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前編

前後編です。

よろしくお願いします。

 それは、突然の出来事でした。

 わたくしが目を覚ますと、広い庭園で、わたくしより年上のたくさんの人がわたくしのことを目を丸くして見ていたのです。なんだか悲しそうにしている人もいる気がします。

 わたくしが何かしてしまったのでしょうか?

 でも、わたくしは何も分かりません。何故ここにいるのか、何故こんなにたくさんの人がわたくしを見ているのか、この人たちは誰なのか、全く分からないのです。

 わたくしは瞬間移動でもしてしまったのでしょうか?でも、そんな高度な魔法を使える人は身近にはいないはずです。何かの罠でしょうか…。それとも、罰でしょうか…。


「あの、申し訳ありませんが、ここはどこなのか教えていただけませんか?わたくし、自分の部屋で休んでいたはずなのですが、目が覚めたら何故かここに立っていたのです」


 近くにいる方々に声をかけると、なんだか困ったような顔で、こそこそとお話をされています。やはり、わたくしは突然ここに現れてしまったのかもしれません。「どういうことだ?」や、「何が起きたんだ?」などと聞こえてきます。

 それに、なんだかわたくしの声もいつもと違います。眠っていて喉が渇いているのでしょうか。カサカサしますし、声が低い気がします。

 首を傾げると、サラサラと髪の毛が流れていきます。おかしいですね。わたくしの髪の毛はこんなにサラサラではありませんし、長くもなかったはずです。それに…。


「あら、色が戻っているわ。キラキラをみるのは久しぶりね」


 右手で髪の毛を一掴みすると、金色の艶のある髪の毛が目に映りました。目が覚める前は確かにくすんだ灰色でしたのに、一体何が起きたというのでしょう。

 わたくしの言葉を聞いて、息を呑んだ方々がたくさんいたようですが、わたくしは自分の変化に驚いていて、そんなことには全く気づきませんでした。だって、わたくしの目に映った手が、とても綺麗だったんですもの。


「わたくしの手は、こんなに大きくはなかったはずだけれど…。それに全然荒れていないわ」


 わたくしの知っている手は、もっと小さくて、もう少し柔らかくて、それで荒れていました。お水仕事は小さな傷でも痛くなるのです。ですが、それが消えています。


「何故なのでしょう…?痛っ」


 左手も見たくて動かすと、ズキズキと痛みました。そちらを見ると、小さなナイフが刺さったままになっているではありませんか。


「まぁ!血が出ていますわ」


 ダラダラとまではいきませんが、ナイフが刺さったところから、下は下へと血が流れています。今の今まで痛みがなかったことに驚いてしまうほどです。動かさなくてもズキズキ痛みますし、少しでも動かそうとすると、ひどく痛みます。

 こんな、腕にナイフが刺さった子供が突然現れたのならば、ここにいる方々が目を丸くしていたことも、悲しそうにしていたことも納得が行きます。わたくしがその立場だったなら、同じように目を丸くしたでしょうから。

 それにしても、どうしたら良いのでしょう。このナイフがいつ、どこで刺さったのか、わたくしには全く心当たりがありません。抜くのも痛そうですが、このままにしていても良くないことも分かります。

 この場にいる方々に助けを求めるべきなのでしょうか…。ですが、皆様まだ成人前の方々に見えます。もちろん、わたくしよりは年上の方々なので、わたくし位の子供が助けを求めるのは間違っていないと思うのですが、なんだかそうしてはいけないような気もするのです。


「なんの騒ぎだ」


 突然男の方の声が響きました。それと同時に、今までわたくしを囲んでいた方々が、声のした方に道を作るようにササッと動きました。「殿下だ」とも聞こえてきます。


「こんなところに集まって何をしていた」


 花道のように私に向かってできた道を歩いてきたのは、金色の髪の毛の、顔立ちの整った男の人でした。ここにいる方々と年齢は同じでしょうか。

 そういえば、ここにいる方々はみんな同じ服を着ています。男性と女性ではパンツスタイルとスカートスタイルの違いはありますが、シャツやベストは同じです。もしかしてここは、学校というところなのでしょうか。わたくしはまだ通える年齢ではないので行ったことがありませんが、学校であっている気がします。


「何故誰も答えない」


 わたくしはまだまだ勉強が足りないので、この国にこれくらいの年齢で殿下と呼ばれる方がいるとは知りません。わたくしが存じ上げているのは、わたくしと同い年の第一王子殿下と、1つ年下の第二王子殿下だけです。もしかしたら他国から留学して来られた王子殿下だったりするのでしょうか。それとも、まさかここは自国ではなく他国という可能性もあるのでしょうか。


