸中の国々が動き出すのは確実です。
懐柔、囲い込み、誘拐に脅迫、そして暗殺……少し考えただけでも頭が痛くなる事態ですね。
その様な自体になればロメリア王国のような小国では対抗することは出来ないでしょう。
真剣な面持ちで私の説明を聞くセレナに、私はサイドテーブルに置いてあった書類を渡します。
「……これは……結界の記録……でしょうか?」
セレナの言う通り、書類は屋敷の入り口に設置してある認識阻害結界の記録です。
通過した日時とその者が持つ魔力波形が記録されています。
セレナと彼女の部下には通行するために必要な専門の指輪を渡してあるので、指輪の番号も同時に記録されています。
もちろんですが、ルースさんにもその指輪を渡してあります。
「こ、これは……カイト様とルースさんの番号が同じ?」
私がそれに頷くと、セレナがしばし黙考した後、考えを口にします。
「もしや指輪をルースさんからお借りしたのでしょうか?」
それは私も考えました、しかし――
「個人を示す魔力波形がどちらも全くありません、微弱な魔力は観測されていますが、平坦で波形がないので、おそらく魔法具の類でしょう」
「魔力がない者などあり得ません、よもや魔法具の誤作動では? ……いえ、姫様に限ってそれを見過ごすことなどあり得ませんね、不調法をいたしました、謝罪いたします」
この世に魔力を持たない生物など皆無なのですから、セレナが魔法具の誤作動を疑うのは当然のことです。
「私も驚きましたが確たる証拠が目の前にある以上、例えそれが非常識な事であろうと切って捨てることは研究者として失格です」
つまり、ルースさんもカイト様も魔力を全く持たないか、持っていたとしても魔法具が発する微弱な魔力以下ということになります。
「この際、魔力の有無はともかくとして、その様な人物がこの世に二人もいるとは思えません」
例えいたとしても同じ場所、それもお互いに顔見知りなどという確率が、いったいどれほどのものでしょうか。
「つまり、姫様はカイト様の正体がルースさんなのだ、とお考えなのですね?」
震える声で考えを口にするセレナに私は無言で頷きます。
セレナがクワッと目を見開いたかと思うと、独り言を口にしながら思考の海に船出してしまいました。
まぁ、無理もありません、かく言う私だって事態を飲み込むのに二日かかったのですから、直接カイト様に関する報告を受けている彼女にしてみれば驚愕の度合いは尚更大きいはずです。
そもそも、カイト様とルースさんでは印象の落差が激し過ぎますからね。
でも、御免なさいね、セレナ……これから私が話すことは更に貴方を驚かしてしまうでしょう。
「貴方も精製の場に立ち会っていたから覚えていると思いますが、ルースさんは精製した魔法薬を確信を以って【フルポーション】と呼んでいました、しかも彼の口調からは極ありふれた物に対するような気安さのようなものを感じました」
セレナが訝し気な表情を浮かべます。
私が何を言いたいのか測りかねているのでしょう。
「ルースさんは慣れた手付きで素材の調合をしていました、レシピも確認せずに……」
セレナの顔に理解の色が浮かび始めます。
「しかも、説明書きも読まずに魔法具を操作していました……さながら自分が作った物であるかのような気軽さで……」
この問答はセレナに対する説明であると同時に、私が事実を再認識するために必要な過程でもあります。
そんなことが必要になる程、私が考えている事が常識外れなのです。
「で、では……」
震える声の侍女に私は頷きます。
「確たる証拠はありませんが、トリスメギストス氏の正体もまたルー……」
そこまで言いかけた時です、突然セレナが実を翻しました。
――シュバッ
私を背に庇い、スカートの隠しから短剣を引き抜いて構えます。
その動きは正に電光石火です。
「セ、セレナっ?」
私の言葉を遮るように、室内に第三者の声が響きます。
「詮索はその辺にしてもらおうかのぉ」
セレナの肩越しに見やれば、窓枠の上にちょこんと座る子犬の姿がありました。
