プロローグ 【 闇の獣 】
【闇の獣】と呼ばれる強大な魔獣を討滅するため女神によって異世界へと召喚された青年――涼宮海斗。
大陸中から集められた強者たちと共に英雄部隊へと加わり、世界を救うべく【闇の獣】との戦いへと赴く。
苦難の末、四人の仲間たちと共にラスボスの元へと辿り着き、満身創痍になりながらも討伐を成し遂げる。
だがしかし、最後の局面になって海斗は信じていた仲間たちに裏切られ生贄にされてしまう。
それを見かねた女神が海斗へと救いの手を差し伸べ、彼を未来へと転生させる。
「次に海斗さんが目覚めるのは千年後の未来です……」
女神が憐れな青年へと優しく告げる。
「海斗さん……貴方の次の人生に幸あらんことを願います」
千年後――ルースとして転生した涼宮海斗は今度の人生は好きなように、自由に生きてみようと心に決め、趣味に向かって全力投球で新たな人生を始める。
すぐ隣にかつて【闇の獣】と呼ばれたラスボスを伴って――
八つの赤い瞳を不気味に光らせ、漆黒の獣が禍々しい大顎を開いた。
GURUAAAAAAA!!
灼熱の溶岩に囲まれた大地に耳をつんざく咆哮が響き渡るや、紅蓮の炎が吹き荒れ、黒い稲妻が地を抉る。
「次元結界!」
黒髪黒目の青年が魔導杖をかざすと、杖先に魔法陣が浮かび上がる。
美しい幾何学模様に囲まれた円陣の中、一際青く輝く魔導文字。
次の瞬間、無数のヘキサゴン模様に彩られた空間が襲い来る雷撃を打消し、五人の勇士を稲妻からその身を守った。
「ナイスタイミングだっ! 海斗っ!」
白銀のプレートメイルに身を包んだ聖騎士――アレンが背後を一瞥し、黒髪の魔導師に声をかける。
そして、再び敵へと目を移すと、手にしていた大盾を投げ捨て長剣を両手で構え直した。
「リーナはザックと私に回復と炎熱加護の魔法をっ! マリーは凍結絶界の詠唱を始めてくれっ! 海斗っ!おまえは……」
「あぁ、分かってるっ! 絶対にアイツの障壁を抑え込んでみせるよ!」
血濡れた左手を魔導杖に添え、黒髪の魔導師――海斗が声を張り上げる。
それを合図に、仲間たちが行動を開始する。
「……慈愛深き我らが主よ、敬虔なる子らに主の深き愛と祝福を与えたもう……」
砂塵に薄汚れながらも、神聖な輝きを放つ神官服に身を包んだ聖女――リーナが癒しの神聖魔法を発動させ、続け様に加護の詠唱に入る。
その傍らに立つのは氷系最上位魔法の詠唱をする四星魔導師のマリーだ。
「……其は理の源、其は元素の停滞、神々が紡ぐ黎明の詩……」
鈴の音を思わせる声が響くにつれ、掲げられた魔導杖の先に魔法式が浮かび上がり、積層の魔法陣を形成していく。
「次でキメっからなっ! 気合入れろよ、海斗っ!」
アレンの傍らに立つ銀髪の優男が前を向いたまま声を放ち、手にした魔剣を逆手に持ち直して背後に引いた。
刹那、鈍色に光る刀身が帯電し、放電の蒼い輝きが魔剣に走る。
仲間たちの期待に応えるべく、海斗は準備を始めた。
「魔力圧縮……解析プロトコルを多重展開……」
だが、その姿はまさに満身創痍である。
外套は裂け、剣は折れて失い腰には鞘のみ残り、革製の鎧は見る影もない。額から流れた血が片目を塞ぎ、折れた左手は杖に添えているだけでやっとの状態だ。
五人の中で一番重症ながら、その瞳には強い光が宿り、紡ぐ声には裂帛の気合が籠る。
「障壁の共鳴値を解析……完了……変数はそのままランダムで固定……発動座標を算出……効果範囲を一部変更……」
魔力を練り、凄まじい速度で相応しい魔方式を構築していく。
――ズズーンッ‼
次の瞬間、次元結界の効果が消失し、閉ざされていた空間に遅れて響く衝撃音。
濛々と立ち上る土煙の向こう側に、黒き獣がその巨躯現した。
狼を思わせる姿は闇のように黒く、血管のように全身を走る紅い筋が不気味に明滅を繰り返している。その邪悪な姿は世界を恐怖で包んだに相応しい化け物だ。
「空間掌握っ!」
十数時間に及んでいた苛烈な戦闘を終わらせるべく、最後の戦いの火蓋が切って落とされた。
煉獄の炎が渦巻く中、発動した次元魔法が漆黒の獣を包み込む。
「凍結絶界‼」
直後、続け様に放たれた氷結魔法がその巨躯を拘束する。
「二重裂漸‼」
「俺様の電撃を食らいやがれっ!」
裂帛の気合とともに突撃する前衛。
(あと少しなんだ……それまで持ってくれよ、僕の魔力……)
黒髪の魔導師は二人を援護するべく、更に補助魔法を多重発動させた。
――およそ半時後……
GYUOOOOOO……
世界を恐怖で震撼させた闇の獣が終に力尽き、地響きを立てて倒れ伏した。
「た……倒した……のか?」
魔法杖を構えた格好のまま、呆然と呟く黒髪の青年。
漆黒の巨躯を包んでいた禍々しい魔力がゆっくりと拡散していく、それは魔獣が力尽きた証だ。
「ははは……お、終わった……何とか倒せちゃったよ……僕たち……」
