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生贄にされた英雄は我が道を行く ―ラスボスと歩む庶民道―   作者: 山海千歳
1章 ロメリア王国編

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013 【 お茶会再び 】

 寮の食堂で昼食を終えるとマッシュとサラは実家へと帰って行った。

 「よっしゃぁぁぁ、今日はゆっくりと寝るぞぉぉぉ!」

 「自由なのですぅぅ!」

 寮の外から二人の声が届く。

 余程、魔法科連中との勝負がストレスだったらしい――まぁ無理もないだろう。

 〈……我は違うと思うがのぉ〉

 ともあれ、午後は別の予定が入っている。

 早速、仮面の女性ミリーさんの屋敷へと向かう。

 しかし、あまり早く訪ねても迷惑だろうから学院の庭をブラブラと散策しながら時間調整をしてから足を運ぶ。

 件の結界を潜り抜けて庭園をぬけると、屋敷の玄関先に侍女のセレナが待っていた。

 「お待ちしておりました、ルースさん」

 銀髪を靡かせ綺麗な御辞儀する。

 「……何かあればお迎えに上がろうと思っていましたが……当然のように素通りされてくるのですね」

 返答に困るが事情を明かす訳にはいかないので知らぬ存ぜぬでお茶を濁しておく。

 そして、以前と同じようにぐるりと屋敷を回り、案内されたのはバルコニーを改造したサンルームである。

 ルースが入っていくと、仮面姿のミリーがプランターを前に薬草の観察をしているところだった。車椅子のアームに固定された画版には薬草のスケッチが描かれている。

 「すみません、少し早かったでしょうか?」

 「いいえ、そんなことありませんわ……私、夢中になったら止まらない性分なので……御免なさいね、そちらに座ってくださるかしら」

 挨拶を交わしてテーブルに着くと、ワゴンを押したセレナが現れた。

 二人の目の前でお茶を蒸らし、手慣れた仕種で温めたカップに注いでいく。

 その手際の良さは芸術的ですらある。

 貴族科の授業でお茶を入れるメイド達の所作を見ているだけにその違いは一目瞭然だ。

 「……私が何か不調法をいたしましたでしょうか?」

 思わず見惚れていると視線に気付いたセレナが尋ねてくる。

 「いや、授業のメイドさん達よりよっぽど手際がいいな、と思って……」

 ――チャリーン

 いきなり、ワゴンから落ちたスプーンの甲高い音が響き渡る。

 セレナが目を眇め、こちらを睨むように見つめてくる。

 その様子を見ていたミリーがそこへ口を挟んだ。

 「ふふふっ、ルースさんが言っているのは貴族科の授業のことね? 彼女達はあれで王宮勤めの侍女なのですよ?」

 彼女の説明によると、王宮勤めの侍女にはかなりの箔が付くらしく、花嫁修行として貴族の子女に人気らしい。

 だが、希望すれば誰でも成れるというものではなく、礼儀に始まり、作法、所作、知識など様々な課題と厳しい審査を通り抜けねばならないようだ。

 しかも、倍率にして十人に一人か二人だと言うのだがらかなりの狭き門だ。

 「じゃぁ、あの侍女さん達より凄いセレナさんて……」

 「ル、ルースさんっ!  貴族科の授業で 『お茶会ではホストを一番に褒めるべし』 と習いませんでしたか?」

 皆まで言わせまいとセレナが言葉を被せてくる。

 「そ、そう言えば、そんな事を聞いた気が……」

 「……ならば、ルースさんが褒めるべきはミリー様であり、断じて私などではないのです」

 鋭い視線に射竦められ、早口で言い立てられてはタジタジだ。

 「す、すみません……」

 「ふふふっ、セレナが照れる姿なんて本当に希少な場面を見せてもらったわ」

 「……」

 背を向けお茶の用意に戻ってしまう銀髪のメイド。

 ミリーは照れているなんて言っているが――きつい態度といい先程の台詞といい、ルースには彼女が怒っているように思えてならない。

 「ルースさんも作法など気にせず気楽にしてくださいね」

 「はぁ、分かりました……」

 ここは触らぬ神に祟りなし、といったところだろう。


 お茶会の話題はミリーが尋ね、ルースがそれに答えるといった感じで始まった。

 狩猟者ハンター活動の話に始まり、学院での生活や授業についてといった当たり障りのないものであったが、お互いの興味や趣味が似通っているせいもあり、樹海の植物や魔法具といった単語が上がると、話題の中心はそっち方面へと移って行った。

 「ルースさんは樹海の植物に関して豊富な知識を持っているのですね、狩猟者ハンターだからなのですか?」

 「狩猟者ハンターといっても見習いですけどね……ギルドには資料室があって、そこに薬草なんかの図鑑が置かれているんです」

 「魔導技術に関する知識もかなりのものとお見受けしますわ」

 「ははは……ありがとうございます……そんな事言われたのは初めてなので、何だか照れてしまいますね」

 普段、クロに貶されてばかりいるので、そんなふうに面と向かって褒められると、とてもこそばゆい気がしてならない。

 〈何を言うておる、我は貶してなどおらぬぞ? お主が変な物ばかり作るから呆れておるだけなのじゃ〉

 (へ、変な物……って、地味に傷つくんですけど?)

