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すっぽんじゃなくて太陽の女神です  作者: 土広 真丘
番外編 -焔神フレイムとフルード編-
80/139

優しいだけでは㊶

お読みいただきありがとうございます。

本日4話目の投稿です。

明日も4話か5話くらい投稿して、この番外編は終わります。

 ◆◆◆


『あぁー……やっちまった』


 こんこんと眠るフルードの枕元で、サイドチェアーに腰かけたフレイムは天井を仰いだ。心配そうに愛し子に鼻面を押し付けてスリスリしている狼神も、渋面を作っている。


 アリステルとの散策を終えて戻って来たこの子を見た瞬間、何かあったと悟った。何食わぬ顔をしていても、自分には分かる。何たってお兄ちゃんなのだから。そして、内心で舌打ちした。二人きりにした後もこっそり視ておくべきだったと。

 その後、交流会自体は問題なくお開きとなり、フルードは狼神とフレイムと共にこの領域に戻って来た。炎の門が閉じられ、外界と遮断された直後――何があったのか尋ねる前に、崩れ落ちて泣き出した。


「お、お兄ちゃんなんて、いませんでした。僕……あの人の弟じゃなかったんです」


 そう言ってフレイムの袖にしがみつき、小さな子どものように泣いた。なまじいったん希望を抱いてしまったために、苦しみが増したのだろう。最初から期待していなかった通りになるより、一度上げてから落とされる方がずっと辛い。


 過去視をし、散策中に起こったことを把握したフレイムは頭を抱えたくなったが、腕は二本ともフルードを宥めるために使用中だったので我慢した。自分の頭が痛くなろうがかち割れようが、この際どうでもいい。


『そうか、それは残念だったなぁ。だが、これから変わっていくかもしれない。変わらなかったとしても別にいいじゃねえか。だって俺がいるだろ。お兄様はここにいる。俺がお前の兄ちゃんだ、セイン』


 そう言って腕の中に収めた弟の背を撫ででやった。すると安心したのか、コクンと小さく頷いたフルードは、半ば気絶するように寝入ってしまった。もれなく高熱を出して。


 熱は神威で下げられるが、心の傷はそうはいかない。魂の深くまで達するような傷であればなおのこと。


『狼神様。セインの召し出しは終了と言いましたが、撤回します。心のケアが追加で必要になりました。なので、もうしばらく延長で』


 夢も見ないほどの眠りに落ちてなお、フルードはフレイムの袖を握って離さない。そっと頭を撫でてやりながら、フレイムは言った。すぐに延長の了承を返す狼神の声を聞きつつ目を眇(すが)める。


『……しかし、気に入らねえな』


 独白が漏れた。山吹色の眼に映るのは、弟の本来の運命。

 フルードの運命は二度変わった。一度目は、貴(・)き(・)導(・)き(・)により狼神に見初められて聖威師になった時。二度目はフレイムと会って師弟兼兄弟になった時。


 今視ているのは、変わる前の――この子が元々辿るはずだった軌跡だ。


 ◆◆◆


 フルード・セイン・レシス。彼の運命は不幸と絶望に満たされていた。芥子粒(けしつぶ)ほどの救いや希望すら入る余地がない、幾重にも張り巡らされた地獄。


 両親と買い手の貴族から虐げられ身心共にボロ布のようになり、徴(しるし)を発現して神官になった後も搾取され続ける。

 万一聖威師に目通りされれば虐待が露見すると恐れた貴族により、彼の権限が強い地方の分府に飛ばされ、逃げ場もなくただボコボコにされ続ける。


 生まれてから一度も心休まることなく暮らし、苦しみ抜いた末に体を壊し、八つ当たりで負わされた怪我が悪化して30代前半で死去。数百回鞭打たれた末に真冬の庭に放り出されての孤独死だった。


 死後は霊威師の特権として天に上げられ、自らの実兄が生きていたことを知る。悪神であろうと、血が繋がった兄ならば自分を愛してくれるかもしれないと一縷の望みを抱き、兄付きの神使になりたいと切望。それが受け入れられ、復讐を終えてさっさと昇天していたアリステルの下に付かされる。


 しかし、対面した兄は想像して来た優しいお兄ちゃんではなかった。悪神に相応しい無慈悲で冷徹な性格であり、存在すら認知していなかった実弟には欠片も情けをかけてくれない。フルードのことは、ただの悪神の神使として――生き餌として扱った。


 こんなことならば他の神の使いになっていれば良かったと後悔しても、もう遅い。実の兄にすら生身の消耗品として酷使され、死ぬことも許されない。


 兄と兄弟の契りを結んだサーシャが真の弟として慈しまれるのを横目に、フルードは永劫の時を冷遇され続けることになる。


 そして、絶望して過ごす中、心底申し訳なさそうな顔をしたサーシャにこう言われる。『あなたのお兄さんを取ってしまって申し訳ありません。本当はこうして愛されていたのはあなたの方だったのに』と。その時点でフルード魂は砕け散る。


 粉々に砕けて――もはや涙すら出なくなった心で、常にこう呟くのだ。


『こんな世界、生まれなければ良かった。誰か僕を殺して』と。


 ◆◆◆


『いやホントふざけんなよ。超絶に胸糞悪いぜ』


 紅蓮の神威がうねりを帯びてフルードを囲む。見えない何かから守るように。


『何なんだこれ。運命が幾度変わっても、とにかくセインの魂が死ぬように、不幸になるように、苦しむように道筋が整えられる。しかもその原因は不明ときた』


 どういうことか調べてみたが、何が要因なのか分からなかった。神威を放っても真相が見通せないのだ。聖威のように不完全な力ではなく、正真正銘の神威を使っているのに。

 となれば、何かの形で高位神が噛んでいる可能性が高い。同じ高位神が関わっている事象に関しては、神威を使ったとしても上手く見通せないことがあるためだ。


 神は基本的に全能で万能な存在だが、同格以上の神が関与している事柄に対してはその全能性と万能性が通用しない。


『何でここまでしつこくセインを叩き壊そうとするんだ。気味が悪い』


 そして冷笑を浮かべ、喉の奥で嗤う。


『気味が悪い以上に気に入らん。我が弟に手を出す愚行が許されると思うな』


 神威が変貌する。紅蓮から純粋な赤へ。

 焔神は火神から分かれ出た最高神に準ずる神だ。一方の焔火神は文字通り火神であり、最高神そのものである。


『ここは私が――』

『いえ、俺に始末を付けさせて下さい。俺の召し出し中に起こったことですから』


 同じく真の神格を出そうとする狼神を遮り、双眸を和らげて弟に向けた。


『セイン、お前はお兄様が守る。最後まで必ず守り抜いてやるからな。お前に害なすモノは全て燃やす』


 フレイムの母たる火神は、全次元と全宇宙の創世者にして森羅万象の支配者の一柱だ。文字通り最高の神格を持つ超越存在。その母神と同じ火神の力が迸る。


 焔火神の赤い御稜威(みいつ)が閃光と化し、フルードを執拗に付け狙う何かを根底から焼き尽くした。

ありがとうございました。

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