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博士の些細な失敗

作者: シラ・ナイ

〇 とある博士

 とある時代、とある場所にとある博士がおりました。

 車や飛行機、スマートフォンなどがあることから、20世紀の後半か21世紀の初頭くらいではないかと推察します。

 その博士は白髪に白髭。まさに博士という風貌でした。

 その博士がどえらい発明をしました。

 意識の深淵に行くことができる装置を発明したのです。

 これだけでは良く分かりませんね。つまり、生物の意識の壁を取っ払うことに成功したのです。一人の人間が自分の意識の深い深い最深部に到達すると、なぜかは分かりませんが、他の生命の意識と同化した世界に行けるようになるのです。個を深めると、全体に行きつくというのは面白いですね。

 博士は個がなくなった世界に行って、沢山の真実を「瞬間的」に知りました。宇宙には地球以外にも知的生命体がいること、言葉を話せない動物や植物にも意識があること、隣の家のいつも優しく接してくれる阿部さんが実は博士を危険人物としてみていることなど。そして、個がなくなることによる気持ちよさも知りました。恍惚感と言った方がいいかもしれませんが、とにかく全体と一体となることはとても気持ちが良いのです。

 ちなみに装置といっても装置の大半を占めるのは薬物注射です。瞑想の達人に頼み込んで、達人がニルヴァーナに達した時の脳波を取得しました。そして、博士は、その脳波に近づけるよう、薬物を調合していったのです。薬物による脳波の動きを確かめる実験は博士自身の体を用いました。なので博士の現実の心身と精神はボロボロになりました。というのも薬物の基本的な成分は麻薬だったからです。

  

〇 公表 

 博士はボロ雑巾のようになりましたが、「これで世界から戦争がなくなる!」と思いました。なぜなら、個が消滅し全体に吸収された世界はとても気持ちが良いからです。平穏な気持ちになります。心に波風一つ立ちません。博士の悪口を言いまわっている嫌いな研究者に対する憎しみも消えるのです。もちろん隣の阿部さんへの憎しみも消えます。

 なので、博士は装置を大々的に世界に公表しようと考えました。世のため人のために、何としてでも公表し、世界中の人々に使ってもらわないといけないと考えたのでした。

 各マスコミを回り(断られたマスコミももちろんあります。)、対応してくれた記者に装置を試してもらいました。外国のマスコミにも話を持って行きました。そうしたら、記者連中から、これは人類の大きな進歩になるからと、立派な場所で会見を開こうと言われました。会見に至る段取りは記者連中がつけてくれました。

 そうして、装置は世界にセンセーショナルに発表されました。そして、大量生産され、世界の誰でも使えるようになりました。

 

〇 些細な失敗

 数年後、世界はすっかりと、個の意識に壁がある世界とない世界を自由に行き来できる世界となりました。

 しかし、博士の思惑とは異なり、戦争や争いはなくなりませんでした。

 なぜでしょう。

 壁のない世界では、個人の考え・感情が、自動的かつ瞬間的に、自分の意図に反する場合もあると思うのですが(誰にでも隠しておきたいことはあるものです。)、誰にでも知られてしまいます。そうなりますと、自分が正しいと思っていることと、他人が正しいと考えていることは、瞬時にお互い知ることとなります。お互い、腹の底から自分が正しいと思っていることを、何のさえぎるものなく、知ることができる、もしくは知りたくないのに知ってしまうです。自分はこう考えているけど、相手は別のことを信じている、それでいい、お互いの考えは違うけれどリスペクトすればいい、そのように思えばいいのでは?とお考えかもしれませんが、現実はそうなりませんでした。

 全人類が壁のない世界に行き、一瞬で、それぞれの腹の中を知って、壁のある世界に帰ってきたとき、お互いの考えをリスペクトしようとはなりませんでした。実際に起きたのは、強烈な拒否です。人間の心は、博士が考えていたより、ずっとずっと許容範囲が狭かったのです。自分が正しいと思っていることと異なる考えを許すことができなかったのです。

 顕著に拒否反応が起きたのは宗教です。信じる神が異なる民族間では激しい争いが頻発するようになりました。自分が信じている神と異なる神を信じている他人を許すことができなかったのです。相手の頭や心の中が隅々まで分かるので、お互いに歩み寄る余地はないとなるのです。そしてどんどん争いはエスカレートしていきました。最終的には、人類が保有する最強の破壊兵器が使われました。核兵器です。核兵器はゼロになるまで使われました。

 博士は核兵器により死にました。世界中で生き残った人類・生命はほんのわずかな数となりました。

 博士を含め亡くなった生命は、壁のない世界にて生き続けています。まぶしいくらい明るくて気持ちは良いのですが、壁によって個は形成されていないので、考えはまとまらず朦朧としています。個の世界では死にましたが、全の世界では全然生きています。とは言っても、全の世界で生きていることは、壁のある世界の個の人間からすれば、あの世で暮らしているということなのでしょう。

 さてさて、生き残った数少ない人類は、二度と博士の装置を使うことはありませんでした。その後、核兵器が使われることはなくなりました。ですが、争いは起きました。世界規模の大戦も何度も起きました。

 あの世の博士(正確には個ではなく全なのですが。)は、全体に溶け込む気持ち良さを堪能しながら、失敗したなと、ちょっとだけ思いましたとさ。


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