その毛色は闇夜の如く漆黒、その瞳は金色に爛々と光っています。
野性味の溢れた顔つきは犬ではなく狼なのかもしれません。
「……何者です……」
言葉少なく誰何するセレナ。
彼女の横顔を見れば、額にはじんわりと汗が浮かび、表情には余裕が全くありません。
それだけ彼の存在が強大だという事なのでしょう。
でも何故なのでしょう、不思議と恐怖を感じません。
それは金色の瞳に深い知性を感じたからかもしれません。
「セレナ、下がってください」
「で、ですが姫様っ!」
「私は大丈夫です、ですから……ね?」
肩にそっと手を置くと、セレナが渋々といった体で引き下がりました。
我儘を言って御免なさいね、セレナ。
「初めまして、私はミリアリア・ロード・ロメリア――この国の第二王女です。失礼ながら貴方様が何者なのかお伺いしても宜しいですか?」
「フフフッ、なかなか剛毅な娘じゃのぉ……よかろう、少々興が湧いた、語ってやるとしようか」
その声音は高く、見た目も相まって子供のような印象を受けます。
しかし、やはり高い知性を持ち合わせているようですね。
「我の名はクロ――さしずめ女神ルナ様の眷属といったとこかのぉ、今は役目から解放されておるがのぉ」
これはまたとんでもない存在が現れましたね、女神様の眷属ですか……。
その様な存在と面識があるルースさんは一体何者なのでしょうか。
「これは御丁寧な挨拶痛み入ります、それで先程のお言葉なのですが、どのような真意があるのかお伺いしても?」
「真意のぉ……さして深い意味はないのだがな……言葉通りルースに関する詮索を止めよ、と言いたいだけじゃ」
「では詮索さえしなければ、私がこのままルースさんと関わることは咎めないのですか?」
「ククッ、賢しい娘よなぁ……まぁ、そうじゃな……アヤツが拒まぬ限り我はお主の邪魔はせんよ」
まるで人の如く表情豊かに話す黒狼。
しかし、次の瞬間凄まじい重圧に襲われました。
「ただし、もしお主がアヤツの善意に付け込んで利用したり、アヤツの自由を奪うようなことをすれば只では済まさん……この世から消し去ってくれるから覚悟するのじゃな」
背筋にゾクリと悪寒が走りました。
セレナを見れば、思わず身構えた格好のまま顔が蒼白になっています。
「わ、分かりました……豊穣の女神ルナ様に誓って、決して彼を利用しないと約束いたします」
私は深呼吸をして心を落ち着けます。
「ひとつだけお聞きしたい事があるのですが……」
そこで言葉を切って相手の反応をうかがうと、クロ……様が続けよとばかりに顎をしゃくってみせました。
「クロ様とすルースさんの御関係をお伺いしても?」
私が尋ねると、黒狼がキョトンとした後、クツクツと笑い出しました。
「そうじゃな……友? いや、家主? さもなくば姉弟?」
ブツブツと独り言を始める子狼。
聞こえてくる単語を耳にするだけでルースさんの立ち位置が何となく想像できてしまいます。
もしかして、ルースさん……いえ、ルース様は女神の使徒様なのでしょうか。
どうしましょう、私……彼を弟のように扱ってしまいました。
「保護者……うむ、そうじゃ我はアヤツの保護者といったとこじゃな」
フンスッ、と鼻息荒く御満悦な様子のクロ様。
保護者云々はともかくとして、お二方が親密な関係なのは間違いないでしょう。
しかし、人の欲望に際限ありません、如何に強大な守護者が側に在ろうとも邪な事を企む輩は確実に出てくるでしょう。
それにルース様の性格を鑑みるに、どんなに隠そうとも彼の規格外さは何れ世に知られてしまうでしょう。
これは私も、大きく舵取りを変更する必要が出てきました。
「ルース様の今後について……私に考えがあるのですが、お話しても?」
私の提案にクロ様が興味深そうに身を乗り出しました。
この国の……いえ、国民の未来のためにも王女として覚悟を決めねばなりません。
国に見捨てられたとはいえ、国が亡ぶ様など見たくはありませんから……ただ一つ心配なのはルフィリアの件です。
彼女の行いがクロ様の勘気に触れる事を願うばかりです。
気長に付き合っていただけると嬉しいです