「なんだその怪我は!血が出ているではないか」


 花道を作っていたご学友の方々が何も答えないために、どんどんわたくしに近づいて来ていた殿下と呼ばれた方が、わたくしの怪我に気づいてすぐに距離を詰め、わたくしの腕を持ち上げました。  


「痛いっ!乱暴に触れないで下さい。とても痛いんです」


 殿下と呼ばれるということは偉い人なのだろうが、わたくしだって痛いものは痛いのです。悲鳴をあげてしまうのも仕方ないと思います。子供なのですから。


「あ、あぁ、申し訳ない。何があったのだ、アデライド」

「わたくしのことをご存知なのですか?」

「何?」

「わたくし、ここにいる方々とは初対面だと思うのですけれど…。申し訳ありませんが、あなた様のことも存じ上げません」

「アデライド…?」

「はい。わたくしの名は、アデライド・エバーデン。デュリス王国エバーデン公爵家長女のアデライドでございます。あなた様のお知り合いのアデライド様に似ているのでしょうか…?」

「まさか…」


 殿下と呼ばれた方は、目を丸くして黙ってしまわれました。そんなにわたくしはお知り合いに似ているのでしょうか。お名前も同じだとしたら、すごい偶然です。

 それにしてもおかしいですね。殿下と呼ばれた方は大人と背丈が変わらなそうですのに、何故かわたくしと目線が近いのです。わたくし、何か台の上に乗っているのでしょうか?そう思って足元を確認しますが、足はしっかりと地についています。ですが、この足が履いている靴は私が知っているよりも大きいです。そして、足が細くて長い気がします。

 あら。このスカートの色は、周りにいらっしゃる女性たちと同じです。シャツとベストも同じです。わたくし、制服を着ています。それにお胸も膨らんでいるようです。どういうことなのでしょう。わたくし、いつの間にか大きくなってしまったのでしょうか。

 よく分かりません。あぁ、なんだかクラクラしてきてしまいました。血が流れるのは良くないことです。きっと、この傷のせいです。


「あの、申し訳ないのですが、このナイフを抜いていただけませんか?痛いし、クラクラしている気がするのです」

「何っ。あぁ、先に止血をすべきだった。少し我慢してくれ。ナイフを抜いたらもっと血が流れてしまうかもしれない」

「抜かなければ治せません」

「だから…」

「このまま治せば、ナイフがくっついたままになってしまいます。だから抜かなければなりません。すぐ治せば血も少ししか流れません」

「何を…」

「多分治せます。これ以上クラクラしてきたら、治せなくなると思います」

「…君が、治すのか?」

「はい。そうです」

「……」


 殿下と呼ばれた方は、わたくしと話しながら、ポケットから取り出したハンカチを傷よりも上の方に巻きつけて、ぎゅっと縛りました。血止めをしたのだと思います。傷に響いて痛かったのですが、わたくしは我慢しました。貴族とはそういうものなのです。


「まずは座るんだ。このままでは倒れてしまう」

「はい」


 殿下に促されるまま、少し離れたところにあったベンチに座ります。周りにいた方々は、またササッと避けてベンチまでの道を作ってくれました。殿下も座るのかと思ったら、座った私の前に片膝をついてわたくしの腕の傷を見ています。あと、腕をずっと支えてくれています。

 確か、偉い人は自分よりも身分の低い者に膝をついてはいけなかったと思うのですが、今は非常事態だから良いのでしょうか…。いえ、多分ダメです。周りにいる方々がザワザワしています。でも、誰も殿下を諌められないようなので、わたくしは知らんぷりをすることにします。


「本当に治せるのか?」

「多分治せます。わたくしの髪の毛が金色に戻っていますから、治癒魔法も使えるはずです」

「治癒魔法…!?それに髪の毛が戻った…?」


 殿下は驚いてしまったようです。それに、周りの方々も。そういえば、これは言ってはいけない事だった気がします。

 あと、わたくしの足が地面についています。足はやっぱり伸びたみたいです。椅子に座ってもまだまだ足が地面につかないので、プラプラさせてはいけませんといつも言われていましたのに。これは何故なのでしょうか…。


「ではアデライド、ナイフを抜くぞ」


 頭を何度か横に振った殿下が、わたくしの目をしっかりと見つめて言いました。


「はい。お願いします」


 あぁ、痛そうです。痛みを消す魔法もあるのでしょうか。もしあったのなら覚えておきたかったです。

 あ、殿下がナイフを握りました。ちょっと痛くなりましたが、わたくしは我慢できます。ぎゅっと歯を食いしばって、ナイフが抜けるところを見るのです。

 ナイフが抜けていく感覚はとても気持ちが悪くて痛いです。でも、多分殿下は他のところを傷つけないように慎重に抜いてくださっているのです。もう少し、もう少し…。抜けました!