 そりゃ失敗して意図した物と違う魔法具が出来てしまうこともあるが概ね成功しているし、失敗した物だって改善したり別の用途に転用したりしているので無駄にはしていない。

 結構便利な魔法具も出来ているのだがら変な物呼ばわりは甚だ遺憾である。

 〈お主の言うところの、その 『結構便利』 が恐ろしくブッ壊れた価値観をしておるからじゃろうが……この際、常識というのを学ぶべきではないかのぉ〉

 (人を非常識呼ばわりするのは止めて貰いたいんだけど……)

 趣味で便利グッズを作っているだけだというのに酷い言われようだ。

 〈自覚がないところが尚性質が悪いわ……気分でほいほいととんでもない物を生み出しおってからに……〉

 ルースが脳内でクロとやり合っていると、会話が途切れたタイミングを見計らっていたのか、ミリーが居住まいを正して切り出した。

 「ルースさんにひとつ提案があるのですが……私の助手を務めてみる気はありませんか?」

 「助手……ですか?」

 「そうです、ここで私の薬草栽培の研究を手伝って頂きたいのです」

 それが今日のお茶会の本題だったのだろう、彼女から真剣な雰囲気が伝わってくる。

 彼女は助手についての説明を丁寧にしてくれる。

 薬草栽培や魔法具に関心があるルースとしては願ったり叶ったりの提案なのだが、一つ問題がある。

 それは彼女の身分だ。

 実のところ、ミリーの素性については凡その検討がついている。

 誰も知らない奥まった場所とはいえ、ここが学院の敷地であることに違いはない。

 そんな公の場所に屋敷を構えている時点で候補は限られてくる。

 その上でちょっと聞き込みをしただけで簡単に答えに辿り着く事が出来た。

 彼女は離宮で怪我の療養をしているとされている第一王女――ミリアリア・ロード・ロメリアで間違いないだろう。おそらく、ミリーという名も彼女の愛称なのかもしれない。

 何故公表されている離宮ではなく、こんな学院の奥まった場所――それも結界まで施した屋敷で療養しているのかは分からないが、それはきっと彼女がここで薬草の栽培をしていることと何か関係があるのだろう。

 ともあれ、前世で散々な目にあったルースとしては貴族や権力者といった類の人種とはあまり関わり合いになりたくないのだ。

 「もちろん手当をお支払いいたします。それに対価というわけではありませんが、助手になって頂けるのであれば私の所蔵する魔導国の書物をお貸しすることも出来ますわ」

 どう断ろうかと思案していたルースだが、その台詞を聞いた途端、自然に言葉が吐いて出ていた。

 「僕なんかで良ければお手伝いさせてくださいっ!」

 〈………………〉

 言葉の突っ込みこそないが、「何言ってんだ、コイツ?」みたいな感情が脳内にひしひしと伝わってくる。

 (いや、だって魔導国の本だよ? クライスラー家には碌な魔導書がなかったじゃん)

