12.誓約の裏側で 中編
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「……お兄様、天界のお兄様が降臨されました」
巡り巡る大騒動の記憶を強引に断ち切り、燃える空間にいるフルードは眼前のフレイムを見つめた。山吹色の眼差しが頷きを返す。
現在は史上初となる神使選定が行われているだけでなく、30年に一度の大祭、星降の儀の後祭を行っていた。そこで発生した騒動の最中、フレイムが出現した。フルードの中にいる正焔神の方ではなく、天にいるはずの真焔神のお兄様だ。
――今の俺は内密に神使として降りてるお忍び状態だから、正体を言うな。俺のことは知らないフリをしろ
いきなりお兄様が現れただけでも口から心臓が飛び出しそうだったのに、重ねてそんなことを言われ、表向きは涼しい顔をしながら内心汗だくだくで合わせたのが先ほど。
「お忍びで来られているそうで、神威どころか神格そのものを厳重に抑え込んでおられます。聖威師と同じような状態になられておいでだと感じました」
『だな。驚いたろ?』
「はい。……いくらお兄様でも、これでは騒動に対応できません。先ほどまでは、いよいよとなれば焔の神器を一時お兄様にお返ししようと思っていました。そうすれば神器の力で対処できますから」
『それは良いが、俺はお前から離れる気はねえぞ?』
「分かっています。ですから、一時的に神器と分離していただこうと考えていました。私を神籬とし、直にお宿り下されば良いのではと」
その間は、自らを神器だと言い張ったり、神器の力を使うことはできなくなる。だが、こちらのフレイムは天から来たフレイムとは違い、神格自体を抑制しているわけではない。必要であれば、自身の力を使ってそれなりには動けるはずだ。
何より、あの靄の件は既に解決しており、今の後祭騒動の場にそろっている顔ぶれを見ても、フルードに危害が及ぶ確率は無いに等しい。
『そんなら良いぜ』
あっさり承諾したフレイムは、しかし、すぐに続けた。
『けど、もうそれをする必要はなくなったはずだ』
フルードも首肯した。天から来たお兄様は、熱を帯びた眼差しで一人の少女のことを見ていた。驚くほどに澄み切った魂を持つ神官の少女。いつだって絶えずフルードを見てくれていたはずの山吹色の瞳には、しかし、今この瞬間は愛し子しか映っていない。
「はい。あちらのお兄様は愛し子を得られましたから。見初めた者に寵を与えるという名目で、神格を出し神威を使うことが可能でしょう。焔の神器は不要になりました」
『そうだ、あっちの俺は愛し子を持った。だから俺はお前をここに呼んだんだ』
その言葉に、基本的な疑問を思い出す。そもそもこちらのフレイムは、何故今この時に自分を呼んだのだろうかと。
「僕に何かお話があるのですか?」
『ああ。すごく大事な話だ』
「何でしょうか?」
真剣な顔で身構えるフルードの耳に、次の言葉が滑り込む。
『今この瞬間、俺は本当の意味で完成した。完全になった、って言った方が良いかもな。そのことを伝えたかったんだ』
「完全……それはどういう――?」
『俺が完成するのは、あっちの俺が愛し子を得て、〝特別〟の中で優先順位ができた時なんだよ』
ぼかした言い方をしてくれたが、要するに愛し子が一番になり、フルードの優先順位が下がった時と言うことだ。
『今までは、あっちの俺の〝守るべき特別〟はお前だけだった。母神や姉兄神たち家族神も〝特別〟ではあるが、俺と同格か格上の存在だから庇護対象じゃない。守る対象としての〝特別〟はお前一人だけ。だから自ずと最優先になる。極論を言えば、仮に俺がいなくても、お前に守護が必要になればあっちが必ずお前を守りに来られたんだ』
ゆえに目の前のフレイムは、これまではずっと天にいる自分に遠慮して来たのだという。
『けど、あっちの俺が愛し子を得たら〝庇護対象である特別〟が二人になるから、その間で優先順位ができる。弟と愛し子が同時に危機に陥れば、あっちは愛し子の方に行くようになる。そうなった時点で、俺は真の意味で完全になる。俺はお前を最優先するお前のお兄様だからだ。あっちの俺は愛し子、俺はお前。そういう住み分けになってる。なぁ、俺はようやく完成したんだよセイン』
碧眼を見開き、フルードは呆然とそれを聞いていた。信じ難いという意味で。
(……ちょっと待って下さい。何ですかそれ、じゃあ今までのあなた、まだ完成していなかったのですか!? 今まで散々めっっっちゃくちゃなことをやりまくって来たのに!? あれでもまだ不完全だったのですか!?)
ならば、真に完全体となったらしい今後は一体どうなるのか。自分に御せるだろうか。そんなことを考えながら改めて眼前のお兄様に視線を向け、その懸念が杞憂であることを察した。
腕を伸ばしたフレイムに、ぎゅっと抱きしめられる。底無しに優しい山吹色の眼差しが、限りない慈しみと愛情を込めてこちらに据えられている。フルードだけを見てくれている。
ああそうだ、と、当たり前のことを思い出した。このお兄様は、こちらの声には必ず応えてくれる。やめて欲しい、それ以上はしないで欲しい、と頼めばそうしてくれる。だから、自分が嫌がることをするはずがないのだ。フルードが内密に秀峰と日香から追加指導を受けたことも、誰にも言わないで下さいと頼んだところ、二つ返事で了承してくれた。
『やっと本当の意味でお前のお兄様になれた。こんなに嬉しいことはないんだぜ』
「お兄様は今までもずっとお兄様でしたよ。これまでも今もこれからも、ずっと」
『ああそうだ、俺はお前のためにいる。もしあっちの俺が愛し子だけを見るようになったとしても、俺の目にはお前しか映らねえんだよ、セイン』
「では、本当に僕のためのお兄様……僕のお兄様なのですね」
ありがとうございました。




