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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
83/101

83.番外編 優しいだけでは㊹

お読みいただきありがとうございます。

本日3話目の投稿です。

残り2話、本日投稿予定でしたが明日にします。

『しかし、あなたは火神様から生まれた存在。まずは火神様に打診すべきかと検討している間に、神使に取り立てられ神格を授かられました。ま、私の出足(であし)が遅かったと言うことですな』


 うかうかしている間に火神様に取られてしまいましたよ、と狼神はうそぶく。


『それは……初耳です』

『でしょうな。密かに考えていただけで、誰にも言ったことはありませぬゆえ』

『何故俺を? あなたのお眼鏡にかなったということですか』

『ええ。神の好みや愛し子を選ぶときの基準はそれぞれ違いますが、私が重視するのは心の最奥の真っ直ぐさと純真さです。例え悶絶躄地(もんぜつびゃくじ)の苦しみに晒されたとしても、憎しみや恨みつらみに囚われず、己というものを見失わぬ魂を好むのです』


 年降(としふ)りた神の眼がフレイムに据えられる。


『あなたは精霊だった時、他の精霊たちから手酷い仕打ちを受けていたでしょう。最も軽い例を挙げるならば、神の御前で失敗するようわざと間違ったことを伝えられたり、神命を受けて用意したものを汚されてしまったり、あなたが管理当番の日に神具を壊されたり……この程度などほんの入口ですがな』

『そういったことをして来たのは一部だけです。仲良くしていた精霊たちの方が多かった』

『それでも、一定の精霊からは相当に残虐な行為をされていましたな。火神から分かれ出た存在でありながら最下層の精霊でしかなかったあなたは、格好の八つ当たりの的でした。最高神から生まれた高貴な存在に対して優位に立っている、という愚かで無意味な優越感を満たすためのはけ口でもあった』


 精霊にも心や感情はある。天の存在に相応しい達観した精神を持つ者もいれば、醜い嫉妬心や虚栄心を持つ者もいる。

 狼神のたっぷりした毛並みが、天界の風にそよいでいる。


『しかしあなたは、そやつらを恨んだり憎んだり責めたりしませんでした。決して負の念を向けず、歯を食いしばって耐えに耐え、甘んじて神罰を受け、もう一度やり直し、コツコツと努力し続けていた。その精神と在り方は非常に私好みなのですよ』

『……だから狼神様はセインを見初めたわけですか』

『そういうことですな。その後、火神に認められたあなたは神使となり神格を得た。あなたに理不尽なことをしていた精霊たちは一斉に陳謝し、許しを請いましたな』

『ええ、まあ。報復する気は無いし謝罪は不要だと言ったんですが』

『ふふ、あなたらしいことです。さらに後、あなたはついに火神から寵を受け、高位神に昇り詰めた。選ばれし神、焔神の誕生です。するとあなたを虐めていた精霊たちは、こぞって配置換えを懇願し、別の神のところに逃げ出した』


 まさしく蜘蛛の子を散らすように逃げ出した彼らを思い出し、フレイムは力なく頭を振った。


『俺に仕返しされると思ったんでしょうね。そんなことはしねえって何度も伝えたんですが』


 狼神が冷徹に失笑する。フルードには決して向けない、酷薄な笑み。


『実に滑稽(こっけい)な話だ。あなたは彼らに復讐しようなどとは欠片も考えていなかったのに。勝手に勘違いして勝手に怯え、精霊の分際で無理な配置転換など要請したものだから火神様の不興をも買ってしまった。現在は使役に対してめっぽう厳しく接することで有名な神の元に送られ、地獄のような日々を送っておりますよ』

『そう聞いています。――本当にバカな奴らです。あのまま火神に仕えていた方がどれだけ良かったか。母神は苛烈で無慈悲な面も持っていますが、それ以上に世話焼きで義理と情に篤く、抱擁力もある。神の中では大当たりの部類だったのに』


 苦味を帯びた顔で、フレイムは呟いた。狼神が耳をよそがせる。


『焔神様。あなたは彼らに少しでも良い待遇をしてもらえるよう、彼らの新たな主神たちに密かに願状を書いてやっていましたね』

『……いやあの、何でそんなことまで知ってるんです? ちょっとビビるんですが』

『永く生きておると色々な情報を得られるようになるものです。それに、あなたは一度は我が愛し子にと考えたこともある者。ゆえに少し注意深く見守っていたのですよ。少しだけ、ね。ふふふ』

『はぁ……』


 怖いのでそれ以上は聞かないことにするフレイムだった。


『セインもあなたと似たところがあります。これは昔の話ですが、死後は地獄に墜とされている両親と、地上で処罰を受けている買い手の貴族の減刑を私に嘆願して来たことがありました』