 教材も学校の図書館も学生に合わせたレベルだし、王立図書館には閲覧制限があって学生のルースでは自由に魔導書を読むことが出来ないのだ。

 〈………………はぁ……〉

 クロは不服そうだが、これは仕方がないことなのだ。

 手当もくれるというのだから、苦学生のルースとしては生活費を稼ぐという大義名分もある。

 そう、仕方がいないのだ、決して魔導書に釣られたわけではない。

 〈……次元収納に何十トンの金貨が眠っておるのかのぉ……それに所蔵しておる素材を換金すればどれだけの金貨に替わるか見当も付かんのぉ〉

 その後もクロがネチネチと文句を言ってきたが、一度承諾した以上返答を翻すわけにはいかない。

 労働時間や手当などの条件を話し合って取り決め、その内容を書面に認めてお互いにサインをして契約完了だ。

 「早速ですが、ある薬草の栽培に関してルースさんの意見をお聞きしたいのです」

 そう言って案内されたのは少し奥まった場所にある棚の前だ。

 階段状の棚に並べられたプランターには、レムナリアが生育しており白い蕾を付けている。

 「ルースさんは御存知が分かりませんが、これはレムナリアという薬草です」

 レムナリアの蕾に手を伸ばし、ミリーが続ける。

 「ご覧の通り栽培自体には成功したのですが、成分が足りないせいなのか……どう精製しても肝心の薬効が得られないのです」

 因みに、レムナリアは樹海の奥地に生育し、青色の蓮華のような花を咲かせる植物である。

 その花の蜜には魔力を拡散させる効果があり、1000年前には専ら錬金術の触媒として使用されていた。

 薬としての用途もあるにはあったが至極限定的であり、魔力循環障害症と呼ばれる症状にのみ使用されていた。

 ともあれ、本来レムナリアは青い花を咲かせる植物だが目の前のそれは白い蕾を付けている。

 樹海は奥に行けば行くほど魔元素と瘴気が濃くなる。

 とすれば単純に考えて目の前のレムナリアが白い蕾を付けているのは高確率で魔元素不足――魔元素濃度の低さが原因であろう。

 もちろん他の生育条件があることも考えられるが、まずは魔元素を増やしてみるのが順当だろう。

 「その魔道具を見てもいいですか?」

 ミリーの了解を得てから棚の後ろにセットされていた魔法具を確認してみる。

 それは前世にあった冷水器のような魔法具で、中を覗いてみると水を湛えた容器から伸びる管の途中に大きめの魔鉱石と魔法式が刻まれたミスリルの基板が埋め込まれていた。

 管の先は各プランターに伸びており、濃縮された魔力を帯びた水が少しずつ供給されるようになっているようだ。

 探査魔法を発動して魔法式を細部まで確認してみる。

 (これは……出力不足ってとこかな……)

 対応策としては純度の高い魔鉱石を使うか、魔鉱石を電池のように直列に繋いで出力を上げることだが、それだと魔鉱石の消費量が格段に増える上に魔法式の容量を超えてしまい供給量が不安定になってしまう可能性もある。

 一番簡単で効果的な方法は魔鉱石を精霊石に入れ替えて、魔法式を少し調整してやることだろう、だが――。

 (精霊石を使うと、クロが文句を言うんだよねぇ……でも)

 傍らでルースの様子を不安そうに見守るミリーの姿が映る。

 顔の殆どを覆う白い仮面と肌の露出を嫌った長い手袋――それに事故で怪我をしたという話と療養中という噂、彼女がレムナリアに拘っているのはきっとそれに原因があることは容易に想像が付く。

 彼女が作ろうとしているのは間違いなく魔力拡散薬だ。

 「どうかしら? 何か意見があったら聞かせてくれるとありがたいのですけど……」

 クロが反対する理由も良く分かるが、ミリーは王女という身分にありながら平民のルースに丁寧に接してくれる。今まで碌な貴族に出会ったことがないだけに、出来れば彼女の力になってあげたくなる。

 「実はレムナリアって本来は青い花が咲くんです」

 「そうなのですか? 私はてっきり白い花が普通なのかと……」

 「多分ですが、白い花が咲くのは供給している魔元素が足りないからではないかと……ですから、水に含まれる濃度を上げるのに加えて、何かで囲って空気中の魔元素も上げてやった方がいいんじゃないかと……」

 「これでも限界まで効率を上げて魔元素を高めているのですが……更にですか……それに空気中の魔元素ですか……」

 途端に、ミリーの表情が研究者のそれへと切り替わる。

 独り言ちるように「よもや薬効が低いのはそれが原因でしょうか……」「まさか空気中の魔元素とは……」「それならば……あの薬草の生育不全もそれが原因?」と完全に研究者モードだ。

 顎に手を当て思考に没頭し始めるミリー。

 真剣にレムナリアの蕾を見つめ、ブツブツを魔法式の構築について思案する。

 「それが事実なら魔鉱石をもっと等級が高いのに変更して、魔法式もそれに合わせて調整する必要がありますね……ですが、水の魔元素濃度はそれで対応可能としても、空気中の魔元素いったいどうすれば良いのか……」

 「いっそのことプランターを小さい結界で囲んじゃったらどうですか?」

 ふと、思いついたことを口にしてみると、ミリーがクワッと目を見開いて見つめてくる。

 「……結界?」

 その眼圧に思わずたじろいでしまうも、何とか言葉を繋ぐ。

 「え、えぇ、結界で魔元素に限定して遮断すれば空気中の魔元素を上げることができるようになるし、空間が狭い分魔元素濃度を調整することが簡単になる上、拡散することがなくなれば魔鉱石の消費も抑えられてエコなんじゃないかなぁ、と……」

