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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
84/101

84.番外編 優しいだけでは エピローグ上

お読みいただきありがとうございます。

時系列としては、すっぽん皇女本編のエピローグより少し後になります。

 ◆◆◆


 フルードが聖威師として地上に在った時代から、気の遠くなるような星霜が隔たった。

 自分が昇天した後も、地上の季節は移ろい、星は巡り、時間は進み、世界は崩壊と再生を繰り返しながら前へ前へと進んで行った。


『セイン、来たか!』


 ここは天界。勝手知ったる領域の門前で、葡萄酒色(ワインレッド)の髪がなびいている。


『お兄様』


 フレイムが門まで直接迎えに出る者は限られているらしい。彼にとっての『特別』だけが受けられる厚遇なのだと、初めてここに来た時はまったく知らなかった。

 ……ちなみに、別の意味で特別な奴が来ても出て行くことがある。迎え入れるのではなく叩き返すために。例えば末の邪神とか。だが、門で一悶着(ひともんちゃく)を起こした後は結局中に入れて一緒に茶を飲んでいるので、結局のところ仲が良いのだろう。


『ただいま戻りました』

『おー、入れ入れ〜』


 当たり前のように開かれている炎の門を笑顔でくぐる。一度、お邪魔しますと言ったところ、ここはお前の家なんだからただいまで良いんだぜ、と返された。


『今年も神苑の木犀(もくせい)が咲いたそうですね』

『ああ、もちろんお前の好きな薄黄木犀(うすぎもくせい)もあるぜ。好きなのを好きなだけやるよ』


 持ってけドロボー、と両手を広げる兄の後ろで、籠を持った彼の従神が微笑んでいる。


『いつもありがとうございます』


 フレイムは頻繁に自分を領域に呼んでくれる。

 やれ良い茶葉が手に入った、やれ美味い菓子を作った、やれ綺麗な花が咲いた、やれ絵を描きに来ないか、やれ楽器でも弾こう、やれ上等な布が入った、やれ話し相手になってくれ……と、何かに付けてせっせとお呼びがかかる。

 フルードの方も折に触れて兄を自分の領域に招いていた。それはもう、狼神がヤキモチを焼いてピュンピュン尻尾を振るほどに。


『この前お前にもらった果物、ユフィーが嬉しそうにジャムにしてたぜ。お前に渡したいって言ってたから、何個か持ってきな。瓶に詰めてあるから』


 ユフィーとはフレイムの愛し子の秘め名だ。無事に自らの最愛となる女性と巡り合ったフレイムは、寵と神格を与えた彼女を妻にして御子神を授かった。現在も妻子を目に入れても痛くないほど溺愛している。

 だが、それと(フルード)への愛情は別らしい。それはそれ、これはこれであり、どれも全て特別でかけがえのないもので序列や順位は無い、付ける必要も感じない、とはっきり言っていた。全部大事にすればいいだけだ、と。


『はい。彼女はこちらに来ていないのですか?』


 キョロキョロと周囲を見回し、珍しいと呟く。選ばれし神の愛し子である彼女もフルードと同格の高位神だ。自身の領域と従神、使役を持っている。が、フレイムがベタ惚れでなかなか手放さないので、この領域にいる方が多いはずなのだが。


 山吹色の目が苦笑を孕んだ。


『今日は母上の領域に呼ばれてる。姉上たちも含めて泊まりの女子会するんだと』

『楽しそうですね。ではお礼はまた後日お伝えします』

『ああ。お前とアフタヌーンティーがしたいって言ってたからな、近い内にここで一緒に茶でも飲んでやってくれ。お前たちが大好きなフィナンシェ焼いてやるから』


 愛妻に喜んでもらえ、かつフルードを呼び寄せる一石二鳥の理由ができたからか、上機嫌な声音で言う。


『もちろんです。……が、今日の女子会といい先日の茶会といい今後のアフタヌーンティーといい、あの子はよく食べますね。あなたの料理が美味しいのでしょう」


 フレイムの愛し子は、フルードの教え子でもある。彼女が聖威師になってからは、フルードが指導することが多かった。飲み込みが早くてよく気が利き、素朴な食材を使った料理と甘い菓子が好きな少女だった。そして、驚くほどに美しい気と澄んだ目を持っている。


 そして、フレイムは料理が超絶に上手い。精霊や神使として神に仕えていた頃は神饌(しんせん)を作ったりしていたのと、フルードを召し出していた時に色々と作ってくれていたからだ。神に飲食は必要ないが、娯楽として食事会や宴を催すことはある。そして何より、フレイムはとても手先が器用だ。これは生来の荒神の特徴でもある。


『お前にだっていつでも作ってやるよ。好きな時に食べに来ればいいし、何なら保存できるモン作って送ってやるから。……にしても茶会は楽しかったなぁ』


 ぽりぽりと頰をかいたフレイムが言う。


 先日、紅日神(こうにちしん)日香(にちか)が、至高神の(いま)す超天から天界にやって来た。

『やっほー、何だか地上にいた頃のこと話したくなっちゃったー! 当時のことお(しゃべ)りしよ〜!』という提案で、日香が天威師であった頃と同時期に地上で聖威師をやっていた神々や、日香と関わりのある神たちが集まり、茶菓をつまみながら盛り上がったのだ。