『は?』


 フレイムの眉が跳ね上がる。


『バカな。あんなクソ家族とクソ貴族なんざ放っておけばいいんだ。クソな奴らのことはさっさと忘れて幸せになればいい』

(くだん)の精霊たちへの慈悲を願い出たあなたがそれを言いますか。――あなたとセインはとてもよく似ているのです。辛難辛苦の中でも相手を怒らず恨まない。復讐も考えないどころか、恩情すらかけようとする』


 灰銀の尾がぴょんと揺れ、足元に咲く草花をかすった。


『兄弟の契りを結んだのは最適解でしたね。あなたとセインはまさしく兄と弟のように酷似している。相性もぴったり合うわけです。今説明した事情が重なっているからこそ、私はあなたを信用して最愛の子を預けるのです。普通はそんなことはしませんな』


 そして、身を乗り出すようにして地上を眺めながら言う。


『ところで愛し子といえば、焔神様はどのような者がお好みで? 浄化の火を操る神なれば、やはり心根が清らかな者でしょうか』

『そうですね。心が綺麗で、瞳が真っ直ぐに澄んでいて――』


 まだ見も知らぬ誰かの姿を思い浮かべ、自分が愛し子に選ぶならばどんな者を選ぶか考える。


『俺にできないことをやらかしてくれる者、でしょうか』

『できないこと?』

『狼神様の仰せの通り、俺は……俺もセインも甘いんですよ。ズルズルと許してしまう。俺は未だにあの精霊たちを仲間だと思ってますし、セインも両親を家族だと思っている。狼神様はそれを優しさと表現して下さいましたが、別の言い方をすればただ甘っちょろいだけです』


 フレイムは淡々と言った。決して自虐ではない。ただ事実を述べただけだ。


『だから俺は、自分を苦しめる相手をきっぱり切り捨てて、自分にとって本当に大事な者を掴み取れるような……そんな毅然とした心を持った奴を愛し子に選びたい。俺にはないものを持っている奴ですから』


 例えばの話だが――自分に不当な扱いをする家族や上司などがいれば、『あんな者たちは自分の家族や上司ではない』と言って断てる者。一切の情を失くせとまでは言わない。ただ明確な意思を持って、相手を拒める者であればいい。


『ほぅ、なるほどなるほど。きっとどこかにいますよ。そういう者が』


 狼神が微笑んだ。そして、脚を引いてフレイムを見た。


『さて、そろそろ時間ですかな。出立前にお時間を取らせてしまい、失礼いたしました』

『いいえ、セインのことは確認して参りますので、ご安心を』


 話に区切りが付いたと判断したフレイムが目礼すると、狼神も礼を返す。


『お気を付けて』


 灰銀の毛並みがキラリと光り、しなやかな体躯がかき消えた。

 見送ったフレイムは改めて地上を眺め、降りる場所を試算する。


『神官府から近くて、降臨の瞬間が目に付きにくい場所……この辺りか』


 検討を付けた場所を見据え、一つ頷いた。


 自分はこれから下界に降りる。その結果がどうなるか、地上で何が待ち受けているか、まだ分からない。


 だが、フルードとは確実に再会することになる。大神官として優しいだけでいられるはずもなく、たくさんたくさん傷付き、疲れ果てているだろう弟と。


 今回の密命を果たした結果によっては、フレイムは弟の意思に反する行為をすることになる。あの子は望まないことを無理強いされてもこちらを憎まない。想像を絶する虐待を受けようとも、親や貴族を恨まなかった子だ。


 ただ、悲しみはする。フレイムの出した結論によっては、きっと泣かれるだろう。愛する弟に目の前で涙されてもなお、自分は心を鬼にできるだろうか。


 ――無理かもしれない。率直にそう思った。


 最高神や狼神を始めとする神々の意思を託されたフレイムもまた、優しいだけではいられない。少なくとも今回に関しては。

 だが、同胞には――懐に入れた者には特に――どこまでも過保護で甘いのが自分だ。最後まで妥協し譲歩してしまう。最高神たちもそれは分かっているはずだ。それでもフレイムに命を授けたのだから、それはある意味で慈悲であり猶予なのかもしれない。


『……よしっ、行くか』


 軽く頰を叩いて気合いを入れ、神格と神威を抑える。

 そして子犬の姿に変じたフレイムは天から飛翔し、透明な滴が降り注ぐ雨の地上へと降りた。

ありがとうございました。


この後は、同シリーズの別作品「神様に嫌われた神官〜」に繋がっていきます。

フレイムが愛し子を得る話です。

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