「治癒!」


 右手に溜めていた魔力を、左腕に振りかけると、血が吹き出そうになっていた傷がみるみるうちに塞がりました。残っているのは、流れてしまった血だけです。治癒の魔法は傷を治すことはできても、流れた血を戻すことはできないのです。


「本当に…治っている…」


 消えた傷を見て、殿下も、周りの方々も驚きの声をあげています。治癒の魔法はとても難しいので、使える人が少ないらしいのです。


「気分は悪くないか、アデライド」

「はい。大丈夫です。座っているので、もうクラクラもしません。ナイフを抜いて頂いてありがとうございました」

「いや、気にしなくていい。それにしても…」


 立ち上がるのはまだ怖かったので、座ったままで頭を下げました。目上の方に対して良くない姿勢ではあるのですが、殿下は怒らない気がします。


「何があったか説明できるか?」

「申し訳ありませんが、わたくし、目が覚めたらここにいて、その時にはもう腕にナイフが刺さっていたので、何もわからないのです」

「眠っている時に刺されたのか?」

「分かりません。わたくし、お外で眠ったりはしないと思うのですが…。あぁ、でもおかしいんです。わたくし、なんだか体が大きくなっているんです。髪の毛も伸びているし、もしかしてわたくし、皆様方と同じくらいの年齢まで体が大きくなっているのでしょうか?」

「大きく…?」

「わたくし、ベンチに座っても、足が地面に届かなかったのです。ですが、今はこの通り、地面に足がつきます。体が大きくなる変身魔法なんてありましたでしょうか?それに、皆様と同じ制服を着ているようなのです。何が何だか分からなくて…」


 座ったままわたくし自身のことを眺めてみると、やはり大きくなっているのです。誰かに魔法をかけられたのでしょうか…。


「アデライド、君の年齢を聞いてもいいかい?」

「はい。わたくしは先月6歳になりました」

「6歳…!?」

「はい。6歳です。でも、この体は6歳の体ではありません…」


 殿下も周りの方々も驚いてばかりです。でも、わたくしも驚いています。自分に何が起きているのか、全然分からないのですから。


「アデライド、私の知っている君は今、16歳だ」

「16歳!?」

「そうだ。その顔も、体も、私の知っている16歳の君だ。でも、今私と話している君は、6歳だと言うんだね?」

「はい…。わたくしは6歳です…。何故…」

「恐らく、記憶をなくしているのではないだろうか。刺されたショックで、一時的に記憶が混濁しているのかもしれない」

「記憶が、こんだく…」

「このナイフに見覚えはあるかい?」


 殿下が見せてくれたナイフは、わたくしの髪の毛と同じ金色で、良く知っている紋章が柄の部分に刻まれていました。


「これは、わたくしの懐刀です…」

「やはり、そうか」


 懐刀がわたくしの腕に刺さっていたナイフということは、ナイフを奪われたということでしょうか。それとも、取り上げられた…?


「わたくし、何か悪いことをしてしまったんでしょうか?もしや、あれはお仕置きだったのでしょうか」

「お仕置き…?」

「それならば、元に戻さねばなりません」


 わたくしは殿下の手の上に置かれたナイフを取り、右手でぎゅっと握りしめました。そして、先程までナイフが刺さっていた左腕目掛けて振り上げます。


「何をする!?」 

「罰を勝手に終わらせたと知られれば、怒られてしまいます。だから、元に戻すのです」

「自分で自分を刺すと言うのか!」

「そうしなければ、もっと酷いお仕置きをされてしまいます」

「お仕置きって……アデライド、誰が君にそんなことをするんだ?」


 ナイフを振り下ろそうとしたわたくしの腕は、殿下に掴まれて動かせません。殿方の力は強いのです。わたくしが頑張ってどうにかなるものではありません。

 それよりも…。


「わたくしはダメな子です。どうしていつもみたいに黙っていられないのでしょう。言ってはいけないことばかり口にしてしまいました。お父様にも、お母様にも怒られてしまいます…」