 フルードとフレイムももちろん参加し、思い出話に花を咲かせた。


『ええ、たくさんお喋りできましたし、話題が尽きませんでしたね』

『初めて神使選定が行われた時の話も出たよな。俺とユフィーが巡り合った記念すべき時だが、色々と大変だったな。ユフィーのバカ妹がアイツに唾付けられるわ、神託廃棄をやらかしたバカのせいでアイツが暴れかけるわ……』


 フレイムがやれやれと腕組みした。


『あの時、時空操作が可能なライナスや悪神の寵児のアリステルがいれば、もう少し楽だったんだろうがな』

『そうですね、本当に。ですが両者とも急務で不在でしたからね』


 かつて、史上初となる神使選定の最中に行われた星降(せいこう)()という神事において、神官府の歴史に残る事件が発生した。当時の大神官がフルードだった。


 その事件発生時、ライナスは当波と共に神器に関する緊急案件が入り、属国に赴いていた。しかも、属国側で事後処理の不手際が重なり、追加で複数件の神鎮めが必要になったことで、帰国が大幅に遅れた。


 アリステルもアリステルで、別の属国で悪神の神器という珍しいものが暴走しそうになっているという極秘連絡が入り、内密にその国に飛んで対処に奔走していた。秘密裏に動いていたのは、神器が制御不能というだけでも国民に緊張が走るのに、悪神の神器となれば国中が大混乱に陥るためだ。


 また、悪神の神器の所有者は属国の神官府に正確な情報を届けておらず――ただの神器ではなく悪神の神器だということを神官府に秘匿しており、暴走しそうになって慌てて白状した――、しかもそれが所有者の家の家督継承に関わる特殊な神器であった。

 そのため、アリステルは完全にとばっちりでお家騒動に巻き込まれ、神器を下賜した悪神も乱入して別の事件が勃発したことで連日それに対応する羽目になってしまい、やはりなかなか帰国できなかった。


 そのため、一番いて欲しかった彼らは星降の儀には不参加だった。


 と、そんなことをつらつら考えながらフレイムの隣を歩き、かつてと同じ草木や花々が咲き乱れる神苑を進む。フルードの方が神格が下だが、兄弟が並ぶのは当たり前だろと許しを得ているため、同じ位置に立って歩くことができる。やがて、目当ての薄黄木犀の木にたどり着いた。


『いっぱい採ってけよ』

『はい』


 この神殿と神苑には、自分が召し出されていた時の状態が保たれた区画がある。かつては新芽だったものが今は大木になっていたり、後にフルードの好みが変わった部分に関してはそれを反映して変更が施されたりなどの差異はあるが、草花の種類など基本的な部分はかつてのままだ。


 フレイムは、フルードと過ごした状態を保存したまま、新たに神殿や神苑を増築した。彼の愛し子と、愛し子との間に授かった御子神たちに合わせて整えた区画を、一つ一つ別に創っている。


『では、この辺りのものと、こちらも満遍(まんべん)なく。右上の方も……』


 欲しい部分を言えば、専用のハサミを手にした従神が素早く採取してくれる。


『薄黄木犀はローナが好きなのです。子どもたちも。多めに持って帰ってもいいですか?』

『おう。こっちに銀木犀(ぎんもくせい)金木犀(きんもくせい)もあるぞ』

『銀木犀は兄様(あにさま)が好きな花です』


 近くに咲いている銀木犀を見て、フルードが目を細めた。


 邂逅時は、海面と深海ほどの心的距離があった自分とアリステル。彼のことを最初はアリステルと呼び捨てにし、次にヴェーゼと呼ぶようになり、そして兄様と呼べるようになるまで永い永い時がかかった。アリステルの方がフルードを弟と認識するのも同様だ。

 だがそれらを乗り越え、今は本当の意味で兄弟になることができている。


 アリステルは現在、天界にある自分の領域におり、彼を愛してくれる同胞と共に幸福で穏やかな時を過ごしている。


『アリステルを呼ぶか?』

『いえ、採らせて下さい。兄様とは近く会うので、手渡しします』


 今度、末の邪神とアリステル、そしてフルードの三名で茶会をすることになっている。その時に渡せば良い。すぐに従神が籠を追加してくれた。良さそうな花が付いている場所を探し、そっと銀木犀の木の枝や葉をかき分ける。


『金木犀はユフィーが好きなんだ。花風呂の中に金木犀のパウダーを少しだけ混ぜて入浴していることもある』

『ああ、そうでしたね。金木犀は少量でも香りが良いですからね』


 薄黄木犀は金木犀よりも香りが控えめだ。銀木犀も。そんなことを考えていると、突然横から右手首を掴まれた。

 どうしたのかと視線を向け、小さく息を呑む。険しい表情に変貌したフレイムが見下ろしていた。

ありがとうございました。

次でいったん区切りです。

このエピローグで前話から一気に時間が飛んでいます。

その間に起こったことは、本作の続きや同シリーズの別作品などで、そのうち書ければいいなと思います。

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