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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔の神器とフルード編-
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7.迫る何か⑤

お読みいただきありがとうございます。

 ◆◆◆


 ここには苦痛しかない。


 銷魂(しょうこん)の中、そう悟った心が泣いている。


 重い腕を動かそうとすれば、ガシャンと耳障りな音が響いた。以前は毎日のように聞いていた、重厚な鋼鉄の手枷と鎖が擦れる音。


 漸々目を開けると、薄ぼんやりした土壁と壁の篝火が見えた。天井から伸びる鎖で全身を拘束されて吊るされ、両腕は頭上で縛り上げられている。その瞬間、恐怖と諦観で悲痛な涙が溢れた。自分はここを知っている。何故なら、ここで想像を絶する拷問を受けていたから。脱したと信じていたおぞましい場所に、引きずり戻されてしまった。



 〝捕らえた。お前はもう帰れない。あの光り輝く世界には〟



 自分を付け狙う何かがそう囁く。


『ああ、起きたのか。もう少し遅ければ、こうして霊電を流してやろうと思っていた』


 眼前では、かつて自分を虐げていた貴族、ガルーン・シャルディの醜悪な顔が嗤っていた。首に嵌められた重い枷が火花を散らし、霊威の高電圧が流し込まれる。両手足に付けられた枷にも。


 血を吐くような絶叫が湿った土壁に吸い込まれ、鈍く反響して木霊する。


『幸せになれると思ったのか? そんなわけないだろう。お前は永劫に私の拷問人形として生き地獄を味わい続けるのだからな』


 意識を焼かれる苦痛の中、しゃがれた声が幸福の終わりと絶望の再開を告げるのを聞く。

 いざとなれば神格を出せ、というライナスの助言が脳裏に浮かんだ。今がその〝いざ〟なのだろうか。だが神に戻ってしまえば、再び聖威師になることはできない。目指して来たものが、これから成して行こうと思っていたことが、何も果たせぬまま終わってしまう。


 どうすれば良いのか。こんな形で幕引きになるのか。パニック状態に陥りかけながら、濁り切ったガルーンの碧眼を見た瞬間。

 先ほどの夢と同様、脳裏に数柱の神々が浮かんだ。いずれも自分を心から大切にしてくれる者たちだ。


 魂に閃光が走る。まだ終わっていない。たとえ完全に囲い込まれようとも、人間同様の状態に戻されようとも、神々に愛された今の自分は、昔と同じではない。彼らと育んで来た絆は消えない、それが自分を助けてくれる。


 相思相愛の神は、心から喚べば必ず応えてくれる。


(助け……ラ……)


 浮かんだ中の一柱へ意識を向けかける。自分を見初めてくれた原点たる、大いなる神へ。()の大神のおかげで、自分は奈落の底から救われた。ならば、今回もきっと守ってくれる。絶対に。そう確信を持って喚ぼうとした、その寸前。

 視界に篝火が映った。兄を想起させるような、赤々と燃える灯火の輝き。


(……おにい、さま)


 その炎を見た瞬間、意識が切り替わった。思い描く神が、助けを求める神が変更される。


『さあ、まずはこの杭で頭蓋に穴を開けてやろう。お前には特殊な回復霊具を付けているから死なない。今まで何度もやって来たことだから分かっているだろうが。脳髄を噴き出しながら、血潮と吐瀉物に塗れて悶絶するお前の姿は中々に見ものだったぞ』


 記憶の底に封印してしまいたい辛苦の思い出を容赦なく抉り、ガルーンが長大な杭と金槌を手に持った。


(お兄様、助けて)


 額にピタリと杭の先端が当てられる。後から後から流れる涙が止まらない。


(お兄様、お兄様)


 金槌が高々と宙に掲げられた。金属が風を切る重い音。


(お兄様――!)


 狙い違わず振り下ろされた金槌が、杭を打ち付けて自分の頭蓋を刺し貫こうとした時。


 フルードの胸から紅蓮の焔が噴き上がった。それは瞬き一つもしない間に巨大な渦を巻き、フルードを守る結界と化すと、ガルーンを景気良く弾き飛ばした。金槌と杭もフルードから外れて横ざまに吹っ飛ぶ。

 天井から伸びる鎖が溶断され、吊り上げられていた体が落下した。


「っ…………」


 フルードは衝撃に備えて全身に力を入れた。肢体の拘束が解けたわけではないため、受け身が取れない。このまま床に叩き付けられると思った瞬間、ふわりと受け止められた。すっかり慣れ親しんだ力強い感触に、強張っていた体が弛緩する。首と手足の枷に流れていた霊威の電圧が、嘘のようにかき消えた。


「ああ……」


 とめどなく流れる涙が、その意味を変えた。絶望ではなく安堵から零れ落ちる、温かな雫。熱を帯びた神威が肌を撫でると、鎖の縛めと枷が瞬時に消し飛ばされる。


「来て下さったのですね」


 自由になったフルードが万感の想いを乗せて顔を上げると、今朝方に別れたばかりの山吹色の双眸が温かな光を放って見下ろしていた。

ありがとうございました。

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