 なんだかどんどん悲しくなってきてしまいました。次々と目から涙が溢れてはこぼれていきます。ナイフは、殿下に取られてしまいました。


「泣いたらもっと怒られてしまいます。公爵家の娘として恥ずかしくないようにしなくてはいけませんのに、わたくし、なんて悪い子なんでしょう」

「アデライド…?」

「目立ってはいけませんのに、治癒魔法も使ってしまいました。痛みも我慢できないなんて、恥です。だから、誰にも選んでもらえないのです。わたくしが、悪い子だから、大切にしてもらえないのです」

「何を言っているんだ…?」

「もう、分かりません。何故体が大きくなってしまったのでしょう。ここはどこで、わたくしは、何をしていたのでしょう。分かりません。分からないなんて、わたくしは、出来損ないです」

「お嬢様は出来損ないでも、悪い子でもありません!!」


 突然女生徒が人混みの中から飛び出して来ました。お嬢様とはわたくしのことでしょうか?


「リリー…?」


 あの子に似ている気がします。でも。


「いえ、リリーはもういません。それに、リリーはこんなに大きくありません」


 余計に悲しくなってきました。もう涙は止められませんし、泣いてしまったのは見られてしまっているのだから、もう気にしなくていいのではないでしょうか。


「お嬢様のリリーです。私も16歳になりました」


 リリーと言う茶色いふわふわした髪の毛の人が、わたくしにあと数歩と言うところまで近づいて、両膝をつきました。


「リリーは、わたくしのことを、話せないわ」

「制約の魔法は、先程解けました。アデライドお嬢様、こちらをご覧ください」


 そう言ってリリーという人が首から下げたチェーンを引っ張り、薄いピンク色に輝く宝石を見せました。


「それ…売らなかった…のね…?」

「売れません。他の何を売り払っても、これだけは手放さないと決めていました。売らなくてもいいように、頑張ろうと。母も、弟も、一緒に頑張ってくれました」

「そう…、あなたは本当に、リリー、なのね…?」

「そうです、お嬢様。お嬢様と私しか知らない秘密だってちゃんと覚えています。幼いお嬢様がどれだけ我慢をして、どれだけ努力をしていたのか、私は知っています。どれだけ悲しい思いをして、どれだけ理不尽な思いをしていたのか、どんな思いで私達を手放したのかも、忘れていません。お嬢様はとても優しくて、とても素敵な女の子です。昔も今も、私の大切な、大好きなお嬢様です!」

「わたくし、あなたに大変な思いばかりさせていたのに…。でも、嬉しいわ。ありがとう、リリー」


 この人は、わたくしの知っているリリーに間違いありません。かなりお姉さんになってしまいましたが、わたくしの侍女だったリリーです。

 どこからか取り出したハンカチでわたくしの涙を拭ってくれました。いつものように抱きつきたいところですが、わたくしも、リリーも、もう6歳ではないようなので我慢します。


「アデライド…とリリー嬢だったな、場所を変えよう。話が聞きたい」

「分かりまし…」

「お待ちください、殿下!」

「何だ?」


 殿下の言葉に立ち上がってお返事をしていたところ、大きな声に遮られました。驚いて、思わず殿下の陰に隠れてしまいました。声が、怖かったのです。


「アデライドは私の婚約者です。連れて行くのでしたら、私もご一緒させてください」


 沢山いた人たちの中から、焦茶色の髪の毛に、緑色の瞳の男の方が前に出てきました。わたくしの婚約者と言っていましたが、どなたか存じ上げません。いえ、似たような人を知っている気がします。でもそれは、どなたのことでしょうか…。


「お前はダルラン侯爵令息か」

「はい。彼女は混乱しているようですし、私も一緒に…」

「この方は怖いから嫌です。一緒に行きたくありません」

「なっ…!」


 無礼だとは思うのですが、殿下の服の後ろの方を掴みながら言いました。だって、わたくしの手が震えているのです。よく分かりませんが、怖いと感じるのです。


「わたくしは悪い子ですから、我儘を言うのです。この方も、あちらにいらっしゃる方々も、皆様怖いから嫌です。皆様わたくしの知らない人ばかりです。殿下とリリー以外は、怖いのです」

「アデライド…」


 本当は殿下にくっつきたいのですが、それは我慢です。服を掴むのだって、本当はいけないことです。ですが、殿下はわたくしの手を振り払っていませんし、怒っていません。きっと見逃してくれているのです。ぬいぐるみにしがみついていいのは自分のお部屋の中だけです。外でしてはいけません。