苦労して戦ってきた、この二年間の記憶が走馬灯のように海斗の脳裏に蘇る。
度重なる強大な魔獣との戦闘、瀕死の重傷を負ったことも一度や二度ではない。
本来戦いには不向きな性格の自分が最後まで戦ってこれたのは信頼できる仲間たち、信頼できる友たちの存在があったからだ。
「いいや、まだだ海斗……最後の仕上げが残っている」
精魂尽き果て地面にへたり込んでいた海斗が見上げると、アレンが剣を収めながら戻ってきた。その隣には魔剣士のザックの姿もある。
「え? もう終わったんじゃ……うぁぁぁっ」
突然、地面から飛び出した光る鎖に海斗は雁字搦めに拘束されてしまった。
「な、なん……だ……これ……」
鎖には魔力を吸収する効果があるらしく、枯渇寸前だった魔力が更に失われていく。
「さすがにその状態ではレジストできないみたいですわね」
声の主に顔を向けると、四星魔導師のマリアが杖を海斗に向って掲げていた。
「大した才能はないですけど、魔法抵抗値だけは異常に高いですからね、この人……」
そう言って酷薄な笑みを浮かべるのは聖女のリーナだ。
「封印するんなら、早いとこ済ましてくれよな、俺様はまだこの後、大事な用事があるんだからさぁ」
「大事な用事って、貴方のことですから、どうせ情婦との約束でしょ? 汚らわしいですわね」
不平を零す優男にマリーが半眼を向ける。
「へぇへぇ、男も知らねぇ、お堅い貴族のお嬢様には刺激が強すぎましたかねぇ」
「な、何ですってぇ!」
「まぁまぁ、仲間内で口喧嘩は良くありませんわよ」
豹変する仲間たちの様子に、海斗は訳も分からず呆然自失となる。
「み、皆……いったい、何を……言って……」
全く状況を理解できない。もしや、自分は混乱の魔法に掛かっているのでは? という思いが脳裏を掠める。
「悪いな、海斗……この世界の平和のため、君には生贄になってもらうよ」
顔を上げると、アレンの冷たい視線が海斗を見下ろしていた。
パーティーリーダーである彼の口から語られる事情――それは海斗を絶望の底へと突き落として余りあるものだった。
曰く、闇の獣は不滅の存在であり、討伐しても数百年ほどで蘇ってしまうらしい。
そこで立てられたのが今回の企てのようだ。
魔力量が膨大で、尚且つ魔力抵抗値が高い人間の体に闇の獣を封じ込め、龍脈の魔力を使って地底深くに封印してしまおうという計画らしい。
そして、海斗はその生贄に選ばれてしまった――と。
「君の命一つで世界中が平和になるんだ、安い買い物だろう?」
「ふふふっ、防御魔法しか脳がない役立たずのアナタが最後に人々の役に立てるんですもの、光栄ではありませんこと? 喜んでその栄誉を甘受するべきですわ」
「こんな荷物持ちの雑魚のことなんか、どうでもいいから、早いとこ終わらそうぜ」
酷薄な笑みを浮かべ、無情な会話を交わすパーティーメンバー。
この二年間、積み重ねてきた仲間たちとの思い出が海斗の中でガラガラと音を立てて崩れていく。
「……リ、リーナ……君は僕のことを愛してるって……」
縋るように見上げると、錫杖を手にした聖女が笑みを浮かべて海斗を見下ろしていた。
「そのようなもの、演技に決まっているではありませんか」
その瞳に情愛の色は微塵もない。反って汚物を見るような蔑みの色が浮かんでいる。
「平和のため、信仰のためとは言え……あのような演技をするのは正直苦痛でしたわ」
信じていた思いが、仲間たちと交わした誓いが、恋人が囁いた約束が絶望の渦に飲み込まれ、真っ黒に塗り潰されていく。
「悪いな、海斗……私たちの栄誉のため、世界の平和のため、その命を捧げてくれ」
薄れゆく意識の中、海斗の耳に親友と信じていた男の言葉が虚しく響いていた。
――数日後
世界に向けて闇の獣討滅が宣言された。
曰く、五人の勇士が闇の獣討伐に赴き、見事此れを成し遂げた。
しかし、討伐は達成せしも、仲間の魔導師が呪いを受けて正気を失い暴走。
正気を失う直前、件の魔導師はその身を犠牲に闇の獣討伐を仲間たちに願った。
四人は大切な仲間を救うべく努力するも術はなく、断腸の思いで彼の願いを聞き入れ、その身ともども闇の獣を葬ったと――。
この宣言に、世界中の人々が感謝の言葉と賛辞を五人の勇士に送った。
ライナス帝国第三皇子――アレン・ヴァイス・ローエングラム・ライナス
ルナ聖教聖女――リーナ
カイゼルト侯爵家次女、四星魔導師――マリエンテール・フォン・カイゼルト
天武流剣術剣王――ザック・サントール
勇士たちのその活躍は舞台劇で書物で、そして吟遊詩人の弾き語りで大陸中に知れ渡り、世界を救った英雄として四人の名前が歴史に刻まれた。
だがしかし、その中にカイト・スズミヤの名は終ぞ刻まれず、【黒の魔導師】という名称のみが残り、語り継がれることとなった。
気長に付き合っていただけると嬉しいです