 「えこ? という言葉は初めて耳にしますが……つまり、供給を今以上に増やすのではなく、無駄を無くして効率化を図るという意味合いですね?」

 身を乗り出すように詰め寄ってくるミリーに、やや腰が引けた格好でコクコクと頷くルース。

 「確かに魔元素を遮断出来れば空気中の魔元素濃度問題は解決しますし、空間を限定することが出来れば、君が言うように魔鉱石の消費も格段に減らすことが可能でしょうね」

 再び思考モードに移行するミリー。

 やはりと言うか、彼女は生来の研究者気質のようだ。

 「ルースさん、君は本当に面白い発想をされるのですね」

 しばらくしてミリーが顔を上げる。

 ルースを穏やかに見上げるその表情は、研究者のそれではなく、令嬢のそれだ。

 ただ、その瞳にはどこか諦観にも似た色が見て取れた。

 「魔元素を遮断する結界ですか……確かに非の打ちどころのない理想的な解決策でしょうね――そのような高度な結界が実現可能ならばですが……」

 そこへ、珍しく静かだったクロが口を挟んできた。

 〈次元魔法などという戯けた魔法をお主が平然と使うから、我も忘れがちなるが……結界魔法とは元来そんなに万能なものではないぞ?〉

 (……どういうこと?)

 〈防護、無効化に感知……結界の種類は多々あるがどれにも共通するのは網状に展開した魔法式で一定の空間を覆うということじゃ〉

 脳裏にクロの魔法談義が続く。

 〈つまり、お主の前世の記憶にある 『バリア』 のような代物は再現不可能ではないにしても、消費魔力が桁違いなものになるであろうな――ましてや魔法を使って魔元素そのものを遮断するなぞ、空気を使って真空を作り出そうとするような所業じゃぞ? そもそも結界魔法が属する空間魔法の使い手自体が希少な……〉

 ――長々としたクロの話を要約すると

 ① まず空間魔法の使い手が希少とのこと

 ② ルースが想像する結界とこの世界の結界魔法の間には大きな齟齬があるらしい

 ③ 所謂バリア的な結界魔法は理論上構築可能ながら消費魔力は桁違い、少なくとも人族には発動不可能とのこと

 ④ そもそも、魔元素を使って結界魔法を発動させねばならぬのに、その魔元素自体を遮断するなぞ、もはや意味が分からん

 ――ということらしい。

 ただ、以上の問題を簡単に解決してしまうのが次元魔法ということだった。

 普段何気なく使っていた次元魔法だが、クロの言うことが本当ならかなり規格外な魔法のようだ。

 特定の空間に発動することで魔元素の流れや質を探査し、物質の構造や魔法式なんかも認識することができるたりするから、ルースとしてはとても便利な魔法だな程度に思っていたのだが――。

 (そう言えば……前世でクロと戦った時、普通にバリアとして使ってたな……次元結界って名付けて……)

 〈――ほんに今更じゃの、お主……〉

 (いやぁ、通りで魔力をバカ食いするわけだ、一日に二回しか使えなかったのも納得だよ)

 〈いやぁ――じゃないわっ! このスカタンがっ! 我の絶対障壁を解析して短時間とは言え、完全に無効化しおったくせに、あれとて次元魔法の応用じゃろうが……〉

 やや呆れたようなその声音に、ジト目のクロが思い浮かんでしまう。

 (ということは……次元魔法を使うっていうのは……)

 〈まぁ、英雄に担ぎ上げられて千年前のように権力者共に良いように扱き使われて使い潰されるか、恐れられて暗殺されるかじゃな――さもなくば、それらを全て力で拒絶してめでたく魔王ルート突入、といったとこかの?〉

 (何それ、怖い……)

 〈……それだけ、次元魔法という代物が規格外なのだということじゃ、使いように拠っては五元魔法の元となった原初魔法すら次元魔法の前には無力となるじゃろうの……まぁ、魔力をバカ喰いするから連発はできぬが……〉

 どうしよう、今魔力がほとんどないはずの自分が好きに次元魔法が使えてしまっている気がする。

 以前クロが言っていた魔元素を直接使っているというのがその理由だろう。

 この事が露見してしまったら? と考えると最悪の結末しか思い浮かばない。

 (クロ先生……今度、時間があったら私めに次元魔法について講義して頂けないでしょうか? 出来れば原初魔法についても……)

 〈………………〉

 ルースの言葉に、黙する嘗て闇の獣と呼ばれた同居人。

 この日は、普段にも増してクロの愚痴が多かった気がする。

 それはお茶会を辞して寮に帰り着いた後も続いた。

 ――何故だろうか、とても不可解で疲れた一日だった。

 因みに、次元魔法については――

 〈我も知らぬわ、たわけっ! 〉

 ――と怒られた。

気長に付き合っていただけると嬉しいです


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