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生贄にされた英雄は我が道を行く ―ラスボスと歩む庶民道―   作者: 山海千歳
1章 ロメリア王国編

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018 【 審査会に向けて 】

 講義が終わり放課後になるや否や、待ってましたとばかりにサラがルースたちの元へ駆け寄って来た。

「ルース君は出品するのですか?」

 先ほど告知された審査会の件だろう、彼女の眼は期待でキラキラと輝いている。

 教室のそこかしこでも同じ話題で盛り上がっている。

 因みに、昨日の放課後にミリーからもルフィリア同様の提案があり、選抜部門への参加を打診されているところである。

 打診とは言っても、カイト経由でトリスメギストスに宛てた推薦状入りの手紙をルースが言付かった、という少々複雑な実情なのだが――。

「そんなこと、聞くまでもないだろ? 出品するに決まってんじゃん、バカだろお前」

 ルースが返事をする前に、横合いからマッシュが口を挟んだ。

「カチンなのです、マッシュには聞いてないのです、魔剣の事しか頭にない魔剣バカの方が余程バカなのです」

 ぷんすかと怒り出すサラにマッシュも噛みつく。

「はぁ? 魔剣バカってなんだよ、魔剣以外だって作れますぅ……そもそもバカって言う奴がバカなんですぅ」

 さながら子供の喧嘩だ――まぁ、二人ともまだ子供なのは間違いないが……。

 仕方ないなぁ、とルースが仲裁に入る。

「まぁまぁ、二人とも……仲が良いのは分かるけど、じゃれ合うのはそのくらいにしなよ、皆が見てるよ?」

「じゃれてネェよ!」

「じゃれてないのです!」

 面白い位に息ピッタリな二人。

 セリフも振り向く動作も示し合わせたように同期している。

〈クックッ、これが夫婦漫才というヤツじゃな? ほんに、こ奴らも見ていて飽きぬな〉

(でも良いよね、幼馴染ってさ、思わずほっこりさせられるよ)

