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001 【 転生 】

 漆黒の闇に閉ざされていた意識が浮上し、深い眠りから覚醒した青年の瞳がゆっくりと開かれた。

 ボンヤリと映る視界に色彩が蘇り、馴染み深い景色が飛び込んでくる。

 (……日本庭園……?)

 その懐かしい光景に、海斗が思わず呟きを漏らす。

 開け放たれた障子、縁側の向こう側には古式豊かな庭園が広がっていた。室内には真新しいイ草の香りが漂い、遠くせせらぎの微かな音に拍子を合わせるように時折鹿威しの澄んだ音色がカコーンと響き渡る。

 「目が覚めたようですね、海斗さん」

 庭先に向けていた視界を戻すと、間近に美しい女性の顔が飛び込んできた。

 夜の帳を想わせる艶やかな漆黒の長い髪、慈愛の色を湛えた金色に輝く瞳、肌は透き通る淡雪のように白い。

 その瞬間、霞かかっていた意識が一気に覚醒する。

 ガバっと上半身を起こすと、さながらGを彷彿させる動きでカサカサと膝枕をしてくれていたと思しき女性から距離をとる海斗――。

 「えっ? えぇ? め、女神……さま……?」

 その相貌は一度きりの邂逅だったとは言え、海斗の記憶に鮮明に刻まれていた月夜神ルナに間違いない。十二単のような衣装を纏い、和室の上座を背に楚々とした態で佇んでいる。

 「こうして、直接お会いするのは二年ぶりですね」

 (ここって……もしかせんでも神域? 思いっきり和室なんですけど……)

 「ふふふっ、折角でしたので、海斗さんに馴染み深い情緒でお出迎えしようかと思いまして……お気に召しましたか?」

 自分の表情で察したのか、女神様が片方の袖で口元を覆い隠し、にこやかに笑みを浮かべる。

 「……和室はともかく、その着物は微妙というか、何というか……」

 馴染み深いと言えなくもないが、こうして十二単を纏っている女性を直接目にするのは海斗にしてみればこれが初めてのことである。

 女神様の貴重な姿が見れたのは役得ではあるのだから、海斗にしてみれば文句など何一つない、逆に自らの幸運を喜ぶべき案件だ――ただ、惜しむらくは手元にカメラがないことであろうか。

 「……私には、この衣装は似合いませんでしたか?」

 海斗は反射的に女神様に這い寄り、ほっそりとした彼女の手を両手で包み込む。

 「とんでもありませんっ! 最高のご褒美ですっ! ご馳走様でしたっ! その姿を拝めただけで、ご飯三杯はいけますっ!」

 吐息が届きそうな距離で見つめ合う二人。

 数瞬の沈黙が室内を包み込む。

 美しい相貌がゆっくりと桜色に染まったかと思うと、彼女がふいっと(おとがい)をそらした。

 その瞬間、自分のしでかしたことをはっきりと自覚する海斗。

 彼女の表情と自分の手を交互に見つめるや、がばっと身を翻した。

 そして、先ほどのGを思わせる素早さで後ずさり、見事な土下座を披露する。

 「ご、ご、ご、ごめんなさいっ! モブの僕が失礼しましたぁっ‼」

 「褒めてくださっているのでしょうが……そ、そのような言葉は……さすがに、ちょっと……恥ずかしいです……」

 そう言って袖の向こうからそっと恥ずかし気な顔を覗かせる黒髪の女神様。

 (あざといっ……あざとすぎるよっ! その表情はズル過ぎるんじゃないかなっ! 天然だとするなら、まさに小悪魔のクイーンofクイーンだよ……いや、女神様なんだけどっ……)

 あまりの恥ずかしさに思わず頭を抱えて悶え苦しむ海斗。

 自分はなんてチョロいのだろうか――これも全て異性との交際経験の貧弱な自分に課せられた性なのだろうかと――。

 (こんなだから……僕は……アレンやリーナたちに……)

 海斗はふと思い出してしまう――騙した挙句、自分を生贄にしたあの四人のことを――。

 仲間だと言われ喜び、好敵手だと肩を抱かれて胸を躍らせ、友だからと頼られ魔法談義に花を咲かせ、そして――好きだと告白されて有頂天になっていた自分――。

 仲間だと、好敵手だと、友だと、そして恋人だと思っていた者たちに、今思えば自分は騙され良いように踊らされていたのだろう。彼らにしてみれば、さぞや滑稽であったことだろう。

 (……情けないな……僕は……)