「殿下、ダルラン侯爵令息は、先ほどアデライドお嬢様に婚約破棄を宣言いたしました。こちらにいらっしゃる皆様方全員がそれを聞いておりましたし、どなたも諌めませんでした。この婚約は既に破綻していると思われます」

「お前っ…!」

「なるほど。そういうことならお前は付いてくる必要がないな。アデライドが混乱しているというのなら、こんな衆前で1人の少女を貶めた自分の言動を省みたらいいのではないか?」


 さぁ行くぞと言って、殿下はわたくしの頭を軽く撫でてから、膝下に腕を入れて抱き上げました。


「これっ、お姫様抱っこ…ですっ!」

「なんだ、されたことがなかったのか?」

「はじめてです。わたくし、お姫様になったみたいです!」

「アデライドはお姫様だろう?」

「…わたくしは、王子様に選んでもらえなかった、ハズレなのです。出来損ないの、悪い子です。お姫様にはなれませんでした」

「誰がそんな事を言った?」

「ひみつ、です。でも、妹は選ばれたのです。王子様は、妹が良いと言って、妹はお姫様になったのです」

「あれか……」

「わたくしは、誰にも選んでもらえない、価値のない、人間なのです…。だから、いい子にして、言いつけを、守らないと、いけないの、で…す…」


 ゆらゆら、抱っこされての移動はとても気持ちよくて、眠くなってしまいます。殿下に抱っこされて眠ってしまうなんて、絶対にいけないことです。でも、もう、目を開けていられません……。




 −−−−




 腕の中で眠ったアデライドの顔は、俺の知っている彼女より、幼く感じた。さっきまでのアデライドも、幼かったけれど。

 幼少の頃からアデライドとはよく顔を合わせていたが、初対面の頃にはもう、淑女の仮面を張り付けていた。幼いままでは顔合わせの場にも出すことはできないのだから、当然のことなのだが。

 彼女の家は貴族の中でもトップの公爵家。そして俺は王族だ。適当に身につけたマナーで外に出ることは許されない。厳しいマナー講師からのお墨付きがもらえなければ、何歳になろうが部屋から出してはもらえないのだ。

 ただ、アデライドは徹底して顔色を変えなかった。王族並みか、それ以上に感情が読めなかったのだ。無表情か、型通りの微笑みか。まるで人形のように、感情を出さなかった。厳しい教育の賜物かと思っていたが、同じ教育を受けたであろう彼女の妹は、そうではなかった。妹の方は、外に出られるだけのマナーは一応身についていたが、アデライドよりも自由で、子供らしさを持ち合わせていたのだ。先ほどのアデライドよりももっと自由で、2人は正反対と言ってもいい程違っていた。


 ある時、王城の庭園を使ったお茶会という名の、俺と弟の婚約者選びが開かれた。高位貴族の年齢が合う子供達が呼ばれ、お茶とお菓子が振舞われた。友人探しも兼ねているという名目で、女子だけでなく、男子も集まっていた。

 その場で、俺の弟は、アデライドの妹を婚約者にと望んだのだ。先程眠りに落ちる前にアデライドが言っていたのは、そのことだろう。何故兄より先に弟が選ぶのかと言いたいところだが、アデライドの置かれていた環境は、俺のそれと似ていたのかもしれない。弟の方が、自由だったのだ。

 弟がアデライドの妹を望むのなら、俺はアデライド以外を選ぶしかない。同じ家から2人も王族の婚約者を選ぶなど有り得ないからだ。貴族間のパワーバランスが崩れてしまう。弟は何も考えずに自分の好みを優先し、周りは誰もそれを止めなかった。

 俺はその場で婚約者を選出せず、保留のまま現在を迎えている。弟を諌めることが出来なかった者達への抗議の意味が強かったが、ここまで来ると、ただの意地だったのかもしれない。


 アデライドの婚約者が決まったと聞いたのはいつだったか…。茶会の後から公の場で顔を見なくなったと思っていたが、社交界デビューの際に婚約者を伴って参加し、その後も姿を見かけるようになった。そして、貴族に義務付けられているこの学園への入学で、顔を見ない日は少なくなった。

 淑女の仮面を被り、何があっても表情を変えないのは昔のままだったが、どこか気怠げに見えた。大きく変わったのは、輝きを失った灰色の髪の毛だが、成長するにあたり髪の色が変わることは珍しくはない。特にブロンドはくすんだり、茶色に近づいたり、変化の多い髪色だ。だから、特に疑問にも思わなかった。

 先程の、幼くなった彼女の言葉を聞くまでは。


「リリー、君の知っていることを、教えて欲しい」




後半は明日投稿します。

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