 そこを指摘すると堂々巡りになるのは分かりきっているので話題を戻す。

「それでマッシュは何を出品するのか決めたの?」

「……ま、魔剣……」

「…………」

 バツが悪そうにそっぽを向くマッシュ。

 サラがそれに無言でジト目を向ける。

 言いたい事は分かる、分かるがそれを突っ込んだら話が進まない。

 多少強引でも話を進めるのが吉だ。

「さ、サラは何を出品するのか、もう決めたの?」

「私はもう決まっているのです、前々からコツコツと作っていた物がもう少しで完成しそうなのですよ」

「そうなんだ、因みにどんな魔法具なのか聞いても?」

 詳しく聞くのはマナー違反かと思ったが、サラはルース君なら構わないと言って教えてくれた。「でもマッシュには教えて上げないのです」というお決まりのセリフ付きで――。

「私が作っているのは写本の魔法具なのです」

 サラの説明によると、紙に書かれている文字を別の紙に複写する魔法具らしい。

 つまりは前世の知識でいうところのコピー機である。

 着想の原点が授業の際に書き取った覚書きを複写するためだと言うのだから、サラはとても良い子だと思う。

 マッシュがサラの覚書きを写すのに四苦八苦している姿を見ているからだろう。

 しかし、三大発明と呼ばれる活版印刷を通り越してコピー機に辿り着くのはこの世界ならではだろう。

 発想の基本に魔法の存在があるのだから異なる発展をするのは至極当然と言える。

 例えば、この世界では印刷技術がまだ発明されておらず、全ての書物が手書きである。 

 だと言うのに、製紙技術はかなり発達している。

 製紙にも魔法が使われているらしく、漂白処理で紙は白いし肌理も細かい。

 さすがに近代の地球とは比べるべくもないが、比較的値段も安価で大量に出回っている。

「ほぼ完成なのです、でも複写するのに凄く時間が掛かってしまうのです……」

 サラ曰く、魔法式が重すぎて処理速度が追いつかないらしい。

 複写自体は期待通りの成果を出しているのだが、手書きで複写するのと大して変わらない時間が掛かってしまうようだ。

 魔鉱石を消費している事を思えば、費用対効果は最悪と言える。

 刻印盤をミスリルに換えればある程度増しになるだろうが、庶民――それも学生の身の上では現実的ではない。

「親父さんの店で売ってたサラの作った魔法具を覚えてる?」

 サラがキョトンとした表情で「ルース君が買ってくれた魔法具の事です?」と首を傾げた。

「アレに使ってた技術を使えば良いんじゃないかな、そうすれば動作の重さは解決すると思うよ?」

 サラが作ったあの魔法具には、一部だが重複する魔法式を別の魔法式が共有するという構造が成立していた。

 本人は単に無駄を省こうと、思い付きで重複する魔法式を削っただけみたいだが、他の魔法式が上手く噛み合い、偶然にも全体では正常に稼働していた。

 それを説明してやると、サラがうーんと考え込む。

「でも、あれは何で正常に動いたのか、私にも分からないのです、他の魔法具でも試してみたのです、でも一度も上手く行った事がないのです」

「それなら大丈夫、魔法式の動作を制御する魔法式を別に組み込んでやれば良いんだよ」

「魔法式を制御する魔法式です?」

 例えばA、B、Cという三つの魔法式があるとする。

 そして、それぞれAC、BCという風に組み合わせて初めて意図した効果を発する関係にあるとする。

 サラの魔法具はこのCの魔法式を一つしか刻まなかったのに、正常に動作していたのだが、その理由はこの場では割愛する。

 普通なら魔法式が誤作動を起こすのは自明の理だ。

 しかし、ここでA、B、Cの組み合わせを制御するDという魔法式を用意してやれば問題は解決する。

 ただDの魔法式には変数を持ち込む必要が出てくるし、変数の値によって分岐する回路やフラグが必要になってくるので、前世のプログラムの知識が不可欠となる。

 だが、A、B、Cの魔法式は各々ひとつ刻めば済むようになるし、マクロ化して制御すれば常時起動しているのはDの魔法式だけで、A、B、Cの魔法式が起動するのは必要な時のみとなる。

 Dの魔法式は構成こそ複雑になってしまうが動作自体は軽いし、魔力の消費量は誤差のレベルだ。

 そうなれば魔鉱石の消費は極限まで節約できるし、動作に掛かる時間は劇的に改善するだろう。

 おそらくだが、サラの魔法具は文字を読み取る魔法式と、文字を書く魔法式を並列起動しているのだろう。

 そして、動作が遅く魔鉱石の消費が激しいとなれば、それぞれの魔法式が常時起動した状態なのだろう。

「そんな技術知らなかったのです……ルース君はスゴイのです」

「……何言ってんだか俺にはさっぱり分かんねぇぞ」

 つぶらな瞳を輝かせて感心するサラ。

 ガックリと肩を落とすマッシュ。

 そこへクロの苦言が飛ぶ。

〈弟子を育てるのは良いが、程々にせぬと面倒な連中が死肉喰いの如く群がって来るぞ?お主とてバカな貴族どもの相手なぞしたくはあるまい?〉

(うっ……それは確かに嫌かも……)

 思わず、良いように使い潰された前世の苦い記憶が甦ってくる。

〈お主の知識を得たそこな弟子二人も他人事では済まぬじゃろうな〉

 取り敢えず、サラとマッシュの二人には箝口令を発動しよう、この世界では技術の秘匿は当然らしいので当面は凌げるだろう。

 権力者が強権を発動させる可能性もあるが、そうなる前に世界中へ大々的に技術を公開してしまえばサラとマッシュに関しては大丈夫だろう。

〈問題はお主じゃな……目立つようなことをすれば権力者どもが群がって来るぞ?〉

(ふっふっふっ、心配ご無用! 僕にはトリスメギストス氏という心強い味方がいるのだよ、クロ君!)