 笑顔の裏で海斗のことを嘲笑っていたのだと思うと胸が締め付けられるほどに苦しくなる。

 その度に、自分を見下ろす彼らの蔑みの表情が脳裏にチラつき、悔しさと情けなさで思わず涙が滲んでしまう。

 「……本当に、ごめんなさい」

 顔を上げると、女神様が泣き出しそうな表情で海斗を見つめていた。握りしめた両手がフルフルと戦慄いている。

 「……私のせいで、海斗さんが酷い目に……」

 「いやいや、悪いのは僕を騙したアイツらであって、女神様が悪いんじゃないですからね?」

 慌てて顔を左右に振る海斗。 

 「で、でも私が海斗さんをこちらの世界に召喚しなければ……」

 そう言って女神様がハラハラと涙を零す。

 何とか慰めねばと頭をフル回転させるも、そんな経験が絶無な海斗に気の利いたセリフなど思い浮かぶはずもない。軽いパニックに陥り、無為にあたふたとするばかりである。 

 「そ、それならご褒美を下さいっ!」

 裏返った声で咄嗟に言ってしまう。

 「……ご褒美ですか?」

 女神様がキョトンとした表情を浮かべる。

 何故にご褒美なんだと自分でも疑問を抱いてしまうも、言ってしまったものは仕方がない。

 悲し気な女神様の顔を見て、『謝罪しろ』だとか『償え』なんて言葉が言えるのならそれは悪魔の所業だ。とてもじゃないが自分にはそんなこと言えるメンタルはない。

 「いちお、闇の獣は倒せたんだから、そのご褒美をって言うのは……ダメですかね?」

 そもそも、女神様は何も悪くない。

 悪いのは全て騙したアイツらと、騙された自分であって、彼女には一片の非もない。

 女神様が謝罪したり、償いをしたりというのは論外な話だろう。

 「アイツらのことなんか、ホントもうどうでもいいんです。そんなことより、女神様が悲しそうな表情をする方が僕には辛いです」

 だからご褒美なんですと言外に意志を込めると、女神様がクスクスと泣き笑いを浮かべる。

 やはり、泣いている人をみるより、笑っている人を見る方がほっとするな、と海斗は安堵の溜息を零した。

 

 それからご褒美について話し合いが行われた。

 その結果――海斗はこちらの世界で千年後の未来で転生することが決まった。

 その際、女神様が加護を授けてくれるらしい。

 二年前にこちらに召喚された際にも、彼女から祝福を貰ったのだが、話を聞く限り加護は祝福の上位互換のようだ。

 因みに祝福や加護を授けられると、神様が担当する分野において、運気や著しい才能の開花があるとのことだ。

 この世界には最上位にまず創成神が存在し、それに次ぐのが兄妹主神である太陽神アルスと月夜神ルナである。

 兄である太陽神アルスは光と力の象徴であり、火と風を司るため戦神とも呼称されている。

 妹の月夜神ルナが司るのは生命と豊穣だ、そのため彼女は地母神とも呼ばれている。

 そして、兄妹主神の下に、商業神、農業神、海神、山神といった所謂二級神と呼ばれる神様たちが沢山いるらしい。

 話を戻すと、ルナ様の加護を授かるということはつまり、農業や生産系の才能において恩恵を受けることができるのである。

 もともと闘争に不向きな海斗としては、次の人生は穏やかでスローなのんびりライフが心からの願いなのだ。それ故、ルナ様の加護が貰えるというのは、海斗にしてみればまさに願ったり叶ったりである。

 女神様から転生についての説明や、禁則事項など諸々の説明を受けた後は、彼女にこの二年間の話を聞きたいと言われたので、海斗は最後の場面を除いて、思い出せる限りの出来事を話して聞かせた。

 自分の冒険物語なんて女神様にしてみれば退屈だろうな、などと思っていたのは始めの内ばかり、いつの間にか相手が女神様であることを忘れて、魔法具の制作や魔法技術なんていう趣味の分野の話を夢中になってしていた自分がかなり恥ずかしい。

 「名残惜しいですが、そろそろ時間ですね……」

 頃合いを見計らって女神様が居住まいを正して口を開いた。

 「次に海斗さんが目覚めるのは千年後の未来です……」

 彼女が浮かべる柔らかな笑みを見ていると、自分を裏切った四人のことなど遠い過去、もうどうでもいい些末な事のように思えてしまう。

 「ありがとうございました、ルナ様……女神様にこんなことを言うのは場違いかもしれませんが、お元気で……」

 貴方のような女神に会えて良かった、地母神の名は慈愛に満ちた貴方のような女神にこそ相応しいです――そんなセリフを飲み込み、海斗は居住まいを正して女神ルナに頭を下げる。