 いざとなれば、錬金術の神様に登場してもらって、面倒事を全て押し付けてしまえば万事解決、丸く収まるだろう。


 後日、この懸念は現実のものとなり、トリスメギストスの名と錬金術という言葉が世界中を席巻することになるのだが――。

〈ほんに、こ奴を見ていると飽きることがないわ……じゃが、この分ではまたぞろ我が骨を折らねばなるまいな……誠、手の掛かる主様じゃわい〉

 かつて【闇の獣】と呼ばれ世界中を恐怖で震撼させた超常の存在が楽し気に溜息を吐いた。



― side クロ ―


「ふむ、大分この身体にも慣れてきたのぉ」

 トントンと軽く跳躍を繰り返してから、瞬動で前に飛び出し、勢いそのままに回し蹴りを放ってみる。

 音速を越えた蹴足が大気を切り裂き、衝撃波を伴った音が森の中に響き渡った。

 小柄な少女が地面に降り立つ事しばし、遅れて巨木がメキメキと音を立てて倒壊し、凄まじい地響きが周囲に木霊した。

「蹴りひとつでこれ程とはのぉ……しかも、薙ぎ倒すのではなく切断してしまうとは……そら恐ろしい依り代じゃな」

 この依り代はエルダートレントの核木を素材として作られたものだ。

 魔力との親和性が非常に高く、元となったトレントの様に自由自在に形を変えることが出来る。

「げに恐ろしきはこの依り代よりも、作り出したアヤツの方じゃな」

 こんな規格外の物をポンポンと作り出しおってからに、と少女の姿をしたクロが独り言ちる。

 頭の両側で束ねた黒髪が風に靡き、艶やかな前髪の隙間から金色の瞳がチラリと覗く。

 漆黒のチーパオから伸びた四肢は淡雪の様に白い。

 均整の取れた華奢な体躯に端正な顔立ち、その姿は誰の目から見ても美少女と称するに語弊はない

「しかし、やはりこの姿になってしまうのぉ……我に性別などないと思っておったのじゃが……よもや我は雌だったのかや?」

 イメージすればどのような姿にも自由自在に変えられるのだが、何も意識せずに依り代に宿ると必ずこの少女の姿になってしまう。

 それはつまり、この姿こそが魂に刻まれた本来の姿なのだろうか、と考えずにはいられない。

「それはともかく、さっさと用事を済ませてしまおうかの……晩御飯までに帰らねばアヤツが煩いからなぁ」

 放置したままになっていた魔獣の遺骸を次元収納へ放り込み、腕輪に登録してあったゲートの魔法を起動した。

 ゲートを使ってやって来たのはロッツハルト領にある狩猟ギルドだ。

 因みに、今のクロは銀髪にややくすんだ銀の仮面――言わずと知れた金級狩猟者カイトの姿である。

「こ、これはカイト様っ! 本日はどの様な御用件でしょうか?」

 受付に赴くと、中年の男性職員が受付嬢を押し退けて声を掛けてきた。

「あぁ、今日は魔獣の素材を引き取ってもらおうかと思ってな……」

「わ、私共に卸してしまっても宜しいので? 失礼ですが、カイト様程になれば大店の商人の元へ持ち込めば当方よりも高い査定で引き取ってくれると思うのですが……」

 申し訳なさそうに畏まる職員にクロが頷く。

「構わん、金級狩猟者が商人ばかりを贔屓にしているとあれば、ギルドも立つ瀬があるまい? こう見えて我は義理堅いのじゃ」

 そうとは知らず、クロの言葉に感動して涙ぐむ男性職員。

 義理云々はもちろん出任せだ、思惑は他にある。

(権力者どもの目を欺くには、派手に動き回って攪乱する必要があるからのぉ)


 クロはその彼の案内でギルドの裏手にある倉庫へと足を運んだ。

 そして、指示に従い先ほど樹海の奥で狩った魔獣を出してやると倉庫の中が騒然となる。

「オ、オイ……あれってフォレストゲーターじゃないのか?」

「あぁ、現物を見るのは初めてだが、あの黒光りする鱗に頭の三本角は間違いネェ……ヤツだ」

「マジかよ! それって騎士団級って言われてるヤバイ奴だろ? 一匹で大都市を壊滅させたっていう御伽話のあれだろ?」

「アレ……本当に死んでるんだよな? 突然動き出したりしネェよな? 俺、足が震えて今にもチビりそうなんだけど……」

 小声で囁き合う解体職人たち。

 獣並みの耳を持つクロには丸聞こえだ。

(こんな雑魚一匹で騒がしい連中じゃな……いや、アヤツも騒ぐかもしれんのぉ、素材がどうのとか言って……)

 宿主の反応を想像してニマニマしていると、ここまで案内してきた男性職員が話し掛けて来た。

「あのカイト様……少し宜しいでしょうか?」

 なんじゃ、と問い返すと男性が居住まいを正して続けた。

「実はさる御方がカイト様の御活躍を聞き、晩餐に招待したいと仰ってまして……」

「ほう……因みにさる御方とは誰じゃ?」

「当ロッツハルト領の御当主、ロッツハルト伯爵様でございます」

 そう言って、懐から招待状と思しき封筒を差し出してきた。

 どうやら、カイトがギルドに顔を出す可能性を考え、事前に預けてあったようだ。

 ロッツハルト領に来るのは今回で三度目だが、こうも早く行動を起こすとは……なかなかの遣り手らしい。

 封筒を開き、クロが中身を確認していると男性がオズオズと口を開いた。

「それで……カイト様はどうされるのでしょうか……否と仰るのでしたら、私が何とか申し開きをしておきますが……」

 その表情には不安げな色が濃く浮かんでいる。

 ギルドは国の管轄とはいえ、表向き権力とは独立した組織とされている。

 ルースの知識で例えるなら、その関係は雇い主と労働組合といったところだ。

 こうして領主の使い走りをして個人に干渉するのは規約違反すれすれ、限りなく黒に近いグレーゾーンといえる。

 本人もそれが分かっているからこそ、恐縮しているのだろう。

 中間管理職とは何と憐れなことか――。

「そうじゃな……三日後、終末の午後にお邪魔すると先方に伝えてもらえるか?」

「か、感謝します、カイト様っ! この埋め合わせは後日必ずっ!」

 目の端に涙を浮かべ何度も頭を下げる男性職員。

 クロにも腹積もりがあっての事なので、感謝される謂れはないのだが――。

(何ぞ、申し訳ない気がするのぉ……)

 まぁ、この中年職員に迷惑が掛かるわけでもなし、気にする必要なあるまいと頭を切り替える。

 そして、今後の立ち回りについて思案を巡らせるのだった。

気長に付き合っていただけると嬉しいです


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