 「海斗さん……貴方の次の人生に幸あらんことを願います」

 まばゆい光が周囲を包み込み、海斗の意識は遠い彼方へと旅立っていった。 



 side  ― 月夜神ルナ ―


 「はぁ、久方ぶりに楽しいひと時でした……」

 海斗を送り出したルナは先程の彼との会話を思い出し、満面の笑みを浮かべた。

 二年前に彼を送り出した折には制限があり、祝福しか授けることができなかった。

 そのため、神託により言葉を届けることも叶わず、一方的に見守るだけしかできなかった。

 しかし、彼が過ごしてきたこの二年間は見守るのは楽しく、思えば暇さえあれば下界を覗き見ていた気がする。

 それでもやはり、直接会話ができた先のひと時には遠く及ばなかった。

 まさに、夢のような至福のひと時だった。

 「しかし、私の大切な使徒である海斗さんにあのような仕打ちをするとは……とても許せません」

 その瞬間、笑みの質がガラリと変わる。

 海斗は近年稀にみる才能を秘めていたが所謂大器晩成型であった、しかも究極なまでの――。

 然るに成長速度が致命的なまでに遅かったせいで、結局周囲が彼の才能に気付くことはなかった。

 しかも、海斗の内向的な性格がそれに拍車をかけてしまっていた。

 自己評価が著しく低く自身が目立つことを極度に嫌う性分が、あの段階で開花していた才すらも埋没させてしまっていたのだ。

 規格外な補助魔法でパーティーメンバーの能力が底上げされていたというのに、あの者達は最後までそれが己が才なのだと誤認していた始末である。

 あまつさえ、次元魔法という神世の才も彼らにしてみれば毛色の違った空間魔法としか認識していなかった節がある。

 せめて後二年、研鑽に時間を割くことが出来ていれば救世の英雄に相応しい才能が開花し、周囲もそれに気付いたであろう。

 だと言うのに、功を焦るパーティーメンバーに急かされる形で早々に 『闇の獣』 討伐に赴いてしまった。

 召喚の折、祝福ではなく加護を与えることができていれば、成長速度に補正をかけることも、彼に言葉を届けることも出来ていたというのに――そうすれば彼があんな酷い仕打ちを受けることも、無能などと陰口を叩かれることもなかったはずだ。

 ルナの笑みに更に黒いモノが混じる。

 「……これも全て兄神様が出しゃばったせいと、子供を甘やかす父神様が原因ですね」

 そもそも、あの性悪なパーティーメンバーの選抜も脳筋な兄神の采配である。


 本来、魔元素循環システムの統括管理はルナの領分である。

 だと言うのに、何を思ったか兄神が循環システムの管理に携わってみたいなどと言い出し、父神である創世神が軽挙にこれを認めてしまったというのが事の発端である。

 英雄を召喚したのはルナであるが、それ以外の采配は全てあの脳筋な兄神の仕切りである。

 「……しかし、ギリギリだったとは言え、まさかあの成長段階で 『闇の獣』 を討滅できてしまうとは――」

 もし彼が才能を十全に開花させていたらどれほど一方的な闘いになったであろうかと想像すると思わず身震いがしてしまう。

 亜神である 『闇の獣』 すら容易く屠る力があるとすれば――それは神にも届き得ることを意味する。人の身でその力を得るのはまさに規格外だ。

 いずれこの世界の神の一柱にと自分がスカウトした人材ながらとんでもない原石であったと再認識してしまう。

 今後、あの純粋な性格が歪まぬよう細心の注意を払って彼の成長を見守って行く必要があるだろう。

 「それはともかくとして――これほど早い段階で 『闇の獣』 が討滅されてしまってはシステムに致命的な不具合が出てしまいますね……」

 恐らく今後数十年、下手をすれば数百年――あの世界は強大な魔獣の被害と魔力災害に見舞われることになるであろう。

 それは後数年の間に 『闇の獣』 が齎す予定であった被害を遙かに凌ぐことになるはずだ。

 幾つもの国家が滅亡し、人族の半分以上が死滅することになるだろう。

 この事態を齎した今回の責任者はこの件にどう始末をつけるのであろうか――あの脳筋な性格では事態の収拾はとても覚束ないことだけは明々白々だが――。

 となれば、もう片方の元凶である父神様が尻拭いに奔走することになるであろうことは容易に想像がつく。

 新たな魔力循環システムを構築するのか、対症療法的にシステムを改変して応急処置をするのか――いずれにせよ対処に四苦八苦することは間違いない。

 「まぁ、私には与り知らぬことですが……」

 最終的には自分に泣きついてくるであろうが、自分が選んだ使徒をあのような目に合わされたルナとしては今後千年は手を貸すつもりはない。

 これを機に、しばらくは休養をさせてもらうつもりである。

 「今回の事は兄神様を甘やかす父神様には良い薬です。偶には兄神様に振り回される私の苦労を身を以って知って頂かなくては――」

 ただ一つだけ、休養に入る前にやっておくことがある。

 純真な彼を裏切り陥れた彼らには、其れ相応の報いを与えなければ気が済まない。

 特に彼の心を弄んだあの女には念入りに報いを与える必要があるだろう。

 「あの聖女……いえ、もう悪女でしたね……彼女には相応しい呪い(しゅくふく)を授けてあげましょうか……」

 この瞬間、英雄と呼ばれた四人の運命が確定した。

気長に付き合っていただけると嬉しいです


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